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番外

千香

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わたしとあの子の出会いは、強引で意味が分からないものだった。

それまで一度も話したことのないクラスメイトのあの子が、小学5年生のある日突然朝一に友達になると宣言したのだから。
はじめは何のイタズラなのか考えたし、離れろと言うわたしに構わず付きまとってくるあの子を鬱陶しく感じていた。

けどあの子との出会いはわたしにとって非常に良いことだったのだと、後々あの頃を思い出して感じるのよ。
もしもあの子がいなければ、わたしは耐えられなかっただろうと思うの。

小学5年生のあの頃、あの子、未希がわたしに付きまとい始めた頃。
わたしは当時のクラスから孤立し始めた。

その理由は小学生らしくなんとも幼稚なもので、好きな男の子がわたしのことを好きになったと知った女子がはじめたものだった。
一部の女子から除け者にされるくらいなら、こんな大事にはならなかったのだろうけど、多くの男子が多少の好意を抱いていたがために悪意は大きく浸透し規模が大きく歯止めの効かないものとなってしまった。

自分でいうのもなんだけど、わたしは可愛かったわ。
近所で兄さんとわたしは美少年と美少女だと評判だったし、下校中に誘拐されそうになったこともある。
そんなわたしだからこそ、クラスで目立つ人気者の男子をはじめ多くの男子がわたしに好意や可愛いという感情を持っていたの。
多くの男子に好かれていたがために、多くの女子を敵に回してしまった。

多くの女子から悪意を向けられ、その感情がクラス全体に伝染し、男女共にわたしの敵になった。わたしは孤立したのよ。
悪いことなどしていないのに、それまで仲良くしてきた友人が手のひらを返したようにそっけなくなり、わたしの存在を無視するようになって当時すごく傷ついたわ。
幼いわたしはその悪意を受け止める強さも、それに対処できるだけの小賢しさも持ち合わせていなかった。
ただ泣き寝入るしかなく、周りの全てが敵だと感じていたの。

そんな苦しい状況の中、未希だけが変わらず、鬱陶しく、わたしに付きまとい続けた。
わたしに付きまとうことで未希もクラスから除け者にされていくのに、わたしにだけ構い続けた。

敵地の中にたった一人だけのわたしの味方。
鬱陶しいという感情から心を開き信頼しはじめるまで、そう時間はかからなかったわ。

当時の私にはとても長く感じていたけど、たった3か月でこの状況は一転した。
理由は簡単で、兄さんがこのことに気づいて対応してくれたから。

詳しいことは知らないけど当時から女子からもてはやされる外見だった兄さんが対応したことで、嫌われたくないと思った女子達が無視を止めたのよ。
まるで、自分たちは何もしていなかったと言わんばかりに、あっさりと。

けど、そのことで彼女たちは信用ならない存在だと決定づけた。
周りは全て敵。
いくら表面だけ繕ったって、こいつらは敵なのだ。

クラスの中でわたしの味方は未希だけ。
クラスから浮こうと、無視されようと、それに顧みずわたしと接したのは未希だけ。

そして、もともと仲の良い兄妹だったけどわたしを救い出してくれた兄さん。

信じられるのは二人だけ。
わたしの世界を構成するのはこの二人だけ。

特に辛いときにいてくれた未希は誰にも渡さない。
わたしとだけ仲良くすればいい。

高校で何かコソコソと行動しているみたいだけど、バレてないと思っているみたいだから、問い詰めないであげるの。
最初は未希までわたしを捨てて、わたしを一人にするのかと思ったけど、未希はいつでもわたしのところに帰ってきた。
わたしを絶対に捨てないのなら、好きにしたって構わないわ。
もしも未希がフワフワとわたし以外の誰かのところに行きそうな人間なら、もっとわたしに縛り付けていたと思うけど。未希はそうじゃない。

未希はどこで何をしようと、最後にちゃんと一番の親友であるわたしのところへ帰ってくる。
ちゃんと理解できている、お利口な子なのよ。まあ中身はアホなのだけど。


兄さんは未希が好きみたいだけど、まだあげない。まだ未希はわたしのもの。
絶大な信頼をおいている兄さんだけど、全面的に応援はしてあげられないわ。

でも協力はしてあげるの。兄さんともそう約束したものね。
兄さんの望みをわたしが叶えてあげる。
兄さんの願いは未希に関することばかり。未希はわたしのお願いを聞いてくれるから、わたしなら協力できる。
兄さんの願いを叶えるたび、兄さんはわたしの欲しい物を買い与えてくれる。大抵はお菓子作りに関するものだから、それが豊富になるとお菓子を食べる未希が喜ぶ。
未希が喜ぶと、わたしも嬉しい。

将来的に未希が兄さんと結婚すれば、生涯わたしと未希の縁は切れなくなる。だから兄さんが未希を好きなことは賛成ではあるのだけど。
今はまだ……、ダメ。あげられないわ。

未希に会って、兄さんは変わったわ。
誰しもに平等だったのに、兄さんは未希しか目に入らなくなった。

日々つまらなそうにしてるくせに、ずっと微笑んだフリをして。何も楽しそうじゃなかった兄さん。
未希の次に大切な人だけど、わたしが何をしてあげられるのか分からなかった。
それが未希に会って、兄さんは未希のために少しずつ変わっていったのよ。

未希と兄さんの出会いは偶然。
未希が兄さんを選ぶんじゃないかって怖くて、ずっと先延ばしにして、やっと決心がついたから家に未希を連れてきた。兄さんが帰っていないことに安堵を覚えて、未希を家に上げたわ。
でもすぐに兄さんは帰って来た。

兄さんを好きになる女子は多い。
未希を信用していないわけじゃなかったけど、やっぱり怖かった。
でも、そんな心配をよそに未希は兄さんにも目もくれなかった。

兄さんの退屈そうな微笑みが剝がれていく。兄さんは未希を見ながら、不機嫌そうな顔を隠さない。
そんな表情を引き出した未希に、未希ではなくわたしが嬉しく誇らしい気持ちになったわ。
兄さんの仮面が剥がれたら、その下にあるのはきっと兄さん自身の素顔のはずだから。


兄さんはみんなの王子であることを止めた。
兄さんが目指したのは未希だけの王子だった。

未希が何気なく「いいな」「すごいな」と言うたびに、兄さんはそれを覚えて変わっていく。
未希がわたしに「テストで満点、すごいね!」と言うのを聞いたから、兄さんは学年順位を落とさない。今までだってトップクラスの成績だったのに、今では他の人の追随をも許さない。
ドラマを見ながら、「この人みたいに優しい人、すっごく素敵」なんて呟いたのを聞いたから、兄さんは今まで以上に優しい人であろうとした。今までだって、皆に平等に優しかったというのに。
他にも、本当に些細なことも全部。
兄さんは未希だけのために変わり続ける。

そんな健気な兄さんはわたしのライバル。未希の取り合いの。
多少は将来のために譲歩してあげるけど、未希はわたしと一緒にいるの。ずーっとね。

確信しているの。未希はわたしからは去って行かない。去って行けない。
あの子もわたしから離れたりしないでしょうし。
もし離れようとしても、わたしが離してあげない。
もしも兄さんが下手を打って、うまくいかなかったとしても。

わたしだけは未希と共にいる。
一生ね。

わたしはずっと変わらず未希が大好きだから。


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