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縁と思いと見えない壁(前編)
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一人として同じ人はいない。自由を求める人、安心を求める人、名声を求める人、刺激を求める人、欲しい物は人それぞれ違うし、それぞれを否定してもいけない。ただ、自分に合わない物を目指すのは不幸にしかならない。そして、誰かに憧れを持った時、自分に合わない物を目指してしまうこともある。特に、自分が何を欲しいのか分からない人であればあるほど……。
俺は、結局何が欲しかったんだろう。魔術という、一つの地面へ降り立ったのに、自分は決して満足できなかった。目標を達成したはずなのに、残った謎の虚無感。
あの時、俺はただアンに相談したかった。アンなら、何を言っても笑っている。アンは、そして俺を導いてくれる。そう、俺はアンに甘えていたんだ。どうしようもない時に、アンに甘えた。アンなら何とかしてくれそうで。何とかならなくても、話せるだけでよかったのかもしれない。
そして、大失敗を犯した。
アンにも、触れてはいけない場所があった。その場所を突かれたときのアンは、明らかにいつもと様子が変わる。分かっていた。知っていた。それなのに、俺はその場所を刺激してしまった。それも強烈に。いつも明るいアンが、その場から立ち去ってしまうほどのことをしてしまった。
結局、俺は何を掴んだ? 何を手に入れた? 俺が手に入れたもの。それは、中途半端な魔術の知識。少し広がった世界。だが、その代償に、恩人を傷つけ、追放してしまった。
〇 〇
ガタンゴトンと電車に揺られ、優作は今日も無気力にスマホを眺めていた。アンがいなくなったことで、部屋に散乱していた多くの魔導書も消えていた。きっと、アンが魔術で回収したのだろう。もう、これ以上魔術の鍛練をすることも出来ない。もっとも、既に大学生として困らない程度の魔術は習得しているので、他の学生に比べて有利であることには変わりない。さて、勉強しなくては。優作はスマホを取り出し、資格試験の通信教材を開こうとした。
『20代会社員 自殺 職場の労働環境が原因か』
久々に聞いたこの手のニュース。これらの話題に対して、世間は一時期とにかく騒いだ。社会に生きていくとはどういうことか。これから送り込まれる場所がどういうところなのか。このままでいいのか、という批判的な意見がメディアを埋め尽くした。
この時に優作は知った。嵐の中に放り出された人間が、耐えきれなくなったらどうなるのか。暴風に吹き飛ばされ、基盤を失った人間の末路。誰も助けてくれない。全員が自分のため、自分が生き残るために必死な世界。
そんな世界に、もうすぐ自分も放り込まれる。怖かった。逃げたかった。そんな中で、自分を護る何かが欲しかった。
自分は、変化が嫌いだ。何か刺激が欲しいわけでもない。ただ、安心が欲しい。しかし、安心は結局手に入らない……。
……って、何を考えているんだ? 他の人のニュースを見て、何気分が落ち込んでいるんだ? 俺に、他人を気にするような余裕があるか? 優作は一度、自分の頬をパチンと叩いた。スマホの悪いところは、こうやって余計な情報をどんどん持ち主に提供してくることだと思う。本人が全く必要としていないことをどんどん流し込んでくる。そうやって、自分の集中力や、時間を奪ってくる。
そういえば、アンはそういう人間だった。自分が全く必要としていなかったのに魔術を教えようとしてきたし、訳もなく自分を振り回した。
だけど、アンとの時間は楽しかった。不思議だ。あんなに邪険にしてたのに。厄介者だと思っていたのに。気が付くと、とても楽しくて、明るい時間だった。
アンの笑顔は眩しかった。鮮やかな赤髪に、上品なダッフルコート。つばの広い帽子をかぶり、いつも明るい笑顔を向けてくれた。あの時は少し邪魔な感じもしていたが、今ならわかる。あの時間は、とても楽しくて、幸せだった。
今頃どうしているのかな。
アンが飛び出していったのは昨日の夜。もしかしたら、一晩明けたら帰ってきているかもしれないと期待していた。朝になれば、いつものようにアンがいるかもしれないと淡い希望を抱いていた。もちろん、今日の朝はとても静かだった。今までアンがいた痕跡が完全になくなり、アンと過ごした日々が夢だったかのように思えるほどさっぱりしていた。
後悔先に立たず。優作は自分の軟弱さが引き起こした結果を噛みしめながら、登校中の時間を過ごしていた。
俺は、結局何が欲しかったんだろう。魔術という、一つの地面へ降り立ったのに、自分は決して満足できなかった。目標を達成したはずなのに、残った謎の虚無感。
あの時、俺はただアンに相談したかった。アンなら、何を言っても笑っている。アンは、そして俺を導いてくれる。そう、俺はアンに甘えていたんだ。どうしようもない時に、アンに甘えた。アンなら何とかしてくれそうで。何とかならなくても、話せるだけでよかったのかもしれない。
そして、大失敗を犯した。
アンにも、触れてはいけない場所があった。その場所を突かれたときのアンは、明らかにいつもと様子が変わる。分かっていた。知っていた。それなのに、俺はその場所を刺激してしまった。それも強烈に。いつも明るいアンが、その場から立ち去ってしまうほどのことをしてしまった。
結局、俺は何を掴んだ? 何を手に入れた? 俺が手に入れたもの。それは、中途半端な魔術の知識。少し広がった世界。だが、その代償に、恩人を傷つけ、追放してしまった。
〇 〇
ガタンゴトンと電車に揺られ、優作は今日も無気力にスマホを眺めていた。アンがいなくなったことで、部屋に散乱していた多くの魔導書も消えていた。きっと、アンが魔術で回収したのだろう。もう、これ以上魔術の鍛練をすることも出来ない。もっとも、既に大学生として困らない程度の魔術は習得しているので、他の学生に比べて有利であることには変わりない。さて、勉強しなくては。優作はスマホを取り出し、資格試験の通信教材を開こうとした。
『20代会社員 自殺 職場の労働環境が原因か』
久々に聞いたこの手のニュース。これらの話題に対して、世間は一時期とにかく騒いだ。社会に生きていくとはどういうことか。これから送り込まれる場所がどういうところなのか。このままでいいのか、という批判的な意見がメディアを埋め尽くした。
この時に優作は知った。嵐の中に放り出された人間が、耐えきれなくなったらどうなるのか。暴風に吹き飛ばされ、基盤を失った人間の末路。誰も助けてくれない。全員が自分のため、自分が生き残るために必死な世界。
そんな世界に、もうすぐ自分も放り込まれる。怖かった。逃げたかった。そんな中で、自分を護る何かが欲しかった。
自分は、変化が嫌いだ。何か刺激が欲しいわけでもない。ただ、安心が欲しい。しかし、安心は結局手に入らない……。
……って、何を考えているんだ? 他の人のニュースを見て、何気分が落ち込んでいるんだ? 俺に、他人を気にするような余裕があるか? 優作は一度、自分の頬をパチンと叩いた。スマホの悪いところは、こうやって余計な情報をどんどん持ち主に提供してくることだと思う。本人が全く必要としていないことをどんどん流し込んでくる。そうやって、自分の集中力や、時間を奪ってくる。
そういえば、アンはそういう人間だった。自分が全く必要としていなかったのに魔術を教えようとしてきたし、訳もなく自分を振り回した。
だけど、アンとの時間は楽しかった。不思議だ。あんなに邪険にしてたのに。厄介者だと思っていたのに。気が付くと、とても楽しくて、明るい時間だった。
アンの笑顔は眩しかった。鮮やかな赤髪に、上品なダッフルコート。つばの広い帽子をかぶり、いつも明るい笑顔を向けてくれた。あの時は少し邪魔な感じもしていたが、今ならわかる。あの時間は、とても楽しくて、幸せだった。
今頃どうしているのかな。
アンが飛び出していったのは昨日の夜。もしかしたら、一晩明けたら帰ってきているかもしれないと期待していた。朝になれば、いつものようにアンがいるかもしれないと淡い希望を抱いていた。もちろん、今日の朝はとても静かだった。今までアンがいた痕跡が完全になくなり、アンと過ごした日々が夢だったかのように思えるほどさっぱりしていた。
後悔先に立たず。優作は自分の軟弱さが引き起こした結果を噛みしめながら、登校中の時間を過ごしていた。
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