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9月

シナリオ崩れ

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文化祭の日になりました。
でも私は寝不足です。

ああー!なんで昨日美鈴ちゃんあんなこと言ったの?!
コウヘイって誰よ?!
寝ないで昨日からずっと考えてるのに、誰だか分からないんだよ。

もうこうなったら、今日は美鈴ちゃんと話したことがある、ありとあらゆる人に名前を聞いて回るしか……。

と、思っていました。
聞き込み調査の一発目で判明したけど。

「なんでお前が、コウヘイなんて名前なんだよー!」
「え、橋本さん。今日はいつになく意味が分からないんだけど。僕なんで名前に文句言われてるの?」

全く似合っていないカラフルなクラスTシャツを着ている林の腕をバシバシ殴りまくる。
痛い痛い、と言ってはいるけど、止めてやるもんか。私の気が済むまで叩かれろ!

「意味不明だ!不条理だ!コノヤロウだ!なんでなんだよー!」
「は、橋本さん。落ち着いて」

林に話を聞くために廊下の端っこまで連れて来たおかげで、幸いにして回りには人はいない。
つまり、暴力賛成!叩いてても問題ない!

が、叩いてる手が痛くなってきた。
くっ、ここまでか。

でも、全然、全く、少しも納得いかない!
全然そんな雰囲気なかったよね?
なんで林なの、本当に。どこに惚れるの、こんなのの。

「くそぅ!いつどうやって仲良くなったんだよー」
「今日の橋本さん、本気でいつも以上におかしいよ?いつもよりも数段口も悪いし」

林からの話は結構聞いてるのに、そんな情報なかったじゃないか。
……、いや。
聞いてたか?夏の予定すら聞いてない気がするぞ。そういえば……。

「夏休みどう過ごしたのか全然聞いてない!」

空白の期間があるじゃないか。
八月の最初に一緒に美鈴ちゃんのバイト訪問したけど、その時に教えてくれなかったし!
その後祭りで会ったときも美鈴ちゃんといたし!

こ、こいつぅぅぅ!
飼い犬に手を噛まれるとはこういうことか!
協力者だし、ぼさっとしてるから危険じゃないと思ってなんにもしてこなかったけど、こいつ夏休み中美鈴ちゃんと会ってるじゃないか!

はっ!
も、もしかして……。

「林、あんた。もしかして美鈴ちゃんと夏休み中に水族館に行った?」
「どうして橋本さんが知ってるの?ペアチケット貰って、そのまま愛咲さんにあげたら、なんでか僕と行く流れになっちゃって。でも、そのおかげで、休み中のお祭りの約束とかできて、色々遊びにいったんだよ」

へへっと照れたように笑う林とは対照的に、私は凍りつく。
美鈴ちゃんのあの様子。水族館の話をしてたときの表情。
その相手が、林?!

「見て回ってから、愛咲さんとお揃いでストラップも買ったんだ。今はカバンにつけてるんだ」
「林のくせに!林なのに!そのストラップ私に寄越せ!羨ましすぎだよ」
「え、ヤダよ」

っと。ちょっと本音が漏れた。
でも、なにお揃いって。
色々遊びに行ったって、なに勝手に親密度あげてやがるんだよ。

校内がにわかに騒がしくなりだす。
文化祭の開始時刻になったようだ。

「うわ。もうお客さん来る時間だよ。僕クラスの当番があるんだけど」
「知るかー!林、もうちょっと詳しく話していきなさいよ」

私と林が胸倉を掴みながら仲良くオハナシをしていると、後ろから走ってくる人影が見えた。

「あっ!」

噂をすれば……ってやつなのかな?
息を切らせて来たのは美鈴ちゃんで。

さすがに人前でまで胸倉掴んだままはまずいので、林を解放する。
絶対に次会ったら夏休み中の美鈴ちゃんの一挙一動まで全部詳しいことを教えてもらうんだから。

「浩平君、クラス行こう」
「愛咲さん、ごめんね。前半の担当だから来てくれたんだよね。すぐに戻るから」

柔らかい笑顔で林に優しく話しかける美鈴ちゃん。林は慌てながらそれに返した。
そして、林と一緒にいた私に美鈴ちゃんが冷たい視線を向ける。

……なんか、その眼差しも良くなってきたかも。冷たくされてもグッとくる。

なんだか私、今ならいけそうな気がする!
当初の予定とは大きく違うけど、ライバルキャラとして敵対できる気がするよ。

「コウヘー」

戻ろうかと、一緒に並んだ林と美鈴ちゃんの後姿に小さく投げかける。

林がすごい変な顔をして振り返る。
今度会ったら、こんな顔をしたことを後悔させてやる、と心に決める。だってそんな顔しなくたっていいじゃんか。一応林は、自分の名前だろう!私も口に馴染みがないせいで不自然な呼び方になったけどさ。

「午後、一緒に回らない?」

ニヤニヤしながら提案する。
嫌そうな顔をした林が口を開くより早く、美鈴ちゃんの声が響く。

「だめっ!浩平君は私と回るんだから」

林と私の間に立ちはだかるように前に出ながら美鈴ちゃんが言う。
売り言葉に買い言葉だったのか、林が驚いたように目を丸くして美鈴ちゃんを見ている。

「そう、ならしょうがない。バイバイ」

勝手に緩まる口元を押さえつけて、残念そうにあえて表情消すよう心がけて二人の横を通り抜ける。
横を過ぎて私の顔を見られなくなってからは、一気にニマニマしたけどね。
だってさ、だってさ。これって私かなりいい仕事したと思わない?恋の障害っぽかったよね。

後ろからは遠ざかっていく二人の小さくっていく声が聞こえる。

「ごめんね、私勝手なこと言っちゃって」
「いや、全然大丈夫だよ」
「でももし良かったら、本当に一緒に回ってくれない、かな?」
「え、僕と?」

みたいな声がする。

ふふふ。
絶対に美鈴ちゃんの中で私の存在がライバルになったよね、これ。
全然、さっぱり、これっぽっちも林なんて眼中にないけど。でもライバルに認定されていればなんでもいいや。
きっとそう思われたよね?これは手ごたえありなお仕事したよね、私。

もうさっきから楽しくて笑い声が抑えられないよ。
私の横を通る生徒が気持ち悪そうな顔でこっちを見てるけど、気にならないくらい嬉しい。

私、ライバルキャラ頑張ります!

でも、一言だけ言わせて。
やっぱり、なんで林なの?美鈴ちゃん。

葵先輩の方が格好良くない?


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