獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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王都へ


この国の中心。あらゆる獣人が、夢や富を求めて集まる、巨大な都。
騎士団の本部も、王城もそこにある。ガロウも、いずれは王都へ栄転するだろう。
けれど、あの巨大な都ならば。何百万という人々が暮らす、あの喧騒の中ならば。
私一人が紛れ込んだところで、誰の目にも留まらないだろう。
まるで、森の中に落ちた、一枚の木の葉のように。

「…王都へ、行こう」

ミミは、呟いた。
それは、未来への希望に満ちた言葉ではなかった。
ただ、過去から逃げるための、必死の選択だった。

翌朝、ミミはなけなしの金で、一番安い石鹸と水を買い、公衆水場で、できる限り体の汚れを落とした。泥だらけだった服も、破けてはいたが、何度も水ですすいで汚れを落とす。
少しだけ人間らしい姿を取り戻すと、彼女は馬車乗り場へと向かった。その足取りは、数日間の彷徨とは違い、はっきりとした目的意識を持っていた。

乗り場の窓口で、「王都まで、一枚」と告げる。
係員の男は、ミミの貧しい身なりを訝しげに一瞥したが、彼女が差し出したコインの枚数を数えると、何も言わずに、一枚の羊皮紙の切符を無言で差し出した。
その事務的な態度が、今のミミには、むしろありがたかった。

乗り合いの合資馬車は、すでに多くの乗客でごった返していた。
威勢のいい商人、故郷に帰るらしい若い学生、幼い子供を連れた家族連れ。それぞれの人生の、それぞれの目的を持った人々。彼らの放つ、当たり前の日常の活気が、天涯孤独のミミの心を、ちくちくと刺した。
ミミは、誰とも目を合わせないように、馬車の隅にある、一番安い席に、体を滑り込ませた。そして、外套のフードを深く、深く、目深にかぶる。

やがて、御者の威勢のいい掛け声と共に、馬車は、ガタン、と大きな音を立てて揺れ、ゆっくりと動き出した。
ミミは、窓の外に目をやる。
見慣れた、故郷の街並みが、少しずつ、少しずつ、後ろへと流れていく。
パン屋のあった通り。
ガロウと初めて出会った、公園の噴水。
両親と手を繋いで歩いた、市場への道。

もう、二度と、この場所に戻ってくることはないだろう。
さようなら。
私の、幸せだった日々。
さようなら。
私の、愚かだった過去。

心の中で、静かに別れを告げる。不思議と、涙は出なかった。
馬車の規則的な揺れが、心地よいような、物悲しいような、不思議な感覚を呼び起こす。
その揺れに身を任せているうちに、ミミの意識は、いつしか記憶の海へと沈んでいった。

――あれは、ガロウとの結婚一周年を祝った日のことだった。
彼はミミを連れて、街の外れにある、見晴らしの良い丘へとピクニックに出かけてくれた。
眼下に広がる街並みを眺めながら、二人で、ミミの作ったサンドイッチを頬張った。
夕日が、世界を茜色に染め上げる。

『綺麗だな、ミミ』
『はい、とても…』
『なあ、ミミ。俺は、お前と番になれて、本当に幸せだ。俺は必ず、お前を誰よりも幸せにしてみせる。だから…』

そう言って、彼はミミの手を、強く、優しく握りしめた。

『ずっと、何があっても、俺がお前を守る。だから、お前も、ずっと俺のそばにいてくれ。ずっと、一緒だ』

そう言って微笑んだ彼の顔は、心からの愛情に満ちていた。
少なくとも、あの時のミミには、そう見えたのだ。

「…………っ」

回想から、はっと現実に引き戻される。
喉の奥から、熱い塊がこみ上げてくる。声にならない嗚咽が、漏れそうになるのを、必死で唇を噛んで堪えた。
あの約束は、あの誓いは、一体どこへ行ってしまったのだろう。
すべては、偽りだったというのか。

ミミは、フードで顔を隠したまま、窓の外に顔を向けた。
熱い雫が、彼女の頬を、次から次へと伝い落ちていく。
他の乗客に、気づかれないように。
声を殺し、ただ、静かに、静かに、涙を流し続けた。
それは、愚かだった過去の自分に捧げる、最後の、訣別の涙だった。

どれくらいの時間、そうしていただろうか。
やがて、涙は枯れ果て、ミミの心には、不思議なほどの空虚さと、静けさが広がっていた。
顔を上げた彼女の、濡れた空色の瞳には、もはや悲しみだけではない、何か、硬質な光が宿り始めていた。

ふと、窓の外に目をやると、地平線の彼方に、巨大な影が見えた。
天を突くようにそびえ立つ、無数の尖塔。陽光を反射して輝く、巨大な城壁。

「…あれが、王都だ…」

馬車の中の誰かが、感嘆の声を漏らす。
ミミは、その巨大な都のシルエットを、瞬きもせずに、じっと見つめていた。

(ここから…)
(私は、どうなるんだろう…)

未来への途方もない不安と。
しかし、過去のすべてから物理的に断ち切られていくことへの、ほんのわずかな、解放感と。
その二つの感情を胸に、ミミを乗せた馬車は、未知なる運命が待つ、
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