植物大学生と暴風魔法使い

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暴風のような魔法使い(前編)

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 家に帰るなりベッドに寝かせ、様子を見る。つもりだったが、この女性が大きすぎて、入りきるベッドが無い。優作は慌てて布団を敷き、女性を寝かせる。それから、家で一番大きな毛布をかけ、見守ることにした。
 一安心したせいか、さっきまで踏み倒していた疲れが一気に取り立てられた。体中が痛くなり、急にだるくなり、体が猛烈に重くなる。耐えられなかった優作は、そのまま床の上で横になった。

 横になりながら、優作は改めて女性を眺めた。やっぱり美人だ。顔だけじゃない。思い返してみると、体全体がほっそりとしていて、バランスも最高だった。
 俺は、一生の運を使い果たしたのではないだろうか。こんな美人に出会うなんて。この後とんでもないしっぺ返しが来るのではないだろうか。優作はだんだん心配になってきた。

 もぞもぞ。

 布団が少し動いた。女性が回復してきたようだ。そういえば、服装もなかなか個性的だった気がする。一見すると普通の服だが、よく見ると微妙に異なっていた。今は毛布の下に隠れ、服を見ることはできない。さすがに寝ている女性の毛布をはいで衣服を確認したいとは思わない。……この女性は何者なのだろう。高身長、超美人、鮮やかでまっすぐな赤髪。普通の人ではない雰囲気が漂っている。
 その時、女性の目が突然パチッと開いた。優作は、その瞳に思わずドキッとしてしまった。なんてきれいな瞳だろう。身長だけでなく、その瞳もかなり大きい。クリっとしているというか、力強いというか。色も、かなり色素が薄いが鮮やか。こんな瞳に見られたら、しばらく釘付けになってしまう。実際、優作はそこから動くことができなかった。何か強い力が瞳から発せられているように。
「#$%?<’$#”<+*+>?#$%$#$」
女性が何かごにょごにょ言い始めた。話しかければ、この女性のことがわかるかもしれない。優作は自分の体をゆっくりと起こし、女性に質問してみることにした。
「あ、あの……」
「&%$#*#$”*&%$&」
声をかけても、女性はごにょごにょとよくわかんない言葉を口にする。まさか、この女性、言葉が通じないのか? もしそうならどうしようか。考えれば考えるほど、この女性への謎が深まっていく。とりあえず、身元だけでもはっきりさせなくては。
「す、すみません……。あなたは、一体……」
「’%(#”’$(#’*+`{#’#&」
だめだ、聞き取れない。それに、絶対日本語じゃない。どうしよう。言葉が通じないなら、最悪誘拐とか、いろいろ勘違いされるかもしれない。どうしよう。どうしよう。だんだん優作の頭が“不安”と“動揺”で満たされていく。このまま話続けてもらちがあかない。何かいい方法を考えなくては……。
「……あなた、誰?」
——! 突然、自分にも聞き取れる言葉を発してきた。あまりにも突然で、優作は開いた口が塞がらない。
 様子が一瞬で変わった優作を見るや否や、女性は布団をがばっとよけ、勢いよく立ち上がった。優作は混乱しているが、女性はそんなのお構いなしに口を開く。
「ねえ? 君! 私の言葉がわかるんだね! よかったあ。君が話す言語複雑でさあ、翻訳できるか怪しかったんだよね! それにしても、こんだけ言語の翻訳に時間がかかるということは、やっぱり私は異世界に来たんだね! 魔女アッシュが来たと言われているこの世界に! やっと! 良かった、本当に良かった! ここまで来るのも苦労したんだよ? そもそも都市から脱出するのだって思わぬ邪魔が入って大変だったし、道中道しるべの本に落丁が見つかるわ、その本がバラバラになるわで、本当に来れるか怪しかったわけよ。それでも、何とか自分の力でここまでこれたよ!でさでさ……」
……俺は今、空襲を受けているのだろうか。優作の頭の遥か上から言葉がマシンガンのように飛んでくる。だがこの言葉の機銃掃射が、優作に妙な安心感を与えた。
 よかった。どうにか、この女性と同じ言語で話すことができる。そして、俺はまだ一生分の運を使い果たしたわけじゃないらしい。美人に出会ったことに対するしっぺ返しも、この程度で済んだ。だって、目の前にいる美人はただの美人じゃない。“黙っていれば”絶世の美女なのだから。優作は悲しい笑顔を浮かべ、言葉が飛んでくる上方を仰いだ。
「ねえ君、目が死んでるよ? 大丈夫?」
「……よかった。よかった」
「?」
混乱しているせいか、いろんなことで安心したせいか、優作は既に放心状態に近かった。大学から帰ってきたときの出来事が余りにも大きく強すぎて、頭の処理能力をとっくにオーバーしている。
「えい!」
女性が声を発した途端、優作の体が一瞬光った。今までだるかった優作の体が急に軽くなり、目がシャキッとした。頭もすっきりとしている。
「え⁉ な、なに⁉ 何が……」
「君、ずいぶんと運動不足だね。それに、急に体を無理に動かしたり、いろいろ考えすぎたり、とにかく体を粗末に扱いすぎ! そこらへんリセットしたから、明日からは体を大切にね!」
クリアになった頭に、また混乱が訪れる。今の女性の発言は一体? それに、俺に何が起こったんだ?
「ねえ、もしかして君、私を助けてくれたの?」
なんの脈絡もなしに話が変わる。これ以上混乱させないでくれ。優作は泣き言を胸にしまい込み、女性に答えることにした。
「ええ。確かにあなたを助けたのは俺です。帰り道に、あなたが倒れていたので」
「そう! なら、お礼をしなければいけないね! 何か困ってることない?」
大きな体と大きな瞳を近づけられた優作は、思わずひるんでしまった。
「……あ、ま、まず、休ませてくれませんか? 俺、もう疲れて疲れて——」
「君の疲れは、私がすべて取り払ったはずだよ?」
「あ、いや、その……」
「そうだ! そういえばまだ私の名前を言っていなかったね! 私はヴィヴィアン。放浪する魔法使いだよ! よろしくね!」
「は、はあ……」
優作が情報を処理する前に、目の前の女性から大量の情報が押し寄せてくる。パソコンならとっくにフリーズしているだろう。いっそのこと、自分もパソコンのようにフリーズ出来た方が楽だろうか。いや、結局さっきみたいに脳をすっきりさせられて、再び情報の波に襲われるだけだ。……そういえば、どうやって自分の疲れを取り払ったのだろうか? 怪しい薬でも使ったのか? いや、それはないだろう。自分はさっきから何も飲んでいないし、注射された記憶もない。……“放浪の魔法使い”とは? さっき、ヴィヴィアンと名乗る女性は確かにそう言った。頭の処理が少しずつ追いついていくうち、優作は今自分が置かれている状況の奇妙さに気が付いていった。一体何がどうなっているのか。優作は意を決し、目の前の女性に質問をすることにした。
「あ、あの……、え?」
優作が見た先に、女性の姿は無かった。
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