未姫(ひつじひめ)の困惑  

布留洋一朗

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第14話 無欲で献身的なパートナーのみ求む!

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 とりあえず姉のもとから退出したメグは、お福たちのところへと戻った。
 迎賓館の一角、びっしり彫刻された重い扉を開け、無事だったかメグが声をかける前に、「なんと、おいたわしい」声を震わせたお福はさめざめと泣き出した。まだ頬に湿布を貼ってあったのを忘れていた。

「それでメグ様、あの木っ端役人は死罪になりますか?」
「いいえ。一族まとめて処罰するというのも止めさせました。福には気の毒でしたが、あの者たちが一方的に悪いというわけではありませんから。それと孔雪」
「はい、メグ様」
「まだ知らせは聞いていませんね」メグは姉とその近習から伝えられた父と兄、そして叔父、さらに内藤の話と萌の国の状況をそっくり彼女へと伝えた。
「やはり、内藤家老または首謀者にとって、不測の事態が起こった可能性はあります」
「『または首謀者』とはどういうことです」お福の問いに孔雪は、「内藤が乱のまことの首謀者かどうか、まだ確実ではありません」
 矢津の港から街道を抜け、ここにくるまでの短い旅のあいだ、孔雪はメグにポツポツと謀反の真の黒幕について自身の観測を語った。なかなか衝撃的な指摘も含まれていたが、まだお福にも教えるべきではないということで、メグとの意見は一致している。
「誰かほかに糸を引いているものがいると?」
「はい。まだ可能性の範囲ですが」
「それは、萌の国の関係者ですか。それとも、例のランドウ祭祀長」お福の問いに孔雪は首をふった。
「まだどうのこうのいえる段階ではありません。情報が少なすぎます。全員が関わってはいるでしょうが、八岐大蛇のどこに心臓があるかはまだなんとも。また萌の国については、藤の国と本格的に事を構える覚悟はないのではないかと私は見ていますが、そこも慎重に調べたいと思います。それで、今後の方針なのですが」
「え、さっそく。もうこの国を出るおつもりではないでしょうね」
「はい。この国をすべて信用はできないので、あてを幾つか考えます」身も蓋もなく孔雪は言い、全員を部屋の中央にいる自分の近くへと集めた。鳥や虫を使っての盗聴を警戒しているのだ。

 彼女は唇をほとんど動かさず、囁き声で言った。
「お会いした美良野の方さまからは、メグ様に対し嫌うとか憎むとかの感情は見出にくい。逆に、失礼な言い方をすれば、意外なほど妹への思いやりはお持ちだと思いました。しかし、あの方はいまや江津の指導者であり政治家。使命感も強い。自国の利益に反するなら、思い切ってメグ様を切り捨てるのに躊躇はないでしょう。メグ様もそうお感じなのでは?」
「ええ。わたくしも孔雪の意見を指示します。正直、同じように思っています。姉はある意味父や兄以上に勁い人ですし、そうあらねばと思い極めてもいます」
 メグは微笑して子供のころの話をした。「兎の姉とは歳が離れていますから、共に祖父の別荘に行った際などは寝る前、物語を読み聞かせてもらったものです。その時、姉が好んでとりあげたのは、虐げられた女が克己して男を見返した話と、令に背いた可愛い部下を泣きながら処刑した宰相の話。そして、すべての陰謀や汚名を我が身へ引き受け、死んで国を守った孤高の男の話」
「な、なんとなくわかります」お蘭がうなずいた。

「それと姉は、叔父である学恩卿とは合いません。わたくしの知る姉の気質から考えて、万が一叔父が父の後継と決まり、江津に不利な政策を行いそうになった時は、わたくしを対抗に立てる無駄はしないと思います。孔雪はどう見ますか」
「はい。それについてもメグ様と同じ意見です。本気で藤の国に干渉なさるつもりなら、もっとすっきりと江津の利になる別の人間を立てるでしょう。そのためには戦も恐れない。だから今は軍を温存しているとも考えられます」
「なら、どなたを立てるおつもりなの」お蘭が聞いた。
「目先の状況によって代役もありでしょうが、最終的にはセイドリック・流星様をお考えだと思います。そして夫君を摂政にし、藤との連合政権樹立を目指されるのでは」

 皆が黙り込んだ中、孔雪が続けた。
「これが実現すれば、あのご夫妻の夢がひとつ叶うことになります。現在は、先日の内務卿のからんだ内紛もあって慎重に行動しておられると見えますが、その内側はわかりません。もしかすると、私たちを丸ごと謀っておられるのかもしれない。さらに美良野の方さまについていえば、賢い方ですがお人柄は真っ直ぐ。なので内心は読みとりやすい。夫たる美里公も策略上手という評はあるものの、なにより理想家肌なのだと思います。それより注意すべきは近習どもです」
「牢役人は大まぬけばかりでしたよ」
「あれとは異なり、よくもやり手と曲者を揃えたものと感心しました。わたしを見ても、子供と侮ったりからかったりする者は皆無でした。これはめずらしいですよ」
「なるほど。あなたは逆にいつもそうやって相手を値踏みしているのね」
 孔雪はちらっと笑みを浮かべ、「たぶん、国主夫妻がご自身たちの足らぬところを判って選ばれたのでしょうね」とだけ言った。

「かもしれない、そうだろうばかりですね」耐えきれないようにお福が聞いた。「なにか、間違いなく判明していることはないのですか」
「いいえ」孔雪は言下に答えた。「ほぼ、ありません。ただしメグ様の無事と自由をお守りするには、乏しい情報を不確かな読みによって補いつつ行動しなければならないのだけは間違いありません。ところで」孔雪はふたたびメグを向いた。「メグ様には、城に戻って城主となられるお気持ちはまだないとお見受けします」
 急に言われ、ドギマギしながらメグは答えた。「た、たぶんこれからずっとないと思う。できれば、そんな目に会うのはヤダ」
「そうおっしゃると思いました。いえ、皆の心を揃えるため、お聞きしたのです」
 領民の暮らしさえ安定するなら、自分以外の人間が城主になることにメグの抵抗はなかった。むしろそっちを望んでいるぐらいだ。そんな彼女の内心を、こざかしい孔雪はちゃんと見抜いている。

「そうだ、これだけ聞いておきたい」お蘭が固い表情で言った。「だれが藤の国を継がれるかは知りませんが、そのせいで結局はメグ様のお命が狙われることになりはしませんか。邪魔だ目障りだって。私、そっちが心配でならない。防ぐ方法はないのかな」
「そうですね、それはあり得ます」孔雪は平然と返事した。「ならば、メグ様は城主より神に仕える道を優先なさるおつもりであるのを、ことあるごとに主張いたしましょう。むろん、婿を取ってその相手を城主にせよと主張する者はおりましょう –––– 本当に素敵な相手の場合は別ですよ –––– そういう押し付けには、メグ様は双樹の国との約定により将来は両国の祭祀女王となられる。そうなると参州全体の、いえ都やほかの州もまきこんだ全州の祭祀女王であるに等しいと答えます。実際に都ではその将来観測が主流であり、目端の効く宗教関係者どもは我が兄と従兄弟のもとへ、すでにさまざまに話を持ち込んでおるようです」
「あら、そう。知らなかった。でも孔雪の口ききなら都で握手会ぐらい開こうかな」
「ものすごい因業代理人になりそうですよ、それにメグ様をこき使うこき使う」
「もちろん恋愛は厳禁。それでお休みも昇給も三年に一度」
「冗談はさておき」孔雪はひとつ咳をした。「そんなお方を、たかがひとつの国に押し込めることはできないと言い張ることにしましょう」

「婿になっても政治権力は付いてこないってことね。奥さんの権勢をカサに着ようって不届きものは門前払いだ!」「そうだ!無欲で献身的なパートナーのみ求む!」
「そんなにうまくいくかなあ」威勢のいいお蘭と美歌に、メグだけが首を捻った。
 お福が言った。「気がかりなのは孤高が過ぎ、あまりにご親族との間がこじれると、私の生国のようになってしまわないかということです。あれはあれで大変でございますよ。手を組める人とは手を組み、頼る時は頼るのも悪くないのでは」
 お福の故郷である背戸は、かつて双樹の国を守護する立場の小国だった。独自の水軍を有し天下に勇名を馳せたが、近世になって国主一族に内紛が絶えず、分裂騒ぎの末に彼女の生まれた土地は双樹へと編入されてその一地方となり、他もまた幾つかの国に分散収容された。指導者層も双樹およびその周辺諸国の貴族となってしまった。外国との戦は負け知らずでも、敵は内側にあったわけだ。各地に別れた旧臣たちの苦労をよそに優雅に暮らす旧主一族の姿に、彼女は批判的だった。
「そうねえ。国が割れるのは嬉しくないなあ」
「分裂はともかく、少なくとも江津の国のおっちょこちょいに命を狙われる抑止にはなります。もし万が一、祭祀女王となられる方を弑したら、参州の国と民がこぞって敵に回り藤の国を継ぐなど夢のまた夢になりますから。むろん頭から誰もあてにしないのではなく、是々非々で参りましょう」
「ねえねえ、事故と見せかけて殺されたりするかも」と、メグがにやにやしながら言うと、「そうですね。その対策は考えなければなりません。でも、その時はその時です」と言って孔雪は笑い出した。つられて他の者も、「それはひどい」と言いながら笑った。

 ひとしきり笑ってから、孔雪は部屋の外に待機していた黒狐を呼び込んだ。
「楽しそうな語らいに入ってもよいのですか。無作法な上、一応は男ですぞ」
「特別に許してあげます」笑顔のメグが言うと、
「あっ、そういえば」美歌が思いついたように言った。

「お昼の食事をいただいていた折に、こちらの家臣の方から、明日にでも特別に美良野の方様ご所有の鐘を見せてやろうとのとお誘いがありました。お福さんやお蘭さん、孔雪さんが一緒でも構わないそうです。もちろん、メグ様がお持ちのお守りについても聞いてこられましたよ。何気ないふりを懸命に装ってはおられましたけども」
「ふむふむ」孔雪は嬉しそうな顔をして聞いている。
「黒鷺から脱出の途中に失ったりしてないか、あるいは鐘に異変が起ったりしていないかとか。私は、よくわからなくて・うふふって申しておきましたが」
「美歌さんの愚かなふりは天下一品ですから」と孔雪は言い、「これで、やはり鐘の真贋話は江津の国にまで伝わっているのがはっきりしました。ところで美良野の方様は、鐘についてはなにもお聞きにならなかったのですよね」
「ええ」メグはうなずいた。「あれは、わざとだろうか。姉本人はあまり鐘を意識してないという気もします。あの方は昔から、物に頼る儀式や術に信を置いておられないのです。祈りかつ自ら実行に移す、ということですね」
「なるほど。筋は通っている」

「それで」美歌がふたたび語り出した。「姉上さまがお持ちの三つの守り手のひとつは、国の護りの要であるからと、城の人目につくところに置いてあるんですってね。なんでもメグ様の父君を危難が襲ったとされる時刻に、ふるふると鳴ったとか」
「ふるふると、ですか」メグは言った。「私のはうんともすんとも鳴りません」
「きっと控えめなのですよ、持ち主と似て」
「だいいち鐘といっても、鳴らすための舌などついていません」と言いながら腰に下げた皮箱からお守りを出して皆に示した。話題が話題だけに、一同はどこか感激するような面持ちでそれを眺めた。
「面倒なので総称して鐘といいますが、双樹由来のこれらの鐘は合計で四つあるわけですが、常に持ち歩いているのはおそらくわたくしのみ。ということは、今すぐ調べられるのはこれだけです。例の本物探しの話が伝わっているのなら、早く調べたくて、蕁麻疹が出そうなほどかもしれませんね」
「それに、ふるふる鳴ったと教えるぐらいですから、この国の人々は城にある兎の守り手こそ尊い本物と思っているのやもしれません」と孔雪は指摘した。「今後もそう思っておいてもらいたいものですね」
「だとすれば、下手に見せないのがいいのかな」

「それよりまず、真贋はどうやって見抜くのですか」美歌が聞いた。
「もの調べの術というのはあるそうですが、わたくしは知りません」
「本物の呪具はふつう、力のある術師がそれにぴったりの呪をとなえると反応したりするものですが、そういうこともないのですか」と、黒狐が聞いた。
「これが反応したことは、いままで一度もないの。毎日お祈りはしていますが、鳴ったり光ったり、なにもありません。母からはただ、肌身離さず持っているようにと言われただけですし、そういうものだと思っていました」
 一同は、じっと未の守り手を見つめた。
 ポツリと黒狐が、「小細工などなくても、別に隠したりしなくても、いいのかもしれませんな」と言った。「その未の守り手には、我々の思う神具や呪具より遥か深い意味と力があり、こざかしい術師ごときには干渉できない。そして、メグ様はそれに受け入れられ、毎日それに祈っておられる」
「けどいっこう変わり映えなし」とメグは言った。「ただあなたたちの荷物となるばかり」
 なにをばかな、という顔をお福がした。

「いえ、我々はすでに守られているのでは」黒狐は言った。「聞き流してもらいたいのですが、これほどの闇にさらされながら、姫様は別に闇に落ちたとも見えず、魔にも権力にも魅入られたとも思えず、欲に浮かされておいででもない。いたって自然に祈り、われわれの無事を常に念じてくださっている。われわれも、まあ、ひとまずは平静です。これは状況を考えれば希有のこと。詳しくは申しませんが、以前に跡目争いの渦中にある人々をつぶさに見る機会がありました」
 黒狐は短い間、なにかを思い出すような目つきをした。「そろって半ば常軌を逸しておりました。もし未姫に課せられた使命が人々の安寧を祈ることであり、未の守り手がそのためにあるなら、いまも役目を果たし続けている」

 ひとびとはしばらく黙った。
 ややあってお福が口を開いた。「……たまに、面白いことをいいますね」
「どうも。常に面白いように努めます」
「ありがとう」とメグは言って微笑んだ。「じゃあ、また元気を出して、夕ご飯の前にお祈りをすることにします。ちゃんと美味しいごはんが食べられますようにって」
 お蘭たちがにこにこしている。「それに、鐘を気にしているようなら、あっさり見せることにします。だって、わたくしも知らない反応があったら、面白いではないですか」
「……この度胸は王ならではですね」つぶやいたのは孔雪だった。黒狐が頷いた。
 そして鐘の話が一段落すると、メグたちは次の行き先の検討をはじめた。
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