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本編
第一話 戦う料理人に憧れて
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私は小さい頃から、あの沈黙の何とかって映画に出てくる何とか兵曹って人に、ものすごーく憧れていた。
彼はどんな敵もあっという間に粉砕しちゃう、メチャクチャ強い元特殊部隊の兵士。それだけでも凄いのに、料理の腕もピカ一で軍艦の艦長さん専属コックさんで、みんなに美味しい料理がふるまえる。強いうえにお料理上手なんて最高じゃない?
そしてその思いが高じた結果、私は今現在、陸上自衛隊の駐屯地で補給科の糧食班の一員として、ここで訓練にはげんでいる隊員達のためにご飯作りをしている。
音無美景三等陸曹 ただいま二十一歳。
ただ、映画の世界と違ってここは現実世界の陸上自衛隊。私が最初に思い描いていたようなものと現実とでは、少しばかり事情が違っていたみたいだ。
っていうのも、海上自衛隊や航空自衛隊では専門の部署の隊員達が、それぞれの隊員達の胃袋を支えているのに対し、陸上自衛隊の場合は、駐屯地の中で数ヶ月ごとに交代する各部隊から派遣された隊員達と、委託した民間業者の人達がご飯作りの主力を担っている。
つまり、私達糧食班の隊員はそれの管理をするだけ。人員削減のあおりを受けた今では、うちの駐屯地のように、私のような人間が直接ご飯作りにまで手を出すところは逆に珍しくなっていた。
それでも、大人数の飯炊き経験がある隊員がまったくいなくなるっていうのも問題らしく、外部委託から再び内部の人間でっていうところも、若干ではあるけれど増えているみたいだ。
たかが飯炊き、されど飯炊き。食べるということは、ここで訓練をする自衛隊員達だけでなく、人間が生きていくうえで非常に大事なことなので色々と難しい。
まあ私としては、これからどういう具合に制度が変わっていくかは分からないけれど、今現在こうやってご飯作りが出来ているので、おおむね満足ではあるんだけれど。
「だいたい一日900円足らずで、筋肉ムキムキの食べ盛りなお兄さん達のお腹を満たせって、どう考えても無理があると思うんですよね~」
そんなわけで、ただいま厨房の片隅で糧食班長の蓮田一尉と技官で栄養士の三枝さん、そして私の三人で献立表をながめながら作戦会議中。
毎日の厳しい訓練現場を傍から見ている私としては、できることなら一食900円ぐらい使ってあげたい心情になるんだけど、一般家庭的にはこれが普通なんだから、まあしかたがないのかな。
「音無君、そんなこと言ったら全国の主婦のみなさんを敵に回すよ。いちおう判断基準は、全国世帯の平均的金額なんだから」
「そうですか~。色々と風当たりもきついですし、せめてご飯だけでも思いっ切りお腹いっぱいって思うのが親心だと思うんですけどね~」
「二十一歳にして随分と子だくさんになったものね」
「しかも圧倒的にむさ苦しい野郎どもが多いし」
ここにいる時だけは、他の偉い人の視線を気にすることなく本音で献立のことを話し合える。そのせいもあって、建物内に立派な会議室があるというのに、三人ともついつい調理室に足を運んでしまうのだ。
「そう言えば聞きました? 北海道だったかどこだったかの駐屯地、予算を削られすぎて、食堂からお醤油とふりかけが消えちゃったんですって」
三枝さんが憤慨したように蓮田班長に言った。
「それは極端な話だよ。それぐらい厳しいってだけでちゃんと醤油は買えてるから……本当だよ、嘘じゃないから。少なくとも、うちの食堂から醤油とふりかけが消える心配は無いよ!」
私が疑いの目で見ていたのに気がついたのか、蓮田班長は慌ててそう付け加えた。
「だけど、本当にせめてご飯ぐらいお腹いっぱい食べさせてあげたいですよね。あ、ここでのご飯っていうのは白米だけってことじゃありませんからね、ちゃんとおかずとセットってことですから」
「白米だけあっても、それじゃあ栄養がかたよって脚気になってしまいますよ」
私の後から三枝さんが怖い顔をして、蓮田班長をにらむ。
「わかってるよ……僕だって色々とつらいんだよ」
昨今の自衛隊を取り巻く状況というのは、なかなか厳しいものがある。近隣諸国との緊張感から、装備に対しては何だかんだと言われながらもそれなりの予算が出るのに、肝心のそれを運用する人間に対する予算がおざなりにされつつあるのだ。その最たるものが隊員の待遇と食費。
天下の自衛隊が醤油を買えないぐらい台所事情が厳しいなんて、なんの冗談ですかって思うでしょ? だけど実際の話、さほど誇張された話じゃないってところが悲しいところなのよね。
「お腹がすいていたら、みんな、いざって時に働けませんよ、日本国家存亡の危機ですよ」
「だから僕に言わないでくれよ、音無君」
「班長に言わなくて誰に言うんですか? ここの一番偉い名取一佐に直訴するとか? ご飯をちゃんと食べないと力が出ないです、いざという時に力が出なかったら大変じゃないですか、一大事ですよ、ご飯代を増やしてくださいって?」
私の言葉に、蓮田班長はウーンと唸り声をあげ、その場の調理台の上に突っ伏してしまった。
別に班長を困らせようと思ってるんじゃなくて、もう少しなんとかしてあげられないものなのかなって思ってるだけなんだよ、私だって。別に毎日を高級食材を使ったフルコースで、お腹いっぱいって思っているわけじゃないんだ。とにかく美味しいご飯をお腹いっぱいってことなんだもの。
+++
「はああああ、宝くじでもどっかーんと当たれば良いのに」
「一回ぐらい一等前後賞が当たっても、微々たるものよ」
「でも、少なくとも一ヶ月ぐらいは、ここの食堂は豪勢になりますよね?」
「そんなことになったら、全国から転属希望が殺到して大変なことになっちゃうわ」
この先半年の献立の指針が決まったので会議は解散となり、私はいつものように、三枝さんを彼女の旦那さんが待っている駐屯地のゲート前まで送っていくことになった。そしてその途中で思わず私が漏らしてしまった願望に、三枝さんは悲しそうな顔をして笑った。
「そうですよね……ここだけの話じゃないですものね」
「それでも蓮田さんは頑張ってやり繰りしてくれていると思うわ。少なくとも栄養は足りているし、お醤油にしろ何にしろ、予算が足りなくなって困ったってことは今のところないんだもの」
「それは理解してるつもりですよ。あまり無い無い言ったら、そのうち班長の胃に穴が空くんじゃないかって心配にもなりますし、言わなくて良いなら私だって言いたくありませんもの」
そのうち蓮田班長の頭にハゲができるんじゃないかと心配でもあるし。
「そしてあなたも頑張ってる」
「そうですか? 私、戦う料理人を目指してますから!」
ただ戦う相手は、テロリストじゃなくて限られた予算という現実的なものだけど。
そんなわけで、削られる一方の予算の中、厳しい訓練をこなしている駐屯地の隊員に少しでもお腹いっぱい美味しい物を食べてさせてあげたくて、今日も台所を預かる三人で頭を悩ませるのだった。
彼はどんな敵もあっという間に粉砕しちゃう、メチャクチャ強い元特殊部隊の兵士。それだけでも凄いのに、料理の腕もピカ一で軍艦の艦長さん専属コックさんで、みんなに美味しい料理がふるまえる。強いうえにお料理上手なんて最高じゃない?
そしてその思いが高じた結果、私は今現在、陸上自衛隊の駐屯地で補給科の糧食班の一員として、ここで訓練にはげんでいる隊員達のためにご飯作りをしている。
音無美景三等陸曹 ただいま二十一歳。
ただ、映画の世界と違ってここは現実世界の陸上自衛隊。私が最初に思い描いていたようなものと現実とでは、少しばかり事情が違っていたみたいだ。
っていうのも、海上自衛隊や航空自衛隊では専門の部署の隊員達が、それぞれの隊員達の胃袋を支えているのに対し、陸上自衛隊の場合は、駐屯地の中で数ヶ月ごとに交代する各部隊から派遣された隊員達と、委託した民間業者の人達がご飯作りの主力を担っている。
つまり、私達糧食班の隊員はそれの管理をするだけ。人員削減のあおりを受けた今では、うちの駐屯地のように、私のような人間が直接ご飯作りにまで手を出すところは逆に珍しくなっていた。
それでも、大人数の飯炊き経験がある隊員がまったくいなくなるっていうのも問題らしく、外部委託から再び内部の人間でっていうところも、若干ではあるけれど増えているみたいだ。
たかが飯炊き、されど飯炊き。食べるということは、ここで訓練をする自衛隊員達だけでなく、人間が生きていくうえで非常に大事なことなので色々と難しい。
まあ私としては、これからどういう具合に制度が変わっていくかは分からないけれど、今現在こうやってご飯作りが出来ているので、おおむね満足ではあるんだけれど。
「だいたい一日900円足らずで、筋肉ムキムキの食べ盛りなお兄さん達のお腹を満たせって、どう考えても無理があると思うんですよね~」
そんなわけで、ただいま厨房の片隅で糧食班長の蓮田一尉と技官で栄養士の三枝さん、そして私の三人で献立表をながめながら作戦会議中。
毎日の厳しい訓練現場を傍から見ている私としては、できることなら一食900円ぐらい使ってあげたい心情になるんだけど、一般家庭的にはこれが普通なんだから、まあしかたがないのかな。
「音無君、そんなこと言ったら全国の主婦のみなさんを敵に回すよ。いちおう判断基準は、全国世帯の平均的金額なんだから」
「そうですか~。色々と風当たりもきついですし、せめてご飯だけでも思いっ切りお腹いっぱいって思うのが親心だと思うんですけどね~」
「二十一歳にして随分と子だくさんになったものね」
「しかも圧倒的にむさ苦しい野郎どもが多いし」
ここにいる時だけは、他の偉い人の視線を気にすることなく本音で献立のことを話し合える。そのせいもあって、建物内に立派な会議室があるというのに、三人ともついつい調理室に足を運んでしまうのだ。
「そう言えば聞きました? 北海道だったかどこだったかの駐屯地、予算を削られすぎて、食堂からお醤油とふりかけが消えちゃったんですって」
三枝さんが憤慨したように蓮田班長に言った。
「それは極端な話だよ。それぐらい厳しいってだけでちゃんと醤油は買えてるから……本当だよ、嘘じゃないから。少なくとも、うちの食堂から醤油とふりかけが消える心配は無いよ!」
私が疑いの目で見ていたのに気がついたのか、蓮田班長は慌ててそう付け加えた。
「だけど、本当にせめてご飯ぐらいお腹いっぱい食べさせてあげたいですよね。あ、ここでのご飯っていうのは白米だけってことじゃありませんからね、ちゃんとおかずとセットってことですから」
「白米だけあっても、それじゃあ栄養がかたよって脚気になってしまいますよ」
私の後から三枝さんが怖い顔をして、蓮田班長をにらむ。
「わかってるよ……僕だって色々とつらいんだよ」
昨今の自衛隊を取り巻く状況というのは、なかなか厳しいものがある。近隣諸国との緊張感から、装備に対しては何だかんだと言われながらもそれなりの予算が出るのに、肝心のそれを運用する人間に対する予算がおざなりにされつつあるのだ。その最たるものが隊員の待遇と食費。
天下の自衛隊が醤油を買えないぐらい台所事情が厳しいなんて、なんの冗談ですかって思うでしょ? だけど実際の話、さほど誇張された話じゃないってところが悲しいところなのよね。
「お腹がすいていたら、みんな、いざって時に働けませんよ、日本国家存亡の危機ですよ」
「だから僕に言わないでくれよ、音無君」
「班長に言わなくて誰に言うんですか? ここの一番偉い名取一佐に直訴するとか? ご飯をちゃんと食べないと力が出ないです、いざという時に力が出なかったら大変じゃないですか、一大事ですよ、ご飯代を増やしてくださいって?」
私の言葉に、蓮田班長はウーンと唸り声をあげ、その場の調理台の上に突っ伏してしまった。
別に班長を困らせようと思ってるんじゃなくて、もう少しなんとかしてあげられないものなのかなって思ってるだけなんだよ、私だって。別に毎日を高級食材を使ったフルコースで、お腹いっぱいって思っているわけじゃないんだ。とにかく美味しいご飯をお腹いっぱいってことなんだもの。
+++
「はああああ、宝くじでもどっかーんと当たれば良いのに」
「一回ぐらい一等前後賞が当たっても、微々たるものよ」
「でも、少なくとも一ヶ月ぐらいは、ここの食堂は豪勢になりますよね?」
「そんなことになったら、全国から転属希望が殺到して大変なことになっちゃうわ」
この先半年の献立の指針が決まったので会議は解散となり、私はいつものように、三枝さんを彼女の旦那さんが待っている駐屯地のゲート前まで送っていくことになった。そしてその途中で思わず私が漏らしてしまった願望に、三枝さんは悲しそうな顔をして笑った。
「そうですよね……ここだけの話じゃないですものね」
「それでも蓮田さんは頑張ってやり繰りしてくれていると思うわ。少なくとも栄養は足りているし、お醤油にしろ何にしろ、予算が足りなくなって困ったってことは今のところないんだもの」
「それは理解してるつもりですよ。あまり無い無い言ったら、そのうち班長の胃に穴が空くんじゃないかって心配にもなりますし、言わなくて良いなら私だって言いたくありませんもの」
そのうち蓮田班長の頭にハゲができるんじゃないかと心配でもあるし。
「そしてあなたも頑張ってる」
「そうですか? 私、戦う料理人を目指してますから!」
ただ戦う相手は、テロリストじゃなくて限られた予算という現実的なものだけど。
そんなわけで、削られる一方の予算の中、厳しい訓練をこなしている駐屯地の隊員に少しでもお腹いっぱい美味しい物を食べてさせてあげたくて、今日も台所を預かる三人で頭を悩ませるのだった。
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