テンプレ勇者にあこがれて

昼神誠

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結社活動編

蝦夷地にて

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 リゲルが倒れ込んでいる尼僧のもとに近寄り話をする。

「まずは悪魔のことだ。何処に居る?」

「悪魔?」

 尼僧は相手が何を聞きたいのか全く理解できなかった。
 いくら悪魔崇拝者とは言っても悪魔が現実に存在しているなどとは心の何処かで信じていない。
 言わば自分の欲望のままに行動する前提条件が欲しかっただけなのだ。
 だが、真剣な表情で質問をするリゲルがとてもふざけているとは思えなかった。
 そこで尼僧は確信した。

(ま、まさか……サタン様は本当に実在する!? そうだ、冷静に考えれば日本に居たころも呪物などという信じ難いものに救われた。サタン様が実在するのなら……ふふふ、私はまだやれる!)

 尼僧は諦めが悪かった。
 例えどのような状況で詰んでいても不幸な子どもさえいれば再起を図れると考えている。

「早く言え! さもないと順番に手足を削ぎ落とすぞ!」

「は、はいっ! 悪魔の名は……資産家ドケチ。中世の頃からこの森を含む西部を支配していた貴族です」

「シサンカ……たまに聞くわね。それってどういうものなの?」

「悪魔です! 人間を過酷な労働で死ぬまで利用し、その後は魂を貪り食うのです!」

 尼僧は嘘を付くのが上手かった。
 そして偶然にもシリウス達が見てきたモンドン市街地の惨状と同じであったためシリウス達にはそれが真実となる。
 
「僕の予想通りだったか。人間を強制労働させている者達の総称をここでは死産家と言うのだろう」

「は、はい! そうです! だから命だけは……」

「そのドケチとやらは何処に居る!」

「ここから南西部にある巨大な宮殿です!」

 リゲルが目線をプロキオンに送るとすぐに壁を登り南西方向を見る。

「彼女は何を……」

「プロキオンは目が良いんだ。視力は20、そして夜目も効く」

「確かに巨大な建造物が見えるでござるな。ここから約20キロほど先でござる」

 尼僧は冷や汗をかいた。
 仲間を売ることに何の罪悪感も感じない尼僧だったが、ここでもし虚偽内容を伝えていたらと思うとゾッとしたのである。

「悪魔の居場所はこれで分かったね。次は研究とやらだ。日本人を使って何を研究している?」

「お、陰陽術です」

「陰陽術の研究? わち達日本人にしか使えないのに紅毛人が研究する意味ってあるの?」

 ベガが疑問を投げかけると適当に嘘をついているのではと勘ぐり、リゲルやシリウス達は尼僧を睨みつける。

「だからこそです! 日本人以外でも使えるようにするための研究! 私が先程使えたのもそのおかげなのです!」

 その言葉を聞きシリウス達は昔、美心から聞いた一つの言葉を思い出す。

『陰陽術は日本人のみが扱える。だが、これは国を守るための力であり、この日本に存在する邪悪を滅するためのものだ。俺がお前たちに教えるのもそのためだ、良いな?』

『お義母様、何故日本人しか陰陽術を使えないのですの?』

『こんな便利な力を使えない南蛮人など海外の人は可哀想だな』

『それは甘い考えというものだ。大陸の者が使うと必ず隣国との領土争いに利用されるであろう。それは過激化するといずれは世界大戦となり……世界を滅ぼす。だからこそ、これは島国である日本国内でのみ許されるものなのだ』

「……確かにマスターがそう仰っていたわ」

「それが現実になってしまった!?」

「うわぁぁぁん! 世界が滅びるよぉ!」

「もしかして悪魔の最終計画は世界大戦でござるか!」

「なるほど、分かったぞ! 屍人が大勢出るほど魂を貪り食える。悪魔にとってそれほどの好条件は無い」

 シリウス達は互いに顔を合わせ大きく頷く。

「急いでドケチを葬らないと!」

 シリウスやプロキオンはその場を離れ南西にある宮殿に向かおうとする

「まだだ! まだ尼僧から情報をすべて得られていない!」

 リゲルは2人を制止し話を続ける。

「教えろ! 日本以外で陰陽術が使える方法を!」

「そ……それは……」

 尼僧は口を閉ざす。

「言えないの。だったら、ここまでね。もう殺す!」

「ひぃぃ! 言います言わせていただきます! それはエゲレス陸軍が開発した……」

 その内容を聞き終えた時、シリウス達の目には大きな使命感が燻り始めていた。
 シリウスが手紙を春夏秋冬邸に送って数日後。
 …………松前藩カカシマヤ103号店地下100階。
 
「この赤い石……どの鉱石にも当てはまらないですね。だとすると人工物? カペラさん、これってやっぱり人の手で……」

「こ、これは!」

 遠心分離機の結果を見て驚愕するカペラ。

「カペラさん、どうしたのですか? 突然、大きな声を上げて」

「マスターにすぐ報告するでありんす! この赤い石の正体は……」

 美心は数日間、京都へは戻らずアキシペを村長とするコタンに仮住まいしアイヌ料理を楽しんでいた。

「うんめぇ、この海鮮増し増しチェプオハウ! やっぱ北海道といえばホタテと鮭だよなぁ」

「マスター!」

 村長の住居に駆け込むカペラ。
 その手には数枚の資料が筒状になり握られている。

「おぅ、カペラ。お前も食え食え。今日のオハウは魚介系の出汁がよく出ていてうめぇぞ」

「あ……アキシペ村長、ありがたく頂戴するでありんす。えっと、赤い石の分析結果が出たでありんすが……」

 美心の表情がいつにもなく真剣なものに変わる。

「ほぅ、外で聞こうか」

 誰もいない場所まで行きカペラの話を聞く。

「それで結果は?」

「まずはこれを見てほしいでありんす」

 資料を渡し美心が目を通す。

「なるほど……やはり人工物だったか」

 美心は強い憤りを覚え、そして同時に期待に胸を踊らせていた。

(うっひょぉぉぉ、遂にやりやがった! こりゃ絶対にアイツの仕業だ! 俺に悟られぬよう陰に潜みコソコソと動いていたのは知っていたが、まさかこんなものまで作り上げるとは大したもんだ。うへへへ、アイツの年貢の納め時がついに来ちゃったかぁ?)

 真剣な表情が崩れニヤけてしまう美心。
 戦闘狂である彼女にとってまたとないチャンスがやってきたと確信したのである。

「マスターの叡智のおかげで判明させるのにそれほど時間をかけず分析できたでありんす。ルビーやスピネルなど赤い宝石の元素と共に存在するのは人間の血液。おそらく日本人のものかと……でも、どうしてこんなものが平原に落ちていたでありんすか?」

「ここからならロセア軍の仕業だろう。おそらく実験場として使ったと私は予想する」

「軍が? どうしてこんなものを?」

「2年ほど前にこれに似た石がオマンダ商人の手によって私のもとに渡ってきてな。ジャップストーンと呼ばれている希少な鉱石だ」

「ジャップストーン? 何かに使えるでありんすか?」

「日本人以外でも陰陽術が使えるようになる。僅かな時間に限定されるがな」

 カペラはそれほど驚かずに冷静に美心の話に耳を傾ける。

「それって時間が経つと壊れるでありんすの?」

「そうだ、すまなかったな。ある程度の憶測は付いていたが決定打が無かった。お前になら独学で分析できるかと思い託させてもらった次第だ」

「そんな……マスターの叡智にはいつも驚かされるでありんす。それに拙にとっても良い勉強になったでありんす」

 フワッ

 美心は宙に浮きカペラに伝える。

「カペラ、私は屋敷に戻る。お前にはコード221を命ずる。忙しくさせてすまんが頼んだぞ」

「コード221!? マスター、各地に散った古参メンバーも集め何をするおつもりでありんすか!?」

「……くくく、戦争だ!」

 そして話は再びモンドン郊外に戻る。
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