獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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ガロウとイザベラ

その光景を認識した瞬間、ミミの呼吸が止まった。
ひゅっと喉が締め付けられ空気が肺に入ってこない。
周囲の喧騒が急速に遠ざかっていく。楽士の陽気な音楽も人々の笑い声もまるで分厚い壁の向こう側のように聞こえなくなり、代わりに耳の奥でキーンという甲高い耳鳴りが鳴り響き始めた。
視界がぐにゃりと歪み、目の前の光景だけが異常なほど鮮明に切り取られる。

『お前との時間は退屈だった』
『存在そのものが俺の汚点だ』

忘れたはずの言葉が脳内でこだまする。
あの雨の夜の記憶が奔流となって、ミミの意識を飲み込んでいった。
冷たい雨が体を打ちつける感触。
ゴミのように突き飛ばされた石畳の痛み。
無情に閉ざされた扉。
カチリと鍵をかける冷たい金属音。
そして扉の向こうから聞こえてきた二人の楽しげな笑い声。

裏切られた。
捨てられた。
私の世界は終わったのだ。

あの日の絶望と孤独が完全に蘇り、ミミの体を支配する。
ガタガタと全身が震え始めた。
寒い。
冬の陽光が降り注いでいるはずなのに体の芯まで凍りつくように寒い。
これはあの夜の雨の冷たさだ。

「ひっ…」
喉からか細い悲鳴が漏れる。
その音に気づく者は誰もいない。
ガロウとイザベラは仲睦まじげに腕を組むとミミがいることなど全く気付かずに大通りを歩き始めた。
こちらへ向かってくる。
だめ。
見られたくない。
こんな惨めな姿をあの人たちに見られるわけにはいかない。
逃げなければ。
そう思うのに足が動かない。まるで地面から根が生えてしまったかのように一歩も動かせないのだ。

ミミの手から力が抜け大きな買い物かごがガサリと音を立てて地面に落ちた。
色とりどりの野菜が石畳の上に無残に転がり出る。
八百屋の親父さんがおまけしてくれた丸々としたカボチャがゴトンと虚しい音を立ててミミの足元で止まった。

その物音にさえガロウたちは気付かない。
彼らはミミのすぐ数メートル横を通り過ぎていく。
甘ったるいイザベラの香水の匂いが風に乗ってミミの鼻腔を突き刺した。
ああ、この匂い。
私の幸せを奪った匂いだ。
ミミの目の前が真っ暗になる。
意識が遠のいていく。
もうどうでもいい。
このまま消えてしまいたい。

ガロウとイザベラは一度もミミに視線を向けることなくそのまま雑踏の中へと消えていった。
彼らの目に今の自分は映りさえしなかったのだ。
まるで道端の石ころか吹きだまりのゴミのように。
その事実がミミの心を完全に打ち砕いた。
再生しかけていた脆い心は再び粉々に砕け散る。
私はやっぱり無価値な存在なのだ。
誰からも必要とされていない汚点なのだ。
あの男の言葉は正しかったのだ。

「……ぁ……ぅ……」
意味のある言葉にならない声が凍える唇から漏れ落ちる。
涙さえ出なかった。
ただ砕け散った心の破片が鋭い刃となって内側からミミを切り刻んでいく。
彼女は石畳に散らばった野菜の真ん中でただ一人立ち尽くしていた。
まるで時が止まった世界に取り残されたかのように。
その空色の瞳から輝きは完全に消え失せ深い絶望の色だけが淀んでいた。
かつて愛した男との突然の遭遇はミミがようやく見つけたささやかな光さえも奪い去り彼女を再び暗く冷たい孤独の深淵へと突き落としたのだった。
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