獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

文字の大きさ
10 / 42

家からの追放2


ぐるぐると、相反する感情が渦を巻く。
その時、ぶるり、とミミの体が大きく震えた。雨に濡れた体は、完全に冷え切っていた。このままここに突っ立っていれば、本当に死んでしまうかもしれない。
もう、迷っている時間はない。

ミミは、最後の勇気を振り絞った。
深呼吸を一つすると、震える指先を、冷たく濡れた木の扉へと伸ばす。
そして、三度、小さく、しかしはっきりと扉を叩いた。

コン、コン、コン。

静まり返った早朝の通りに、その音は、やけに大きく響き渡った。
中から、何の反応もない。
もう一度、今度はもう少しだけ強く、扉を叩く。

すると、中から、がた、と物音がして、誰かが階段を降りてくる足音が聞こえた。
やがて、ギィ、と小さな音を立てて、扉が内側からゆっくりと開かれる。
隙間から現れたのは、寝間着姿の、ミミの父親だった。

「誰だ、こんな朝早くから…」

寝惚け眼で、ひどく不機嫌そうな声。
しかし、扉の前に立つずぶ濡れの娘の姿を認めた瞬間、彼の表情は、驚きと困惑に変わった。

「…ミミ?お前、なのか…?その、みすぼらしい姿は、一体どうしたというんだ!シュヴァルツ騎士団長様はどうされた!」

矢継ぎ早に飛んでくる質問に、ミミはまともに答えることができない。
ただ、父親の顔を見た途端、安堵と、堰を切ったような悲しみで、ぼろぼろと涙が溢れ出した。

「お、お父様…!私…わたし…!」
「しっかりしろ!何があったか、ちゃんと言わんか!」

父親の怒鳴り声に、ミミはびくりと肩を震わせる。そして、途切れ途切れに、悪夢のような一夜の出来事を話し始めた。

「ガロウ様に…その…真の番だという、女の方が…現れて…」
「何…?」
「それで、私との番は、間違いだったのだと…追い出されて…しまいました…」

言い終えた瞬間、父親の顔から、すうっと血の気が引いていくのが分かった。
そして、次の瞬間、彼の顔は、今までに見たこともないような怒りで、真っ赤に染め上がった。
しかし、その怒りの矛先は、娘を捨てたガロウにではなかった。
目の前の、惨めな娘に、向けられていた。

「…番に、捨てられた、だと…?」

地を這うような、低い声。

「シュヴァルヴァルツ騎士団長様から、お前は、一方的に離縁されたというのかッ!?」
「ひっ…!」

雷のような怒声に、ミミの体は凍り付く。
父親の目は、怒りと、そしてそれ以上に、深い侮蔑の色を浮かべていた。

「お前はッ!この私が、どれだけの手間と頭を下げて、お前を貴族の家に嫁がせたと思っているんだ!それなのに、なんという醜態だ!番に捨てられるなど、獣人にとって最大の恥!お前は、この私と、我々一族全ての顔に、泥を塗りたくったんだぞ!!」

父親の怒りの理由は、娘の身を案じるものではなかった。
ただ、ひたすらに、世間体。
自分たちの面子。
近所や親戚に、どう顔向けすればいいのか。それだけだった。

「お父様、違うのです、私は…!」
「何が違う!言い訳など聞きたくないわ!」

その時、父親の背後から、心配そうな顔をした母親がおずおずと姿を現した。

「あなた、やめてください。ミミが可哀想じゃありませんか…」
「お母様…!」

ミミは、救いを求めるように、母親に手を伸ばした。
しかし、母親は、父親の「黙っていろ!」という一喝にびくりと体をすくませると、悲しげに顔を伏せ、それ以上何も言えなくなってしまった。
無力な母の姿は、ミミの最後の希望を、さらに打ち砕いた。

父親は、忌々しげにミミを指さした。

「いいか、よく聞け。番に捨てられた恥さらしめ!二度とこの家の敷居をまたぐな!」
「そん…な…」
「お前のような娘を持った覚えは、今日限り、ない!分かったら、今すぐ俺たちの前から消え失せろ!!」

そう吐き捨てると、父親はミミが何かを言う前に、力任せに扉を閉めようとした。

「お父様!待って!お願い、話を聞いて!お母様!」

泣き叫ぶミミの声も虚しく、扉は、目の前で、無情にも、固く、固く、閉ざされた。
そして、内側から、ガチャン、と鍵をかける冷たい音が響き渡る。
家の中からは、父親がまだ何かを罵る声と、母親のか細いすすり泣きの声だけが、微かに聞こえてきた。

ミミは、その場に、膝から崩れ落ちた。
愛する夫に捨てられ。
自分を産み、育ててくれたはずの、親にまで、見捨てられた。
この広い世界のどこにも、自分の居場所はない。
自分は、誰からも必要とされていない、無価値で、無意味な存在なのだ。

すべての希望が絶たれ、すべての繋がりが、断ち切られた。
空が、白み始めていた。
夜明けの冷たい光が、泥水の中にうずくまる、小さな猫獣人の姿を、無慈悲に照らし出していた。
もう、涙さえ、枯れ果てていた。

感想 25

あなたにおすすめの小説

竜帝は番に愛を乞う

浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿で両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」 魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。 ――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。 「ここ……どこ?」 現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。 救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。 「ほら、食え」 「……いいの?」 焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。 行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。 旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。 「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」 「ウチの子は天才か!?」 ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。 これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。 ※若干の百合風味を含みます。

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

吹雪の中に捨てられた「無能」な私、最果ての死神伯爵に拾われてとろとろに愛される ~今更戻れと言われても、私は彼の太陽になると決めたので!〜

みみ
恋愛
​王都で「聖女の出がらし」と蔑まれてきたロザリーは、婚約者の王子と実の姉に裏切られ、魔物が蠢く極寒の辺境へと捨てられた。 ​死を覚悟した彼女を救い上げたのは、「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ヴァンドレッド。 冷徹な瞳を持つ彼は、なぜかロザリーを離宮に閉じ込め、驚くほどの熱量で溺愛し始めて――!?

【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ! 完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。 崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド 元婚家の自業自得ざまぁ有りです。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位 2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位 2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位 2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位 2022/09/28……連載開始

無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する

タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。 社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。 孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。 そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。 追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。

わたしさえいなければ、完璧な王太子だそうです。

ふらり
恋愛
人並外れた美貌・頭脳・スタイル・武勇を持つウィンダリア王国の25歳の王太子は、完璧な王太子だと言われていた。ただし、「婚約者さえいなければ完璧な王太子なのに」と皆が言う。12歳の婚約者、ヴァイオレット・オルトニーは周囲から憐みの目を向けられていた。 「私との婚約は、契約で仕方なくなのかい? もう私に飽きてしまっている? 私は今でも君にこんなに夢中なのに」 13歳年下の婚約者少女に執着溺愛する美貌も能力も人間離れした王太子様と、振り回される周囲のお話です。小説家になろうにて完結しております。少しずつこちらにもあげていくつもりです。ファンタジー要素はちょっぴりです。