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無自覚な独占欲
季節は晩秋から初冬へと静かに移ろい、王都の空気は日に日に冷たさを増していた。
石畳を濡らす朝露は白く凍り、人々が吐く息は淡い霧となって空に溶けていく。
そんな肌寒い季節が訪れると、「森の恵み亭」はより一層の賑わいを見せるようになった。
人々は、ターニャの作る心のこもった豪快な料理と、そしてミミの作る体を芯からじんわりと温めてくれる優しいスープを求めて、夜ごとこの小さな食堂の扉を開けるのだ。
そして、いつの頃からか。
店の客層には、明らかな変化が現れ始めていた。
それまでは職人や商人といった働き盛りの男たちや、近所のおしゃべりな女将さんたちが中心だったこの店に、近頃は、目を輝かせた若い獣人の男たちが明らかに増えていたのである。
彼らは皆、どこかそわそわと落ち着かない様子で、カウンターの向こうで健気に立ち働く、一人の小さな猫獣人の姿を熱心な眼差しで追いかけていた。
「ミミさん、注文いいかい!」
「はーい、ただいま!」
ミミの評判は、彼女が意図しないうちに、口コミで、じわじわと王都の一部に広まっていた。
あの「森の恵み亭」に、とんでもなく料理上手で、驚くほど可愛らしい看板娘がいる。
その噂は、特に若い衛兵や、市場で働く青年たちの間で、瞬く間に駆け巡った。
彼らは仕事が終わると、仲間を誘い合わせ、競うようにして店を訪れた。そして、ミミの作った料理に舌鼓を打ち、彼女の柔らかな笑顔と優しい声に、日々の疲れを癒されていくのだった。
「ミミちゃんも、隅に置けないねえ」
店の隅で、常連の狼獣人の老鍛冶職人が、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらエールを呷る。
「わしらが育てた看板娘が、若造どもに取られちまう日も、近いかもしれんなあ」
「もう、からかわないでください!」
ミミは、頬を真っ赤に染めながら抗議の声を上げた。
彼女自身は、自分に向けられる熱のこもった視線に、戸惑いこそすれ、満更でもないという気持ちは少しもなかった。
ただ、自分の料理を美味しいと言ってくれる人が増え、店が繁盛することが純粋に嬉しかったのだ。
そんな活気に満ちた店内の喧騒を、まるで別世界から眺めるかのように。
レオンハルトは、いつもの窓際の席で静かに、スープ皿にスプーンを沈めていた。
彼は、最近の店の変化を、誰よりも敏感に感じ取っている。
あの、魂の共鳴が起こった夜以来、彼はミミを「見守る」という自らに課した誓いを、忠実に守り続けていた。
しかし、その誓いを守るためには、獅子王としての、彼の持つ全ての自制心を総動員する必要があった。
ミミに、馴れ馴れしく話しかける、あの若い衛兵。
彼女の作ったパイを大げさに褒めそやし、彼女の気を引こうとする、あの市場の商人。
彼らの隠そうともしない下心に満ちた視線が、自分の宝物であるミミに注がれるたびに、レオンハルトの腹の底では、黒く、獰猛な嫉妬の炎が、どろりと渦巻くのだ。
それを表情に出さず、ただ、静かにスープをすすること。
それは、彼にとって、竜との闘いよりも困難な試練だった。
その夜も、店は若い客たちで、大いに賑わっていた。
中でも、一際、陽気な一団が、店の中心で大きな笑い声を上げている。最近、毎日のように顔を見せるようになった犬獣人の衛兵たちだった。
そのリーダー格らしい、茶色い髪をした快活な青年は、特にミミに対して積極的だった。
「ミミさん!今日のスープも、最高に美味しいよ!」
「ありがとうございます」
「本当に、ミミさんの料理を食べると元気が出るんだ。まるで魔法みたいだね!」
「そんな、大げさですよ」
ミミははにかみながら、店員としての愛想の良い笑みを返す。
青年はその笑顔に、ますます心を奪われたようだった。彼は、仲間たちに、聞こえよがしに自慢する。
「見ろよ、ミミさんの笑顔。俺、この笑顔を見るために、毎日仕事頑張ってるようなもんだぜ」
「ひゅーひゅー!」と、仲間たちが囃し立てる。
その、軽薄なやり取りを聞きながら、店の隅で、レオンハルトの眉が、ぴくり、と微かに動いた。
彼が持つ白磁のスープ皿を支える指先に、ぎり、と力がこもる。
ミシリ、と、硬質な陶器が、悲鳴を上げたような気がした。
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