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第3章 君を過去から逃してあげたい
第14話 嫌悪感と、復讐の快感
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一の体調不良は思ったよりも長く続き、すでに一週間も学校を休んでいる。オレが学校に行っている間は、潤くんと水那ちゃんが一のことを見てくれた。学校もあるだろうし帰らないのかと思ったが、2人は10日ほど旅行に行くと学校に伝えてあるらしい。さすが一のきょうだい、抜かりない。近場にホテルをとってあげるか相談したが、兄と一緒にいたいと言うので、2人には泊まってもらっている。それにしても、最初はオレの事をあまり信用してなかったが、気を許したのか何かと気にかけてくれるようになった。
「比嘉さん。明日ですよね、あの人に会うの」
夕飯を作る手伝いをしてくれている潤くんが、オレの横で鍋を見つめながら、不安そうにつぶやいた。
「うん、そうだねえ」
オレはできる限り、余裕があるような声で返した。オレがしっかりしておかないと、2人を不安にさせてしまう。
「怖くないですか?兄さんのためとはいえ、他人に危害を加えた人間と話すなんて……」
潤くんは、ここ1週間不安を膨らませていたのか、弱気になっていた。真っ直ぐオレを見つめる目が潤んでいる。
「緊張はしてるよ。でも、潤くんが言ってくれたんじゃん!オレが、どれだけ一を想っているか伝えないとって」
オレは味噌汁の入った鍋を混ぜながら、反対の手で潤くんの背中をさすった。
「オレ、結構強いんだよ。心配しないで任せてよ」
「……わかりました」
潤くんは俯いて目をこすりながら答えた。お皿を取りにきた水那ちゃんが、不思議そうに双子の兄の顔を覗き込む。
「潤どうしたの!比嘉さんに泣かされたの?」
心配の言葉とは裏腹に、声は弾んでニコニコとしている。潤くんをからかっているようだ。
「ち、違うよ!」
「じゃあメソメソしてないで比嘉さんの手伝いしなさいよ!」
軽やかに踵を返して、水那ちゃんは食事の用意をテキパキ進めている。潤くんが落ち着いてきたのを見計らって、オレは味噌汁をお椀に注いだ。
「潤くん、お味噌汁できたから、運んでくれるかな?」
「はい……!」
オレは、鍋などを軽くすすいでから、蛍光灯で異様に明るい食卓に着く。潤くんと水那ちゃんがアニメの話をしていたので、それに交ざった。水那ちゃんは好き嫌いが多くて、残したものは一か潤くんが食べる。一は魚を綺麗に食べるけど、2人はまだ上手に食べれないみたい。オレは味噌汁をすすりながら、3人を眺める。関戸家の食卓に入り込んだようで、なんだか照れ臭かった。しかしやっぱり、一との2人の時間が恋しい。まだオレたちは、身内でさえ煩わしく感じてしまう時がある。姉ちゃんの時もそうだった。オレは姉ちゃんに嫉妬して、邪魔だと思った。オレたちはお互い想像以上に繊細で、他人を気にしやすかった。心置きなく会話できない、触れない、キスできない、セックスできない。2人にとっては少なからずストレスだった。愛してるって言いたい、意味もなく見つめ合いたい、抱きしめられたい。そんなことを思いながら、きょうだいと話す一を静かに見つめていた。
ふとこちらの視線に気付き、顔を上げた一と目があった。談笑する潤くんと水那ちゃんの間から、ぼんやりとした焦点でオレを見つめて、少しだけ、ほんの少しだけ、ぎこちなく微笑む。今すぐ抱きしめたい気持ちに駆られたが、オレはわざとらしく顔をくしゃっとさせて笑い返しただけだった。
放課後、4時過ぎに渋谷に着いた。4時半の渋谷ハチ公前で、例の女と約束をしている。便宜のため交換した潤くんの連絡先にメッセージを送ると、向こうも着いてオレを見つけたらしい。すこし不安そうな文面、オレは何度も安心させる言葉を送った。
「あの、こんばんは」
オレより5センチくらい背が低く、ウェーブのかかった肩までの茶髪が風で揺れる。この人だ。
「連絡先くれた、関戸くんのお友達ですよね」
思ったよりも堂々と、オレの目を真っ直ぐ見て聞いてきた。
「どうも、比嘉零です」
「樋山唯子です。お時間いただいて、ごめんなさい」
彼女は会釈をして申し訳なさそうに微笑んだ。彼女が結構お高めなブランド物で固めたファッションをしていることに気づき、妙に嫌な気分になった。
「とりあえず、近場のカフェで話を聞きますから」
そう言い放ってオレは少し早足で歩き出した。後ろからヒールの音がうるさく響いてついてくる。
日が傾いて薄暗くなった渋谷、凍てつくような空気の中立ち並ぶ街路樹はライトアップされていた。大通りに面した広めのカフェにオレたちは入る。混んでいなくて幸いだった。席についてしばらく入り口を横目で見ていると、潤くんと水那ちゃんが後から入ってきた。少し離れた席に座ったのを確認して、オレは安堵した。飲み物を頼んで一息つく。
「比嘉さん……でしたっけ。関戸くん、大丈夫かしら」
樋山唯子は、気まずそうにオレに問いかけた。罪悪感があるようなわざとらしい表情と声で聞いてくるのが、心底腹立たしい。
「大丈夫なわけないよ、1週間も学校を休んでる。こんなの初めてだよ」
イラついているせいか、いつもより低い声が出る。
「そうなのね、悪いことをしたわね……」
彼女は俯いた。オレたちの席のだけ、居心地の悪い空気が流れる。
「関戸くんと私のことについては、きっと誰かから聞いたわよね」
オレは頷いた。『本人から聞いたか』と言わないあたり、トラウマのことも理解しているとわかった。
「本当に悪いことをしたと思ってるの、まだ幼い男の子に劣情をぶつけたこと。取り返しのつかないことよね」
「……」
オレは静かに、彼女の目を見て聞く。悪いと思ってんならマジで今すぐにここから去って二度と関わらないで欲しいんだけどな。
「あのとき私、おかしくなってたの。言い訳に聞こえちゃうかもしれないけど」
完全に言い訳だろ。そう喉まで出かかったが、頼んでいたホットココアがちょうどきたため、それと一緒に言葉を飲み込んだ。
「本当に恋をしたの初めてで、上手くいかなくて空回りしてた。でも彼のこととっても好きだったのよ。」
彼女はミルクティーを混ぜながらうっとりした表情で話す。黙って聞いてたものの、オレは我慢の限界を迎えた。
「あのさぁおねえさん、それ、恋じゃないよ」
彼女は目を丸くした。
「本当に好きなら無理矢理なんてしないでしょ。あんた、自分が好きなんだよ」
オレは沸々と煮える怒りを抑えきれずにいた。
「前も、一の現状わかった上で声をかけたんでしょ。最低だよ」
「あ、あそこまでとは思わなかったのよ」
「聞いた話によると関わるなって言われてたんでしょ。なんで破るの?」
彼女は黙ってしまい、表情は不機嫌が露になる。早めに話をつけ、終わらせないといけない気がした。オレはココアを飲み干した。
「オレは、一のこと一番好きだし大切だし理解してるつもりなの。たまにわかんないこともあるけど、あんたみたいに自分の気持ちを押し付けるだけなんてことは……」
「あなた、関戸くんのことが好きなの?」
彼女は、食い気味で聞いてきた。
「……好きも何も、付き合ってるんだけど」
「そ、そうなの……」
目はテーブルの向こう側を見て、放心した状態の彼女から、オレは察した。オレは一のただの友達だと思われていたのか。さらに少し考えると、彼女は、恐怖対象が女性全体であることを知らない可能性が見えてきた。混乱と絶望が滲み出る彼女の顔を見て、高揚を感じた。彼女より優位に立ったからだ。
「そうだよ。知ってる?おねえさんがしたことで、一は女の子と付き合えなくなったんだよ」
わざわざ彼女を抉るようなことを言って反応を見る。自分の性格の悪さで後々自己嫌悪に陥りそうだが、言葉で攻撃できることに快感を感じて、それに抗えない。
「控えめに、優しくしてればよかったのにね」
さらに言葉を投げかける。それよりこの女、まだ一に気があったんだろう。オレの言葉を聞いて、テーブルの上でぎゅっと握り拳を作った。
「でね、一からオレを好いてくれたんだよ。いいでしょ」
オレって嫌なやつ!煽られたせいで逆上してきたら困るとか、今危害を受けなくても後々何かされたりとか、慎重な考えは頭の隅にあるのに、止められない。一を傷つけた女を、立ち直れなくなるまで傷つけたくてたまらなかった。さらに言葉をかけようとした時、
「……比嘉!もう帰ろう」
聴き慣れた低い声がして振り返ると、息を切らした一が立っていた。
「比嘉さん。明日ですよね、あの人に会うの」
夕飯を作る手伝いをしてくれている潤くんが、オレの横で鍋を見つめながら、不安そうにつぶやいた。
「うん、そうだねえ」
オレはできる限り、余裕があるような声で返した。オレがしっかりしておかないと、2人を不安にさせてしまう。
「怖くないですか?兄さんのためとはいえ、他人に危害を加えた人間と話すなんて……」
潤くんは、ここ1週間不安を膨らませていたのか、弱気になっていた。真っ直ぐオレを見つめる目が潤んでいる。
「緊張はしてるよ。でも、潤くんが言ってくれたんじゃん!オレが、どれだけ一を想っているか伝えないとって」
オレは味噌汁の入った鍋を混ぜながら、反対の手で潤くんの背中をさすった。
「オレ、結構強いんだよ。心配しないで任せてよ」
「……わかりました」
潤くんは俯いて目をこすりながら答えた。お皿を取りにきた水那ちゃんが、不思議そうに双子の兄の顔を覗き込む。
「潤どうしたの!比嘉さんに泣かされたの?」
心配の言葉とは裏腹に、声は弾んでニコニコとしている。潤くんをからかっているようだ。
「ち、違うよ!」
「じゃあメソメソしてないで比嘉さんの手伝いしなさいよ!」
軽やかに踵を返して、水那ちゃんは食事の用意をテキパキ進めている。潤くんが落ち着いてきたのを見計らって、オレは味噌汁をお椀に注いだ。
「潤くん、お味噌汁できたから、運んでくれるかな?」
「はい……!」
オレは、鍋などを軽くすすいでから、蛍光灯で異様に明るい食卓に着く。潤くんと水那ちゃんがアニメの話をしていたので、それに交ざった。水那ちゃんは好き嫌いが多くて、残したものは一か潤くんが食べる。一は魚を綺麗に食べるけど、2人はまだ上手に食べれないみたい。オレは味噌汁をすすりながら、3人を眺める。関戸家の食卓に入り込んだようで、なんだか照れ臭かった。しかしやっぱり、一との2人の時間が恋しい。まだオレたちは、身内でさえ煩わしく感じてしまう時がある。姉ちゃんの時もそうだった。オレは姉ちゃんに嫉妬して、邪魔だと思った。オレたちはお互い想像以上に繊細で、他人を気にしやすかった。心置きなく会話できない、触れない、キスできない、セックスできない。2人にとっては少なからずストレスだった。愛してるって言いたい、意味もなく見つめ合いたい、抱きしめられたい。そんなことを思いながら、きょうだいと話す一を静かに見つめていた。
ふとこちらの視線に気付き、顔を上げた一と目があった。談笑する潤くんと水那ちゃんの間から、ぼんやりとした焦点でオレを見つめて、少しだけ、ほんの少しだけ、ぎこちなく微笑む。今すぐ抱きしめたい気持ちに駆られたが、オレはわざとらしく顔をくしゃっとさせて笑い返しただけだった。
放課後、4時過ぎに渋谷に着いた。4時半の渋谷ハチ公前で、例の女と約束をしている。便宜のため交換した潤くんの連絡先にメッセージを送ると、向こうも着いてオレを見つけたらしい。すこし不安そうな文面、オレは何度も安心させる言葉を送った。
「あの、こんばんは」
オレより5センチくらい背が低く、ウェーブのかかった肩までの茶髪が風で揺れる。この人だ。
「連絡先くれた、関戸くんのお友達ですよね」
思ったよりも堂々と、オレの目を真っ直ぐ見て聞いてきた。
「どうも、比嘉零です」
「樋山唯子です。お時間いただいて、ごめんなさい」
彼女は会釈をして申し訳なさそうに微笑んだ。彼女が結構お高めなブランド物で固めたファッションをしていることに気づき、妙に嫌な気分になった。
「とりあえず、近場のカフェで話を聞きますから」
そう言い放ってオレは少し早足で歩き出した。後ろからヒールの音がうるさく響いてついてくる。
日が傾いて薄暗くなった渋谷、凍てつくような空気の中立ち並ぶ街路樹はライトアップされていた。大通りに面した広めのカフェにオレたちは入る。混んでいなくて幸いだった。席についてしばらく入り口を横目で見ていると、潤くんと水那ちゃんが後から入ってきた。少し離れた席に座ったのを確認して、オレは安堵した。飲み物を頼んで一息つく。
「比嘉さん……でしたっけ。関戸くん、大丈夫かしら」
樋山唯子は、気まずそうにオレに問いかけた。罪悪感があるようなわざとらしい表情と声で聞いてくるのが、心底腹立たしい。
「大丈夫なわけないよ、1週間も学校を休んでる。こんなの初めてだよ」
イラついているせいか、いつもより低い声が出る。
「そうなのね、悪いことをしたわね……」
彼女は俯いた。オレたちの席のだけ、居心地の悪い空気が流れる。
「関戸くんと私のことについては、きっと誰かから聞いたわよね」
オレは頷いた。『本人から聞いたか』と言わないあたり、トラウマのことも理解しているとわかった。
「本当に悪いことをしたと思ってるの、まだ幼い男の子に劣情をぶつけたこと。取り返しのつかないことよね」
「……」
オレは静かに、彼女の目を見て聞く。悪いと思ってんならマジで今すぐにここから去って二度と関わらないで欲しいんだけどな。
「あのとき私、おかしくなってたの。言い訳に聞こえちゃうかもしれないけど」
完全に言い訳だろ。そう喉まで出かかったが、頼んでいたホットココアがちょうどきたため、それと一緒に言葉を飲み込んだ。
「本当に恋をしたの初めてで、上手くいかなくて空回りしてた。でも彼のこととっても好きだったのよ。」
彼女はミルクティーを混ぜながらうっとりした表情で話す。黙って聞いてたものの、オレは我慢の限界を迎えた。
「あのさぁおねえさん、それ、恋じゃないよ」
彼女は目を丸くした。
「本当に好きなら無理矢理なんてしないでしょ。あんた、自分が好きなんだよ」
オレは沸々と煮える怒りを抑えきれずにいた。
「前も、一の現状わかった上で声をかけたんでしょ。最低だよ」
「あ、あそこまでとは思わなかったのよ」
「聞いた話によると関わるなって言われてたんでしょ。なんで破るの?」
彼女は黙ってしまい、表情は不機嫌が露になる。早めに話をつけ、終わらせないといけない気がした。オレはココアを飲み干した。
「オレは、一のこと一番好きだし大切だし理解してるつもりなの。たまにわかんないこともあるけど、あんたみたいに自分の気持ちを押し付けるだけなんてことは……」
「あなた、関戸くんのことが好きなの?」
彼女は、食い気味で聞いてきた。
「……好きも何も、付き合ってるんだけど」
「そ、そうなの……」
目はテーブルの向こう側を見て、放心した状態の彼女から、オレは察した。オレは一のただの友達だと思われていたのか。さらに少し考えると、彼女は、恐怖対象が女性全体であることを知らない可能性が見えてきた。混乱と絶望が滲み出る彼女の顔を見て、高揚を感じた。彼女より優位に立ったからだ。
「そうだよ。知ってる?おねえさんがしたことで、一は女の子と付き合えなくなったんだよ」
わざわざ彼女を抉るようなことを言って反応を見る。自分の性格の悪さで後々自己嫌悪に陥りそうだが、言葉で攻撃できることに快感を感じて、それに抗えない。
「控えめに、優しくしてればよかったのにね」
さらに言葉を投げかける。それよりこの女、まだ一に気があったんだろう。オレの言葉を聞いて、テーブルの上でぎゅっと握り拳を作った。
「でね、一からオレを好いてくれたんだよ。いいでしょ」
オレって嫌なやつ!煽られたせいで逆上してきたら困るとか、今危害を受けなくても後々何かされたりとか、慎重な考えは頭の隅にあるのに、止められない。一を傷つけた女を、立ち直れなくなるまで傷つけたくてたまらなかった。さらに言葉をかけようとした時、
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