カラスと、悪魔と呼ばれた聖女

クジラグモ

文字の大きさ
2 / 8

1

しおりを挟む
殿下に対するにくしみを燃やしてはならない。
私は憧れの聖女様のようになりたいから。
スタライト王国に伝わる、伝説の聖女の話。小さい頃から、私は伝説の聖女の背中を追いかけている。

人間の中には稀に能力者が生まれてくる。

人間、獣人、エルフ、ドワーフ、竜人。

種族が交差する中、私達人間に与えられた恩恵はその稀有けうな力である。魔力というものとはまた別で、人間は神様からもらったその能力をもって国を守ってきた。

「ルナ、仕方ないことをわかってくれるな。お前は不義の子なんだ。ビアンカは私達の子。殿下にはよほどふさわしい」

父とも言えぬ公爵は、私をいつもないがしろにする。昔から彼は、ビアンカのことを一番に考える人だ。パナケイア公爵家は、治癒の力を発現しやすい家系。
だから彼は妹が病弱だとわかったとき、必死になって私という存在を探し回った。

パナケイア公爵に出入りしていた使用人。それが私の母だった。母と引き離され、公爵家に無理矢理引き取られて。それからビアンカに引き会わされた。
金髪碧眼の絵に描いたような美少女は、悪魔の顔を持っているとは知らずに。私は彼女の病を必死で治したものだ。

『ルナお姉様の髪は真っ白ね。まるでネズミよ』

『赤い目なんて血みたいだし。あ、これは悪口じゃないのよ。め言葉だから』

可愛らしい顔で言われても無駄である。彼女は本心から悪口を言っているし、私はその言葉に耳も貸さないようにしていた。

私の容姿は不気味がられること。そんなこと、母と暮らしていた頃からとっくのうちに経験していた。

「で、お前には新たに縁談を持ってきた。喜べ、相手は獣王国のクロウ公爵家だ」

とりあえず、今回のがダメなら次の縁談話という具合に、父は適当に選んだ。否、もう私はビアンカの病を治すという役割を果たして、用済みだからできるだけ遠くへ送るつもりなのだ。私という存在は目障りで、彼らには薄汚いネズミに見えるから。
義母である公爵夫人がそういう目でいつもけむたがる。

支度したくはもうしてあるからな。早く行って来い」

と言われて、私は父親の顔を一発殴る………ことなどなく馬車に乗り込んだ。

『優しいルナ。母さんのことを忘れないで。向こうに行っても、お前は立派にやるのよ』

母の言葉が話しかけて、私のこぶしを踏みとどめてしまう。彼女は女手一つ、私を育ててくれた。
彼女の娘でよかったと、少し思う。伝説の聖女の話をしてくれたのも、母だった。彼女は薬草を売る仕事をするかたわら、よく話してくれた。

伝説の聖女は各地をめぐり、人々の傷病を癒やしたこと。それから彼らに勇気を与えたこと。

「母様、あなたの願いを必ず叶えますから」

母が私を公爵家に奪われる時、最後にいった言葉。

『困っている人を救いなさい。種族も身分も、罪人だろうと構わずに。あなたがその力を持つ限り』

人を憎んではならない。
人は何度も間違えてしまう生き物だから。
母の薬売りは、物乞いにさえ無償で届けられていた。そんな彼女の背を見てきた私は、彼女が憧れた伝説の聖女を目標にした。

右手に宿る癒やしの力。

「大丈夫、きっとうまくいく」

だからメソメソ泣いてる暇なんてない。向こうの地で困っている人を助けるのが私の役目。

王妃教育で今まで忙しかったけど、それもなくなった今。
一つ始めることにした。




◯月✕日
獣王国で静かな結婚式をした。
私はこれから、クロウ公爵の妻となる。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...