貴方の腕に囚われて

鏡野ゆう

文字の大きさ
1 / 42
本編

第一話 戦う料理人に憧れて

しおりを挟む
 私は小さい頃から、あの沈黙の何とかって映画に出てくる何とか兵曹って人に、ものすごーく憧れていた。

 彼はどんな敵もあっという間に粉砕しちゃう、メチャクチャ強い元特殊部隊の兵士。それだけでも凄いのに、料理の腕もピカ一で軍艦の艦長さん専属コックさんで、みんなに美味しい料理がふるまえる。強いうえにお料理上手なんて最高じゃない?

 そしてその思いが高じた結果、私は今現在、陸上自衛隊の駐屯地で補給科の糧食りょうしょく班の一員として、ここで訓練にはげんでいる隊員達のためにご飯作りをしている。

 音無おとなし美景みかげ三等陸曹 ただいま二十一歳。

 ただ、映画の世界と違ってここは現実世界の陸上自衛隊。私が最初に思い描いていたようなものと現実とでは、少しばかり事情が違っていたみたいだ。

 っていうのも、海上自衛隊や航空自衛隊では専門の部署の隊員達が、それぞれの隊員達の胃袋を支えているのに対し、陸上自衛隊の場合は、駐屯地の中で数ヶ月ごとに交代する各部隊から派遣された隊員達と、委託した民間業者の人達がご飯作りの主力を担っている。

 つまり、私達糧食班の隊員はそれの管理をするだけ。人員削減のあおりを受けた今では、うちの駐屯地のように、私のような人間が直接ご飯作りにまで手を出すところは逆に珍しくなっていた。

 それでも、大人数の飯炊き経験がある隊員がまったくいなくなるっていうのも問題らしく、外部委託から再び内部の人間でっていうところも、若干ではあるけれど増えているみたいだ。

 たかが飯炊き、されど飯炊き。食べるということは、ここで訓練をする自衛隊員達だけでなく、人間が生きていくうえで非常に大事なことなので色々と難しい。

 まあ私としては、これからどういう具合に制度が変わっていくかは分からないけれど、今現在こうやってご飯作りが出来ているので、おおむね満足ではあるんだけれど。

「だいたい一日900円足らずで、筋肉ムキムキの食べ盛りなお兄さん達のお腹を満たせって、どう考えても無理があると思うんですよね~」

 そんなわけで、ただいま厨房の片隅で糧食班長の蓮田はすだ一尉と技官で栄養士の三枝さえぐささん、そして私の三人で献立表をながめながら作戦会議中。

 毎日の厳しい訓練現場をはたから見ている私としては、できることなら一食900円ぐらい使ってあげたい心情になるんだけど、一般家庭的にはこれが普通なんだから、まあしかたがないのかな。

「音無君、そんなこと言ったら全国の主婦のみなさんを敵に回すよ。いちおう判断基準は、全国世帯の平均的金額なんだから」
「そうですか~。色々と風当たりもきついですし、せめてご飯だけでも思いっ切りお腹いっぱいって思うのが親心だと思うんですけどね~」
「二十一歳にして随分と子だくさんになったものね」
「しかも圧倒的にむさ苦しい野郎どもが多いし」

 ここにいる時だけは、他の偉い人の視線を気にすることなく本音で献立のことを話し合える。そのせいもあって、建物内に立派な会議室があるというのに、三人ともついつい調理室に足を運んでしまうのだ。

「そう言えば聞きました? 北海道だったかどこだったかの駐屯地、予算を削られすぎて、食堂からお醤油とふりかけが消えちゃったんですって」

 三枝さんが憤慨したように蓮田班長に言った。

「それは極端な話だよ。それぐらい厳しいってだけでちゃんと醤油は買えてるから……本当だよ、嘘じゃないから。少なくとも、うちの食堂から醤油とふりかけが消える心配は無いよ!」

 私が疑いの目で見ていたのに気がついたのか、蓮田班長は慌ててそう付け加えた。

「だけど、本当にせめてご飯ぐらいお腹いっぱい食べさせてあげたいですよね。あ、ここでのご飯っていうのは白米だけってことじゃありませんからね、ちゃんとおかずとセットってことですから」
「白米だけあっても、それじゃあ栄養がかたよって脚気かっけになってしまいますよ」

 私の後から三枝さんが怖い顔をして、蓮田班長をにらむ。

「わかってるよ……僕だって色々とつらいんだよ」

 昨今の自衛隊を取り巻く状況というのは、なかなか厳しいものがある。近隣諸国との緊張感から、装備に対しては何だかんだと言われながらもそれなりの予算が出るのに、肝心のそれを運用する人間に対する予算がおざなりにされつつあるのだ。その最たるものが隊員の待遇と食費。

 天下の自衛隊が醤油を買えないぐらい台所事情が厳しいなんて、なんの冗談ですかって思うでしょ? だけど実際の話、さほど誇張された話じゃないってところが悲しいところなのよね。

「お腹がすいていたら、みんな、いざって時に働けませんよ、日本国家存亡の危機ですよ」
「だから僕に言わないでくれよ、音無君」
「班長に言わなくて誰に言うんですか? ここの一番偉い名取なとり一佐に直訴じきそするとか? ご飯をちゃんと食べないと力が出ないです、いざという時に力が出なかったら大変じゃないですか、一大事ですよ、ご飯代を増やしてくださいって?」

 私の言葉に、蓮田班長はウーンと唸り声をあげ、その場の調理台の上に突っ伏してしまった。

 別に班長を困らせようと思ってるんじゃなくて、もう少しなんとかしてあげられないものなのかなって思ってるだけなんだよ、私だって。別に毎日を高級食材を使ったフルコースで、お腹いっぱいって思っているわけじゃないんだ。とにかく美味しいご飯をお腹いっぱいってことなんだもの。


+++


「はああああ、宝くじでもどっかーんと当たれば良いのに」
「一回ぐらい一等前後賞が当たっても、微々たるものよ」
「でも、少なくとも一ヶ月ぐらいは、ここの食堂は豪勢ごうせいになりますよね?」
「そんなことになったら、全国から転属希望が殺到して大変なことになっちゃうわ」

 この先半年の献立の指針が決まったので会議は解散となり、私はいつものように、三枝さんを彼女の旦那さんが待っている駐屯地のゲート前まで送っていくことになった。そしてその途中で思わず私が漏らしてしまった願望に、三枝さんは悲しそうな顔をして笑った。

「そうですよね……ここだけの話じゃないですものね」
「それでも蓮田さんは頑張ってやり繰りしてくれていると思うわ。少なくとも栄養は足りているし、お醤油にしろ何にしろ、予算が足りなくなって困ったってことは今のところないんだもの」
「それは理解してるつもりですよ。あまり無い無い言ったら、そのうち班長の胃に穴が空くんじゃないかって心配にもなりますし、言わなくて良いなら私だって言いたくありませんもの」

 そのうち蓮田班長の頭にハゲができるんじゃないかと心配でもあるし。

「そしてあなたも頑張ってる」
「そうですか? 私、戦う料理人を目指してますから!」

 ただ戦う相手は、テロリストじゃなくて限られた予算という現実的なものだけど。

 そんなわけで、削られる一方の予算の中、厳しい訓練をこなしている駐屯地の隊員に少しでもお腹いっぱい美味しい物を食べてさせてあげたくて、今日も台所を預かる三人で頭を悩ませるのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

白衣の下 第二章 妻を亡くした黒崎先生、田舎暮らしを満喫していたやさき、1人娘がやばい男に入れ込んだ。先生どうする⁈

高野マキ
恋愛
その後の先生 相変わらずの破茶滅茶ぶり、そんな先生を慕う人々、先生を愛してやまない人々とのホッコリしたエピソードの数々‥‥‥ 先生無茶振りやめてください‼️

彼と私と空と雲

鏡野ゆう
恋愛
某テレビ局に勤める槇村優は高所恐怖症で大の飛行機嫌い。そんな彼女が行かなければならなくなった取材先は何と航空自衛隊。そこで彼女達を待っていた案内人は戦闘機パイロットの葛城二尉だった。 飛行機嫌いの眼鏡っ子な女子と飛ぶのが大好きな空自パイロットさんのお話です。 【恋と愛とで抱きしめて】の関連作品でもあります。 【まずは美味しくご馳走様♪編】【番外小話 水遊び企画2015】【盛り上げるの頑張ってます編】【今年は一緒に飛びません編】【小ネタ】

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

いい加減こっち見ろよ!〜見た目だけだとフラれ続ける私は、どうやら幼馴染の執着愛に気づいていなかったようです。〜

こころ ゆい
恋愛
保育士の八重と外科医の一生は、小学生の頃からの幼馴染。 傍から見れば、儚く清楚に見えるらしい八重は、実は外見にそぐわぬ性格をしていた。 そのせいで、見た目につられて告白してくる男性たちは、ことごとく彼女の中身を知って離れていく。 フラれる度に、やけ食いややけ酒に付き合ってもらっている一生は優しいが、懲りずに同じような恋愛を繰り返す八重に呆れている....と思っていたら? 「....八重の可愛さは、そんなもんじゃないんです。....誰も気付かなくていい。俺だけが知ってればいい」 ーーどうやら、かなり愛されていたようです? ※じれじれ・執着・溺愛 ラブストーリー。🌱 ※この物語は、全て作者の想像で描かれたフィクションです。実際の場所・建物・人物とは関係ありません。🌱 ※HOTランキング入りしました。(最高47位でした)全ては、読者の皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。今後も精進して参ります。🌱

拝啓 愛しの部長様

鏡野ゆう
恋愛
МCNホールディングス(仮称)でコンビニスイーツの商品開発に携わる部署にいる海藤部長と宮内愛海ちゃんの恋花です。 小説家になろうで書かれているトムトムさんのお話『本日のスイーツ』と一部でコラボしています。http://ncode.syosetu.com/n2978bz/

サイコパス社長の執着溺愛は異常です

鳴宮鶉子
恋愛
サイコパス社長の執着溺愛は異常です

俺の彼女は中の人

鏡野ゆう
恋愛
海上自衛官の佐伯圭祐はバツイチ、前妻からたまに送られてくる息子の写真を楽しみにしつつも仕事一辺倒な自称海の男。そんな彼が久し振りの陸で出会ったのは何とも奇妙な生き物……いや着ぐるみだった。自称海の男と中の人の恋愛小話、の筈。 【恋と愛とで抱きしめて】の関連作品でもあります。 【本編】【番外小話】【小ネタ】

処理中です...