未姫(ひつじひめ)の困惑  

布留洋一朗

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第9話 黒幕の名前

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 祭祀長の名が出たのを聞き、目を閉じて楽な姿勢になっていたお福とお蘭が咳き込んだ。
 山内ランドウもまた、父・海燕公の信頼厚い人物とされているためであり、二人とも役目上、城の重職のうちでは、その部下とも合わせてやりとりの多い人物だからだ。

「ランドウですか」驚きつつも、挙げられた名はなんとなくメグの腑に落ちた。
「それで、どこからも支援のないわけが納得できました。あれが黒幕かぁ。少なくとも外見はそれらしい」
「キリッとして強そうですもんね、腹の中だって読めない感じ」と、お蘭が言った。
「そうそう」
「前の祭祀長はチビ・デブ・ハゲの三拍子そろってたし、喋りだすと止まらなかった」
「これ」
 祭祀長とは、国が行うさまざまな祭事を束ねる役職であり、内政にも深く関わる重職だ。今回の黒鷺館における「雲の儀式」についても、城側の最高責任者にあたる。たとえ他国にいる母や姉たちからメグについて照会があっても、すべてを把握し回答するのは祭祀長の役割となる。
「おそらく表向きは中立的な態度を装い、実は内藤様に有利なよう取り計らっているのだと想像します。ただ、祭祀長がすべての黒幕かどうかは、いまはなんとも」

 山内ランドウは、お蘭とメグが褒めたように、とても背が高くシャープな容貌を持つ五十年配の女性だ。
 およそ1年前、高齢で退いた前任者に代わって祭司長へ着任した。この人事には内藤家老の熱心な推挙があったとも聞いている。打ち解けて会話した経験こそなかったが、万事そつなく手際が良いとの印象をメグは持っていた。
「鐘についての価値が高騰したのも、あの方が背後にいると考えれば説明がつくかと」と、孔雪は付け加えた。
「そういえば、前に」メグは思い出しながら言った。「あの者が顧問を務める研究会から出された鐘に関する意見書というのを読みました。たしか飾っておくばかりでなく、もう少し活用の機会を増やせというのではなかったかな」
「おっしゃる通りです」孔雪はうなずいた。知っているということは、少数の関係者の他は誰も読まないようなレポートにまで目を通しているということになる。
「その提案については、肝心の海燕公が関心を示されず、捨ておかれたとか」
「あなたはほんとうに、よく覚えてるし、なんでも目を通してるわねえ。感心する」

 穏やかな気候と平和な暮らしの守り手とされる「歌う鐘」に、さらなる価値を見出そうとする意見は以前から根強くあった。その、現役世代での代表的な論客が山内ランドウだった。今回の雲の儀式についても、途中までほぼメグ一人で行う従来のやり方について、控えめにではあるが山内は、いくつか手順を見直し、藤の国の首都にあたる霧島での行事を増やす案を示した。いずれも父、海燕公の多忙により実現はしなかったが、メグは特に不審も感じず、ただ熱意のある祭祀長だなと感心していた。
 だが、孔雪はひっかかりを感じていたという。

「私は疑いを抱いてから、入手できるランドウの執筆論文などはすべて取り寄せました。とりわけ呪具や神器への強い関心が印象的でした。彼女は都と双樹の学舎にそれぞれ学び、特に双樹では短期間ながら晩年の五月ウーツ学匠から指導を受けました。三つの鐘の研究で知られた人物で、『歌う鐘』が古代の伝承において雨、風、海流などを左右したとされる「水の鐘」を祖形とすること、そして最も重要なのが上端部であると主張した」
「いま、かなり頭が痛くなっています」
「すみません。事績をかいつまんで言いますと、歌う鐘の姉妹品を分割し、三つの守り手にあらためる基本案を提供したのが五月学匠です。鐘の上端とは、すなわち未の守り手にあたる部分ですね」
「弟子筋のランドウが鐘と守り手に関心を持つのは、筋金入りってことかな」
「はい。しかし、ただそれだけでは未の守り手に対する強い執着への説明にはなりません。ランドウの師匠の説は、いわば国の公式見解ですし。わたしもそこで思案が止まっていたのですが、この館にきてからメグ様にお聞きした話によって、新たな疑いが湧きました」

「え、わたしのせい?」
「メグ様のせいというより、示唆をいただいたわけです。こちらでの雑談の折、三つの守り手の由来について、公式な説明と母君の実家に伝わる伝承とは少し違うと教えて下さった。未の守り手の核となる部分は、それ以前から代々お守りとして仙女王の一族に使われてきた。そのせいで、傷こそないがかなり古ぼけみすぼらしいところがあり、店で売ろうとしたら中古扱いになるのだと」
「そんなひどい表現、したかしら」
「はい。それを聞き、私は三つの守り手のうち、特に未には年代や由来の不明な部位が含まれているのだと理解しました。そしてこのことに、ランドウも思い至ったのではないかと」
「でも、そのことを彼女にしゃべったことは、ないなあ」
「はい。ただ、秘匿されてもいなかったですし、母上や祖母上が何かの折に語られたのかもしれず、それがランドウに伝わってもおかしくはない。そして例えば、彼女が以前から立てていた鐘についての仮説に、しっくり嵌ったとか」

 メグは腕を組んで考えはじめた。最近このポーズが癖になりつつある。
 そういえば、彼女の部下から学術研究を理由にした「未の守り手」の調査願いがあったのを思い出した。「未の守り手」は基本的に未姫の近くから離してはいけないことになっていて、結局は借用の申し出は却下された。

「あれは孔雪、あなたが断わらせたのでしたね。多忙を理由にしましたが、あの時から疑っていたのですか」
「少なくとも違和感は抱いておりました」との返事があった。「私には霊的な感受性はありませんので、祭祀長とその配下の霊力は測れません。ですが、万が一を警戒し調査を断りました。容易に見破れない術を施して返却されることもあり得ますし」

 豪胆斎に代表される術師が、誰かの日用品に呪をかけて発信器や盗聴器がわりに使うことはあったし、家族や家臣を当人も気づかないうちに利用できる術師もいる。だから王族の子女には、この手の陰にこもった危険な術から身を守る霊的護衛官をつけることがあった。
「そうね。相手がすごい術師だったら、わたしだってわからないもの」

 メグはランドウの、落ち着いてはいるが生気と張りのある日常のしぐさを思い浮かべた。強力な術師にありがちな、力の波動や目に見えない圧力を祭祀長から感じることはない。だがレベルが常人を大きく超えると、逆にたたずまいから見抜くのは困難になるとも言われ、そんな場合の正体は、当人にしかわからない。

 四十年は前のこと。双樹と萌との外交交渉の場に、当代きっての呪術師として売り出し中の堀内豪胆斎が乗り込んできた。それを聞いて大喜びしたメグの祖母は、当日自らお茶を振る舞ったりしてじっくり見物し、「若いがなかなか貫禄がある」などとお気楽な感想を述べた。そしてあとになって、そばにいた世話焼きおばさんの正体が仙女王と称えられる大物中の大物だったと知った豪胆斎は、ずいぶんプライドを傷つけられたらしい。ただしそれ以降、双樹に対する萌の攻撃的な態度は影を潜めた。
 ちなみにメグは、平々凡々たる霊力しかないと自覚していて、祖母たちのような妖怪めいたエピソードには無縁である。

「うーん」メグは親指の爪を噛んだ。やめようと思っても、ついやってしまう。
「わたし、全然気がつかなかった。ちょっとは教えてくれてもよかったのに」
「この私の妄想に過ぎぬ恐れは十分にありましたから」孔雪はあっさりと言った。「また、祭祀長がいくら鐘の価値を高く評価しても、邪念を抱いていると決めつけるには飛躍があります。ですが……」
「疑惑のきっかけみたいなものはあった?」
「最初のきっかけとなったのは、この前の冬。メグ様が離宮から藤の城に戻られたのに合わせ、私は新参者としてご城下に参りました。その折に」

 孔雪はあらためて経緯を語りはじめた。未姫の世話係としての正式な着任はその日の午後からだったので、許しを得てメグの早朝礼拝を少し離れて見学していた。すると、
「礼拝所の窓の近くに、メグ様のお姿を画帳に描く者がいるのに気づきました」
「ああ、いましたね。たしか、肖像画を描く参考にするとかなんとか」
「はい。わたくしは生来、好奇心が強く遠慮もありません。藤の国の御用絵師とはいかなるものかと、さっそく見物に行ったわけです。ところが」
 経済力のある藤の国には各地からレベルの高い美術家が集まり、都生まれの孔雪にとっても大いに興味があった。しかし、のぞき見た絵師の画帳が詳細に記していたのは、期待した未姫の姿ではなく、その手に握られた未の鐘こと未の守り手だった。もちろん気になる箇所をしつこくスケッチすることはありがちかもしれない。
「ですが、筆勢もまるで図譜をつくるためのようで、違和感を禁じ得ませんでした」
 孔雪はきゃしゃな腕をくんだ。「その後、例の画帳が山内祭祀長へと提出されたのを知りました。調度品を統括する御納戸長官のところではありません。私が祭祀長に着目したのはそれからです」

 メグが聞いた。「つまり、わたくしが離宮から藤の城に戻った時点で、すでにランドウは未の守り手に特別な関心を抱いていたということですか。そしてあなたも」
 孔雪は、うなずいて軽く目をつむった。「観察しておりますと、普段のメグ様と守り手に対する祭祀長の態度は、すこぶる自制が効いたものでした。しかしメグ様はときおり、守り手を粗雑に扱われます。例えば、お背中を掻くのに使われたり」
 黙って聞いていたお福が情けなそうな顔をした。
「それを見たとたん、祭祀長の目つきは、なんとも言えないものになります。そしてそんな出来事のあった日は、決まって自らの配下に厳しく当たったりするとか」
「あら」
「それで、祭祀長の人となりと過去を調べようと思い立ちました。ただ、あの方の表向きの経歴に非の打ちどころはなく、さらに詳しい調査を頼むほど信頼に足る相手は、他国者かつ年少の私には容易に見つかりません。仕方なく著作を調べたりしていましたが、そうこうするうちに、この黒鷺館へと移動する期限がきてしまったのです」

「そうだったの」
「都にいる兄たちにも、いちおうは助力を請いました」
 孔雪には、仲の良い歳の離れた兄と従兄弟たちがいて、そろって並々ならぬ切れ者だと聞いている。
「しかし今の、メグ様に仕える私とは立場が違います。それに兄たちは阿呆ではありませんが、まだまだ若輩。うかつな相談をすれば、めぐりめぐって相手に私の疑念が伝わらぬとも限りません。そのために曖昧な問い合わせになったところ、どうやら危険に首を突っ込んでいると思われたらしく……」
「それで、用心棒として黒狐が派遣されてきたの」
「そのようにございます」
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