カケス男とウグイス女

しっかり村

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一行は轟音と共に落下してくるシッカリの滝の飛沫を浴びながら、切り立つ遥かな崖を仰ぎ見た。
「いつ見ても凄い崖です。そしてすさまじい飛沫です。わたしは時々、ヒグマ君と一緒に此処に水を汲みに来るのですが、汲んで持ち帰る量よりこうして身体に浴びる量のほうが、はるかに多いくらいなのですよ」
いちばん前に立つキタキツネ先生はすっかりびしょ濡れだ。
「ホンマや! これだけの落差やもんなぁ。飛沫だけでも湖が出来そうやわ。しかし、こないな崖どうやって登ろうかいな」
「アア、それなら大丈夫です。それなりの準備はしてきたつもりですから、ひとりで何とか登れると思います。皆さんここまで案内して下さって本当に有難うございました」
ホケチョは深々と頭を下げると、背中のザックから長いザイルやらピッケルやら、そしてハーケンやらを取り出した。
「ヒグマ君、以前に大きなパラパラパラパラパラパラうるさい鳥が、あの雲の中へ入っていったのをご存知ないですか?」
「おお、四年くらい前じゃったか。あの紅いごっつい鳥のことじゃな。あん時もやかましくって眼が覚めたとよ」
「彼の両親はそれに乗っていったらしいんですよ」
「はあ、それで空からっち、言うとったんじゃな。そら便利じゃ。その方が早いに決まっちょる。ほいでその息子はああやってカンコンカンコン釘打ちながら、ちっとずつ登ってって親を捜すと……? 健気なもんじゃ。ニンゲンちうんはわけわからん」
「ワシもニンゲンじゃが」
「おおっ! ベンケェ、お前もニンゲンじゃったかぁ……。じゃれば、ますますわけわからんがな……」
ホケチョはハーケンを一本打ち、二本打ち、三本打ち、手を掛け足を掛け、また一本打ち、そうして少しずつ身体を上へ移動させていく。
「あいじゃ日が暮るっど」
ヒグマ親父の言葉に皆が頷いた。こつこつ崖と対峙しているホケチョを見守る一行は、何かよい方法はないかと、それぞれの頭の中で思案している。
「せめてあの柏の樹のところまで行ければ、何とかなりそうなんじゃが。ヒグマよぉ、お前さん何かいい知恵はないもんか」
「ううん、そうじゃのう。なにぶん寝起きじゃからまだまだ頭がボーッとしとる。カケス男よオヌシはどう思う?」
「ええ、エエこと思いつきましたで」
「何じゃ何じゃ。でかした早く言え」
「ヒグマの旦那の背が四メートルやろ。その上にベンケェはん二メートル、ほんでワイが一・七メートル、その上にキタキツネ先生が一・五メートル。そしてホケチョ君が一・七メートルぐらいかな。足したらもう十メートル超えまんがな。これを二十回繰り返せばエエ。な、カンタンやろ」
「カケス男よ!オヌシはまだ酒抜けとらんようじゃのう。ちっと滝に打たれてみたらどうじゃ?」
「まあまあ、ベンケェさん。こういうのはどうでしょう」
とりなしてキタキツネ先生が新しい案を提示した。
「なるほど」
「合点」
「やるべ!」
一同キタキツネ先生の案に同意して、ひとまずヒグマ親父が五メートルほど登ったところのホケチョを、地面へと下ろした。せっかく苦労して登った分を軽々と地面に戻されても、キレることも、フテることもないホケチョである。そんな素直な好青年に、キタキツネ先生は作戦を耳打ちした。
 「わかりました」
ホケチョはザックを下ろし、二百メートルもある長いザイルの三十メートル分だけを肩に掛けた。残りは地上に垂らしている。そのホケチョをカケス男が後ろから抱える。更にそのカケス男をベンケェが持ち上げ、そしてヒグマ親父がベンケェを抱えた。
ヒグマ親父はいったん身を屈め、大きく反動をつけた。そして、気合一閃!
「ちぇすとおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
声に乗せてシッカリ山の頂上に届きそうなくらい、豪快に放り投げた。ザイルを持ったホケチョを抱えたカケス男を持ち上げているベンケェを、思いきり上へ投げた。
 ベンケェたちは飛んだ。昨夜からの風にも乗って、ぐんぐんぐんぐん上昇していく。10,20,30、50、70、75、100、120……国見山より高く。ホケチョの目に生まれ育った隣りのヘヴン島はおろか、はるかオロシアまで見渡せそうなほどの広大な風景が広がる。カケス男の目にも、ベンケェの目にも遥かな水平線が地球の丸さを知らしめる。……125……高さ125m辺りで上昇速度が急に減速し出した。
「ひゃくにじゅうご、ここらで限界か。この高さからワシの出番じゃ。ヒグマ親父ほどではないにせよ数多の武勇伝をまとってきたワシじゃ。いくでぇ」
空中のベンケェが、ホケチョを抱えたカケス男を放り投げる。これもぐんぐん上がった。しかもカケス男がちっぽけな翼をパタパタいわせて高度を稼いでいるではないか。

あの、神様の釣り竿のような柏の樹までもう少しだ。
 「ホケチョ君、あとは頼んだぞ」
カケス男がホケチョを投げる。
ホケチョはザイルをしっかりと手にして狙いを定めた。
ターゲットは神の釣り竿、柏の樹。
ヒュ~ンと上昇気流を斜めに切り裂いたザイルが、生き物のように柏の太い枝にクルクルッと巻きつく。

作戦成功!
ホケチョはすかさずザイルを伝って柏の樹に辿りついた。そしてすぐに樹に結えつけた。二百メートルのザイルは余力を持って地上のキタキツネ先生の足元から柏の樹までを一直線につなぐ。
重力に従い落下中のカケス男とベンケェは、手近なところでザイルを掴んでぶら下がった。カケス男までは良かったが、ベンケェがザイルを掴むと、重みで柏の樹が大きくしなった。
と、弾みでホケチョが樹から落ちる。
「あ~アカン!アカンがなぁ~!」
とっさにカケス男がちっぽけな翼を精一杯はためかせてホケチョをキャッチした。
「ようやった!カケス男」
と、珍しくベンケェが褒めたが、ホケチョを抱えたカケス男のちっぽけな翼は、最高速ではためきながらも上昇すること能はず、現状維持で精一杯だ。まっすぐ垂れ下がったザイルにも手が届かない。やがて焦げ臭い匂いが漂い、カケス男の翼から煙が出てきた。あわれあわれ、カケス男の翼はボロボロスカスカの炭のようになり、二人はもはや重力のなすがままだ。
 「ホケチョ君!」
「カケス男!」
伸ばしたベンケェの手も届かず、せめては地上で待機しているヒグマ親父が落下地点を予測してキャッチできるかどうか……運を天に任すか……。

 「ホウホケチョ」

 「こんな時に鳴き真似なんぞして、ナニ余裕かましとるんじゃーっ、このたわけがっ!」
緊張感のない鳴き声を響かせるカケス男をベンケェが一喝した。
「ワイやあらへんで」
「オヌシ以外に誰がおる?ウグイス女はさっき行ってしもうたが」
 「ホウホケチョ」
「て?」
「ウグイス女さん?ですね」
見上げると、巨きな鳥が翼を広げている。ウグイス女だ。ウグイス女が戻ってきた。
「ホウホケチョ」
ウグイス女は急降下すると、大きな両脚でホケチョを抱えたカケス男をがっしりと掴んだ。そしてそのまま大きく羽ばたき、すうーっと上昇したかと思うと、何の躊躇もなく真っ直ぐに厚い雲の中へ、シッカリ山の頂上を覆う雲の中へと消えていった。


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