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10月

誤解なんです2

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保健医の笑顔が儚いと思ったのも一瞬。見間違いかと自分の目を疑うくらい早く、ニターっと意地の悪さを隠さない笑みにとって代わる。

「で、お前はそれが誰なのか知ってるんだよな」
「え、ちょ、ちょっと待って」
「誰だ。答えろ。お前が教えればオレはこの根拠のねえ自信を、現実に手にできるんだ」
「なんでこっちに近づいて来るの。その顔怖いんだって。く、来るなー」

恐怖の笑顔に思わず椅子から立ち上がって、逃げるように入口を目指す。
保健医に背を向け、扉に手をかける瞬間。
逃亡が阻止される。

「逃がさねえって言ってんだろ」
「ひっ!!」

私の体は保健医によって半回転させられ、扉横の壁に背中をつける。
そしてそのまま私の頭の横に、勢いのある悪魔の保健医の腕が伸びた。
……。これって、噂の壁ドンってやつですか?!カツアゲ現場みたいになってるんだけど。
これが女子の憧れって、嘘でしょう!恐怖しかないんだけど。

「オレは一つお前の質問に答えたんだ。お前もオレの質問に答えるべきだろうが」

口元はかろうじで笑ってるけど、この男の目は笑ってないよ。めっちゃ怖いんですけど。

「答える、答えるから。逃げない!だからちょっと離れない……?」

この距離はダメだと思うんですよ。扉横だし。誰も来ないと思うけど、一応さ。
あと、コイツなんで毎回こう距離感が近いんだろう。生徒と教師で、この距離はいけないと思うんだよ!

「ダメだ。お前答えねえからな」
「誰か言うのはできないけど、ヒントくらいならあげられるから。鈴蘭のハンカチの持ち主のヒント、聞きたいでしょ?」

なんとかこの体勢を解消しようと焦る私を余所に、その男の瞳が険しくなっていく。信じてないって感じだ。威圧感が半端じゃない。
なんで信じてくれないのよ!ヒントくらいちゃんとあげるってば!
あ……、信用がないのは今までの私の行動のせいか。逃げてばっかりだったもんね。納得、……って!納得できるか!


「失礼します。朔夜先生、ここ……に?」

信じてほしい私と、信じられない保健医の静かな攻防戦という睨めっこに終止符を打ったのは、最悪の想定が現実になったからだった。
保健室の扉が開き、一人の女子生徒が入ってくる。

当然扉の真横にいる私達はすぐに視界に入るだろう。
私からも彼女の顔が良く見えた。

だからこそ。
これがとんでもなくマズイことだと理解できる。

「っ!し、失礼しました!」

目を見開き、慌てて扉を閉めた彼女。

ま、待って!
そう叫んだところで、もう遅い。

状況の悪さサーっと顔から血の気が引く私と、面倒くさそうに溜息を吐いた目の前の男。

「あーあ。面倒なことになった」
「ど、どうするの?!」
「まあ、見られたのがあいつだから、なんとかなるだろう」

なんとかならんわ!見られたの誰だろうと、ヤバい状況だろうが!
焦りやらなんやらで混乱の最中にいる私は、やっと保健医から解放される。一歩後ろへ退いた保健医が憮然としたまま私を見下ろす。

「ヒントはくれるんだったな」

正直、今はこんな男のことを気にしてやる余裕はない。
バッチリ顔を見てしまった彼女に、何を思われてしまったかだけが気がかりだった。

「あの時の彼女は、オレが顔を知っている奴なのか?」

さっき彼女の顔を私は見てしまった。逆を返せば、彼女も私を見たということだ。
私は彼女を知っている。

そして、こいつも口ぶりから知っているらしい。

私は大きく首を立てに振る。

さっきこの場に乱入してきたのは、
先日知り合った璃々さんである。

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