獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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大通りの中の安全基地(レオンハルト) 9/20修正

驚いて振り向く余裕すらなかった。
ただ背後から感じる圧倒的な体温とそこにいるだけで周囲の空気を支配するような尋常ではない存在感。
ミミはその気配を知っていた。
いつの間にかそこにいたのだ。

「え…?」

声にならない声が漏れる。
次の瞬間ミミの体は抗うことのできない力強い腕によってぐっと引き寄せられ、大きな胸板に顔を埋める形になった。
ごつんと岩のように硬い胸に当たり、優しく腕と外套に包みこまれる。
そしてミミの視界は完全に闇に閉ざされた。
分厚く重い外套が彼女の小さな体を頭からすっぽりと覆い隠し白昼の雑踏から完全に隔離してしまったのだ。
耳元で聞こえるのは彼の心臓の音だけ。
ドクン…ドクン…と。
嵐の海でも決して揺らぐことのない巨大な船の錨のようにどこまでも力強くそして穏やかに響く鼓動。

「大丈夫だ」

頭の上から声が降ってきた。
地を這うように低くけれど不思議な深みと重みを持つ声。
ミミはすぐにわかった。
レオンさんの声だ、と。

「俺がいる」

その声は問いかけではなかった。
ただ事実だけを告げる絶対的な宣告だった。
ミミの震える体を彼の大きな腕がさらに強くしかしどこまでも優しく抱きしめる。

「何も見るな」

その言葉はまるで魔法だった。
ミミを縛り付けていた金縛りがふっと解ける。
張り詰めていた意識の糸がぷつりと切れた。
堰き止められていた感情の濁流が熱い塊となって喉の奥から込み上げてくる。

「……っ……!」

声にならない嗚咽。
ミミは彼の分厚い胸板に顔を押し付けたまま、子供のように静かに泣き始めた。
涙が後から後から溢れ出して彼の硬い外套を濡らしていく。
それはあの夜に流した絶望の涙ではなかった。
実家の前で流した孤独の涙でもなかった。
温かい。
彼の腕の中は信じられないくらい温かかった。
それは暖炉の炎のような物理的な温かさだけではない。
魂そのものを芯から温めてくれるような絶対的な安心感に満ちた温もりだった。

ガロウの腕の中では感じたことのない温もりだった。
あの人の腕の中はいつもどこか条件付きの優しさだった気がする。
『理想の妻』であるミミを愛し『騎士団長の自分』を支えるミミを愛していた。

でもこの腕は違う。
ただミミという存在そのものを丸ごと受け入れ守ってくれている。
何の価値もなくても、何の取り柄もなくても、ただここにいるだけでいいのだと、そう言ってくれているようだった。

ミミは泣いた。
裏切られた日の悲しみも、家族に拒絶された日の孤独も、王都で彷徨った日々の恐怖も、そのすべてが涙となって溶けていく。
彼にすべてを洗い流してもらうように。
彼の胸の中でなら自分はただのか弱い猫獣人でいていいのだと思えた。

レオンハルトは何も言わなかった。
ただ黙って泣きじゃくるミミの体をその巨大な腕で抱きしめ続けていた。
彼女の震えが完全に収まるまで。
彼女の涙が枯れるまで。
まるで嵐からひな鳥を守る巨大な岩のように微動だにせず彼はそこに立ち続けていた。

大通りの喧騒も行き交う人々の好奇の視線も今の二人には何の意味も持たない。
彼の外套が作り出した小さな暗闇の中だけが世界のすべてだった。

それはミミが生まれて初めて感じた絶対的な安心感。
何者にも脅かされることのない魂の安息所だった。
砕け散ったはずの心の破片が彼の温もりの中でゆっくりと溶け合い、再び一つの形を取り戻していくのを、ミミは涙に濡れた瞳の奥で確かに感じていた。
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