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11月

私が差し出す新たなルート2

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「十和様と保健医の出会いは、約十年前。母親同士が仲良しだったから顔を合わせた。で、合ってますか?」
「朔兄に聞いたのかい?ああ、そうだよ。母に連れられて初めて会ったんだ」

いえ、聞いたのはゲームの中のあなたにです。とは答えられないから、曖昧に微笑む。
十和様が、少し自棄になったように素直に教えてくれた。
そして一目惚れをしたのだと、ゲームの中の十和様は照れつつ教えてくれたのも思い出す。

「そこで、十和様は保健医に服装を馬鹿にされた。当時の十和様はフリルのついた可愛らしい服が大好きだったから」

十歳も離れているんだから、そのくらいでカッカするなと言いたいが、約十年前高校生だった保健医は不良だったし、荒れていた。気に入らないことは気に入らないとすぐに口にしたのだろう。
それで心を痛めたのは、他でもない当時七歳の十和様である。当時から女子の中でも身長の高かった十和様は可愛い服が自分には似合わないのではないかと悩んでいる時だった。そんな中でぶつけられた言葉は十和様の心に傷をつけた。しかも一目惚れ相手にである。
保健医はデリカシーというものを知らずに育ったに違いない。加えて、目ん玉が腐っていたに違いない。うん、そうに違いない。
ちなみに、スチルで見た小学生フリフリ乙女バージョン十和様は大変愛らしかったです。

「あのクソ男は文句をつけるだけつけると、すぐにその場を去ったそうですね」

その思い出話をする十和様は恋する乙女モードで可愛らしかったけど、一方で保健医に対して胸がムカムカするのを感じたのを覚えている。本当にクズである。一体あんなののどこがいいのやら。

前世のゲーム友達は、すごく仲良くなれば大切にしてもらえるし、大人の男だからデリカシーは育ってるって言ってた。他には冷たいのに自分にだけ優しくしてくれる特別感がなんとも言えない、とも言ってたけど皆に優しくしろよと私は言いたい。特にデリカシーの件は、今現在になっても全く信じられない。

「その初対面からしばらくして、十和様は近くの公園で怪我をしている保健医を見て声を掛けた。でも、その時に決めたんですよね。可愛い服ではこの人にきっと嫌われてしまうと。だから十和様は大好きだった可愛い服を着るのを、その日以降止めた」
「なぜ……」

目を見開いて驚く十和様。
そりゃ十年前の出来事や自分の心境まで言い当てられたら不思議に思うだろう。
それでも、私は口を閉じない。

「十和様は保健医に探し人について詳しく話を聞いたことがありませんね?」
「ああ、……知らない」
「十和様はその話を保健医に聞くべきだと思います」

服を少年のようなものに切り替えた後で会った保健医は熱心に少女を探し続けた。
十和様はその姿だけを見続けた。
ただ好きだから。幸せになってほしい。気分よく過ごしてほしい。
その気持ちだけで、探し人捜索を手伝い、女の子を惹きつけるためにカッコいいアイドルのフリをした。

でもそんな健気な行為は保健医には知られないように実行するせいで、その有難さを保健医は知らない。

ゲームの中でも、過去に知らない人にハンカチを渡したことがある、そう何気なく言った美鈴ちゃんを好きになっていく保健医。でも、美鈴ちゃんではないのだ。美鈴ちゃんは十年前にこの辺に住んでなかったのだから。
最後の方で真実を知って、それでもいいとかふざけたことをぬかすのだ、あの男は。

くそ男なのだ。ダメ男なのだ。
でも、十和様がそんな男でもいいのなら……。

「保健医が今も好きですか?」

私なら、運命を変えられる。変わるのだと知っている。

十和様が目を泳がせた。
でも、すぐにフッと笑う。少しの自嘲の混じった顔で。

「もちろん。好きさ」

囁くような声で、聞き落としそうなほど小さく答えた。

「なら私は十和様の味方をします。私はライバルキャラですから、ライバルは一人きりで十分です」

この世界でなら、現実の中でなら、十和様はヒロインになれるはず。
いつだったか、失恋したスポーツ少年を幼馴染がデートに誘っていた。
二人のその後は知らないけれど、努力すれば実らない恋などないのである。

十和様は救われてもいいはずなのである。
報われてもいいのである。

「そのハンカチは、似ていますか?」

何に似ているか、わざと明言しなかった。
でも、その情報不足の台詞でも十分通じたらしい十和様は小さく笑った。

「ああ。十年前に朔兄に渡したもののようだよ。あの日渡したのもこんな真っ白のハンカチだった。こんな風に、立派じゃなかったけどね。あれについていたレースはもっと地味だったし、刺繍は母が後から縫ってくれたものだからね」
「その日以降、本当にそういう服は着ていないんですか?」
「ああ。初めて会ってからずっと迷っていたんだ。でも、あの日決心したよ。またこんな風に突然会った時に堂々と会えないなら、とね。あの日はまた嫌な顔をさせてしまうんじゃないかと恐くて、すぐに逃げ出してしまったからね」

若干の諦念の混じった声で囁くように話す十和様。
私は十和様を立ち上がらせて、扉の前に連れて行く。

「きっと大丈夫だから、保健医に十年前のことを聞いて来てください。それが怖いなら、十年前の公園での出来事を話してみてください」
「だが、そんな急に」
「いいから!私を信じて。私は女の子の味方です。あなたの、味方です!」

十和様の背中を押す。
思い切りの笑顔で、送り出す。
戸惑ったような顔の十和様は、どこかで覚悟を決めたように凛々しい笑顔を私に返した。

「いってらっしゃい」
「ああ。ありがとう、このハンカチもね」

ハンカチに入っている真っ白の鈴蘭の刺繍。
それを思い出して、私はこの間得た知識を吐き出した。

「鈴蘭の花言葉は純粋や純愛だそうですよ。ぴったりですね」

既に部屋を出て行った十和さまに届いたかは分からないけど、きっと届いたと思う。
だって、小さく十和様の笑い声が聞こえた気がしたから。


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