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出会い
2.前夜祭①
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僕と藤堂名人の出会いは6月に遡る。
藤堂名人と出会ったあの日、僕は『名人戦』の晴れ舞台にいた。
もちろんプロの棋士として、名人藤堂恭介と戦っていたわけではない。
記録係、対局の様子を記録する、いわば雑用としてその場にいたのだ。
将棋には名人を頂点とする8つのタイトルがあり、現タイトルホルダーと予選を勝ち上がってきた挑戦者が戦うという形でタイトル戦が行われる。
藤堂名人は、現在将棋界最高峰のタイトル『名人』を含む5つのタイトルを持つ誰もが認める絶対王者で、半ば雑用という立場であっても、その対局を、仕草を、息づかいを側で感じることが出来るチャンスに胸を躍らせていた。
タイトル戦は、そのほとんどが地方の由緒ある旅館やホテルで開催され、対局が始まる前には必ずファンや関係者を集め盛大な前夜祭が催される。
自分の好きな棋士に会えるチャンスということで、他のタイトル戦でも多くの人が集まる前夜祭だが、その日の盛り上がりは今までに見たことのないものだった。
会場には想定を超える500名を超えるファンが押し寄せ、両対局者に一声かけ、握手をし、できるなら一緒に写真を撮りたいと壮絶なポジション争いを繰り広げている。
そして、驚くことに対局者を取り囲むファンの7割は若い女性だ。
「…すごい」
僕はため息交じりに一人呟いた。
でも、この熱気も仕方ないのかもしれない。今回の名人戦は、将棋界の女性人気を二分する2大スターの対局なのだから。
『名人 藤堂恭介』
中学生2年生でのプロデビュー以来、連勝街道を駆け上がり、20歳の若さで名人となった孤高の天才。
28歳となる今日まで、一度もその名人の座を奪われたことがないという圧倒的な実力だけでなく、170センチ後半のやや細身の引き締まった肢体、切れ長の瞳、スッと美しく通った鼻筋、少しウェーブのかかった黒髪、白くきめ細かい肌、その知的で優雅で、どこか鋭さを感じさせる風貌に魅せられる女性ファンは後を絶たない。
今日も群がる女性の波を目の前に、その柔らかな笑みを崩さず、握手を終えた女性には感動で涙を流す人までいる。
その名人を遠巻きに睨み付ける長身の男性が『玉座 鳳幸弘』
歳は藤堂名人より4つ上の32歳。
20歳の藤堂恭介が彼から名人位を奪うまで、天才の名をほしいままにしていた棋士で、現在も玉座のタイトルを持っている名人のライバルだ。
穏やかで涼やかな美男子である藤堂名人とは対照的に、180半ばの筋肉質な肉体と、それにまけない強い意志を感じさせるキリッとした派手な目鼻立ちを持つワイルドなイケメンで、性格もいわゆるオレ様キャラ。今もライバル心剥き出しで名人に視線を送り、取り囲むファンのことなんて一切お構いなしだ。
しかし、そんな自分勝手な人の一体どこが魅力なのか、こちらも若い女性のファンが多く、一緒に写真を撮ってくださいと頼んでも気分次第では断られ、藤堂名人に会ったファンとは別の意味で涙を流す人も多いらしい。
「はぁ…」
僕は二人の対局者を取り巻く人の輪に気おされ、すっかり壁の花になっていた。
奨励会員という立場から、特に親しい関係者もいないので、パーティーの邪魔にならないよう、人混みからなるべく離れた会場脇のソファーに腰を下ろし、乾杯の際に渡された飲み物を一気に流し込む。
極度の緊張で強張った胃が程よい冷たさに満たされ、一本一本糸が切れていくように無駄な力が抜けていく。
不意に強烈な眠気が僕を襲い、視界が朦朧とし始める…あれ、なんか頭がクラクラしてる?
なんでだろう?瞼が重い、指先一本動かすのも気だるい。
…ダメだ、起きてないと。名人に聞きたいことがあったんだ…寝ちゃだめだ…でも、少しだけ…。
藤堂名人と出会ったあの日、僕は『名人戦』の晴れ舞台にいた。
もちろんプロの棋士として、名人藤堂恭介と戦っていたわけではない。
記録係、対局の様子を記録する、いわば雑用としてその場にいたのだ。
将棋には名人を頂点とする8つのタイトルがあり、現タイトルホルダーと予選を勝ち上がってきた挑戦者が戦うという形でタイトル戦が行われる。
藤堂名人は、現在将棋界最高峰のタイトル『名人』を含む5つのタイトルを持つ誰もが認める絶対王者で、半ば雑用という立場であっても、その対局を、仕草を、息づかいを側で感じることが出来るチャンスに胸を躍らせていた。
タイトル戦は、そのほとんどが地方の由緒ある旅館やホテルで開催され、対局が始まる前には必ずファンや関係者を集め盛大な前夜祭が催される。
自分の好きな棋士に会えるチャンスということで、他のタイトル戦でも多くの人が集まる前夜祭だが、その日の盛り上がりは今までに見たことのないものだった。
会場には想定を超える500名を超えるファンが押し寄せ、両対局者に一声かけ、握手をし、できるなら一緒に写真を撮りたいと壮絶なポジション争いを繰り広げている。
そして、驚くことに対局者を取り囲むファンの7割は若い女性だ。
「…すごい」
僕はため息交じりに一人呟いた。
でも、この熱気も仕方ないのかもしれない。今回の名人戦は、将棋界の女性人気を二分する2大スターの対局なのだから。
『名人 藤堂恭介』
中学生2年生でのプロデビュー以来、連勝街道を駆け上がり、20歳の若さで名人となった孤高の天才。
28歳となる今日まで、一度もその名人の座を奪われたことがないという圧倒的な実力だけでなく、170センチ後半のやや細身の引き締まった肢体、切れ長の瞳、スッと美しく通った鼻筋、少しウェーブのかかった黒髪、白くきめ細かい肌、その知的で優雅で、どこか鋭さを感じさせる風貌に魅せられる女性ファンは後を絶たない。
今日も群がる女性の波を目の前に、その柔らかな笑みを崩さず、握手を終えた女性には感動で涙を流す人までいる。
その名人を遠巻きに睨み付ける長身の男性が『玉座 鳳幸弘』
歳は藤堂名人より4つ上の32歳。
20歳の藤堂恭介が彼から名人位を奪うまで、天才の名をほしいままにしていた棋士で、現在も玉座のタイトルを持っている名人のライバルだ。
穏やかで涼やかな美男子である藤堂名人とは対照的に、180半ばの筋肉質な肉体と、それにまけない強い意志を感じさせるキリッとした派手な目鼻立ちを持つワイルドなイケメンで、性格もいわゆるオレ様キャラ。今もライバル心剥き出しで名人に視線を送り、取り囲むファンのことなんて一切お構いなしだ。
しかし、そんな自分勝手な人の一体どこが魅力なのか、こちらも若い女性のファンが多く、一緒に写真を撮ってくださいと頼んでも気分次第では断られ、藤堂名人に会ったファンとは別の意味で涙を流す人も多いらしい。
「はぁ…」
僕は二人の対局者を取り巻く人の輪に気おされ、すっかり壁の花になっていた。
奨励会員という立場から、特に親しい関係者もいないので、パーティーの邪魔にならないよう、人混みからなるべく離れた会場脇のソファーに腰を下ろし、乾杯の際に渡された飲み物を一気に流し込む。
極度の緊張で強張った胃が程よい冷たさに満たされ、一本一本糸が切れていくように無駄な力が抜けていく。
不意に強烈な眠気が僕を襲い、視界が朦朧とし始める…あれ、なんか頭がクラクラしてる?
なんでだろう?瞼が重い、指先一本動かすのも気だるい。
…ダメだ、起きてないと。名人に聞きたいことがあったんだ…寝ちゃだめだ…でも、少しだけ…。
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