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77. 暗躍

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 辺境の街アネスタのとある空き家にて、密談が行われていた。

「少し見てきたが、ここは良い稼ぎ場だな。ヒヨコがいっぱいいるぜぇ」

 冒険者風の出で立ちをした男がそう言って上機嫌に酒を飲み干す。

「最近妙な噂があるが、これまで通りできるのか?」

 商人だと分かる格好をした男が目の前にある酒に手をつけずに確認する。

「ノンバード族に敵対すんなってやつ?んなもんただの噂だろ。ノンバード族“に”じゃなくてノンバード族“が”敵対すんなってことじゃねぇの。無駄な足掻きだって意味でな!ははっ」

「確かに、その通りだな」

 密談に相応しい薄暗い空間で、二人の笑い声が響いた。

 彼らは、影で人身売買をしている違法商人と、人身売買に荷担している冒険者崩れのゴロツキだ。
 違法商人が売るのは主にエルヴィン王国の獣人。彼はヴェネット伯爵御用達のファラダス王国の商人だった。
 冒険者崩れのゴロツキはエルヴィン王国出身だが、稼げるならば悪行に手を染めることに何の躊躇もないクズである。

 彼らが主に売買しているのはノンバード族のヒヨコだ。
 ノンバード族のヒヨコは愛玩奴隷として他国に人気がある。種族の特性で繁殖力が高いので商品も補充しやすく、高値で売り捌けるので、二人以外にもノンバード族のヒヨコを狙っている者は多い。

「レグナム近くの狩り場がなくなっちまったから一時はどうなるかと思ったが……この街に来て正解だったな」

 狩り場とは、ノンバード族のみが終結した小規模な村のことだ。
 ゴロツキの言う狩り場は国内に複数あり、そこからヒヨコを誘拐し続けてきた。国内に点在するノンバード村には運悪くヒヨコがいなかったのでレグナム近くの村に強襲しようとし、村がなくなっていたという訳だ。
 ヒヨコがいなかった理由は単純に商売敵に商品を取られただけである。

 ちなみに、レグナム近くの村はフィードの両親が住んでいたところだ。
 数年ぶりなのでまたヒヨコが増えてるだろうと踏んでいたのだが、予想外なことに村がなくなっていたので焦った。
 このままだとどこかでノンバードの卵が孵るまで稼ぎが少なくなってしまう……そう思った矢先、噂を聞き付けたのだ。
 アネスタにノンバード族が大量に押し掛けた、という噂を。

 噂の真偽を確かめてみれば、街のあちこちにノンバードのヒヨコがいる。それも数匹どころじゃない、数えるのも面倒なほど沢山。
 ヒヨコを敵に回すな、ヒヨコの魔法を見たら逃げろ、ヒヨコ賢者の降臨だ、などと不可解な噂がいくつもあったが、そんなの知ったことか。

「周りに分からんよう一匹ずつ連れてこい。一応街の中だからな」

「大丈夫じゃねぇ?お荷物種族が拐われても誰も気にしねぇって」

「……それもそうか。じゃあ何匹かまとめてで」

「へいへい。腕が鳴るねぇ」

 ゴロツキの男が舌舐めずりしながら嫌らしく嗤った、そのとき。
 突然、二人しかいないこの空き家で第三者の声が聞こえた。

「あーあ、やっぱり愚か者はどこにでもいるんだね」

「なっ……誰だ!?」

「馬鹿な……目眩ましの結界を張っておいたはず……!」

 慌てふためく二人の前に姿を現したのはレインだった。
 コウモリよろしく天井にぶら下がって気配を消していた小雛が、音もなく床に着地する。

「なんだ、ノンバードのガキか」

「どうやって侵入したかは知らんが、好都合だな。ヒヨコより値が下がるが……聞かれちまった以上、逃がす訳にはいかん」

 現れたのがノンバード族の子供だと分かり、警戒を解く二人。

 レインは辺りをぐるっと見回して……ハッと鼻で笑った。

「こーんな効果うっすい魔法、僕初めて見たよ。あ、もしかしておじさん魔法覚えたて?ならしょうがないよね」

「んだとこのクソガキ!!」

 明らかに見下した態度と小馬鹿にした口調に商人はぶちギレた。
 十数年前にファラダス王国屈指の魔法学校を好成績で卒業した商人にとって、今の台詞は聞き捨てならなかった。

「このガキを黙らせろ!」

 商人の合図でゴロツキは懐の短剣を抜き放ち、流れる動作でレインに投げた。

「馬鹿なヒヨコだな!俺様に喧嘩売るなんてよぉ!」

 避けるのも防ぐのもできやしないと信じて疑わない二人だったが、短剣の刃先がレインに当たる直前に展開された強固な結界に目を剥いた。
 当たり前のように短剣を弾く。

「ヒヨコじゃなくて小雛だよ。春になったら中雛だけど」

「魔法……それも無詠唱で……」

 呆然と呟いた商人。しかしすぐに頭を振って冷静さを取り戻す。
 ノンバード族は魔力がないことで有名だ。魔法なんて使える訳がない。見間違い、目の錯覚だろう。

「そのガキは殺せ。中雛になるなら売れん」

 ヒヨコと、少し成長した小雛ならば売れる。だが、段々と縦長フォルムになっていく中雛からは売れない。
 可愛らしさが失われた歪な形の飛べない鳥なんて誰も買い求めやしないのだ。

「へっ、言われなくても!」

 背後に隠し持っていた短剣を二本逆手に持ち、レインに斬りかかる。

 彼らは思い違いをしていた。ノンバード族のことを。
 いくつもヒントが散りばめられていたのに、彼らは見ようともしなかった。

 だから、

「う……うわあああああああ!!」

 目の前にいるノンバード族の子供が、どれほど規格外で恐ろしい存在か、知る由もなかった。

 風の刃で両腕を根元から切断されたゴロツキが絶叫する。

「なっ……」

 鉄の臭いを撒き散らしながら生暖かい液体が止めどなく溢れるのを見て、商人は狼狽えた。

 おかしい。何かがおかしい。
 この小雛はなんだ?さっきから起こっている妙なことはなんだ?
 まさか本当にノンバード族が魔法を?無詠唱で?
 自分は何かとんでもなく厄介なことに安易に関わってしまったのではないか?

 そう思った次の瞬間、視界が水色に塗り潰された。
 目の前に広がる景色が歪んで見える。全身が焼けるように熱い。視界の隅にはゴロツキが自分と同じ運命を辿っていた。

 商人とゴロツキは二人そろって熱湯の水球に閉じ込められたのだ。

「試しにやってみたけど、結構使えるね。悲鳴を上げられないから煩くないし、じわじわダメージを与えられるし、わざわざ縄で縛り付けなくても捕まえられるし、恐怖のあまり失禁したとしても周りに迷惑かけないし……当人にとっては公開処刑だけど、精神的ダメージを与えるという点でも有用だ」

 もがき苦しむ悪徳商人とゴロツキなんぞ眼中にない様子でぶつぶつ呟くレインの元に兵士が数人駆け込んできた。

「レイン殿!先ほどの悲鳴は……」

「気にしないで。ちょっとムカついただけだから」

 床に転がるヒトの身体の一部に兵士は一瞬固まる。が、レインのその一言である程度察した。

「レイン殿を敵に回すなど、愚かな……」

「この街にいたら嫌でも噂を耳にするだろうに……」

「あとは私共にお任せ下さい、レイン殿。囮なんて危険な役目を押し付けてしまい、申し訳ありません」

「それは違うよ。この件に関しては僕が自分から首突っ込んでるんだから」

 兵士が謝ることはない。全てレインが仕組んだことなのだから。

「……やっぱりこの手の輩は後を絶たないの?」

「そう、ですな……ノンバード族に対する世間の評価が変わらない限り、堂々巡りになるでしょう」

 魔法で閉じ込めていた二人を床に叩き落とし、動きが鈍いうちに兵士達が拘束するのを眺めていたレインはその返答に思案する。

 世間の評価を覆すにはどうすればいい?
 力を見せつけるだけでは駄目だ。下手をするとどこぞの権力者などに飼い殺されてしまう。
 権力者に飼い殺されたりせず、ノンバード族の地位を上げるには……

「要職に就くしかないかな」

 圧倒的な力を見せつけて、権力者に飼い殺される前に要職に就く。それも下手な権力者が迂闊に手を出せないような。できればノンバード族全体に利がある地位まで上り詰める。

 言うは易し、行うは難し。

「さて、何から手をつけようか」

 両親の故郷を襲った元凶を成敗した小雛は、今日も影で暗躍しているのだった。


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