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本編

第十一話 二号、逮捕される

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 電車を降りて溜め息をつきながら構内の階段を下りた。

 以前はこの制服のまま電車に乗ったらそれなりに肩身の狭い思いをしたものだったが、時代は変われば変わるもので最近は何故か女子高生が目をキラキラさせながら寄ってくる。なんだろうなあ、この待遇の差って。

 そして今日は小さい男の子が寄ってきた。

「ねえ、おじちゃんどうして戦車に乗ってないの?」
「お、おじちゃん……」

 俺、まだ二十代前半なんだけどなあ。まあ小学生低学年からみたら立派なおじちゃんなのか。

「僕、前にテレビで見たよー! 戦車で来ないのー?」
「電車の方が便利だから乗らないんだよ」

 大嘘だがまあ親御さんも笑っているから良しとするか。きっとあれだよな、この子達は特撮モノみたいに、俺達はいつも戦車を乗り回しているイメージなんだろうなあ。そんなことを考えながら改札を出た。半年振りの地元だが何とも気分は憂鬱だ。改札を出ると直ぐに派出所がありチラッと中にいる京子の姿が見えたが、真田さんと何やら話し込んでいるようだし声をかけるのも気詰まりなのでそのまま前を素通りしてしまった。

 どちらにしろ一度は家に帰って着替えないと視線が集まりすぎて落ち着かない。商店街の中を歩きながらフウッと息を吐いた。地元なのに落ち着かないと感じてしまうのは、服装のこととは別に恐らく自分が隊にすっかり馴染んでしまったからだろう。

―― どっちが故郷か分からなくなってきたな…… ――

「あれ、恭一君、帰ってきたのかい?」

 先ず声をかけられたのは篠原商店のご主人だ。

「一日だけなんですけどね」
「ところで京子ちゃんと何かあったのかい?」
「何がですか?」
「いやね、ここしばらく京子ちゃんの元気が無いからさ。キーボ君のイベントの警備お願いしても何処か上の空だし」
「……特に変わったことはありませんけど」
「それなら良いんだけどね」

 何も言わないと言っていた嗣治さんは約束を守ってくれたわけだ。そして桜木茶舗の御隠居も黙っていてくれたらしい。

 ただ御隠居に関しては、二ヶ月ほど前に一度だけ駐屯地の方に大したことではないんだけどどうしているか心配になってねと電話をかけてきた。っていうか御隠居、何で俺がいる場所が分かったんだ?というか何で直通でかけてこれるんだ、あの人は。

 そして中央広場に差し掛かり寺まであと少しというとところで、何やら後ろが騒がしくなった。

「そこの自衛官の制服を着た人!! 止まりなさい!!」

 色々と揉め事があっても長年の習慣というものはなかなか抜けないもので、その声が耳に入った途端に足が止まった。大したヤツだよ、あいつは。森永一尉の命令よりも強烈だわ。振り返れば京子が怒った顔してこちらにやってくる。

「なんだよ」
「なんだよ、じゃないわよ!!」

 そして気がつけば京子に抱きつかれていた。お互いに制服姿なのに公衆の面前で。

「……おい、公務中で制服なのに俺に抱きついて良いのかよ」
「バカ! 薄情者!! このスットコドッコイ!! キーボ馬鹿!!」
「おい、言うに事欠いてキーボ馬鹿ってなんだ」
「私よりキーボに入るの優先してるじゃない!!」
「それは俺にじゃなくて、戻ってきた途端にきぐるみを押し付ける義姉さんに言ってくれよな。っていうかだな、お前いい加減に離れ、ろ?」

 いきなり手にカシャッとかいう音とともに手錠が。おい、これ色々な意味で問題だろ。

「安住恭一、窃盗容疑で現行犯逮捕!」
「は?」

 なんだよ、それ。

「私の半年間を返せ、馬鹿!!」
「んなこと言ってもだな……イタタタタッ、そんなに引っ張るなっつーの!!」

 京子は手錠に繋がれた俺をそのまま寺のほうへと引き摺っていく。

「おい、現職の警官が無実の人間に手錠かけて良いのかよ」
「……取調室でちゃんと話は聞きます」
「取調室って。カツ丼でも食わせてくれるのか? こら、痛いっつーのっ」

 もう無茶苦茶だな、こいつ。俺の周りってこんなヤツばかりか? そして連れてこられたのは寺の本堂。いつもの場所に青いヤツが不気味な笑みを浮かべながら鎮座している。

「まだ居たのか、こいつ」
「ほら!! 絶対に私の顔を見た時よりもキーボ君を見た時の方が嬉しそうじゃない!!」
「もう無茶苦茶だな、お前の言い分。とにかく、これ外せよ」

 手錠のかけられた手を振る。すると京子はポケットの中から鍵を取り出して外してくれた。よく見れば本物じゃなくてオモチャか、これ。

「……なにオモチャなんて用意してるんだよ」
「そりゃ本物を使ったら叱られるからに決まってるじゃない。いくら商店街の中だからって何処で誰が見ているか分からないんだもの」
「だったら最初からこんなもの……」

 母屋に続く廊下に人の気配がしてそちらに目を向けると、義姉がお菓子とお茶を持ってくるところだった。ニッコリと笑ってお盆ごとこちらに差し出してくる。

「お帰り恭一君。それと、いらっしゃい京子ちゃん。ゆっくりしていってね。あ、恭一君、キーボ君ね、ちゃんとお義父さんが天気の良い日には虫干ししてくれていたから清潔だよ?」
「はあ……」

 オヤジが? こいつを虫干し? あまり考えたくない光景だ。義姉がお茶とお菓子を置いて行ってしまうのを確認してから話を元に戻す。

「で?」
「で、じゃないわよ、連絡もしてこないで!!」
「半年間の冷却期間を設けようって言ったじゃないか。それで?」
「私は考えるまでもないもの、恭ちゃん以外の人のお嫁さんになるつもりなんてないから!」
「そんなに簡単に答えを出しちまって良いのかよ」

 絶対に半年間じっくり考えてないだろ?と尋ねたら、何万回考えても答えは変わらないのが分かっているのにどうして考える必要があるの?と逆に言われてしまった。

「そういう恭ちゃんはどうなのよ、私のこと、もうどうでも良いなんて考えているわけ?」
「俺は京子を嫁にしたいよ。だけど俺のことが信用できないようなら諦めるしかないと思ってる」

 そう言えば事の発端の例の薄い本は何処に行ったんだろうな? それを察したのか京子がここに置かれていた本の顛末を教えてくれた。

「あの本は住職が護摩木と一緒に焚いてしまったみたいよ、禍々しい気を感じるとか言って」
「まさかオヤジ、中味を見たのか?」

 考えたくない光景が頭に浮かび慌てて打ち消した。

「見てないと思う。お兄さんにここに入れておけって指示だけ出してたみたいだから」
「……やけに詳しいじゃないか」
「そりゃ、お義姉さんから聞いてたし。それと恭ちゃんが駐屯地に戻ってから調べたの、あの本をここに持ち込んだのは誰かって。で、突き止めてちょっと締め上げてやった」
「まさか暴力沙汰とかしてないよな」

 少しだけ誇らしげな京子の様子に心配になって尋ねてみる。

「そんなことしてない。ちゃんとニッコリ笑顔で厳重注意しただけ、人の家に勝手にゴミを置いていくのは不法投棄ですよって」

 不法投棄は民事だけどねと付け加えた。

「こえーよ、それ」
「犯人、誰だったか聞きたい?」
「いや、そっちで解決して京子が納得してるんなら聞く必要も無いだろ。そいつが名乗り出てきたら一発ぐらい殴らせろって話になるだろうから、俺は知らない方が相手にとって幸せなんじゃないのか?」
「それで良いの?」

 殴りに行くなら加勢するわよって言いたげだな、おい。

「だから京子が納得しているなら俺はそれで良い」
「恭ちゃんとの結婚がなくなったら別の報復をしてやろうって考えていたけど、恭ちゃんが私のこと許してくれて変わらずにお嫁さんにしてくれるって言ってくれるなら、私も報復はここで打ち止めにする」
「一体どんな報復を考えてたんだよ、お前」
「知り合いの公安」
「待て、それ以上は言うな、聞きたくない」

 聞きたくない聞きたくない。こいつの警察学校時代の知り合いには、ちょっと他人には言えない部署に行ったヤツも何人かいるのは聞いている。たまに組織の枠を乗り越えた人事交流で見かけることもあり、俺も何人かは顔を知っていた。

「恭ちゃん、私のこと許してくれる? それとお嫁さんにしてくれる?」

 普段とは全く違うしおらしい態度でこちらを見てくる京子にやれやれと溜め息をついた。

「だから言ったろ? 俺だって京子を嫁にしたい、って!!」

 言い終わらないうちに飛びついてきたので引っくり返る。おい、いま思いっきりゴンッとか後頭部を打ったぞ?

「ちょっとは手加減しろって!」
「え? また何処か怪我してるの?!」
「違う違う、急に飛びついくるなって話だよ」

 そこで突然の咳払いが聞こえてきた。聞こえた方に二人して顔を向ければ何となく気まずげな顔をしているオヤジの姿が。どうやら話が拗れると心配してのぞきに来たらしい。そのままこっそり引き返せば良いのに気のきかないオヤジだな。

「こんな格好であれだけど、オヤジ、ただいま」
「……まあ何だ、仏様の前だ、行儀よくな」

 そう言い残してそそくさと本堂を出ていった。あんなオヤジ、初めて見たかもしれないな等と少しだけ愉快な気分になったのは内緒だ。
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