テンプレ勇者にあこがれて

昼神誠

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結社崩壊編Ⅰ

失態にて

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 シュゥゥゥ

 光が収束していく。
 周囲は更地となり何も残っていなかった。

「あ、あれ? 生きて……る?」

「マスター!」

 スピカとデネボラを助けたのは美心であった。
 アームストロング砲を放たれた瞬間、美心は2人の居た場所まで超スピードで戻り、瓦礫の撤去作業をしていた2人を回収。
 即座に防御用の陰陽術を展開し2人を守る。
 だが、ここで美心の悪い癖が出た。
 単に助けただけでは何も刺激がなくつまらないと感じる美心はある展開を思い出す。

(そうだ! 敵の不意な攻撃から仲間を守ろうとして主人公が重度な傷を負ってしまう。だが、仲間の呼びかけに真のパワーを引き出し敵を圧倒する……むほぅ、これだ! このテンプレ的な展開もまた良い!)

 美心は防御用陰陽術に少しだけ脆い部分を作り自らがダメージを負うように着々と準備を進める。
 因みに2人を助け防御用陰陽術を展開するまでにかかった時間は0.3秒。
 そして、アームストロング砲の光に囲まれ過ぎ去った今……。

「ぐ、ぐぅ!」

「マスター、右腕が! 某達を守るために……」

「そ、そんな……マスターがうち達のせいで……」

「ふ……2人とも……に、逃げろ!」

「えっ?」

 上空を睨む美心。
 2人も後に続いて上空を見る。

「ほほぅ、その少女達を守るために自らがダメージを負ったとは……傑作ですね。その腕ではまともな陰陽術も放てまい」

「ち、ちくしょう……」

(ニチャァ……んほぉ、良い! 良いぞ。俺が狙った通りの展開!)

 美心は頬が緩むのを堪えシリアス顔を無理にでも作る。
 
「くっ、マスターを殺らせんぞ!」

「うち達がマスターを守るんだから!」

 スピカとデネボラが美心を守るように前に立つ。
 だが、その足は震え今にでも崩れてしまいそうであった。

「ふふふ、雑魚が2人揃ったところで……良いでしょう! 3人まとめて消し炭にしてやる!」

 ブゥゥゥン!

 巨大な氷の塊をアンバーが指先に作り出す。
 それを見て美心は興奮した。

(キタァァァ! この展開は技と技がぶつかり合う最早お約束の展開! だが、俺は片腕がまともに動かない設定……力の差は歴然! 苦戦する俺! んほぅ、良い!)

「さぁ、これで終幕です! ヒャァァァ!」

 ブォォォン!

 巨大な氷が3人めがけて襲いかかる。

「ふ、2人とも下がってろ……『煉獄』!」

 相殺する属性の陰陽術を放つ美心。
 氷塊と火球が衝突し激しく水蒸気を上げる。

「ふふふ、やはり片腕で放った陰陽術では威力が衰えていますね」

「ぐ……ぐぐぐ……」

 徐々に押されていく美心。
 勿論、わざとである。
 だが、そんなことなど知るはずもないスピカとデネボラは美心を助けるため同時に動き出す。
 
「うちがマスターを治療する!」

「マスターを殺らせはせぬ! 某だって!」

 デネボラは美心に『癒』をかけ続ける。
 そして、スピカは美心との陰陽術バトルに熱中しているアンバーから気配を隠し背後からゆっくりと近付く。
 
 ガクガクガク

 強大な陰陽に接近するほど身体が震えるスピカ。
 たまに意識が飛んでしまいそうにもなる。

(くっ、悪魔とはこれほどの相手なのか! だが、シリウスは小奴らを蹴散らした。某にだって出来ぬはずがない!)

 スピカは巻き添えを食らわない適切な距離から陰陽術を放った。
 
 ペチン

 アンバーの肩に当たる陰陽術。
 
「ん?」

 だが、それはダメージを受けるほどの威力はなく、アンバーの注意を逸らさせたに過ぎない。

「小娘、先に死にたいようですね」

「今だぁぁぁ!」

 美心はアンバーの放った陰陽術を飲み込むほどの巨大な火球を放つ。

「ば、馬鹿な……まだこんな力が……はっ! 白銀の髪に赤い瞳……き、貴様……もしかして……春夏秋冬美心!?」

 アンバーは小娘だと思っていた相手の本名に気付く。

(ふ……ふふふ……相手が春夏秋冬美心だったとは吾輩も愚かでしたね。ミストレスの忠告を破ってしまった。だが、世界最強のヤツに片腕を損傷させただけでも儲けものと誇るべきでしょう)

 ピィィィン

 すべての時間が停止したかのような感覚をアンバーは受ける。

(誰も動いていない? 吾輩の身体も動かないのに意識だけがしっかりしているようですね?)

「墓盛、今先程、貴女は何と仰りましたか?」

 アンバーの眼前に現れるバフォメット像。
 彼はすぐに理解した。
 これはミストレスの力で起こった現象なのだと。

「はっ、相手が春夏秋冬美心だとは知らずに攻撃を……」

「それで?」

 執拗に聞いてくることにアンバーは勘ぐる。
 そして、導かれた答えは……。

(そういうことですか。ふふふ、ミストレスから直々に吾輩を褒めるために……)

 アンバーは真実を語った。
 だが、それが必ずとも正しいとは限らない。

「ヤツの片腕を潰すことが出来ました」

「春夏秋冬美心の片腕を潰した……それは本当のことですね?」

「い、いいえ(悪魔教内で賛同の意を示す言葉)。確実にミストレスから頂いたアームストロング砲で……」

「よ……よくも……よくも……これから痛しの君から過激なご褒美がもらえると思っていたのに……その大事な腕を潰すとは……」

「へっ!?」

 アンバーは理解できなかった。
 思考を巡らせるが何も思い浮かばない。

「墓盛、貴方には失望しました。よりにもよって……よりにもよって……痛しの君の片腕を痛めてしまうなんて……片腕でどうやって過激なプレイが期待できると言うのですかぁぁぁ!? もう、消えちゃってくださぁぁぁい!」

(わ……分からない……ミストレスのお考えが……)

「ぎ……ぎやぁぁぁ!」

 時が動き始めアンバーは美心の放った陰陽術の火球の中に消えていった。

「はぁはぁはぁ……」

「やった! マスター、凄いすごぉぉぉい!」

 美心に抱きつくデネボラ。
 
「スピカは……」

「はっ、某はここに」

「スピカ、よくやったな。自らを囮にアンバーの注意を逸らさせる……良い展開だ」

 スピカの瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。
 
「ま……マスター……マスタァァァ!」

 スピカは美心の胸に飛び込み、ひたすら泣いた。
 幼き頃、初めて美心から褒められた以来の幸せを感じながら。

「さて、帰るか。ここの後片付けは幕府に任せればいい」

「はいっ!」

「マスター、肩を……」

 朝日の中、江戸の別邸に3人は帰っていった。
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