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六話

 呼ばれてる

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 真希は昨夜の出来事を、工藤先輩と光輝に伝えた。

「こんな感じで歩いていたのよ!」

 眉間に皺を寄せ、塀を見ながら真希は考える。

「そしたら……着いたの。ただ、何となくいつもとは違う帰り道で帰りたくなっただけ。それ意外は何もしてないわよ。急に、思っただけで」

「う~ん。ボクの思い過ごしかな。脇道もないしね。あっ! もしかしたら、駅前の大きな神社の神主さんなら何か知ってるかも」

「じゃあ、そこに向かいましょう!」

 三人は駅前の大きな神社に着くと、屋台がずらりと並んでいて大勢の人が参拝に訪れていた。

「何か凄い人だね」

 光輝は神社の境内の賑わいを見て言葉をもらす。

 そして、工藤先輩が神社の関係者を見つけて話しかけた。

「あの~お忙しいところすみません。ボクたち玉華ぎょくか芸能私立大学の生徒なんですが、その通学路の途中に、古い小さな神社があるらしいんですけど聞いたことありませんか? 地元の子供たちの間では七不思議になっていて、伝説の神社だと噂されてます」

 ──すると、関係者がポンと手を叩き答えた。

「懐かしいね。わたしも子供の頃、聞いたことがありますよ。子供は純粋だから、そういうの好きですもんね。わたしらのこの神社も願いを叶えてくれます。夫婦の神様でして、縁結びで有名なんですよ」

「だから『恋々稲荷神社れんれんいなりじんじゃ』って名なんですね。あの、ボクらは地元の七不思議の情報を集めてるんですよ。誰か詳しい方いませんか? 大学のサークル活動でして」

 本当のことなど言っても怪しまれると思い、工藤先輩はそれとなく誤魔化した。

「はいはい。この神社の裏にある宝魂寺ほうこんじのご住職様なら知っていると思いますよ。古くからあるお寺でね、土地にまつわる伝説には詳しいでしょう」

 関係者は、ニコニコしながら答える。

「ありがとうございます。早速、行ってみます!」

 工藤先輩は丁寧にお辞儀をして、その場を去ろうとした……。

「あっ、お兄さんたち。今日は、恋々稲荷神社の白狐様と黒狐様が夫婦になった記念日でね、授与所で無料で御守りをお渡ししているから行ってごらん」

 そう言って関係者は、神社の授与所を指差した。

「えー! 欲しい欲しい! 光輝も欲しいでしょ?」

「んっ? まあ……ね」

「せっかくだし、授与所に寄ってからお寺に行ってみようか」

 三人はお礼を言って授与所へ向かう。

 授与所には、若い女性や子供連れの夫婦など、大勢の人たちが並んでいて三人も列に並んで順番を待つ。

 最初に受け取った真希は御守りを見ながら首を傾げる。

「私の御守りは『心願成就』だわ。恋愛じゃないわね」

 それを聞いた工藤先輩は言う。

「心願成就も縁だからね。ボクは縁結びの御守り。これ可愛いね。小さな鞠が二つにピンクのお花か。携帯のストラップみたいだ。光輝くんは?」

 顔を真っ赤にしながら答えた。

「……僕も。え、縁結びの御守りです」

 工藤先輩はクスッと笑う。

「……可愛いね。ボクとお揃いだ」

「そそそうですね。大切にします」

(可愛い? 御守りのことだよね。男の僕に可愛いなんて思うわけないよ……こうして、話せるだけでも満足しなくちゃ)

 そして、三人は授与所を後にする。

 

 ──お寺に着くと、ヨタヨタと足元がおぼつかない住職に、中庭が見える客間に案内された。

 工藤先輩が、住職に今までの経緯を話す。

「……ふむふむ。伝説の神社ねえ。こちらのお嬢さんが気づいたら鳥居の前に……なるほど。実はのう、伝説の神社で行方不明になった子はワシの同級生だった子なんじゃ」

 三人は同時に声をあげる。

「それ、いつの話なの?」

「えっ! 本当ですか!?」

「その子は、どうやって伝説の神社に行けたんですか?」

 工藤先輩と光輝は、身を乗り出して住職の話に聞き入る。

「ワシが今、八十五歳じゃから……七十年以上前になるかのう。その子と初めて会ったのは小学生の時じゃった。当時から、七不思議は流行っていてね」

「そんな昔からですか?」

 光輝は驚いて聞き返す。

 住職は、お茶を啜りながら話を続ける。

「そうじゃよ。そう言えば……彼も、お嬢さんと同じこと言っておった『呼ばれてる』と」

 その言葉に、三人は言葉を失う。

 住職はこくりと小さく頷いた。



 ──七十五年前。

 お寺の中庭には池があり、その周りにも小さな木々がたくさん生えているので涼しげな風景が楽しめると評判だ。

 当時の住職は、宝魂寺の一人息子で学校から帰ると必ず廊下の掃除をするのが日課だった。

 いつものように、掃除道具を持って廊下を歩いていると、どこからか声がする。

 二人の少年が、木々の隙間からひょっこり顔を覗かせて手招きをしていた。

「おーい! 正太郎。今から肝試しに行こうぜ」

「勇雄と忠司か。肝試し! まさか⁉︎ また、あの神社を探しに?」

「いいじゃん! 伝説の神社を見つけたら、絶対に願い叶えてくれるんだぞ。忠司なんて、この一週間ずっと呼ばれてるって言うんだ。これは行かなきゃだろ? そうだよな? 忠司」

「うん! あそこへ行く方法がわかったんだ。僕、絶対に叶えてもらいたいことがあるんだ」

 正太郎は首を横に振る。

「行っちゃダメだよ! 嫌な予感がする……それに、父さんが言ってた。この町には鬼門があって、時空が歪んでいるから怪しい場所へ近づくなって」

「はっ! 正太郎は弱虫だな」

 二人はそう言うと、正太郎の言葉を無視して走っていく。

「あっ! 待ってよ……行ってしまった……」

 正太郎は、二人に追いつくことを諦めて肩を落とした。

 その晩、正太郎が母親と晩御飯の片付けをしていると、玄関の呼び鈴がなる。

「あれ? こんな時間に誰かしら? 正太郎、ちょっと見てきてくれない?」

「うん。わかった」

 玄関を開けると、そこにはお巡りさんと泣いている勇雄がいた。

「お巡りさん⁉︎ ……勇雄どうしたんだよ! 今、父さん呼んでくるから待ってて!」

 正太郎は、急いで父親の部屋へと走る。

「父さん! 父さん! お巡りさんと勇雄が来たよ」

「お巡りさんと勇雄が? 何事だ?」

 お巡りさんは、息を整えながら話し始めた。

「夜分遅くにすみません。この勇雄くんと一緒にいた子が、行方不明になってしまいましてね。現在、青年団たちと捜索中なんですが、どうしても、この子が正太郎くんと話しがしたいと言いましてな……」

「どうぞ、居間でゆっくり聞きましょう。正太郎も」

 そう言うと、お巡りさんと勇雄を家に上げ居間へと案内した。

 しばらくして、震える声で勇雄が口を開く。

「正太郎の言う通りだった……。お、俺、目の前で忠司が消えるの見たんだ! 忠司が塀に向かって右腕を縦に二度大きく上下に振った瞬間、 その塀が裂けて忠司が……」

 そこまで言うと勇雄は泣き出した。

 お巡りさんは、勇雄の背中をさすりながら話す。

「この子が言う付近は、くまなく捜したのですがただの塀で、塀の向こう側は小さな空き地でして、手掛かりが全くない状態ですよ。確かに、あの場所は昔もこんな事がありましたね……」


 ──そして月日が経ち、忠司少年の捜索は打ち切りになり、七十五年経った今も行方不明のまま。

 話し終えた住職は目を細め、中庭を見つめていた。

 すぐに、真希は尋ねる。

「と、言うことは、その塀が鬼門で、忠司くんは歪んだ時空に迷い込んでしまったってこと?」

 光輝は動揺しながら工藤先輩を見ると、工藤先輩は無言で頷く。

 住職は話しを続けた。

「その後、父から聞いた話では、もっと昔から度々、行方不明の若者が出ていたそうでな。悪循環だと言っておった。迷い込んだ魂たちは執念の塊になり、自分と似たような『人を呼ぶんだ』と、言っておった」

 真希は疑問を投げた。

「私も『呼ばれた』気がしたけど、何で私? 塀に向かって右腕を振ってないし、『自分と似たような』って……その子と私の何が似てるんですか?」

「うーむ。何じゃろう? 何か共通点があるのかもしれんし、もっと違うものかもしれない」

 三人は顔を見合わせながら、互いに考え込んだが答えなど出るわけがない。

 そんな三人の様子を見て、住職は困ったように坊主頭をぽりぽり掻く。

「う~ん。まあ、これはワシが思うとるだけなんじゃが、忠司くんは願いに執着していたんじゃないかと。彼は、いつも顔中に痣があった。家庭環境が良くなくてね『すぐに大人になって遠くへ行きたい』が口癖だったよ」

 光輝が、思い出したかのように口を開いた。

「あっ! なるほど」

「どうしたの? 光輝」

 真希は、光輝の顔を覗き込む。

「真希、例えばだから怒らないで聞いて。願いは誰にでもあるけど、僕は逆に諦めてたりするんだ。叶ってほしいけど、どうせ僕に叶えられるわけないってね。でも、真希は何がなんでも叶えてやろうって気持ちが強過ぎる……とか? 周りを巻き込んでも自分の願いを貫き通すみたいな」

 真希は、ぷくっと頬を膨らませて怒る。

「何よ! 私のせいって言いたいわけ? 光輝も諦めないで願えばいいじゃない。私が叶えてあげるわよ」

「ち、違うって。別に真希が悪いって言ってるんじゃなくて、それだけ想いが強いから、行方不明になった魂と波長が合ってしまったんじゃないかってこと。それと、真希は歩く時、大腕振って歩いてるよ」

「えっ! 私、そんなに偉そうな歩き方なの?」

「うっ……。元気良さそうにかな。それで鬼門の前を通った時に、たまたま条件が揃ってしまって伝説の神社に辿り着いたのかなって」

 光輝はバツが悪そうに俯くと、工藤先輩は光輝の耳元で優しく囁いた。

「確かに菅野さん、元気いっぱいに歩いてたよね」

 ──伝説の神社のことが腑に落ちた三人は、住職にお礼を言い立ち上がる。

 すると住職は、最後に呟いた。

「お嬢さんが戻って来れたのは、まだ願いが叶ってないからだろうね……」

 ……その言葉に、真希はゆっくり振り返った。
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