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第七話 団体様御一行
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目つきの悪い見るからに悪役顔のお兄さんを先頭に、何人かの兵隊さんみたいなお兄さん達がこっちにやって来た。先頭のお兄さんを除いては、全員がまるでこっちを未開の地かなにかと思っているようで、腰に下げている剣みたいなものに手をやった状態で、へっぴり腰になっている。
「あのさあ。人んちに来るんだったら、せめて〝お邪魔します〟の一言ぐらい言ったらどうなんだよ。しかもドアを木っ端微塵にしちゃってさ。これ、どうしてくれるつもりだなんだ?」
廊下に散らばったドアの欠片を見下ろしながら溜め息をつく。これを見たら、婆ちゃん激怒するだろうな……。
「それより陛下はどこだ。まさか手にかけたなどということはあるまいな」
「あるまいなもなにも。髭モジャなら婆ちゃんと一緒に、田んぼ仕事に精を出してるぞ」
「まさか陛下を奴隷がわりにしているのか?!」
まったく、こいつもいちいち言い方が大袈裟なんだよな、髭モジャとそっくりだ。まさに類友。
「んなわけないだろ。髭モジャが自分から手伝うって言ったんだよ。なんなら見に行くか? あ、待て」
ズカズカと土足で我が家の廊下を歩く集団の前で通せんぼをする。
「なんだ」
「それは置いていけ」
指を指したのは、剣やら槍やらその手のもの。そんなものを持ってうろつかれたら、駐在所のお巡りさんが飛んでくる。これ以上の厄介事は御免だ。
「ここはうちの婆ちゃんの土地だ。婆ちゃんに許可もなく、そんなものを持ってうろつくのは許されない。それとガチャガチャしたのも脱げ。そう、お前達だ。こんな暑い時期にそんなものを着てウロウロしたら、死ぬぞ?」
だが目つきの悪いお兄さんを筆頭に、私の言うことにおとなしく従うつもりはないようだ。
「どうしてお前のいうことに従わなくてはならんのだ。未開の土地に来て、身を守るものを手放す馬鹿がどこにいる」
貧乏とか未開の土地とか、本当にこいつらって失礼だな。
「髭モジャは甚平にゴム草履と、まったくの無防備状態で楽しんでるんだがな。ま、そのままで行きたいなら止めはしないけど、十中八九、婆ちゃんに怒鳴られて身ぐるみはがされると思うから、覚悟だけはしておけよ?」
まあ取り敢えず私は忠告した、あとは知らん。おとなしく田んぼの肥やしにでもなってしまえ。ああ、苗が駄目になるのも困りものだな。あぜ道の土嚢がわりにでもなってもらおうか。
しかし、ガチャガチャと騒々しい連中の前を歩くのは落ち着かないな。しかも剣に槍にと物騒なことこの上ない。まったく、婆ちゃんちが田舎で良かった。こんなことが我が家で起きたら大騒ぎだ。それこそ機動隊か自衛隊が大挙して押し寄せるんじゃないか?
「おーい、髭モジャー、お前んとこの、目つきが悪くて口うるさいお兄さん達がやってきたぞー」
「お前、陛下のことをなんと失礼な呼び名で呼んでいるんだ」
「だって、あいつがこれで良いって言ってるんだ。本人が良いって言ってるのに、なんの問題があるってんだよ」
田んぼに到着すると、真ん中へんの田んぼで婆ちゃんと一緒に雑草取りをしている髭モジャに、声をかけた。かがんでいた髭モジャは背中をのばすと、腰を叩きながら私達のほうにふりかえった。おお、イヤがってるぞ、あの顔。ものっすごくイヤがっている!!
「あんた達、どうやら歓迎されてないみたいだぞ?」
「陛下はだいたいいつもそうだ。俺のことを、口やかましくあれこれ言う小姑程度にしか思っておらん」
「分かっているなら、改めれば良いじゃないか。さすがにその目つきの悪い顔で四六時中チクチク言う小姑は、髭モジャじゃなくてもイヤだろ」
「黙れ、小娘。俺が言わなければ誰が言うんだ」
なるほど自覚はあるんだな、自分が小姑なみにチクチク言っているってことは。
「そうだなあ、髭の親とか嫁? それか王様なら、大臣の中に一人ぐらい王様に文句を言えるヤツがいるだろ、それは? あ、もしかしてあんたが大臣? そこまで威厳と風格があるようには見えんが」
「よけいなお世話だ。それに俺は大臣ではない。陛下の近衛だ」
「近衛ってことは、親衛隊みたいなものなんだよな。じゃあ髭モジャの直属の兵隊ってことだよな? そんなあんたが、王様である髭モジャにそんなに偉そうにしていて良いのか?」
その質問に顔をしかめた。
「しかたがあるまい。大臣連中は陛下の御機嫌とりに夢中で、なにも言わないのだから」
「あんたのところも大変なんだな……って、おい、お前達、田んぼのそのまま入るな!」
私とお兄さんが話しこんでいるうちに、他の連中が髭モジャのところへ駆けよろうと田んぼに踏み込もうとしている。
「なんで横のあぜ道を通らず、一直線に進もうとするんだよ!」
私の制止に耳を貸すことなく、ズボスボと入っていく連中をあわてて止めに入ったとたん、あっちから物凄い怒鳴り声が飛んできて、私とそいつらの間をなにかが高速で横切った。
「?!」
ガッと乾いた音がして、地面に刺さったのは鍬だ。……髭モジャが投げたんじゃないよな、ああ、あの顔は投げてない。ってことはその横で仁王立ちしている婆ちゃんが投げたのか。ここまでの距離を考えるとかスゲーぞ、婆ちゃん。もしかして新記録かもしれない。だがしかし、地面に刺さったから良いようなものの、こいつらに刺さったらどうするつもりだったんだ。下手しなくても死ぬぞ?
「婆ちゃん、危ないだろ! 人に刺さったらどうするんだよ!」
「そこの連中のほうが危ないじゃろ。そんななりで、うちの田んぼに入って荒らすんじゃない!」
あの顔はマジで腹を立ててるぞ、婆ちゃん。
「ほらみたことか。婆ちゃんをガチで怒らせちまって。知らないからな、お前ら全員おとなしく死んでこい」
そして怒れる婆ちゃんは、後ろに髭モジャを引き連れてこっちにやってきた。ほら見ろ、顔が般若みたいになっちまってるじゃないか。
「亜子ちゃんや、こいつらは何者だ?」
「ああ、髭モジャの手下。髭モジャが帰ってこないんで探しにきたらしい」
「なんと、モジャさんの手下かね?! あんた、もうちょっと下の者に礼儀を教えておいたほうが良いんじゃないかい?」
「ごもっともです、マダムスギバー。部下が大切な田んぼを荒らして申し訳ない」
婆ちゃんは鼻息を荒くして、目つきの悪いお兄さんをにらんだ。どうやら、こいつらの中で一番偉いのがこのお兄さんだって、すぐに分かったらしい。
「あんたもだよ! こんなことをさせたら、モジャさんが恥をかくことが分からんのかね?!」
「も、もじゃ……?」
「この人のことだよ! あんた達の上の人なんだろ、モジャさんは! ああ、とにかく、まずはこいつらをなんとかせんと」
田んぼに足が埋まってしまい、動けなくなっていた連中のことを、婆ちゃんは腹立たしげににらんだ。
「まったく最近の若いもんときたら、田んぼも知らんのかね」
そう言って連中の近くに歩いて行くと、むんずと襟首をつかんで引っ張り上げた。そして大根を抜くように、一人ずつポイポイと引っこ抜いては、あぜ道へと放り出していく。その様子を、髭モジャとお兄さんはポカンとした顔で見つめていた。
……なんて言うか、自分の婆ちゃんのことながら、その怪力は一体どこから生まれてくるんだって言いたい。あっと言う間に、人が小山になってしまった。
「ところで婆ちゃん」
「なんだい亜子ちゃん」
「言いにくいことなんだけどさ。こいつら、うちのトイレのドアを木っ端微塵にしちゃったんだよ」
一瞬、蝉の鳴き声しか聞こえない妙な間がうまれた。
「……モジャさんや」
「なんでしょう、マダム」
「この人ら、少しぐらいこき使っても文句はないかねえ?」
「もちろんです、存分にお使いください。私は居候の身、この土地で一番偉いのは貴女なのですから」
「そうかい、じゃあお言葉に甘えさせていただこうかねえ」
髭モジャの言葉に、婆ちゃんはニヤリと笑った。
「あのさあ。人んちに来るんだったら、せめて〝お邪魔します〟の一言ぐらい言ったらどうなんだよ。しかもドアを木っ端微塵にしちゃってさ。これ、どうしてくれるつもりだなんだ?」
廊下に散らばったドアの欠片を見下ろしながら溜め息をつく。これを見たら、婆ちゃん激怒するだろうな……。
「それより陛下はどこだ。まさか手にかけたなどということはあるまいな」
「あるまいなもなにも。髭モジャなら婆ちゃんと一緒に、田んぼ仕事に精を出してるぞ」
「まさか陛下を奴隷がわりにしているのか?!」
まったく、こいつもいちいち言い方が大袈裟なんだよな、髭モジャとそっくりだ。まさに類友。
「んなわけないだろ。髭モジャが自分から手伝うって言ったんだよ。なんなら見に行くか? あ、待て」
ズカズカと土足で我が家の廊下を歩く集団の前で通せんぼをする。
「なんだ」
「それは置いていけ」
指を指したのは、剣やら槍やらその手のもの。そんなものを持ってうろつかれたら、駐在所のお巡りさんが飛んでくる。これ以上の厄介事は御免だ。
「ここはうちの婆ちゃんの土地だ。婆ちゃんに許可もなく、そんなものを持ってうろつくのは許されない。それとガチャガチャしたのも脱げ。そう、お前達だ。こんな暑い時期にそんなものを着てウロウロしたら、死ぬぞ?」
だが目つきの悪いお兄さんを筆頭に、私の言うことにおとなしく従うつもりはないようだ。
「どうしてお前のいうことに従わなくてはならんのだ。未開の土地に来て、身を守るものを手放す馬鹿がどこにいる」
貧乏とか未開の土地とか、本当にこいつらって失礼だな。
「髭モジャは甚平にゴム草履と、まったくの無防備状態で楽しんでるんだがな。ま、そのままで行きたいなら止めはしないけど、十中八九、婆ちゃんに怒鳴られて身ぐるみはがされると思うから、覚悟だけはしておけよ?」
まあ取り敢えず私は忠告した、あとは知らん。おとなしく田んぼの肥やしにでもなってしまえ。ああ、苗が駄目になるのも困りものだな。あぜ道の土嚢がわりにでもなってもらおうか。
しかし、ガチャガチャと騒々しい連中の前を歩くのは落ち着かないな。しかも剣に槍にと物騒なことこの上ない。まったく、婆ちゃんちが田舎で良かった。こんなことが我が家で起きたら大騒ぎだ。それこそ機動隊か自衛隊が大挙して押し寄せるんじゃないか?
「おーい、髭モジャー、お前んとこの、目つきが悪くて口うるさいお兄さん達がやってきたぞー」
「お前、陛下のことをなんと失礼な呼び名で呼んでいるんだ」
「だって、あいつがこれで良いって言ってるんだ。本人が良いって言ってるのに、なんの問題があるってんだよ」
田んぼに到着すると、真ん中へんの田んぼで婆ちゃんと一緒に雑草取りをしている髭モジャに、声をかけた。かがんでいた髭モジャは背中をのばすと、腰を叩きながら私達のほうにふりかえった。おお、イヤがってるぞ、あの顔。ものっすごくイヤがっている!!
「あんた達、どうやら歓迎されてないみたいだぞ?」
「陛下はだいたいいつもそうだ。俺のことを、口やかましくあれこれ言う小姑程度にしか思っておらん」
「分かっているなら、改めれば良いじゃないか。さすがにその目つきの悪い顔で四六時中チクチク言う小姑は、髭モジャじゃなくてもイヤだろ」
「黙れ、小娘。俺が言わなければ誰が言うんだ」
なるほど自覚はあるんだな、自分が小姑なみにチクチク言っているってことは。
「そうだなあ、髭の親とか嫁? それか王様なら、大臣の中に一人ぐらい王様に文句を言えるヤツがいるだろ、それは? あ、もしかしてあんたが大臣? そこまで威厳と風格があるようには見えんが」
「よけいなお世話だ。それに俺は大臣ではない。陛下の近衛だ」
「近衛ってことは、親衛隊みたいなものなんだよな。じゃあ髭モジャの直属の兵隊ってことだよな? そんなあんたが、王様である髭モジャにそんなに偉そうにしていて良いのか?」
その質問に顔をしかめた。
「しかたがあるまい。大臣連中は陛下の御機嫌とりに夢中で、なにも言わないのだから」
「あんたのところも大変なんだな……って、おい、お前達、田んぼのそのまま入るな!」
私とお兄さんが話しこんでいるうちに、他の連中が髭モジャのところへ駆けよろうと田んぼに踏み込もうとしている。
「なんで横のあぜ道を通らず、一直線に進もうとするんだよ!」
私の制止に耳を貸すことなく、ズボスボと入っていく連中をあわてて止めに入ったとたん、あっちから物凄い怒鳴り声が飛んできて、私とそいつらの間をなにかが高速で横切った。
「?!」
ガッと乾いた音がして、地面に刺さったのは鍬だ。……髭モジャが投げたんじゃないよな、ああ、あの顔は投げてない。ってことはその横で仁王立ちしている婆ちゃんが投げたのか。ここまでの距離を考えるとかスゲーぞ、婆ちゃん。もしかして新記録かもしれない。だがしかし、地面に刺さったから良いようなものの、こいつらに刺さったらどうするつもりだったんだ。下手しなくても死ぬぞ?
「婆ちゃん、危ないだろ! 人に刺さったらどうするんだよ!」
「そこの連中のほうが危ないじゃろ。そんななりで、うちの田んぼに入って荒らすんじゃない!」
あの顔はマジで腹を立ててるぞ、婆ちゃん。
「ほらみたことか。婆ちゃんをガチで怒らせちまって。知らないからな、お前ら全員おとなしく死んでこい」
そして怒れる婆ちゃんは、後ろに髭モジャを引き連れてこっちにやってきた。ほら見ろ、顔が般若みたいになっちまってるじゃないか。
「亜子ちゃんや、こいつらは何者だ?」
「ああ、髭モジャの手下。髭モジャが帰ってこないんで探しにきたらしい」
「なんと、モジャさんの手下かね?! あんた、もうちょっと下の者に礼儀を教えておいたほうが良いんじゃないかい?」
「ごもっともです、マダムスギバー。部下が大切な田んぼを荒らして申し訳ない」
婆ちゃんは鼻息を荒くして、目つきの悪いお兄さんをにらんだ。どうやら、こいつらの中で一番偉いのがこのお兄さんだって、すぐに分かったらしい。
「あんたもだよ! こんなことをさせたら、モジャさんが恥をかくことが分からんのかね?!」
「も、もじゃ……?」
「この人のことだよ! あんた達の上の人なんだろ、モジャさんは! ああ、とにかく、まずはこいつらをなんとかせんと」
田んぼに足が埋まってしまい、動けなくなっていた連中のことを、婆ちゃんは腹立たしげににらんだ。
「まったく最近の若いもんときたら、田んぼも知らんのかね」
そう言って連中の近くに歩いて行くと、むんずと襟首をつかんで引っ張り上げた。そして大根を抜くように、一人ずつポイポイと引っこ抜いては、あぜ道へと放り出していく。その様子を、髭モジャとお兄さんはポカンとした顔で見つめていた。
……なんて言うか、自分の婆ちゃんのことながら、その怪力は一体どこから生まれてくるんだって言いたい。あっと言う間に、人が小山になってしまった。
「ところで婆ちゃん」
「なんだい亜子ちゃん」
「言いにくいことなんだけどさ。こいつら、うちのトイレのドアを木っ端微塵にしちゃったんだよ」
一瞬、蝉の鳴き声しか聞こえない妙な間がうまれた。
「……モジャさんや」
「なんでしょう、マダム」
「この人ら、少しぐらいこき使っても文句はないかねえ?」
「もちろんです、存分にお使いください。私は居候の身、この土地で一番偉いのは貴女なのですから」
「そうかい、じゃあお言葉に甘えさせていただこうかねえ」
髭モジャの言葉に、婆ちゃんはニヤリと笑った。
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