獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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ナンパ



やがて、犬獣人の一団が満足げに食事を終え席を立つ時間になった。
ミミがカウンターで会計をしていると、あの茶色い髪の青年が、一人だけその場に残り、彼女のそばへとすり寄ってきた。
彼は、仲間たちに冷やかされ、少しだけ顔を赤らめながらも、思い切ったように、ミミに声をかけた。

「あのさ、ミミさん」
「はい、お会計、銀貨三枚になります」
「うん、ありがとう。それとは、別の話なんだけど…」
青年は、もじもじと少しだけ言い淀んだ。そして、意を決したように続けた。
「今度の休みの日、もし、よかったらなんだけど…。俺と、二人で、どこかに出かけたりしないかな?」

それは、あまりにも、真っ直ぐな、デートの誘いだった。
ミミは、驚いて、ぱちぱちと大きな空色の瞳を瞬かせた。
彼女の頭の中が、真っ白になる。
どうしよう。
どう、答えればいいのだろう。
もちろん、行く気など微塵もなかった。
見ず知らずの男性と二人きりで出かけるなど、考えたこともない。
しかし、相手は店の大切なお客様だ。
無下に断って、気分を害させてしまったら、もう、この店に来てくれなくなるかもしれない。それは、ターニャさんに申し訳が立たない。

ミミは、その気弱で優しい性格ゆえに、どう断れば相手を傷つけずに済むのか、その答えをすぐに見つけ出すことができなかった。
彼女が、困惑して口ごもっていると、青年はそれを脈ありだと勘違いしたらしい。
彼は、ぐっと、ミミとの距離を詰めると、さらに一歩踏み込んできた。

「街には新しくできたお菓子の店もあるんだ。きっと、ミミさんなら、気に入ると思うよ!」
そう言って彼は、馴れ馴れしく、ぽん、と。
ミミの華奢な肩にその手を置いた。

その瞬間だった。

ゴ、と。
まるで、地殻が変動するかのような。
あるいは、奈落へと崩れ落ちるかのような。
音もなく、形もない、しかし、絶対的な何かが、店の隅の影になった席から、放たれた。

それは、威圧感、などという、生易しいものではなかった。
獣が、獣に対してのみ、発することのできる、生存本能を根こそぎ麻痺させる、絶対的な、恐怖の波動。
食物連鎖の頂点に立つ者が、その遥か下位の者に、「死」を直接意識させる、王の覇気。

ざわついていた店内の空気が、ぴしり、と、一瞬で、凍り付いた。
エールを飲んでいた客は、ジョッキを持ったまま固まり、陽気に語らっていた商人たちは、口を開けたまま、動きを止める。誰もが、何が起きたのか分からない。
ただ、自分の身に、とてつもない、生命の危機が迫っていることだけを、本能で感じ取っていた。
蛇に睨まれた、蛙のように。

そして、その、死の波動を、最も、強く、真正面から浴びたのは、ミミの肩に手を置いていた、哀れな犬獣人の青年だった。
彼の陽気だった顔から、さあっと、一瞬で、血の気が引いていく。
肩に置いたはずの手が、まるで、他人のもののように、がくがくと、小刻みに痙攣を始めた。
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