8 / 30
八話
ハッピーエンドの決意
しおりを挟む
──ヒヒッ……ブルル……ヒヒン。
──ペロペロペロペロ。
(う……ん……。くすぐっ……たいなぁ~。誰だよ)
頬をこねくり回す感覚で目を覚した光輝の視界には、馬が覗き込んでいた。
(……うわあっ⁉︎)
思わず飛び上がり、光輝はすぐさま馬から離れる。
顔をぺたぺた触りながら、目の前の馬を眺めた。
(顔中べちょべちょだ……なんで馬がいるんだ? ……僕は屋上から落ちて……)
「ブルル」と鳴き、馬はゆっくりと後退りしながら、光輝を見つめる。
「ヒヒン、ブルル」
馬は光輝に、何かを伝えたいように見えた。
「えっ?」
馬の口から言葉を聞いたような気がした光輝は、驚いて目を見張る。
(まさか……僕は、コイツの言葉がわかるのか?)
「お前は……マー?」
「ヒヒン」
馬が頷いた。
その動きを見て確信した。
馬は光輝の言葉を理解し、意思疎通できるのだと。
「ブルルルルルル……ヒンヒンヒン」と、鳴きながら馬はゆっくりと光輝に近づき、頭を差し出す。
「……撫でればいいの?」
そう光輝が呟くと、馬に手を伸ばす。
「わかったよ」
何だか、光輝の鼓動が高鳴る。
(本当に言葉が通じてるのかな?)
内心で考えつつも、優しく馬の頭に触れた。
「ヒンヒン」
撫でる光輝の手から伝わる温もりを感じ取りながら、馬は嬉しそうに目を細めた。
「ブルルル……ブルル」と、鳴きながら顔を擦りつけるようにしてきた馬に、思わず笑みが溢れる光輝。
「はははっ! 可愛いなお前……じゃなくてっ⁉︎ マー? マー……!」
馬に喋りかけた光輝だったが、そこで初めて自分の異変に気づく。
「ここは……馬小屋。目の前には馬のマー……嘘!」
今、自分がいるであろう場所は馬小屋、そして自分の前には意思疎通ができる馬のマーがいる。
「えっえっえっ⁉︎ これって、真希が作った台本の中? 真希の書いた台本に取り込まれたってこと? そんなバカな話が……」
困惑する光輝に、マーは「ヒン」と、鳴きながら足元の藁を鼻先で左右に掻き分けた。
「ここを掘れってこと?」
光輝が恐る恐るマーに近づくと、再び鳴きながら頷く。
「……掘れば……いいの?」
不安げに尋ねる光輝に、マーは再び「ヒン」と鳴いた。
「わ……わかったよ」
おずおずと近づきながら藁を掻き分けると、そこには一冊のノートがあった。
「ノート? ……違う。これは『三五夜の愛演奇縁』の台本だ!」
興奮した光輝は、勢いに任せて台本を捲り中を見た。
「やっぱり。じゃあ、僕の今の姿はどうなってんだ? ……鏡、鏡はどこに?」
するとマーが鼻先で、水の入った桶の方向を示す。
「そっか、ありがとう! マー」
そして光輝は、水に映った自分の姿を見て言葉を失った。
水面に映っていたのは光輝の姿ではなく、肩まで伸び切ったボサボサの髪に、頬は痩せ細り青白く薄汚れた顔をした少年が映し出された。
何よりも薄汚れた顔に、青みがかった黒い瞳がギラついてるのが印象的だった。
「これが……僕? 蘭丸か? そう言えば、声も幼い気がする」
小さな両手を目の前に広げ、困惑した表情で呟く光輝。
「……骨と皮。これが、この世界で生きる本物の蘭丸の姿なんだ」
光輝は、自分が置かれている状況を理解すると、絶望のあまり座り込んでしまった。
その様子を見たマーは、何かを訴えるように鳴き始めた。
「どうした?」
そして馬小屋の中を見回すと、隅の方に汚れた毛布を見つけた光輝は、フラフラとした足取りで近づくと座り込み、毛布をすっぽり被るとそのまま力なく横になってしまう。
(僕……死んだんじゃないの? 真希が作った話の世界にいるなんてどうなっちゃうんだよ……それとも夢を見てるのか?)
マーは心配そうに鳴き続けながら、光輝に体を擦りつけた。
少しずつ落ち着きを取り戻した光輝は、そっと毛布からひょっこり顔を出す。
すると、心配そうな目をしたマーが覗き込んでいた。
「……お前は本当に優しいな。心配してくれてるんだね。聞いてくれる? 僕はさ、屋上から落ちたんだ。あの高さから落ちて生きてるはずがないよね。なのに、気がついたらここにいた。これからどうすればいい?」
マーは答えているのか、
「ヒヒン、ブルル! ヒヒンヒヒッン? ヒ~ン!」
「……えっ? 僕がこの世界で生きているのは何か意味があるのか? 」
光輝が質問すると、マーは小さく頷いた。
「えっ、あるの?」
再び小さく頷く。
「それはどんな……」
光輝が質問すると、マーは体を背ける。
(なんだ? 言いにくいことなのか?)と、察して質問を辞めた光輝に、マーは再び体を背ける。
(うう……なんか気まずい)
──何かに気づいたのか、マーは口に『三五夜の愛演奇縁』の台本を咥えていた。
そして、そっと光輝の前に置く。
「ん……これは台本」
首を傾げる光輝に、マーは首を縦に何度も振った。
「読めってことだね。わかったよ」
内心、自分を追い詰めるキッカケになった『三五夜の愛演奇縁』の話にも、最期まで報われない愛を貫き通す主人公である蘭丸には、若干うんざりしていた。
……真希には感謝している。
しかし、光輝の為と言いながら振り回すことも、嫌なのに何か期待して中途半端に首を突っ込む自分自身、知らない奴らに罵声を浴びせられることも、全てから逃げたくて屋上に駆け上がったというのに。
「ここに、僕が存在する意味があるのか……あれ? そう言えば、工藤先輩も一緒に落ちなかった?」
肝心なことを思い出した光輝は、マーを見た。
「ヒヒン! ブルルルル‼︎」
激しく鳴きながら首を縦に振る。
「それは本当? じゃあ、工藤先輩も僕と同じってこと? 工藤先輩も、月華一座の清河の姿になっている可能性があるってことか」
さらに激しく頷くマーに、光輝は複雑な感情が胸の中で渦巻くのを感じた。
(もしも、僕と同じようにこの世界に飛ばされたのなら、ちょっと嬉しいな)
僅かな希望を胸に抱く光輝だったが、すぐに考え直す。
(でも……それって、蘭丸の境遇と同じ? ちょっ……待って! 台本のシナリオ通りの人生を体感しなきゃいけないってこと?)
「うわぁっ‼︎ 勘弁してくれよ……マジで最悪だ! この物語は悲恋じゃん。最期、清河は国王の娘と結婚して、蘭丸は城から飛び降りるんだよね? 真希の奴、せめてコメディにしてくれ! 現世でも屋上から落ちてんのに。何回、落ちればいいんだよっ!」
思わず頭を抱えた光輝に、マーは励ますように擦り寄った。
「マ~、ありがとねぇ……見た目は蘭丸だけど、僕が別人の人間だってお前にはわかるのか?」
マーは、小さく頷いた。
「そっか……お前は頭がいいね。本当の僕を知っていてくれる存在がいると心強いよ」
「ヒンヒン!」と鳴くマーに、光輝は目頭が熱くなるのを感じた。
(こんな不遇な人生を送った僕にも、コイツがいてくれるのかぁ)
「ねえ、マー。不安なんだよ。何回も聞いちゃうけど、僕はどうしたらいいの?」
すると光輝が手にしていた台本のページを、マーは口で開いた。
「……村祭り。そっか! 旅芸人たちがこの村に来るんだった。もし、工藤先輩も清河になっているなら会えるはず」
そして、マーは光輝を励ますように頷いた。
「よし! 僕は村祭りで蘭丸がした事をする!」
マーは、慌てた様子で何度も鳴き声を上げた。
「なあに? 違うって……。そっか、ダメじゃん。蘭丸と同じ道を辿れば悲しい結末になってしまう。真希は僕の恋を応援するなら、ハッピーエンドにしてくれればいいのに。まあ、悲恋の方が名作って言われる作品多いけどさあ……」
そして、台本を握り締めた光輝は「決めたぞ!」と、力強く立ち上がった。
「冗談じゃない! 二度も悲しい運命なんてバカらしい。僕は、ハッピーエンドにする道を探すよ!」
すると、マーは嬉しそうに鳴いた。
(コイツは本当に可愛いな。人間みたい)
マーを優しく撫でる光輝だったが、頭の中で別の事を考えていた。
(でも、その前に……この体って栄養失調で死ぬんじゃないの?)
そんな心配を抱えながらも決意した光輝は、まずは自分が今できることを始めることにした。
──ペロペロペロペロ。
(う……ん……。くすぐっ……たいなぁ~。誰だよ)
頬をこねくり回す感覚で目を覚した光輝の視界には、馬が覗き込んでいた。
(……うわあっ⁉︎)
思わず飛び上がり、光輝はすぐさま馬から離れる。
顔をぺたぺた触りながら、目の前の馬を眺めた。
(顔中べちょべちょだ……なんで馬がいるんだ? ……僕は屋上から落ちて……)
「ブルル」と鳴き、馬はゆっくりと後退りしながら、光輝を見つめる。
「ヒヒン、ブルル」
馬は光輝に、何かを伝えたいように見えた。
「えっ?」
馬の口から言葉を聞いたような気がした光輝は、驚いて目を見張る。
(まさか……僕は、コイツの言葉がわかるのか?)
「お前は……マー?」
「ヒヒン」
馬が頷いた。
その動きを見て確信した。
馬は光輝の言葉を理解し、意思疎通できるのだと。
「ブルルルルルル……ヒンヒンヒン」と、鳴きながら馬はゆっくりと光輝に近づき、頭を差し出す。
「……撫でればいいの?」
そう光輝が呟くと、馬に手を伸ばす。
「わかったよ」
何だか、光輝の鼓動が高鳴る。
(本当に言葉が通じてるのかな?)
内心で考えつつも、優しく馬の頭に触れた。
「ヒンヒン」
撫でる光輝の手から伝わる温もりを感じ取りながら、馬は嬉しそうに目を細めた。
「ブルルル……ブルル」と、鳴きながら顔を擦りつけるようにしてきた馬に、思わず笑みが溢れる光輝。
「はははっ! 可愛いなお前……じゃなくてっ⁉︎ マー? マー……!」
馬に喋りかけた光輝だったが、そこで初めて自分の異変に気づく。
「ここは……馬小屋。目の前には馬のマー……嘘!」
今、自分がいるであろう場所は馬小屋、そして自分の前には意思疎通ができる馬のマーがいる。
「えっえっえっ⁉︎ これって、真希が作った台本の中? 真希の書いた台本に取り込まれたってこと? そんなバカな話が……」
困惑する光輝に、マーは「ヒン」と、鳴きながら足元の藁を鼻先で左右に掻き分けた。
「ここを掘れってこと?」
光輝が恐る恐るマーに近づくと、再び鳴きながら頷く。
「……掘れば……いいの?」
不安げに尋ねる光輝に、マーは再び「ヒン」と鳴いた。
「わ……わかったよ」
おずおずと近づきながら藁を掻き分けると、そこには一冊のノートがあった。
「ノート? ……違う。これは『三五夜の愛演奇縁』の台本だ!」
興奮した光輝は、勢いに任せて台本を捲り中を見た。
「やっぱり。じゃあ、僕の今の姿はどうなってんだ? ……鏡、鏡はどこに?」
するとマーが鼻先で、水の入った桶の方向を示す。
「そっか、ありがとう! マー」
そして光輝は、水に映った自分の姿を見て言葉を失った。
水面に映っていたのは光輝の姿ではなく、肩まで伸び切ったボサボサの髪に、頬は痩せ細り青白く薄汚れた顔をした少年が映し出された。
何よりも薄汚れた顔に、青みがかった黒い瞳がギラついてるのが印象的だった。
「これが……僕? 蘭丸か? そう言えば、声も幼い気がする」
小さな両手を目の前に広げ、困惑した表情で呟く光輝。
「……骨と皮。これが、この世界で生きる本物の蘭丸の姿なんだ」
光輝は、自分が置かれている状況を理解すると、絶望のあまり座り込んでしまった。
その様子を見たマーは、何かを訴えるように鳴き始めた。
「どうした?」
そして馬小屋の中を見回すと、隅の方に汚れた毛布を見つけた光輝は、フラフラとした足取りで近づくと座り込み、毛布をすっぽり被るとそのまま力なく横になってしまう。
(僕……死んだんじゃないの? 真希が作った話の世界にいるなんてどうなっちゃうんだよ……それとも夢を見てるのか?)
マーは心配そうに鳴き続けながら、光輝に体を擦りつけた。
少しずつ落ち着きを取り戻した光輝は、そっと毛布からひょっこり顔を出す。
すると、心配そうな目をしたマーが覗き込んでいた。
「……お前は本当に優しいな。心配してくれてるんだね。聞いてくれる? 僕はさ、屋上から落ちたんだ。あの高さから落ちて生きてるはずがないよね。なのに、気がついたらここにいた。これからどうすればいい?」
マーは答えているのか、
「ヒヒン、ブルル! ヒヒンヒヒッン? ヒ~ン!」
「……えっ? 僕がこの世界で生きているのは何か意味があるのか? 」
光輝が質問すると、マーは小さく頷いた。
「えっ、あるの?」
再び小さく頷く。
「それはどんな……」
光輝が質問すると、マーは体を背ける。
(なんだ? 言いにくいことなのか?)と、察して質問を辞めた光輝に、マーは再び体を背ける。
(うう……なんか気まずい)
──何かに気づいたのか、マーは口に『三五夜の愛演奇縁』の台本を咥えていた。
そして、そっと光輝の前に置く。
「ん……これは台本」
首を傾げる光輝に、マーは首を縦に何度も振った。
「読めってことだね。わかったよ」
内心、自分を追い詰めるキッカケになった『三五夜の愛演奇縁』の話にも、最期まで報われない愛を貫き通す主人公である蘭丸には、若干うんざりしていた。
……真希には感謝している。
しかし、光輝の為と言いながら振り回すことも、嫌なのに何か期待して中途半端に首を突っ込む自分自身、知らない奴らに罵声を浴びせられることも、全てから逃げたくて屋上に駆け上がったというのに。
「ここに、僕が存在する意味があるのか……あれ? そう言えば、工藤先輩も一緒に落ちなかった?」
肝心なことを思い出した光輝は、マーを見た。
「ヒヒン! ブルルルル‼︎」
激しく鳴きながら首を縦に振る。
「それは本当? じゃあ、工藤先輩も僕と同じってこと? 工藤先輩も、月華一座の清河の姿になっている可能性があるってことか」
さらに激しく頷くマーに、光輝は複雑な感情が胸の中で渦巻くのを感じた。
(もしも、僕と同じようにこの世界に飛ばされたのなら、ちょっと嬉しいな)
僅かな希望を胸に抱く光輝だったが、すぐに考え直す。
(でも……それって、蘭丸の境遇と同じ? ちょっ……待って! 台本のシナリオ通りの人生を体感しなきゃいけないってこと?)
「うわぁっ‼︎ 勘弁してくれよ……マジで最悪だ! この物語は悲恋じゃん。最期、清河は国王の娘と結婚して、蘭丸は城から飛び降りるんだよね? 真希の奴、せめてコメディにしてくれ! 現世でも屋上から落ちてんのに。何回、落ちればいいんだよっ!」
思わず頭を抱えた光輝に、マーは励ますように擦り寄った。
「マ~、ありがとねぇ……見た目は蘭丸だけど、僕が別人の人間だってお前にはわかるのか?」
マーは、小さく頷いた。
「そっか……お前は頭がいいね。本当の僕を知っていてくれる存在がいると心強いよ」
「ヒンヒン!」と鳴くマーに、光輝は目頭が熱くなるのを感じた。
(こんな不遇な人生を送った僕にも、コイツがいてくれるのかぁ)
「ねえ、マー。不安なんだよ。何回も聞いちゃうけど、僕はどうしたらいいの?」
すると光輝が手にしていた台本のページを、マーは口で開いた。
「……村祭り。そっか! 旅芸人たちがこの村に来るんだった。もし、工藤先輩も清河になっているなら会えるはず」
そして、マーは光輝を励ますように頷いた。
「よし! 僕は村祭りで蘭丸がした事をする!」
マーは、慌てた様子で何度も鳴き声を上げた。
「なあに? 違うって……。そっか、ダメじゃん。蘭丸と同じ道を辿れば悲しい結末になってしまう。真希は僕の恋を応援するなら、ハッピーエンドにしてくれればいいのに。まあ、悲恋の方が名作って言われる作品多いけどさあ……」
そして、台本を握り締めた光輝は「決めたぞ!」と、力強く立ち上がった。
「冗談じゃない! 二度も悲しい運命なんてバカらしい。僕は、ハッピーエンドにする道を探すよ!」
すると、マーは嬉しそうに鳴いた。
(コイツは本当に可愛いな。人間みたい)
マーを優しく撫でる光輝だったが、頭の中で別の事を考えていた。
(でも、その前に……この体って栄養失調で死ぬんじゃないの?)
そんな心配を抱えながらも決意した光輝は、まずは自分が今できることを始めることにした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
17
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる