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第1章
1-6.再会
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「なんか、違和感がすごい……」
鏡に映る自分をまじまじと眺めてぽつりと呟く。
そこに映っているのは紺色のズボンに白いシャツ、それからズボンと同色のブレザーとネクタイを着用する自分。ブレザーの左胸にはコルネリア王国の紋章が刺繍されている。
入学式の今日、こうして王立学園の制服に袖を通した訳だけど……違和感が半端ない。
宮廷魔導師の制服じゃないこともそうだし、何より頭を隠さないのが物凄く違和感。
はっきり言って落ち着かないので、着用自由な魔法使い用のローブを羽織ってフードを目深に被る。
今日から学園生活の始まりだ。
かなり不安だし出来ることなら寮に引きこもりたいけど、大事な魔石コレクションが人質にされてるのでそんなこと許されない。
何度目になるか分からないため息が出る。しかしいつまでもうだうだ言っても仕方ない、と気持ちを切り替えて部屋から出た。
僕の部屋は最上階の端っこ。それに加えて部屋を出たのが若干遅め。だから廊下には誰もいない。そのことにホッとする。
時間をずらして人目を避けるのは王宮にいた頃から身に染み付いた癖だ。
誰もいない廊下を歩きながら小さなため息を吐く。
あれからティアナさん達には会っていない。
基本寮にいるか、外出しても街中どころか寮の入り口も通ってないから当然といえば当然だけど。
父さんに送った手紙は翌日には返事があって、北の森も調査する旨が書いてあった。それと「お前は調査に加わるな」と釘を刺されてしまった。
そりゃそうだよね。休日返上し続けたせいで強制休暇を取らされてるのに、ここで調査に加担したら今までと変わらないもんね。
残念だけど大人しくしてよう。
でも調査するなと釘を刺されはしたけど北の森に入るなとは言われてないので、転移で普通に行き来しているけどね。
おかげでこの数日で魔石がいっぱい手に入った。コレクションが増えて思わず顔がにやけちゃう。
「……あっ、ギルくん」
人が疎らな食堂に着くと、印象的な赤髪の男の後ろ姿を確認できた。
無意識に彼の名前を呟くと、聞こえたらしいギルくんが怠そうに振り返る。髪と同色の燃えるような瞳がこちらを射抜いた。
「お、おはよう」
ギルくんは欠伸しながら片手をひらり。
返事はなかったけど、これは彼なりの挨拶だ。
彼もこれから朝食だったらしく、流れで一緒に食べることに。
ギルくんがボリューミーな肉山盛り定食をがっつく横でパンをもそもそ食べる僕。
「きょ、今日から学校だね……!」
吃りながらも声を掛ければ「入学式だりぃ」と返される。
あの日以来、こうして偶然会う度に頑張って声を掛けているのだ。おかげで今では多少の会話ができるようになった。
僕と同じく人混みが苦手なのか、時間をずらして食堂に来るのでご飯時によく遭遇するのだ。
ちらりとギルくんを見やる。
体調もすっかり元通りになり、顔色も健康的。もう心配しなくて良さそうだ。
ひっそり安堵していると、ギルくんが肉を掻き込むのを止めてこちらに視線を寄越した。
睨むような眼差しだけど、本人的には睨んでる訳ではないだろう。
身近にもっと人相も態度も悪い人がいるからか、彼の表情を少しずつ読み取れるようになってきた。
「お前、変わってるな。俺の顔見てビビらねぇなんて」
「ん、はは……もっと怖い人知ってるからね」
唐突に言われて一瞬きょとんとするも、口の中のものを飲み込んで苦笑混じりに返す。
自身の顔がちょっと怖いのは自覚しているようだ。実際、今も食堂にいる人達から距離を取られてるし。
ふぅん、と興味なさげに相槌を打って立ち上がり、トレーを返却しに行くギルくん。食べ終わるの早っ!
残りのパンを水で流し込んでから慌ててギルくんを追い掛けた。
ギルくんと並んで校舎に行くと掲示板に成績表が張り出されていた。成績順でクラスが決まるようだ。
その横には特別審査合格者の名前がいくつか記されており、僕の名前は一番上に書いてあった。
「ギルくんはクラスどこ?」
「A。そういうお前は特別審査か」
「うん。特別審査合格者ってクラスどこだろ?」
近くにいた案内役の先生に聞いてみると、僕はAクラスとのこと。やった、ギルくんと同じクラスだ!
表情を緩めて密かに喜んでいると、案内役の先生が怪訝そうに問いかけてきた。
「ところで君、なんでフードを被ってるんだい?宮廷魔導師でもフードを被る人なんてほとんどいないのに」
「す、すみません……この方が落ち着くので」
曖昧に笑ってそそくさと教室に向かう。
ギルくんがスルーしてるから忘れてたけど、魔導師がローブを着るのは普通でも雨避け以外でフードを被る人はあまりいないんだよね。
前にティアナさんにも不審者扱いされそうになったし……って、そうだ。あの二人のクラスどこだろう!?
そう疑問に思ったけど既に遅く、1-Aの教室に到着していた。
うぅ、仕方ない。同じクラスじゃないことを祈ろう。
しかし悲しきかな、そんな僕の祈りは通じなかった。
ギルくんと共に教室へ入ると、僕ら以外ほぼ全員揃っていてすでに仲良しグループが形成されていた。
新たに入ってきた僕らに一瞬だけ視線が集まるも、ギルくんの顔を見た途端に表情を強張らせたり目を逸らしたり……
目を逸らされた当人はというと僅かに眉を潜めつつどうでも良さげに空いてる席に座った。
畏怖の目で見られることは慣れているとその態度が示している。
根は優しい人なのになぁ。ちょっと顔が怖くて態度がぶっきらぼうなだけで。
特に席順は決まってないようなのでギルくんの隣の席に座ると、廊下からバタバタと走ってくる音が。
「はぁっ、はぁっ……間に合った……」
「ふー、ギリギリだけどねぇ」
つい今しがた僕達が通った扉から滑り込むように入ってきた女の子二人組。
ほんの数日前に聞いたことのある声にびくっと肩を震わせた。
咄嗟に隠れようとするも一足遅く、女の子二人組の片割れとばっちり目が合ってしまった。
「あんた……こないだの……!」
目を見開き、親の仇でも見るような目で睨んでくる黒髪の女の子。それは紛れもなくティアナさんだった。
「今度こそ逃がさないわよ!事件について知ってること洗いざらい吐かせてやる……きゃっ!?」
僕を見つけるなり凄い形相で胸ぐらを掴みかかろうとしたティアナさんだが、それは叶わなかった。
何かに躓いて転びそうになったからだ。
ティアナさんがうっかりしてたんじゃない。僕の隣に座る人が長い足を伸ばして引っ掛けたからだ。
顔面と床がこんにちはする前にどうにか踏ん張ったティアナさんは僕、ではなく隣のギルくんを睨む。
「ちょっとあんた、この足は何よ!?」
「滑った」
「絶対わざとよね?喧嘩売ってんの!?」
「ぎゃーぎゃーうるせぇ。自分が足引っ掛けただけでそんな騒ぐな。肝の小せぇ女だな」
「なんですって!?」
二人の口論にオロオロしているときにふと気づいた。ギルくんが助けてくれたのだと。
だってギルくんはこんなに沢山喋らない。僕との会話が嫌なんじゃなく、元々必要最低限しか喋らない人なのだ。
助けてくれて安堵したのと同時に申し訳ないとも思う。彼女が用があるのは僕なんだから僕が相手するのが筋だろうに、ギルくんに任せてしまってるんだから。
強面なギルくんに一睨みされて一瞬怯むも負けじと睨み返すティアナさん。両者の間に火花が散る。
一触即発。まさにそのとき、息を調えたメルフィさんが割って入った。
「ティーアーナ、また顔が怖くなってるよぉ?ほら、落ち着こうねー」
ほわんとした笑顔で宥めるメルフィさんに、ティアナさんは堪らず声を荒げた。
「あんたはいいの!?誰よりも真実を知りたいのはあんたでしょ!?」
悲痛で、それでいて切実な叫びに、思わず俯く。
真実を知ったら、きっと彼女達は今より辛い思いをするのだろう。
そして、僕を一生許さないだろう。
知らず知らずのうちにフードを掴む手に力が入る。
ティアナさんの声が大きいから教室中の視線がこちらに刺さって余計に身体が強張り、思わずぎゅっと目を瞑った瞬間、教室のどこかから嘲るような声で爆弾を落とされた。
「おお、怖い怖い。教会のやつは野蛮だな」
わざとらしく教室中に響くような大声で放たれた言葉にざわつく教室。
次第に向けられる嫌悪の眼差しにティアナさんは狼狽え、メルフィさんは困ったように微笑んだ。
「てめぇ自身で評価下げてりゃ世話ねぇな」
若干の呆れを含んだ呟きにティアナさんが言い返そうとするも、周囲からの視線に気圧されて閉口した。次いで悔しげに歯噛みする。
誰も言葉を発することなく微妙な空気が支配する中予鈴が鳴り響き、そう間を置かずに担任の教師が入ってきた。
エドと名乗ったその人は早速とばかりに体育館へと生徒を誘導し、ほどなくして入学式が始まった。
鏡に映る自分をまじまじと眺めてぽつりと呟く。
そこに映っているのは紺色のズボンに白いシャツ、それからズボンと同色のブレザーとネクタイを着用する自分。ブレザーの左胸にはコルネリア王国の紋章が刺繍されている。
入学式の今日、こうして王立学園の制服に袖を通した訳だけど……違和感が半端ない。
宮廷魔導師の制服じゃないこともそうだし、何より頭を隠さないのが物凄く違和感。
はっきり言って落ち着かないので、着用自由な魔法使い用のローブを羽織ってフードを目深に被る。
今日から学園生活の始まりだ。
かなり不安だし出来ることなら寮に引きこもりたいけど、大事な魔石コレクションが人質にされてるのでそんなこと許されない。
何度目になるか分からないため息が出る。しかしいつまでもうだうだ言っても仕方ない、と気持ちを切り替えて部屋から出た。
僕の部屋は最上階の端っこ。それに加えて部屋を出たのが若干遅め。だから廊下には誰もいない。そのことにホッとする。
時間をずらして人目を避けるのは王宮にいた頃から身に染み付いた癖だ。
誰もいない廊下を歩きながら小さなため息を吐く。
あれからティアナさん達には会っていない。
基本寮にいるか、外出しても街中どころか寮の入り口も通ってないから当然といえば当然だけど。
父さんに送った手紙は翌日には返事があって、北の森も調査する旨が書いてあった。それと「お前は調査に加わるな」と釘を刺されてしまった。
そりゃそうだよね。休日返上し続けたせいで強制休暇を取らされてるのに、ここで調査に加担したら今までと変わらないもんね。
残念だけど大人しくしてよう。
でも調査するなと釘を刺されはしたけど北の森に入るなとは言われてないので、転移で普通に行き来しているけどね。
おかげでこの数日で魔石がいっぱい手に入った。コレクションが増えて思わず顔がにやけちゃう。
「……あっ、ギルくん」
人が疎らな食堂に着くと、印象的な赤髪の男の後ろ姿を確認できた。
無意識に彼の名前を呟くと、聞こえたらしいギルくんが怠そうに振り返る。髪と同色の燃えるような瞳がこちらを射抜いた。
「お、おはよう」
ギルくんは欠伸しながら片手をひらり。
返事はなかったけど、これは彼なりの挨拶だ。
彼もこれから朝食だったらしく、流れで一緒に食べることに。
ギルくんがボリューミーな肉山盛り定食をがっつく横でパンをもそもそ食べる僕。
「きょ、今日から学校だね……!」
吃りながらも声を掛ければ「入学式だりぃ」と返される。
あの日以来、こうして偶然会う度に頑張って声を掛けているのだ。おかげで今では多少の会話ができるようになった。
僕と同じく人混みが苦手なのか、時間をずらして食堂に来るのでご飯時によく遭遇するのだ。
ちらりとギルくんを見やる。
体調もすっかり元通りになり、顔色も健康的。もう心配しなくて良さそうだ。
ひっそり安堵していると、ギルくんが肉を掻き込むのを止めてこちらに視線を寄越した。
睨むような眼差しだけど、本人的には睨んでる訳ではないだろう。
身近にもっと人相も態度も悪い人がいるからか、彼の表情を少しずつ読み取れるようになってきた。
「お前、変わってるな。俺の顔見てビビらねぇなんて」
「ん、はは……もっと怖い人知ってるからね」
唐突に言われて一瞬きょとんとするも、口の中のものを飲み込んで苦笑混じりに返す。
自身の顔がちょっと怖いのは自覚しているようだ。実際、今も食堂にいる人達から距離を取られてるし。
ふぅん、と興味なさげに相槌を打って立ち上がり、トレーを返却しに行くギルくん。食べ終わるの早っ!
残りのパンを水で流し込んでから慌ててギルくんを追い掛けた。
ギルくんと並んで校舎に行くと掲示板に成績表が張り出されていた。成績順でクラスが決まるようだ。
その横には特別審査合格者の名前がいくつか記されており、僕の名前は一番上に書いてあった。
「ギルくんはクラスどこ?」
「A。そういうお前は特別審査か」
「うん。特別審査合格者ってクラスどこだろ?」
近くにいた案内役の先生に聞いてみると、僕はAクラスとのこと。やった、ギルくんと同じクラスだ!
表情を緩めて密かに喜んでいると、案内役の先生が怪訝そうに問いかけてきた。
「ところで君、なんでフードを被ってるんだい?宮廷魔導師でもフードを被る人なんてほとんどいないのに」
「す、すみません……この方が落ち着くので」
曖昧に笑ってそそくさと教室に向かう。
ギルくんがスルーしてるから忘れてたけど、魔導師がローブを着るのは普通でも雨避け以外でフードを被る人はあまりいないんだよね。
前にティアナさんにも不審者扱いされそうになったし……って、そうだ。あの二人のクラスどこだろう!?
そう疑問に思ったけど既に遅く、1-Aの教室に到着していた。
うぅ、仕方ない。同じクラスじゃないことを祈ろう。
しかし悲しきかな、そんな僕の祈りは通じなかった。
ギルくんと共に教室へ入ると、僕ら以外ほぼ全員揃っていてすでに仲良しグループが形成されていた。
新たに入ってきた僕らに一瞬だけ視線が集まるも、ギルくんの顔を見た途端に表情を強張らせたり目を逸らしたり……
目を逸らされた当人はというと僅かに眉を潜めつつどうでも良さげに空いてる席に座った。
畏怖の目で見られることは慣れているとその態度が示している。
根は優しい人なのになぁ。ちょっと顔が怖くて態度がぶっきらぼうなだけで。
特に席順は決まってないようなのでギルくんの隣の席に座ると、廊下からバタバタと走ってくる音が。
「はぁっ、はぁっ……間に合った……」
「ふー、ギリギリだけどねぇ」
つい今しがた僕達が通った扉から滑り込むように入ってきた女の子二人組。
ほんの数日前に聞いたことのある声にびくっと肩を震わせた。
咄嗟に隠れようとするも一足遅く、女の子二人組の片割れとばっちり目が合ってしまった。
「あんた……こないだの……!」
目を見開き、親の仇でも見るような目で睨んでくる黒髪の女の子。それは紛れもなくティアナさんだった。
「今度こそ逃がさないわよ!事件について知ってること洗いざらい吐かせてやる……きゃっ!?」
僕を見つけるなり凄い形相で胸ぐらを掴みかかろうとしたティアナさんだが、それは叶わなかった。
何かに躓いて転びそうになったからだ。
ティアナさんがうっかりしてたんじゃない。僕の隣に座る人が長い足を伸ばして引っ掛けたからだ。
顔面と床がこんにちはする前にどうにか踏ん張ったティアナさんは僕、ではなく隣のギルくんを睨む。
「ちょっとあんた、この足は何よ!?」
「滑った」
「絶対わざとよね?喧嘩売ってんの!?」
「ぎゃーぎゃーうるせぇ。自分が足引っ掛けただけでそんな騒ぐな。肝の小せぇ女だな」
「なんですって!?」
二人の口論にオロオロしているときにふと気づいた。ギルくんが助けてくれたのだと。
だってギルくんはこんなに沢山喋らない。僕との会話が嫌なんじゃなく、元々必要最低限しか喋らない人なのだ。
助けてくれて安堵したのと同時に申し訳ないとも思う。彼女が用があるのは僕なんだから僕が相手するのが筋だろうに、ギルくんに任せてしまってるんだから。
強面なギルくんに一睨みされて一瞬怯むも負けじと睨み返すティアナさん。両者の間に火花が散る。
一触即発。まさにそのとき、息を調えたメルフィさんが割って入った。
「ティーアーナ、また顔が怖くなってるよぉ?ほら、落ち着こうねー」
ほわんとした笑顔で宥めるメルフィさんに、ティアナさんは堪らず声を荒げた。
「あんたはいいの!?誰よりも真実を知りたいのはあんたでしょ!?」
悲痛で、それでいて切実な叫びに、思わず俯く。
真実を知ったら、きっと彼女達は今より辛い思いをするのだろう。
そして、僕を一生許さないだろう。
知らず知らずのうちにフードを掴む手に力が入る。
ティアナさんの声が大きいから教室中の視線がこちらに刺さって余計に身体が強張り、思わずぎゅっと目を瞑った瞬間、教室のどこかから嘲るような声で爆弾を落とされた。
「おお、怖い怖い。教会のやつは野蛮だな」
わざとらしく教室中に響くような大声で放たれた言葉にざわつく教室。
次第に向けられる嫌悪の眼差しにティアナさんは狼狽え、メルフィさんは困ったように微笑んだ。
「てめぇ自身で評価下げてりゃ世話ねぇな」
若干の呆れを含んだ呟きにティアナさんが言い返そうとするも、周囲からの視線に気圧されて閉口した。次いで悔しげに歯噛みする。
誰も言葉を発することなく微妙な空気が支配する中予鈴が鳴り響き、そう間を置かずに担任の教師が入ってきた。
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