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11月

私もいるから!

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「あっ、林だ!」
「橋本さん」

お昼休み、廊下で黄昏ていた林を発見した。

大改造を果たした林だけど、美鈴ちゃん以外の人間にはあまり大きな反応を貰えなかったらしい。
クラスでの林の影の薄さを察することとなった。可哀想だな、お前。

「林、聞いてよ。すごいんだよ」
「うん?」

と、林の話はどうでもいいのだ。
私は今最高に気分が良い。というのも……

「さっきの時間にあった英語の小テスト、十点だったの!」
「へぇ……、十点。そっか」

ブイサインを掲げて教えてあげたら、可哀想なものを見る目を向けられた。
なんだかデジャブ感。
というか、可哀想なのは林の方だろう。私のことをそんな目で見るんじゃない。

「何点満点のテストなの?それ」
「三十点だよ」
「え。それ、十点っていいの?!」
「いつも一桁だからね」

今回はなんと二桁だよ、二桁!すばらしい。

「それにね、数学の小テストでは八点!」
「そっちは何点満点なの?」
「三十点」

隠さず溜息を吐きやがった林。
けど、数学で八点だよ?!いっつも片手で表せられる点数なのに、今回は両手使って示せるんだよ?
胸を張って自慢げに主張した私に、林の後ろの方から声がした。

「浩平君」

林の後ろから、林の腕に抱き付いてきたのは美鈴ちゃん。
私を見ると頬を膨らませて、頬袋に食べ物を詰め込んだハムスターのように上目で睨んできた。
何この子、めっちゃ可愛い。頬っぺたつついてもいい?

「何の話してたの?」

林の方を向いて質問した美鈴ちゃんは私を気にはしているのか、チラチラと視線をこちらに走らせる。

「英語と数学の小テストの話だよ」

密着している美鈴ちゃんが気になるのか、林は顔を赤くしてちょっとだけ顔を背ける。
イメチェンしたせいでこういう照れ顔がダイレクトに見えてしまう。林の照れ顔なんて、可愛くないから見たくないってのに。けっ。

「へえ。……何点、だったの?」

ちょっと興味があるけど、素直に聞くのはなんだか……。
そんな感じで戸惑った顔をして美鈴ちゃんが私の顔を伺う。
ヤバい、顔が緩みそう。

「英語はね三十点中、十点だよ!」
「え」

自信満々に答えてみせると、美鈴ちゃんがちょっと気づかわしそうに、可哀想だという顔をした。
予想にない点数だったようだ。

「私がこんなこと言うのはどうかと思うけど、もっと勉強した方がいいと思う」
「僕も橋本さんはもっと勉強するべきだと思う。この前だって英語が全然分かってなかったしね」
「この前?」

林が口を滑らせたのは間違いなく、大改造の時の話である。
その林の言葉を不思議そうに繰り返した美鈴ちゃんに、林がバカ丁寧に説明を加えた。

「この前、橋本さんには髪を切ったりする時に一緒に行ってアドバイスをしてくれたんだ」

私は林のことを後で叱ることに決めた。
なにしっかり説明してるんだよ。アホか、あいつはアホなのか。

だって、美鈴ちゃんは私と林が出かけていることなんて知らないわけで。美鈴ちゃん的には、ライバルが自分の知らぬところで林との仲を深めているように見えるわけで。
ってあれ?ライバル役的には、その行為は正しいのか。勝手に仲良くしてるんだし。私の立場的には別にいいのか。
林的に良いかは別にして。

「私とはあんまり出かけてくれないのに、橋本さんとは出かけるのね」

ほら、美鈴ちゃんがちょっと悲しい顔をしてる。
美鈴ちゃんから見たら林は相当な優柔不断に映るに違いない。美鈴ちゃんにもいい顔するし、その一方で私とも出かけてるし。
美鈴ちゃんのことちゃんと好きなら、こんな風に不安にさせるなよ!と私は内心で思ってしまう。
私が慰めてもいいのかな?このアンポンタンに任せてはおけないしな、とも思ったら。

「そ、そういうことじゃなくて……。僕も愛咲さんと出かけたいよ」

でもちょっと恥ずかしくて、照れくさくて。と、台詞の続きがあるのは容易に想像がついた。
林の顔真っ赤だし、顔に書いてあるようなものである。

アワアワしながら林が美鈴ちゃんに気を引いて、美鈴ちゃんがニッコリと笑って顔を上げた。

「じゃあ、今度の休みにどこか私と行こう。いいでしょ?」

美鈴ちゃんが案外強かであった。こういう押しの強さを持った子だったのか。
内心で少し驚いている私を置き去りにして、目の前の会話は続いていく。

「う、う、うん!僕でよければ」
「嬉しい!」

なんだか二人の空気って感じになってきた。
なんだろう、この疎外感。
見つめ合っちゃって、桃色オーラ振りまかないで。無関係の私にはその空気、辛いから。

ちょっと、どこに行くかの相談を始めないで!

もしもーし、お二人さん。
私がいるの覚えてますか?


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