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八 ”トラブルの多い飛行機””と男やもめのカマドウマ
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八 ”トラブルの多い飛行機“の行方と男やもめのカマドウマ
ホウはカマクラ氏の用意した“トラブルの多い飛行機”という垂直離着陸機でオシリ島へ向かった。別名を“ミサゴ”と言うらしい。急降下で海の魚を捕える俊敏な猛禽類をイメージして開発されたアメリカの最新鋭パワード・リフト機だ。ヘリコプターに比べ速度2倍、航続距離も3.5倍と圧倒的なスペックを誇る。しかし、複雑な機能に対し、機体耐性とパイロットの腕が適応できないケースが多くトラブルが絶えない。日本での使用に関しても物議を醸したが、なし崩し的に導入され今もあちこちで機名通りのトラブルを引き起こしている。中には、こっそりオークションに出品されるものもあった。
「ホウ君なら軽々と乗りこなせただろうに」
自衛隊幹部が懐かし気に舌打ちしていたのを耳にしたカマクラ氏は、多くの凡庸なパイロットの手に負えない“ミサゴ”をヤフオクで落札し、知る人ぞ知る日本一のパイロット、ホウにシークレットミッションを依頼した。
四年前、ちょうど今日のような春浅い朝のことだ。源ジィとお春は、ホウとシヅカの乗った“トラブルの多い飛行機”の軌跡を目で追い、カマクラ氏はぷるさあ丸で受信待機した。オシリ島上空からの映像が届き、シッカリ山の頂を覆う雲の中へ入っていくところまではかろうじて双眼鏡で視認も出来て、無線も繋がっていた。しかし、吸い込まれるように雲の中へ入っていくと、それっきり途絶えた。
幾度となく日が昇り、また沈み、星々が静寂を語り、数多の鳥が朝を告げようと“トラブルの多い飛行機”の姿はおろか、ホウとシヅカからは何の沙汰もない。
そんなつもりじゃなかったんじゃ……カマクラ氏は項垂れてぼやく。あれ以来、紅いヘリコプターで郵便物や一年遅れのボージョレーヌーボーを配達しがてら「ホウからの連絡はないか?シヅカさんはどうしてるだろう?」と頻繁に顔を見せるようになった。
源ジィとお春の家の庭先、オシリ島の見える小高い丘の上には柏の樹が一本だけ立っている。いつも海風を受けるものだから少し斜めだ。お春の祖先が植えたのか自生かわからないが、どれだけ強い風が吹こうとも枯れた葉は落ちずに春の芽吹きを待つ。いつしか源ジィとお春は斜立した柏樹を崇め、二人が無事でありますように、と花を供えるようになった。昨日までは、ホウとシヅカが居なくなった寂しさをホケチョが埋めてくれていたのだが……、今日から花を増やさねばならない。
カマクラ氏は、源ジィとお春の密かなセンチメンタリズムに気付くことなく、一年遅れのボージョレーヌーボーをホケチョの分までと届けに来てくれた。このボージョレーヌーボーも、ヤフオクやメルカリで落札したのではないかと思わせるほど軽薄なお調子者だが決して悪い人間ではない。カマクラ氏のすべての行動は悪意あってのことではなかろう。しかし結果としてどうも妙な処に着地してしまう。経済的にも社会的にも成功者の部類に入るのだが、尊敬の対象どころかオーラもないし卑屈ささえ感じさせる。そのせいかも知れないが、今でも独身で家も持たず、“ぷるさあ丸”で洋上を彷徨う船暮らしだ。カマクラ氏の寝泊りする“ぷるさあ丸”にはゴキブリならぬカマドウマが多数出没するらしい。男やもめのだらしなさ、彼は厨や厠を自由に跳び撥ねているカマドウマを見てみぬふりをし、時にはそれとなく生ゴミを床に落としたり、トイレのドアを開けっ放しにしたりして、半ば保護しているようだ。前回来たときも虫かごに入れたカマドウマを二匹、ペットにどうかと誇らしげに見せびらかした。察するに、驚異的な跳躍力を持ちながら狙った方向へ上手く着地できていないようなカマドウマに、自分を重ねているのではなかろうか。
「源ジイ、お春さん、私がどんな言葉をかけてやればいいのかわからんが、だからといってくれぐれも呑みすぎんようにな!」
「せやけどホケチョの分もあるからのう。呑まな悪ぅなってまうがな」
「そうやそうや」
源ジィとお春は、貰ったばかりのボトルのコルク栓をさっそく抜いた。
焼酎一杯クイーッ
このときばかりはセンダイムシクイの鳴き声が、はっきりそう聞こえた。珍しく凪いだ海の向こうのオシリ島にまで届きそうなくらい響き渡る。
「焼酎やあらへん。ワインやがな。たまにはカマクラはんも一緒にどや?」
「いえいえ私は結構。急ぎの用事思い出したもので、くれぐれも呑み過ぎんようにな」
カマクラ氏は、水平線に浮かぶオシリ島を眺めながらヘリコプターへ乗り込んだ。パラパラパラとプロベラを回転させた紅いヘリコプターは、乾いた地面を蹴りあげて一気に離陸した。
ホウはカマクラ氏の用意した“トラブルの多い飛行機”という垂直離着陸機でオシリ島へ向かった。別名を“ミサゴ”と言うらしい。急降下で海の魚を捕える俊敏な猛禽類をイメージして開発されたアメリカの最新鋭パワード・リフト機だ。ヘリコプターに比べ速度2倍、航続距離も3.5倍と圧倒的なスペックを誇る。しかし、複雑な機能に対し、機体耐性とパイロットの腕が適応できないケースが多くトラブルが絶えない。日本での使用に関しても物議を醸したが、なし崩し的に導入され今もあちこちで機名通りのトラブルを引き起こしている。中には、こっそりオークションに出品されるものもあった。
「ホウ君なら軽々と乗りこなせただろうに」
自衛隊幹部が懐かし気に舌打ちしていたのを耳にしたカマクラ氏は、多くの凡庸なパイロットの手に負えない“ミサゴ”をヤフオクで落札し、知る人ぞ知る日本一のパイロット、ホウにシークレットミッションを依頼した。
四年前、ちょうど今日のような春浅い朝のことだ。源ジィとお春は、ホウとシヅカの乗った“トラブルの多い飛行機”の軌跡を目で追い、カマクラ氏はぷるさあ丸で受信待機した。オシリ島上空からの映像が届き、シッカリ山の頂を覆う雲の中へ入っていくところまではかろうじて双眼鏡で視認も出来て、無線も繋がっていた。しかし、吸い込まれるように雲の中へ入っていくと、それっきり途絶えた。
幾度となく日が昇り、また沈み、星々が静寂を語り、数多の鳥が朝を告げようと“トラブルの多い飛行機”の姿はおろか、ホウとシヅカからは何の沙汰もない。
そんなつもりじゃなかったんじゃ……カマクラ氏は項垂れてぼやく。あれ以来、紅いヘリコプターで郵便物や一年遅れのボージョレーヌーボーを配達しがてら「ホウからの連絡はないか?シヅカさんはどうしてるだろう?」と頻繁に顔を見せるようになった。
源ジィとお春の家の庭先、オシリ島の見える小高い丘の上には柏の樹が一本だけ立っている。いつも海風を受けるものだから少し斜めだ。お春の祖先が植えたのか自生かわからないが、どれだけ強い風が吹こうとも枯れた葉は落ちずに春の芽吹きを待つ。いつしか源ジィとお春は斜立した柏樹を崇め、二人が無事でありますように、と花を供えるようになった。昨日までは、ホウとシヅカが居なくなった寂しさをホケチョが埋めてくれていたのだが……、今日から花を増やさねばならない。
カマクラ氏は、源ジィとお春の密かなセンチメンタリズムに気付くことなく、一年遅れのボージョレーヌーボーをホケチョの分までと届けに来てくれた。このボージョレーヌーボーも、ヤフオクやメルカリで落札したのではないかと思わせるほど軽薄なお調子者だが決して悪い人間ではない。カマクラ氏のすべての行動は悪意あってのことではなかろう。しかし結果としてどうも妙な処に着地してしまう。経済的にも社会的にも成功者の部類に入るのだが、尊敬の対象どころかオーラもないし卑屈ささえ感じさせる。そのせいかも知れないが、今でも独身で家も持たず、“ぷるさあ丸”で洋上を彷徨う船暮らしだ。カマクラ氏の寝泊りする“ぷるさあ丸”にはゴキブリならぬカマドウマが多数出没するらしい。男やもめのだらしなさ、彼は厨や厠を自由に跳び撥ねているカマドウマを見てみぬふりをし、時にはそれとなく生ゴミを床に落としたり、トイレのドアを開けっ放しにしたりして、半ば保護しているようだ。前回来たときも虫かごに入れたカマドウマを二匹、ペットにどうかと誇らしげに見せびらかした。察するに、驚異的な跳躍力を持ちながら狙った方向へ上手く着地できていないようなカマドウマに、自分を重ねているのではなかろうか。
「源ジイ、お春さん、私がどんな言葉をかけてやればいいのかわからんが、だからといってくれぐれも呑みすぎんようにな!」
「せやけどホケチョの分もあるからのう。呑まな悪ぅなってまうがな」
「そうやそうや」
源ジィとお春は、貰ったばかりのボトルのコルク栓をさっそく抜いた。
焼酎一杯クイーッ
このときばかりはセンダイムシクイの鳴き声が、はっきりそう聞こえた。珍しく凪いだ海の向こうのオシリ島にまで届きそうなくらい響き渡る。
「焼酎やあらへん。ワインやがな。たまにはカマクラはんも一緒にどや?」
「いえいえ私は結構。急ぎの用事思い出したもので、くれぐれも呑み過ぎんようにな」
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