恋もバイトも24時間営業?

鏡野ゆう

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本編 3 習志野の夏祭

第四話 待ち合わせの時間

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「あら、なんだか桃の匂いがしてない?」

 閉店30分前。顔を出した慶子けいこさんが、お店の前で立ち止まって首をかしげた。ずっとここにいた自分はわからないけど、まださっきの汗拭きシート騒動の余韻が残っていたようだ。

「もしかして、誰かジュースでもこぼしたの?」
「桃の匂いなら、さっき山南やまなみさん達が、ピーチの汗拭きシートを使っていたからだと思います」
「山南君達なの? 女の子達じゃなくて?」

 意外な使用者に慶子さんは目を丸くする。

「はい。山南さん達です。その前には司令さんもピーチの汗拭きシートを買っていったんですよ」
「あらまあ、永倉ながくらさんまで? 意外と男性陣にも人気なのね、ピーチ」

 仕入れの数を増やしたほうが良いかしら?とつぶやきながら、バックヤードへと入っていった。

「慶子さん、外はどうですか?」
「お日様が隠れたから随分とマシになったわよ。ここを閉めて帰るころには、もう少しマシになっていると思う」

 それを聞いてちょっと安堵する。

「良かった~~。昼間の暑さのままだったらどうしようって心配してたんですよ」
「さすがに熱帯夜はもうちょっと先だと思いたいわね」
「ですよねー」

 レジの締めをしながらうなづいた。昼間があれだけ暑いのだから、せめて夜ぐらいはすごしやすい気温になってほしい。熱帯夜なんて聞いただけでもめまいがする。

御厨みくりやさん、遅くなってすみません」

 そこへ山南さんがやってきた。私がレジの硬貨を数えているのを見て背を向ける。

「それが終わるまでこっちで待ってます」
「すみません。あ、なにかお買い物しますか?」
「いえ。もう閉店時間も近いですし、飲み物は持参しているので」

 そう言って持っていたペットボトルをこっちに見せた。

「あやさん。ここは私がするから、先に山南君と話してきなさい。習志野ならしのに行く日の待ち合わせ時間を決めるんでしょ?」

 バックヤードから出てきた慶子さんが、私をカウンターの外へと押し出す。

「え、でも」
「あやさんが来てくれるまではいつもやっていたことだから、なにも問題はないわよ。それに山南君のほうが時間に制限があるから、そっちを優先してあげて?」

 そう言われて、山南さんはここにいられる時間が限られていることを思い出す。消灯時間までに自分の部屋に戻らなくてはいけないのだ。

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
「すみません、仰木おうぎさん」
「山南君への貸しにしておくわね」

 慶子さんはニッコリとほほ笑んだ。

「仰木さんに借りを作るのはなんだか怖いな」
「まあ失礼ね。私、こんなに優しいのに」

 長椅子に並んで座るとさっそく本題に入る。

「ん? 山南さん、桃の匂いがしてますよ?」

 横に座った時にふんわりと漂ってきたシャンプーや石鹸とは違う匂いに、鼻をスンスンさせた。

「あー、さっき買った汗拭きシートのせいですね」
「山南さんもあれ、使ったんですか?」
「実はあの後、尾形おがたが本当にメントス入りで顔を拭いているのかと疑ってきまして。なので俺と斎藤さいとうが、目の前で実際に使って見せたんですよ」

 尾形もなかなか疑り深いですよねと笑う。

「で、余った分は俺が消費するになって、風呂から出た後に、同じ部屋や近くの部屋の連中に、使い切る手伝いをしてもらったんです」
「へえ。他の人達の感想はどうでした?」
「匂いはともかくとして、やはり顔はやめておいたほうが良いんじゃないかって、全員が口をそろえて言ってました。根性ないですよね、あいつら。催涙さいるいガスのほうがもっと強烈なのに」
「そこで催涙さいるいガスと比較するところが自衛官さんらしいですね」
「そうですか?」

 口には出さなかったけど、カピバラさんのような穏やかな雰囲気の山南さんも、やっぱり自衛官なんだなと思った。

「それで習志野のことなんですが。当日は陸海空の装備品の展示やあれこれ見られるんですが、御厨さんが退屈せずに回れるかどうか未知数なので、そのへんのあつかいをどうしたものかと迷ってます」

 そう言いながら山南さんは首をかしげてみせる。

「展示されているものに関しては、山南さんの解説付きですよね?」
「もちろんです。だけど、解説されても興味がなければ退屈なだけなので。それに夏祭は昼からなので、外はかなり暑くなります。涼しい休憩場所には人が集まりがちで入れるとは限らない。開場と同時に入るなら、それなりの覚悟が必要ですよ?」

 そう言われて考え込んだ。創立記念日があった日のコンビニの状態を考えれば、外がどんな状態になるかはなんとなく想像がついた。しかも今回は真夏。あれこれ興味があるのは間違いないけど、無理をして山南さんに迷惑をかける事態になるのは避けたい。さて、どうしたものか。

「あ、今あれこれ言いましたけど、今回は初イベントの御厨さんがメインなので、早く行くことに反対というわけではないので安心してください。見学したいものがあれば、御厨さんの気がすむまで見てもらったら良いので」

 ただ山南さんとしては、初めてでしかも真夏のイベントだから、注意すべきことは言っておいたほうが良いと判断したんだろう。

「慶子さんが言うには、私に見てほしいイベントは夕方かららしいんですよ。なので、もし山南さんさえ良ければ、お昼ご飯をこっちで食べて、それから電車で目的地まで移動する、これでどうでしょう? そうすれば遅くとも夕方までにはあっちに到着できて、展示の見学もできますよね?」
「見てほしいイベント、ですか」
「もちろんアレよ~~、絶対にアレは見るべきだと思うの~~」

 慶子さんが店内からこっちに向かって言った。その言葉に山南さんはものすごーく複雑な顔をする。

「アレねえ……仰木さん、花火のことを言ってるんじゃないですよね?」
「もちろん違うわよ。私が言っているのはアレよ、アレ」
「見るまでは絶対に教えない、ヒントも無しって言われてるんです。山南さんは見たことあるんですよね?」
「仰木さんが言っているのが俺の予想通りのものだとしたら、もちろんあります。あっちに行った知り合いに誘われて見に行ったので」

 その時のことを思い出したのか、なんともいえない顔をした。

「その人は今も習志野にいるんですか? だったら夏祭に行くって、連絡しておいたほうが良くないですか?」
「いや、必要ないと思います。黙っていても、あっちが勝手に俺を見つけると思うので」

 それってどういう?と首をかしげてしまった。

「えーっと、訓練展示とかいうのもあるんですか? ほら、前に山南さん達が緑のモサモサ君になってたやつみたいな」
「いえ。夏祭はイベント色が強いので、そっち系の展示はないんですよ。ちなみに緑のモサモサ、正式名称はギリースーツって言うんですけどね。ま、覚えなくても問題ない知識ですけど」
「一週間ぐらいしたら教えてもらった名前、忘れちゃいそうです」
「忘れてもらって問題なしです。ああ、話がそれました。じゃあ、正午に駅前にしましょうか。それが一番わかりやすいかな。どこで昼飯を食うかは、その時の気分ってことで」
「賛成です」

 うなづいてからあることに気がついた。

「ところで山南さん。その日、帰る時間は大丈夫なんですか? ここから結構な時間かかるし、夕方からのイベントを見ていたら、消灯時間とか門限に間に合わないんじゃ?」
「ああ、その日は外泊許可をもらっていて、尾形の家に泊まらせてもらうことになってるんです。だから次の日、尾形と一緒に出勤なんですよ。ちょっとイヤですけど」

 「ちょっと」どころか「かなり」イヤそうな顔をしている。

「すみません。うちがもう少し広かったら泊めてあげられるんですけど、あいにくと1ルームで家族が泊まるのも一苦労な状態なので」
「いえいえ、お気になさらず」

 そう言ってカピバラモードになった。

「大変ですよね。門限があったり消灯時間が決まってたり」
「これも営内に住んでいる者の宿命ってやつなので。でも、俺なんて幸運な方だと思いますよ。これでブーブー言ったら、斎藤や他の営内住みの連中からどやされるかも」
「そうなんですか?」
「だって俺は御厨さんとこうやって、ほぼ毎日のように顔を合わせることができるじゃないですか。他の連中は男女問わずそれができませんからね。だからこれ以上を望んだら贅沢ぜいたくなんだそうです」
「なるほど~~」

 うなづいていると山南さんの腕時計のアラームが鳴った。そろそろ消灯時間が迫っているようだ。

「じゃあ待ち合わせの時間はそれで。なにか気になることがあったら、そのつど声をかけてください」
「わかりました。今日もお疲れさまでした。お休みなさい」
「お休みなさい。仰木さん、ありがとうございました」
「お気になさらずよ~~」

 山南さんは私にもう一度「おやすみなさい」と言って、足早にその場を離れた。

「慶子さん、ありがとうございました」
「今も言ったけど、お気になさらずよ。こっちの締めは終わったから、シャッターをおろしてもらえる?」
「了解です」

 今日は珍しく閉店直前に駆け込んでくるお客さんもおらず、閉店作業はあっという間に終わった。着替えてから慶子さんに声をかけて、原チャリがとめてある駐輪場に向かう。

「わ、生温かい」

 気温はそれほど高くはなかったけど、バイクが冷えるほどではなかったみたいで、シートはなんとも生温かい。

「お待たせ、あやさん。さ、帰りましょうか」

 お店の施錠を終えた慶子さんと一緒に門まで歩く。そして門に立っている人に閉店のあいさつをした。

「今日もお疲れさまでした」
「お疲れさま。気をつけて帰りなさいね」
「はーい」

 生温かいままのシートに座ると、エンジンをかけて帰宅の途についた。
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