捨てられ聖女は、神獣様に溺愛される~もふもふな守護者と始める薬師スローライフ~

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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この世でたった一つの大切な光を守れるなら、彼は悪魔にだって魂を売るだろう。

「……お前のために」

獣の声ではない、低く、静かな声が、誰にともなく呟かれた。
次の瞬間、フェンの巨体が淡い銀色の光に包まれる。
光は徐々にその輝きを増し、小屋全体を昼間のように照らし出した。
光の中で、狼の輪郭が揺らめき、溶け、そして新たな形へと再構築されていく。
やがて光が収まった時、そこに立っていたのは、巨大な銀狼ではなかった。
腰まで届くほど長い銀髪を無造作に後ろで一つに束ね、しなやかな筋肉に覆われた長身を持つ、一人の青年。
月光を宿した金色の瞳だけが、彼がかつて獣であったことの唯一の名残だった。

青年──フェンは、己の掌を見下ろした。
節くれだった、人間の男の手。この手ならば、彼女を救える。

彼はすぐさま行動を開始した。
リリアンナの知識を元に村人たちが備蓄していた薬草棚から、解熱と鎮静に効くものを的確に選び出し、手際よく煎じて薬湯を作る。
その所作に、一切の迷いはなかった。

「……みず……」

うわ言のように、リリアンナが水を求めた。
彼女の意識が、一瞬だけ浮上したのだ。朦朧とする視界の中に、誰かの人影が映っている。逆光になっていて、顔はよく見えない。
けれど、そのシルエットから、長い銀色の髪がさらりと流れ落ちるのが見えた。
熱が見せる、幻だろうか。
どこかの物語で読んだ、月の精霊か何かが、私を迎えに来てくれたのかもしれない。

「……水を……ください……」

もう一度、か細い声で懇願する。

すると、銀髪の幻は、黙って木の器を差し出してくれた。
器からは、薬草の苦い匂いが立ち上っている。
けれど、私にはもう、それを受け取って飲むだけの力は残っていなかった。
伸ばそうとした腕は、シーツの上で微かに震えるだけ。

ああ、もう、だめだ……。

諦めが再び心を覆い尽くそうとした、その時。
青年が、ふう、と一つ息を吐くのがわかった。彼は持っていた器を一度テーブルに置くと、覚悟を決めたように、再びそれを手に取った。
そして、こくり、と器に口をつけ、薬湯を自分自身の口に含んだ。

え、と私が思う間もなく、彼は私のベッドの傍らに膝をつくと、その顔をゆっくりと近づけてきた。銀色の髪が、私の頬をくすぐる。間近で見た金色の瞳は、驚くほど真摯な光を宿していた。
そして。
彼の唇が、私の乾いた唇に、そっと重ねられた。

「……ん……っ」

驚きに目を見開く。唇から伝わる、初めて知る他人の熱。
流れ込んでくる、薬湯の温かさと、確かな苦み。私は必死に、それを嚥下した。
それは、ほんの数秒の出来事だったのかもしれない。
けれど、私には永遠のように長く感じられた。唇が離れた後も、その感触が生々しく残っている。
目の前の青年は、何事もなかったかのように静かな顔をしている。だが、その耳がほんのりと赤く染まっているのを、熱に浮かされた私の目は、確かに捉えていた。
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