貴方の腕に囚われて

鏡野ゆう

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本編

第四話 意外なプレゼント

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 今日の私は、いつもの調理室ではなく野外に出ている。

 普段は調理室で予算と献立に悩んでいる私も、自衛隊員であることには変わりはない。だからたまにはこうやって普通の隊員らしく、射撃訓練に参加したり格闘技の訓練に参加することもあるのだ。ただ、ここしばらくは御無沙汰ではあったけど。

 本日私が使っているのは89式5.56ミリ小銃、通称ハチキュウと呼ばれる自動小銃で陸自では標準的な装備だ。地面に伏せた状態で撃っている私の横で、蓮田はすだ班長が当たり判定をしてくれている。

「惜しいな、今のはあと指一本分ぐらい右に寄せれば、ど真ん中だった」
「ああああ、今回もまたど真ん中には当てられずじまい!」

 体を起こしてからガックリしてしまう。連射しているんだから、どれか一発ぐらい真ん中に当たれば良いのに、どうしたことか当たらない、何故なのか!

「まあそれでも、真ん中の円周の中に当てられているんだ、そう嘆くこともないだろう」

 蓮田班長は、補給科の幹部連中の中には真ん中にすら当てられない奴がいるんだからねと、こっそりと教えてくれた。

「よくないです。私は戦う料理人を目指しているんですから、ど真ん中に命中させられるようにならないと意味がないんですよ!」

 まあそうなるには、圧倒的に訓練時間が足りないんだろうけど。

「それでいくと音無おとなし君の武器は、銃火器じゃなくておたまとフライパンだろ? つまり練度を高めるべきなのは、CQC(クロース・クォーター・コンバット=近接格闘)だね」
「ああ、そうでした。しかも調達希望は、南部鉄でできためちゃくちゃ硬くて重たいフライパンですからね」
「おお痛そうだねえ……」
「立派な家庭用鈍器ですからね、あれ」

 後ろから足音が近づいてきて、私の膝元に影が落ちた。見上げると森永もりなが二尉が意外そうな顔をして、こっちを見下ろしている。

「珍しいところにいるものだな。てっきり調理室から出てこないものだと思っていたんだが。……蓮田一尉も射撃訓練をなさっているんですか?」
「いや、今日は音無三曹の指導をしているだけだよ。三曹の腕前ならその必要もないのかもしれないが、一応は私の部下なのでね」

 にっこりと微笑む班長。訓練中でも緩い空気なのはうちの班風なので、その点は目をつぶってほしい。

「それで? 真ん中に当たらないって?」
「そうなんです。いっつもどっちかに指一本なんですよね。ねえ班長」
「だねえ」
「一度やってみせてくれ」
「え?!」

 二尉の言葉に思わず班長の顔をうかがう。

「見てくれると言っているんだから、ありがたくアドバイスしてもらうと良いよ。僕はもう錆びついているけど、二尉は数ヶ月前まで、厳しい訓練を受けていたんだからね」

 そう言われてもう一度射撃体勢に戻る。なんだか見られていると落ち着かないけど仕方がない、普通に狙いを定めて引き金を引いた。

「ふむ、今度は右に寄せすぎたな」
「ですよねえ……」

 その声を聞きながら、自分が糧食班で良かったと心の底から思った。だってこれが偵察小隊だったら、絶対に罵倒されてるもの。下手したら、情けないぞ馬鹿者とか言われて踏みつけられていたかもしれない。二尉がわりかし緩く見てくれているのは、私が補給科の人間で今はほとんど調理室の住人だからだ。

「少し構え方を変えてみるか。音無、もう少しこっちに寄って、肩をここに当てるようにして構えてみろ」
「え、あ、はい」

 私の横にしゃがんで指示をする二尉の言うがままに体の位置をずらし、かまえ直す。

「よし。そのまま狙って撃つ」
「はい」

 そしてまとを狙って再び引き金をひいた。まとのド真ん中に穴がいくつもできた。

「あ、真ん中に命中した!」

 思わず自分が何者だっていうのを忘れて、間抜けな声をあげてしまった。でも凄い。ちょっと体勢を変えただけなのに。

「今の感覚を忘れないように。ああそれと、まんべんなく左右の腕を鍛えた方が良いと思うな。そのせいで変なクセがあるように見える」
「そういうのも関係しているとは知りませんでした。勉強になります、ありがとうございました、森永二尉」
「いつもうまい飯を食わせてもらっているんだ。ほんの礼代わりだ」

 そう言うと二尉は立ち上がり、自分の小隊の人達がいるところへと行ってしまった。

「左右の腕を鍛えるんですって。特に偏っている風には思えなかったんですけど、やっぱりお鍋をかき回したりするのも、右左の腕をまんべんなく使った方が良いってことですよね」
「何事も修行ってやつだね」

 昔のカンフー映画であるような修行シーンが頭に浮かんで、おかしくなってしまった。

 そして何気なく森永二尉が歩いていくのを見ていると、今度は自分の小隊の人達が撃っているところで立ち止まり、後ろに立って腕組みをしてじっとその様子を見始めた。

「なんだか大森おおもりさん、後ろに立たれてやりにくそう」
「あの程度で気が散るようなら、実戦ではとても使いものにならないよ」
「……班長もわりかし厳しいこと言いますね、自衛官みたいですよ」
「僕は正真正銘しょうしんしょうめい、自衛官だよ。それに今言ったことは普通のことだから」

 そうこうしているうちに、苛ついた様子の大森二曹が、何か文句を言いながら立ち上がった。そして森永二尉に、何か激しい口調で言い放っている。

「もしかしてケンカですか?」
「そんなあからさまに野次馬みたいに見るもんじゃないよ。下手したら大森二曹が懲罰を受けることになる」

 止めに入らないと駄目かなと、班長が立ち上がった。

「あの、懲罰で調理室に送り込むのだけは勘弁してくださいね。私もキッチンポリスなんて言われたくないですから」
「分かった分かった。穏便にすますようにするから心配ないよ」

 手を振って安心しなさいと言いながら、班長は言い争いが大きくなりつつある二人のところへと足早に向かった。まあ言い争いと言っても、ほとんどは大森さんの声で、森永二尉は時折それに受け答えをしているって感じなんだけど。

 そして聞こえてくる声から察するに、いま的を外したのは自分の練度が低いわけでも気が散ったわけではなく、ハチキュウの銃身がズレているからで、二尉のアドバイスは自分には不要だってことらしい。

 それを黙って聞いていた森永二尉は、地面に固定されていたハチキュウを持ち上げて銃身の左右を確かめると、かまえてまとの方を見ている。銃身がズレているかどうか確認しているようだ。そして立ったまま引き金を引いた。二尉が撃った弾は、ど真ん中に当たった。

「曲がっていないようだが?」

 そんな声が聞こえてきそうな顔をして、三尉は大森さんにハチキュウを手渡す。

「うわあ、殴りたそうな顔をしてる……」

 鬼の形相をしている大森さんを、小池こいけ曹長とうちの班長がなだめているみたいだ。

 今までも、たまに訓練中に小隊同士でもめごとが起きることはあった。だけどそう言う時は、小池さん達先任曹長達が何とかうまく収めてくれていたから、今までは懲罰事案にまで発展していなかったんだけど、あんな風に何度も幹部にたてつくようなことをしたら、隊の規律が乱れると言われて懲罰対象になってしまうかも。

 それに小隊長の森永二尉だって、部下を管理できていないって言われちゃわない?

「こういう時って、本当に自衛隊って面倒なのよね」

 普通の会社なら上司と部下がぶつかり合っても、まあまあ甘い物でも食べて落ち着いて話し合わない?なんて言えるのに、ここではそれができないんだもの。いくら規律重視とは言え、窮屈すぎない?と思うのよね。

 そうこうしているうちに、班長がやれやれという顔をしながら戻ってきた。

「どうでした?」
「森永二尉が気の短い人でなくて良かったよ」

 つまりは今の騒動はここだけの話、訓練中のアクシデントの一つでおさまるってこと。

「小池さんが間にはさまれて大変そうですね」
「たまに、新人幹部を馬鹿にしたような態度をとる古参がいるのは理解しているが、大森は少しやりすぎだ。そろそろ鉄槌が降りるかもしれないな」
「でもそれって、森永二尉が気長だから大森さんが、二尉のことを舐めてるってことですよね?」

 班長はそんな私の疑問に対して、イヤイヤと首を横に振った。

「さっきも見たろ? 銃身がズレているという大森の言い分を、森永二尉は自分で撃ってみせて言い分を早々に潰した。すでに二人は交戦状態だよ」
「ええええ」

 そんな声をあげながら、最初に森永二尉を見かけた時のことを思い出す。ハイペースで走っていた小隊の後ろを、ずっと一定の距離を開けたまま走り続けていたっけ。もしかしてあれも、大森さんの新人幹部に対する嫌がらせだったんだろうか?

「僕達の知らないところで色々とやり合っているみたいだし、上はそれを黙認しているようだしね。あの様子だと、それこそ森永二尉のさじ加減一つで決まるんじゃないか?」
「ますます小池さんが気の毒です。間に挟まれてストレスマックスかも」
「彼の豊富な頭髪が少なくなる前に、何とかなれば良いんだけどね……」

 上が黙認ってことは、既に森永二尉が大森さんとのやり取りを報告していて、一任されているってことだよね。この争い、何処まで続くんだろう、どちらかがどちらかに屈服するまで? どっちもしそうにないから長引きそうな予感だ。


+++++


 夕食の片づけをしている時、またもやコンコンとカウンターを叩く音がした。森永二尉だ。

「また名取なとり一佐に呼び出しですか? これで何度目でしたっけ?」
「別に叱られていたわけじゃないよ。経過報告をしに行っただけだ」

 トレーを受け取りながら首をかしげてみせた。

「まさか今日あった、大森二曹とのいざこざの報告とか?」
「まあそれもある」
「あの、懲罰でここに送り込むのだけは勘弁してくださいね。今の面子めんつでうまくいってるんですから」

 思わずそんなことを口にして、しまったと顔をしかめた。誰もいないからって、幹部相手に遠慮なく言いすぎたかも。

「今のところ、懲罰がどうのって話はないから安心してほしい」
「だけどいつまでも好き放題させてたら規律に影響するでしょう? それで叱責を受けるのは二尉もじゃないですか」
「だから一佐に経過報告なんだよ」
「まさかの司令公認の喧嘩」

 とんでもないことを知ってしまった。これからは、その現場に居合わせても見ないふりをすることにしよう。

「だけど経過報告をするたびに、こうやって二度手間をかけるのは申し訳ないかな」
「……もう良いですよ、駐屯地司令公認なんだから諦めます」
「手を出して」
「はい?」

 カウンターの向こうから、森永二尉がこっちをのぞき込んでいた。

「手を出せって言ってる」
「手、ですか?」

 手相でも見るつもりなんだろうか? そんなことを考えながら手を差し出した。すると二尉はブロンズ色みたいな包装紙に包まれた小さな丸い物を、私の手にポトンと落とす。

「申し訳ないのでそのお詫び」
「?」

 よく見れば有名どころのチョコレートだった。

「あの、こんなものを持ち込んで良いんですか? 規則違反では?」
「だから二人だけの秘密だ。溶けないうちにさっさと口に放り込むことをお薦めするよ。じゃあ」

 そう言って片手をあげると、森永二尉はノンビリとした足取りで食堂を出て行った。

「まさか幹部様から袖の下を貰うなんて。しかもチョコとか」

 とんでもない人だと呆れつつ、素早く包み紙をほどいてチョコレートを口の中に放り込む。久し振りのチョコレートは何とも甘く美味しかった。
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