テンプレ勇者にあこがれて

昼神誠

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美心(青年期)編Ⅰ

事故にて

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 松尾大社の境内には教師数人のみが待機し、生徒達はオリエンテーションで嵯峨野へ向かったことを聞く。
 
「ふむ、どうやら危険だったようだね。勧修寺様の単独行動も許されることではないが特別に許そう」

 美心達は思った。
 公家だから説教も迂闊に出来ないのだと……。

「中御門様、勧修寺様、美心、それから……ええと」

「うちはずんやで! 舞香様のお側で働かせてもろうてるねん」

「あ、ああ。そうだったね」

「先生、まさか儂の名を忘れたと?」

「その……いや、すまん」

「伊達家のせいで儂の家は衰退の一途を辿るばかり。覚えていなくても仕方がないですじゃ。儂は最上京果《もがみ きょうか》。最上家の長女ですじゃ」

「うむ、先程の3人に最上と特別にずんちゃんの計5名で班を組むことを許そう」

「で、何するん?」

「確かハイキングだったような?」

「はぁ、面倒くさいです」

 教師から説明が入る。
 ここ松尾大社から嵯峨野までの各ポイントに10人の教師が立っている。
 競争では無いが遅すぎてもいけない。
 正午までに最低でも8名分の印を押してもらわなければトイレ掃除半年間という罰まである。

「正午まであと2時間程度……」

「舞香様、急ぐべきですじゃ」

「では、10分後にここで。先に手洗いなど済ませておきたいしね」

「仕方ないですね」

 10分ほど準備をするため皆がその場から離れる。

「美心さん、宮司さんにお願いをして巫女服を貸してもらったよ。これに着替えてくるといい」

「ありがとう、勧修寺くん」

 巫女の服に着替える美心。
 本来ならこのようなコスプレ的なことは喜ぶ美心なのだが今は上の空であった。

(俺も前世の記憶を持っているからか、中御門舞香……奴には何か俺に似た秘密があるように思えてならない。それに冷静になって考えると俺に格好いい二つ名を付けてくれた奴が悪魔な訳が無い。悪役令嬢には変わりがないが……ラノベでもたまに意外な展開があるよな。乙女ゲー主人公と悪役令嬢が仲良くなる乙女ゲー設定を破壊しそうな展開。これはいわばドラクエでいうところの勇者と魔王が友達になり、ゆるふわなスローライフ小説になるのも同然! 嫌だ……そんなのは嫌だ! 俺は魔王をぶっ殺すために転生したんだ!)

 毎度ながらサイコパスな一面もある美心である。

(その前哨の修行時代である学園編の今は乙女ゲー設定を楽しみたいのにどうして中御門が同じ班になるんだ!? これはもう先が読めてしまう展開だ。絶対にこのハイキングの最中に中御門は俺に気を許してくる。なぜなら、奴の側付きのずんが俺に懐き、友人の最上はすでに気を許しているからだ! さっきも連れションに誘われたくらいだし……まずい、まずいぞコレは! 乙女ゲー主人公が光とするなら、闇である悪役令嬢は俺の学園編をより一層楽しくしてくれる究極のスパイス! それが無ければ、ただただステータスを上げ攻略キャラ達とデートを繰り返し、好感度を高め卒業の時に告白されるという古き恋愛シミュレーションになってしまうじゃないか! そんなのつまらすぎる! 悪役令嬢だ、悪役令嬢が居なければ俺の楽しい学園生活は成り立たないんだぁぁぁ!)

 すべて美心の妄想である。
 だが、美心の中では現実であるため美心は決心する。

(中御門舞香を悪役令嬢の位置に居続けさせるために俺ができそうなこと……よく考えろ。絶対に何かあるはずだ!)

「美心さん、そろそろ出発……うわぁ、まだ着替えていなかったのかい!?」

(唐突の覗きイベント……だとっ! し、しまった……考え事は後にして夢にまで見た定番の行動を取らなくては! 定番の……)

「いやぁぁぁ、勧修寺くんのエッチィィィ」

 バシッ
 
 公家である輝彰の顔面にビンタが炸裂する。
 ただ、咄嗟のイベントだったため力の加減を忘れていた美心のビンタは普通のビンタではない。

 ゴキッ
 ピクピク……

「へっ……」

 大抵の人間では頭部が弾け飛んでしまうほどの威力だが、普段から鍛えている輝彰は首の骨を折るに留まった。
 だが、重症には変わりがない。
 当然ながら美心は焦った。
 今までで最大のピンチが彼女に襲ってくるのを肌で感じた。

(や、やべぇ! 回復、回復……でも、俺はまだ回復陰陽術を使えない。誰か、誰か呼ばないと……誰を呼ぶ? 先生? いや、駄目だ! 下剋上をしたと思われ最悪、退学になるかもしれん! 堀田さんは駄目だ。すでに嵯峨野へ行ってしまっている。周辺にいる生徒で話が分かりそうなのは……)

 美心は本気で焦った。
 自分の話を信じてくれる相手は輝彰くらいだと。
 残りの生徒達はすべて舞香の友人。
 最悪の場合、舞香に知らせ舞香から勧修寺家に直接連絡を入れられるかも知れない。

(つ……詰んだ……俺の人生……)

 美心は本気で落ち込んだ。
 そして、さらに追撃をかけるかのように事が起きる。

「今、変な音が……?」

(げぇぇぇ、誰か来た!? ま、まずい! 急いで輝彰を隠さなければ! 押し入れか畳の下か……ええい、どちらも入りそうに無い! こうなったら……)

 瀕死状態の輝彰を抱き抱え大社の中庭へ出る美心。
 そう、この女、まるで死体を隠すかのように土を掘り、瀕死状態の輝彰を埋めようと考えているのだった。
 それは思わぬ殺人で頭の中が混乱し、どうにか隠したい加害者の心情そのものであった。

「あら? 平民、みんな集まっていますよ。何を……」

 先程の声の相手は舞香だった。
 その舞香が美心の犯行現場を目撃する。
 2人は互いに目を合わせ硬直する。

(中御門……だとっ!? 終わったぁぁぁ……俺の学園生活……これからは追放モノ主人公を演じるしか……嫌だ、追放モノは俺の精神がヘタりそうから嫌だ!)

 例え混乱していても異世界主人公という立場(自称)は頑なに手放そうとしない美心であった。
 そして、美心と同じく心穏やかで無い者が近くにもう一人……。
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