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二十五話

 真希との再会

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 全て話そうと決めた光輝は、工藤が待つ部屋へと戻ることにした。

 そぅ~っとドアを開けると、工藤がベッドから上半身を起こす。

「あ、ごめん! 起こしちゃった?」

「ううん、寝てないよ。少しぼうっとしてただけ。光輝は木梨と話せたの?」

「うん。実は……真希もこっちの世界に来てしまったみたいで……これ読んでみて」

 光輝は、工藤に手紙を差し出した。

 その手紙に目を通した工藤は、手紙に書かれた内容を読み表情が暗くなる。

「そう……菅野さんが……」

「うん。この手紙を渡してくれた朔望殿の忍び部隊から受け取ったんだ。雅姫の誕生祭の前に話した方がいいと思うって。また明日、使いの者を寄越すみたい」

「ところで、光輝。なぜ、ボクじゃなく木梨に最初に話したの?」

 不満そうに光輝に問いかけた。

「え⁉︎」

(なぜ? ……って、言われても……。僕を捨てて雅姫を選んでしまいそうだったから? 嫉妬? 何となく? 言葉が上手く出てこない。どう伝えればいいんだろう)

 光輝が黙っていると──。

「ボクのこと、信じられない?」

「ち、違う! 違うから……」

 工藤はベッドから降りると、光輝の側に行く。

 そして工藤は、光輝を優しく抱き寄せた。

 寂しそうな表情をする工藤を見て、光輝は慌ててしまう。

「ボクは、光輝がずっと側にいてくれると信じてる。だから、光輝もボクを信じてほしい」

 工藤の潤んだ瞳は、真っ直ぐに光輝の瞳を見つめていた。

 その潤んだ瞳に、これ以上、気持ちを隠せないと悟った光輝は、自分が不安な気持ちになっていたこと、嫉妬していたことを正直に話すことに……。

「最初はね、確かに不安で……裕介の雅姫を見つめる視線が気になったんだ。僕より雅姫を好きになったらどうしようって。だって、そうでしょ? 僕も裕介も男が好きってわけじゃない。まあ、僕の場合は裕介が初恋だったけど……」

 すると、工藤はクスッと笑う。

「それはボクもだよ。光輝が初恋」

 二人は抱き合ったまま、お互いの唇を重ねた。

(本当に僕のこと好きだって思ってもいいよね……)

「裕介、ごめんね。これからは、何でも最初に話すから」

 そう言って、光輝が工藤から離れようとしたが、工藤は光輝を離す気はないらしい。

 更に、ギュッと力を入れて抱きしめてくる。

「いいよ。ボクも光輝の気持ちを考えていなかった。雅姫のことは誤解だよ。そんな目で見てたわけじゃない。でも、何かあったらボクは光輝が一番だってこと忘れないで」

「うん! ありがとう」

 光輝は、工藤の背中に手を回し胸元に顔を埋める。

「僕は、裕介が誰よりも好き。アハハ、もう僕は裕介に捨てられるんじゃないかって心配で心配で。あ~、もっと早く話してたらよかったね」

「そうだよ、光輝。誤解させてしまったボクも悪いんだ。フフフ、じゃあ~二人ともごめんなさいってことで」

 こうして二人は笑い合う。

 ──ちょっとした誤解に嫉妬、恋人同士ならよくある事だ。

 そして何度もキスを繰り返した後、お互いをギュと抱きしめ合ったまま眠りについた。


 次の日──。

 朝から三人は宿屋前の広場で、月華一座の団員たちと雅姫誕生祭での演目を稽古中だ。

 幸い、転生したのは外見だけではなく、木梨は座長である星大河としての指導力。

 光輝は役者として蘭丸の女形のしなやかさ。

 同じく工藤は、売れっ子役者らしい清河としての歌唱力と演技力が備わっている。

 すぐに他の団員たちが見惚れてしまうほど。

 午後になり三人は同じ部屋で休憩していると、光輝がふいに窓の外を見た。

 すると視線の先には、昨晩、訪ねてきた朔望殿の忍び部隊の者が木陰からちょこんと顔を覗かせている。

「あっ……あの人だ。来ましたよ。朔望殿の忍びの人が!」

 木梨と工藤も同時に立ち上がり、三人は外に出ると忍び部隊と合流する。

 三人を確認した忍び部隊の者は、一礼してから無言でまた光輝に手紙を渡す。

「ありがとうございます」

 光輝が手紙を受け取ると、忍び部隊の者は再び無言で去っていった。

 ──手紙には、待ち合わせ場所と時間が書かれていた。

『今夜十時、朔望殿の裏門前にて待つ』

 手紙を読み終えると、木梨が口を開く。

「朔望殿の裏門前か……ここからも近いし丁度いいな! 今夜かぁ~。 これで元の世界に戻れる可能性が強まったな」

 すると工藤が不安そうな表情で呟く。

「ねえ、光輝。その手紙って本当に菅野さん?」

「え?」

「だって、その手紙……誰が書いたのか書いてないよ」

 工藤の言葉に、光輝は一瞬、固まった。

 確かに手紙には差出人の名前が書かれていない。

(真希が手紙を出したとは限らないけど、僕の現世の名で届けられたからな……)

 その時、木梨は笑い出す。

「おいおい工藤、心配しすぎだって。アイツも俺たちと同じでこっちに来てるんだろ? ケチつけんなっての」

 木梨は、工藤の肩をバシッと叩いた。

「そうだね……ごめん」

 工藤は、光輝にも謝った。

「光輝もごめん。変なこと言って。やっぱり、光輝も早く現世に帰りたいよね?」

 ──光輝は首を縦に振る。

「帰れるなら、帰りましょう。僕は裕介と……みんなと一緒に帰りたいです」

 光輝の言葉を受け、なぜか工藤は俯いてしまう。

「うん。そうだよね……」

 工藤の様子が気になった光輝だが、木梨が先に口を開く。

「とりあえず、時間になったら行ってみようぜ」

「ええ、そうですね」

 光輝たちは宿に戻り、夜の待ち合わせの時間まで各自稽古に勤しんだ。


 その夜──。

 三人と、小さなマーとアルマスは朔望殿の裏門前へと向かう。

 朔望殿の裏門前には昨夜、光輝が手紙を届けた忍び部隊の者がいた。

「光輝様、お待ちしておりました。こちらでございます」

 そう言って彼は、光輝たちを裏門の中へと案内してくれた。

 裏門を抜けると目の前には、立派な洋館が建っていた。

「朔望殿の中ですか?」

 光輝が不思議そうに尋ねると、彼は首を振る。

「いえ、ここは朔望殿の別邸でございます」

 そして三人は洋館の中へと案内された。

 その広いダイニングルームには、明らかに男だと思われる大柄な風貌に、黒いローブを身に纏い、フードを被っていて顔は見えない。

「光輝!」

 大柄な男は低い声で光輝の名を呼び、フードを脱いだ。

 光輝たちは一斉に息を飲んだ。

「……あなたは、本当に真希?」

 そう光輝に聞かれると、真希はフッと笑う。

「そうだってば! 私は間違いなく菅野真希! もう~最悪。こっちの世界に来たら、まさかの国王よ。いい? ありえない私が国王なんてぇ。本当は雅姫に転生する予定だったのに~」

 真希は不満そうに、頬を膨らませる。

「その口調! アハハ、やっぱり、真希だ。なんか変な感じ」

「笑わないでよ。こっちはマジで焦ってるんだから! ああ、工藤先輩と木梨先輩も無事で良かったです」

 真希は、工藤と木梨にも微笑みかける。

「お、おう。髭、似合ってんな菅野」 

「……久しぶりだね」

 二人はぎこちなく答えた。

「そ、それより真希、どうやってこっちへ来たの?」

  光輝が尋ねると、真希は真顔になる。

「ほら、あれよあれ! 宝魂寺のお爺ちゃんに力を借りたの」

 真希は、宝魂寺のお爺ちゃんの事を光輝に説明する。

「え⁉︎ あの住職、そんな力あるの? 」

「そうなのよ。なんか、ずっと修行して身につけたらしいわ。なんでも宝魂寺の由来は魂を救済する仏法僧らしいの。だから、私の身体は、現世で寝ていて魂だけ転生した状態」

 光輝と木梨も驚いたように顔を見合わせる。

「魂の救済だって? そんな力があれば、元の世界に戻れるかもしれないな」

 木梨が興奮気味に言うと、真希は首を横に振った。

「勿論、可能性はゼロではないけど、私と違って三人は身体ごとこっちの世界へ飛ばされたでしょう? しかも……」

 真希は言葉を止める。

「なんだよ? なんかあるのか?」

 木梨は、真希に話の続きを促した。

「う~ん、信じてくれるかわからないけど……」

 真希は少し迷った後、口を開いた。

「実は台本の物語は実際にあった話なの。それを私がオリジナルに作り変えたって言うか……ある登場人物も実在した人物ってこと」

「え⁉︎ そうなの?」

 真希の言葉に光輝が驚く。

「あっ、でも誤解しないでよ! パクったわけじゃないから。あくまでもベースとしてね。ただ、そこが問題じゃなくてパラレルワールドて聞いたことあるでしょ?」

「あるけど……パラレルワールド? 異空間?」

 すると工藤が、真希に問いかける。

「それも間違いではないけど、異空間と言うより、ある過去の地点から分岐し、現在と並行して存在する世界と言った方がわかりやすいかな。菅野さん、それがどうしたの?」

「この世界は、私たちがいた現実世界と似たような作りになってるけど、所々で違うところがあるのよ」

 それを聞いていた木梨も不思議そうに口を開いた。

「よくわからねぇが、その前に『ある実在人物』って誰だよ?」

「それは……」

 ──真希は、光輝に視線を向ける。
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