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【第13章】『断罪の舞台、揺れる硝子の靴』
しおりを挟む「姉上、緊急事態でござる!!」
ドアを蹴破らんばかりの勢いでレオが駆け込んできた。
その後ろには、眼鏡を抑えたシリルが沈痛な面持ちで続く。
「ルルナ嬢が……階段から落ちて、足を負傷したそうです」
「なっ……!」
セレナが立ち上がると同時に、レオが深刻な表情で制した。
「しかも、“誰かに押された”と証言しているとの噂が飛び交っておりますぞ」
「まさか……」
「フラグ臭が……フラグ臭が濃厚すぎて鼻がもげそうでござる!!」
レオが拳を握り震える。
「しかも本日――“学院創立記念パーティー”。
貴族たちの視線が一斉に集まる、格好の“断罪舞台”!」
「……くっ、完全に用意されたわね……!」
セレナが眉をひそめた。
「姉上。今日はとにかく“誰よりも冷静で、何もせぬこと”を肝に銘じてくだされ。
何を言われようと、何を投げられようと、耐え忍ぶのです……!」
「わかったわ……ありがとう、レオ、シリル。心して挑むわ」
---
学院中の生徒と教師たちが集う、由緒あるホール。
煌びやかな衣装に身を包んだ生徒たちが、社交の空気を楽しむ中――
「――あっ、ルルナ嬢が……!」
ざわめきが走った。
足に包帯を巻き、痛々しい表情を浮かべたルルナが、
カイルとノエルに支えられながらゆっくりと入場してきた。
「カイル様、ノエル様……ありがとう、でも……もう大丈夫です……!」
小さな声でそう告げ、ふらりと一歩前に出る。
静まり返った舞踏会場に、彼女のか細い声が響く。
「みなさん……少しだけ、私の話を聞いてもらえますか……?」
ルルナは痛々しい足を引きずるように一歩踏み出し、
ふわふわのピンクの髪を揺らしながら、場の中央に立った。
大きすぎる会場の真ん中で、小柄な少女がひとり。
その姿は、まるで“儚い花”のようにも見えた。
口元をきゅっと結び、わずかに震える両手を胸の前で握りしめる。
瞳には涙がうっすらと浮かび、それをこらえるように瞬きを繰り返す。
「……ほんとは、怖かったんです。こんな場所で、こんなふうに話すなんて。
でも……勇気を出さなきゃって、思いました……」
か細く、けれど通る声。
その健気な言葉に、数人の女子が思わず胸に手を当てる。
「がんばって……」と、誰かが小さく呟いた。
まるで、舞台のヒロインのようだった。
少女は震えながらも、涙を光らせたまま続ける。
「私、皆さんに……ちゃんと、伝えなきゃいけないことがあるんです……」
その瞬間――
会場の空気が、重く、張り詰めたものへと変わっていく。
セレナは唇を噛みしめた。
そしてレオは、静かに呟いた。
「くっ……“演出”が完璧すぎて、鳥肌が立ちまする……」
「……あざとさ、極まってるわね」
セレナの冷静な声に、レオは頷くしかなかった。
ルルナは、小さく息を吸い込むと、ぐっと胸の前で拳を握りしめた。
その姿に、まるで“決意を秘めた悲劇の乙女”を見ているかのような空気が漂い始める。
「今日……私は、階段から落ちました……。でも、それは“事故”だったのか……よくわからなくて……」
再び、会場がざわめいた。
「誰かに……押された“気がした”んです。でも、はっきり見たわけじゃないし……私の思い違いかもしれない。だから……誰も責めたくはないんです……!」
涙をぐっとこらえたような表情で語るルルナに、
「優しい子……」と誰かが呟く。
「でも、あの時、すぐ近くに……セレナ様がいらっしゃって……私、睨まれていたような……気がして……」
「そんなっ……!」
セレナの後方で、庶民の女生徒が小さく声を上げた。
「でも、でもっ……それも私の勘違いかもしれないし……!
セレナ様はとても素敵なお方だし……きっと、私のような庶民が近くにいるのが……嫌だったのかなって……思っただけで……」
ルルナは口元を震わせ、肩をすくめるようにして泣きそうな顔を浮かべた。
「うわっ、これは……」
レオが耳元で呻く。「悪役令嬢フラグ、ビッグバンでござる……!」
「……ルルナ嬢。何が言いたいのか、はっきりお言い」
ノエルが、あえて柔らかい口調のまま訊ねると――
「私は……本当に、みなさんと仲良くしたいだけなんです!
でも、私のせいで空気が悪くなって……皆さんが、私を嫌いになるのが……怖くて……」
再び、涙がこぼれ落ちる。
「わっ、わたしが悪いんですっ……!
でも……でも……っ……!」
「もういい! 誰か、セレナ嬢の言い分は!?」
カイルが声を荒げた。
だがセレナは、ただじっと前を見つめていた。
涙を浮かべ、足を引きずりながらも懸命に訴えるルルナの姿を、
真っすぐに――けれど静かに、見ていた。
「……この流れ……もう止まらぬ、か……?」
レオが顔を伏せ、絞るように呟く。
まさにその時だった。
「それについては、私から話をさせてもらおうか」
――ユリウス王太子の声が、会場の空気を切り裂いた。
全員の視線が、会場奥の階段をゆっくりと降りてくる人物に集まる。
金髪碧眼、気品ある佇まい――王太子、ユリウス・フォン・ヴァレンシュタイン。
「ユリウス様……!」
ルルナの目が一気に潤みを帯びた。
(来てくれた……やっぱり、私は選ばれた……)
彼女は痛む足を引きずりながら、よろめくようにユリウスへと歩み寄る。
「こ、怖かったんです……っ」
声を震わせながら、上目遣いにユリウスを見上げる。
「きっと……ユリウス様の“いちばん近く”にいる私が……許せなかったんだと思います……。
私、知らないうちに……セレナ様に嫉妬させてしまって……ご、ごめんなさい……」
両手を胸元に当て、小さく震えながら、涙ぐむルルナ。
(おいおい、それ謝ってねぇだろ……!)
レオが小声でツッコミ、シリルのメガネが静かに光った。
セレナは、ただ静かにルルナを見ていた。
怒りも悲しみもない。
その瞳には、ただ、事実を受け止める覚悟だけがあった。
そして――
「誤解があるようだ」
ユリウスが、低く、静かに口を開いた。
「セレナは――君を睨んだことも、嫉妬したこともない。
そもそも、君が“私のいちばん近くにいる”などと、誰が決めた?」
ルルナの顔から血の気が引く。
「彼女は、私の“婚約者”だ。
それだけでなく――私が心から信頼する、唯一の協力者でもある」
再び会場にざわめきが広がる。
「この数ヶ月、セレナは私と共に、学院内の“ある計画”に協力していた。
貴族と庶民の壁を少しでも取り払うために――
彼女は自ら庶民生徒と対話し、悩みを聞き、声を届け続けてくれていたんだ」
ルルナの口が、かすかに開いた。
「その活動の記録も、報告も、すべて私が確認している。
誤解や妬みで、彼女の名誉を傷つける者がいるなら……私はそれを看過しない」
会場が水を打ったように静まり返る中、
セレナはようやく、小さく息を吐いた。
ユリウスのまなざしが、セレナに向けられる。
「――ありがとう。君がいてくれて、よかった」
その言葉は、断罪の場で“真実”と“信頼”が勝利を収めた瞬間だった。
「で、でたーっ!! 王太子の全肯定セレナ姉上っ!!」
レオが裏声を上げながら、ぷるぷると震える拳を握りしめた。
「ふ、ふおおおおお! これぞ逆ざまぁでござるぅぅぅぅぅ!!!」
思わず跳ねるように足踏みし、シリルに袖を引かれて制止される。
「レオ、落ち着け。表情がニヤけてるぞ。セレナ嬢のイメージが台無しだ」
「うっ……し、しかし、感無量……拙者の脳内で今、逆転勝利BGMが鳴り響いておりまする……」
「鳴らすな」
そんな双子の会話の後ろで――
ルルナは、白い顔で立ち尽くしていた。
「わ、私……そんな、知らなくて……っ」
その震えは、先ほどまでの“あざとい健気”さとは違い、
明らかに“計算が崩れた者”のものだった。
「だ、だって……私は……皆さんと仲良くしたいだけで……っ、
でも、セレナ様が私のこと嫌ってるんじゃないかって……!」
「……私が一度でも、あなたを責めたことがあるのかしら?」
セレナが、初めて言葉を発した。
その声音には、怒りも軽蔑もなかった。
ただ、澄んだ瞳で、問いかけただけ。
「あなたのことを、冷たく睨んだ? 足をかけた? 侮辱した?
あなたが“そう思い込みたかっただけ”じゃなくて?」
ルルナの肩がびくりと揺れる。
「他人を貶めて、自分を引き立てるのは、真実の愛じゃないわ。
あなたが本当に望んでいたのは……王太子との恋? それとも、他人より上に立つこと?」
「ち、ちが……っ、違う……っ!」
泣き出したルルナに、誰も近寄ろうとはしなかった。
支えていたはずのカイルもノエルも、
ただ戸惑ったような表情で視線をそらす。
「……終わった、な」
レオが呟いた。
「ルルナ嬢は、己の“役割”を演じ過ぎた。
本物の愛を掴む前に、己の虚構で自滅したのでござるよ……」
「珍しく名言っぽいわね」
セレナの皮肉に、レオは“デュフッ”と照れ笑いを漏らした。
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