貴方の腕に囚われて

鏡野ゆう

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本編

第九話 懲罰デート?

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 だいたい無邪気なお子様の好意をお断りするために発した方便が、懲罰の対象になるなんて納得いかない。

 しかもそれと営外への外出許可を取ることと、どう繋がるのかもさっぱり意味不明。まったく幹部自衛官の考えることは、っていうか男の考えることは理解できない。

 はっ、ま、まさかとは思うけど、何処か遠い演習場に連れていかれて、地獄の行軍をさせられたりなんかしちゃったりして?!

「それって単にデートのお誘いじゃ?」

 隣の部屋に住んでいる同じ階級の江崎えざきさんが、ここしばらくブツブツとあれこれ言っている私を前に、そんなことを口にした。

 この駐屯地は圧倒的に独身の女性隊員の数が少なくて、営内の女性隊員用の寮も空き部屋が多く、一人一部屋状態という営内の女性独身寮としては、珍しくパラダイスな状態が続いている。そんな数少ない女性隊員のさらに数少ない同階級の隊員が、お隣の江崎三曹だった。

「は?! 誰が?! 誰を?! 何に誘うって?!」

 何を言ってんだこいつはって顔をして江崎さんの顔を見つめたけど、本人はいたって真面目な本気顔だった。

「だから、森永もりなが二尉が、音無おとなしを、デートに」
「なんで?!」
「なんでって……男が女をデートに誘う理由なんて、一つなんじゃないの?」
「それ絶対におかしいから!!」
「それこそなんで?」

 聞き返されてウッと言葉につまった。

「なんでって……だって懲罰だって言ってたんだよ?! 懲罰デートだなんて聞いたことないよ! はっ、まさか胃袋をつかんだ仕返し?!」
「もう、音無の思考体系の方こそ意味不明だね。男がどうのこうのと理由をつけてデートに誘うなんて、万国共通人類みな兄弟でしょ。とにかく理由はただ一つ、音無、二尉に気に入られたってことだよ。うん、おめでとう」

 江崎さんがニッコリと、天使の微笑みと言うやつを浮かべた。大抵の男どもは、この笑顔にコロッとやられるのだ。だから災害派遣の時も疲労困憊で殺気立っていた警察と消防への伝言は、すべて彼女にゆだねられていた。ああ、言いたいのはそこじゃない。

「おめでとう?! 本当におめでとうなの?!」
「おめでとうじゃないかなあ。だってこういう職場でしょ? 周囲にいるのは脳味噌まで筋肉みたいなお兄さん達ばかりだし、そんな中での出会いって貴重じゃない?」
「……そこで二尉だけが脳味噌筋肉ではないと、どうして言い切れるのかな……?」

 あの人だって同じ陸自の自衛官。しかもお父さんも自衛官だったというんだから、体の中に自衛官の遺伝子がしっかり受け継がれている人なんだよ? どう考えても他の人より脳味噌筋肉率高そうじゃない? 例え外見がそんなふうに見えてなくても。

「幹部な分だけ筋肉率が低そうな気がするから? まあ当たって砕けろ精神で付き合ってみなよ」

 できることなら砕けたくないっていうか、当たりたくないんだけど。


+++++


「……ま、でもさ、そんなこと言っても普通に、お醤油のお詫びの続きかもしれないよね」

 当日になって待ち合わせの場所に向かいながら、自分に言い聞かせるように独り言を呟いた。災害派遣の前にした、お詫びのケーキの話が立ち消えになっていたことを思い出す。うん、あれの可能性大。

 指定されたのは最寄りの駅の改札口前。時間までにはまだ二十分ぐらいあったのに、すでに森永二尉は改札口近くに立っていた。良かった、早めに出てきて。

「お待たせして申し訳ありません!」
「いや、俺が早く来すぎたんだ」

 そう言いながら腕時計に視線を向けた。それから私の方を見ていぶかしげな顔をする。

「なんですか」
「いや、前に外で顔を合わせた時と雰囲気が違うなあと」

 それは多分、前に二尉と居合わせた時は、珍しくスカートをはいていたから。今日はジーンズにそこそこ歩きやすい靴を履いている。何故かって? だって、本当に行軍に連れて行かれたら一大事じゃない!

「だって懲罰とか言って脅かされましたからね。万が一どこか遠い演習場に連れて行かれたら一大事です。そこそこ距離を歩けるぐらいの装備の方が安心でしょ?」

 それにしては二尉の方は軽装ですよねえと、嫌味ったらしく二尉の周囲をぐるぐると回りながら、服装をチェックする。

「私、真面目にトレッキングシューズを履いてこようかと悩んだんですがー」

 二尉は申し訳なさそうに笑った。

「ああ、すまない。まさか本気にするとは思わなかったんだ」
「いやいや、あの時の二尉の顔は絶対に本気でしたから」

 うん、私、半分は本気で何処ぞの演習場に連れて行かれると思ってた。

「お詫びにケーキを御馳走ごちそうするって言ったろ? あれのことだよ」
「だったら最初っから、そう言ってくれれば良いじゃないですか。素直じゃないんだから。そう聞いていたら、もう少しそれらしい恰好しましたよ、まったく!」

 私の言葉に、二尉は不思議そうな顔をしてこっちを見ている。

「今の格好で何か問題でも?」
「男と女を一緒にしないでください」
「じゃあ着替えてくるか?」
「それこそ御冗談を。いいですよ、二尉がこんな恰好の私を連れて歩いても恥ずかしくないなら、問題ないです」
「だから別に問題ないと言ってるじゃないか」
「なら良いんですけどね。それで? どこに連れて行ってくれるんですか?」

 いきなり私が話題を変えたので、やれやれと首を振っている。

「ケーキなんですよね?」
「ああ、そうだ」

 そう言って小さな紙切れを差し出してきた。切符だ。

「安心しろ、普通に在来線の切符で新幹線じゃない」
「これで安心できます」

 金額を見たところ、都内から少し郊外に行く程度の区間のようでホッとする。

 電車で向かった先は、都内よりもずっと駐屯地寄りの場所だった。初めて降りた駅だったので、思わずキョロキョロとしてしまう。

「あまりキョロキョロしているとまた転ぶぞ」
「万が一に二尉とはぐれて迷ったら困るから、駅の周辺の建物を覚えてるんですよ……ちょっと待ってください、またってなんですかまたって」

 二尉が目を逸らした。

「ちょっとー、なんでそこで目を逸らすんですか、ちゃんと白状しちゃってくださいよ」
「……いや、最初のカレーの日にだな、調理室の窓からこっちを見てたろ? その時に転んでいたような気がしたから」

 そう言われて思い出した。あのジャガイモの皮の時だ!

「あ、あれはですね、ジャガイモの皮で滑ったんですよ、好きで転んだわけじゃありません! ってか気がついてたんですか、私だってこと」
「まあ、なんとなく? 最初は変な奴がこっちを見ているなあと思っただけなんだが」
「変な奴とは失礼な」

 ブツブツ言いながら歩いていた私達が到着したのは、見るからに可愛いお店。このたたずまい、何処かで見たことがあるな、何処だったっけ? ああ、思い出した!

「ここって予約できないケーキのお店ですよね? 西風にしかぜさんでしたっけ?」
「うまいケーキを食わせてくれる店なんて、あまり知らないからな。ここなら間違いないだろうと思って、連れてきた」
「だけどきっとお客さんいっぱいですよー?」

 外には並んでいないけど、窓から見た感じでは席は全部埋まっていそうだし。

「大丈夫、ここ、知り合いの店で連絡はしておいたから」
「え、でも予約不可じゃなんじゃ?」
「まあ臨機応変なんだろうな、今日は平日だし」

 お店のドアを開けて二尉が入っていったので後ろに続いた。

「こんにちは、あゆむ君、久し振りね」
「どうも。空いてますか?」
「ええ。奥のいつものテーブルが開いてるからそっちにどうぞ。いらっしゃい」

 お店のオーナーさんらしき人が私を見てニッコリと微笑んだ。うんうん、この人も雑誌で紹介されていたのを見たことがある。

 お店の一番奥のテーブル、パーテーションで区切られていて、なんとなく秘密の会合に使えそうな感じだ。

「驚きですよ、二尉がこちらのお店とお知り合いの仲だなんて」
「正確には知り合いの知り合いってやつなんだけどな」

 テーブルにつくと、お姉さんがお水とメニューを持って来てくれた。ケーキもおいしそうだけど、ランチメニューもおいしそうだ。次に来る機会があったら頼んでみよう。

「お好きなものをどうぞ」
「本当に? まさか食べた分だけ、後で行軍してカロリーを消費しろとか言わないですよね?」
「ないない、普通に食べてくれ」

 なら良いんですけどねーと呟きながら、ケーキの写真を眺める。どれもこれも本当においしそう。

「二尉のお勧めとかないんですか?」
「んー……俺はイチゴショートしか食べないからな」
「まさかのショートケーキ好きとは……」
「なにか言いたいことでも?」

 睨まれて慌てて首を横に振る。

「ありません。えっとじゃあ、こっちのオレンジのババロアのケーキを……」

 それからケーキを半分ぐらい食べ終わったところで、少しばかり気になっていた質問をぶつけてみた。

「ところで、どうして誘っていただけたのかなあって、気になっているんですが」
「食事の片づけでは迷惑をかけただろ? それと大森おおもりとのことでも」
「それはそうなんですけどね……」
「なんだ、それでは不満なのか?」
「そんなことないですよ。ただ、そのう……」

 やっぱりお詫びであってデートじゃないのか。ま、それならそれで良いんだけど。

「もしかしてそれを口実にデートに誘ったと思ったとか?」
「え、いや、なんて言うか、どうなんだろうねって話になったので」
「誰と?」
「同じ寮の子と。あ、べ、別に期待してたとかじゃないんですよ? ただ懲罰だって話だったから謎だったわけで、お詫びでケーキを御馳走ごちそうしてくれるって話であるなら納得なんですけどね」

「ところで音無は付き合っている男とかいないのか?」
「はぁ?」

 私の顔を見て二尉が可笑しそうに笑った。

「その“お前はなに言ってんだ?”って言いたげな顔はよせ。可愛い顔が台無しだぞ」
「私の顔です、ほっといてください。それに本当にそんな気持ちだったんですから」
「それで答えは?」

「まあ最初の頃はですね、高校時代の友達の紹介で、お食事デートみたいなのをしたことが何度かはありましたよ。でもほら、外出には許可も取らなきゃいけないし待機もあるしで、思いつきで何処か遠出に出掛けるなんてことも簡単にできないでしょ?」

 自分ではそんなに不自由だとは思っていないけど、自衛隊の事情を知らない相手からしたら非常に面倒なことらしかった。

「そして極めつけが門限ですよ。“門限? なんだそりゃ、プッ”って感じで何度か笑われることがあって懲りました。たまに隊則なんて破っちゃえなんて言う男もいましたけど、そんな連中を見ていたら、こいつだけは絶対に何かあっても助けてやらねえとか思いましたからね。ま、本当になにかあったら助けますけど」

 規則は破るためにあるとか、それこそなに言ってんだお前って気分でしたよと付け加える。

「つまるところ、今現在は付き合っている男はいないと」
「もういちいち事情を説明するのが面倒で懲り懲りです」
「だったら、事情に詳しい男と付き合えば問題ないんじゃないのか? だからその顔はやめろと」
「そんな相手がいたら、とっくに付き合ってるでしょ」

 多分だけど。

「今まで、そんなヤツが音無の前に現れなかったってことだろ?」
「そうなんですかねえ……」

 まあこの職場を選んだ時から、ある程度は覚悟してましたけどね……。

「今年度新しくここにやってきた新任幹部なんてどうだ?」
「はい?」
「いちいち事情を説明しなくても良いし、幹部だから余程のことが無い限り終身雇用。さらには優秀ならかなり偉くなるから、それなりの待遇を受けられるようになる。自衛官がイヤでなければかなりの好物件だと思うんだが」
「それってつまり?」
「俺と付き合わないかって話だな」

 一瞬、二尉の顔つきが肉食獣的な、めちゃくちゃ物騒なものになったのは気のせいだと思いたい。
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