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本編 2
第十九話 カゲメシ
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「影山、こっちに来てくれ」
その日、沖田隊長にいきなり呼ばれた。
「なにか?」
「来週の頭にテレビ局の取材が入る」
「テレビ局ですか」
「そうだ、テレビ局だ」
「……」
「……」
隊長と顔を見合わせたまま、沈黙の時間が流れる。
「あの」
「なんだ」
「インタビュー、今度は隊長か葛城にお願いしたいんですが」
「無理だな」
隊長が断言した。
「ブルーの取材なら、隊長でも葛城でも問題ないんやないですか」
「取材対象が、お前しかありえない条件だからだ」
「それはどういう……」
隊長がデスクの上に一枚の紙を置く。外部からの取材申請用紙だ。
「取材にくる局はこれ。そして使われる番組はこれだ。わかるな?」
『申請者:某テレビ局/取材記録使用番組:働く人のお昼ご飯 こだわりのおにぎり/取材対象:松島基地第11飛行隊 影山達矢三佐』
「あー……これかいな……」
番組名を見ておおいに納得した。この番組は、嫁ちゃんが好きで毎週録画をしているものだ。そしてこの番組の中では短いながらも、様々な地域で食べられているおにぎりの特集があった。たしかに俺向きかもしれないな。だが疑問も残る。
「これ、俺を指名してきたってことは、おにぎりを食べているのが俺と、知ってるっちゅうことですやんね」
「そうだな」
「なんで俺がおにぎり食べてるって知ってるんやろう。上にバレへんように、管制のおねーちゃん達にも口止めしてあるはずやのに」
そこは隊長も疑問に思ったらしく〝たしかに〟とうなづいた。
「まあ、人の口には戸は立てられんと言うからな。噂がどこかで流れたんだろう」
「あの」
「なんだ」
「ありのままを取材させてええんですか?」
「どういうことだ?」
俺の質問に少しだけ首をかしげる。
「俺のおにぎりはまあその、自分で言うのもなんですが、かなりイレギュラーな時間に食べてますから、隊規的に微妙やし」
「なにをいまさらなんだがな」
隊長はいつものポーカーフェイスで答えた。だが絶対に面白がってるよな、隊長。
「では聞くが、飛行訓練前に、おにぎりを食わないという選択肢はあるのか?」
「そんなもんあるわけないですやん、そんなことになったら絶対に飛びませんわ」
「だったらお前がおにぎりを食べて、おとなしく飛行訓練に参加している分には問題ない。特に制限は設けていないから、取材班が来たら普段通り普通にすごせ。おにぎりに関してもだ」
「普段通りの時間に、おにぎりを食ってもかまへんということですか」
「そのとおり」
隊長はこう言っているが、ほんまにええんやろか?
「わかりました。しかし嫁ちゃん、自分がにぎったおにぎりを撮りに、あの番組のスタッフが来るって聞いたら、びっくりするやろうなあ……。放送日まで黙ってたほうがええかも」
「そのあたりのことはお前の判断に任せる。ああ、影山」
敬礼をして部屋を出ようとしたところで呼び止められた。
「おにぎりは問題ないが、さすがにブルーのパイロットが〝飛びたくない〟はまずいから、それだけは口にするな」
「了解しました」
ま、そらそうやろうとは思っとったわ。
+++
そして週明け、早い時間からテレビ局の取材班がやってきた。たった五分程度のコーナーのために、丸一日ついやしてカメラを回すそうだ。番組作りも大変やなと感心する。そしてこの点は俺達の飛行展示と似ていなくもない。
「え、もうこの時間からおにぎりなんですか?」
案の定、朝の飛行訓練前にハンガー前でおにぎりを食べようとしたら、取材クルーの一人が驚いた顔をした。
「せやで? あれ? 聞いてへんかった? 俺のおにぎりは、昼飯晩飯とは関係ないから」
「そうなんですか? あ、ちょっと待ってください、食べる前にお話を聞かせてもらわないと!」
「そうなん? ほな待ってるわ」
いつもの場所に腰を落ち着けると、クルーがマイクの用意をするのを待つ。
「すみません、まさかこのタイミングだとは思わなくて。特にインタビュー形式ではないので、こちらの質問には、自然に話していただいたらそれで結構ですので」
「了解や」
とは言ったものの、実のところ〝自然に〟と言われてるのが一番困るんやけどな。どうしたものかと思いながら待っていると、クルーがおにぎりを指さしながら質問をしてきた。
「意外と小さいサイズですね。もっと大きなものだと思ってました」
「飛ぶ前に食べるものやからね。あまり腹にたまらんほうがええねん」
普通のコンビニおにぎりに比べると、一回り小さいおにぎり。いくら嫁ちゃんのおにぎりでも、腹いっぱいになるまで食ったらさすがに俺でもまずい。だからこの時間のおにぎりは、普通よりも小さいサイズにしてもらっているのだ。
「あの、影山さん以前のブルーチームを取材した時に、アクロをするので飛ぶ前の食事には、かなり気を遣うって聞いたことがあったんですが……」
「まあ普通はそうやろうね。俺の場合は、ちょっと胃袋が特別製なんかもしれへんな」
そう言いながら、いつものようにラップをはがした。
「奥さんが毎日握ってくれるんですよね?」
「そうやねん。ありがたいで、ほんまに。このおにぎりは俺の活力源や。これがあるお蔭で、毎日の飛行訓練を飛べるんやし」
ほんまは、飛びたない俺を後押ししてくれるおにぎりなんやでと言いたいところだが、それは口止めされているので話すことはできない。
「じゃあカメラの前で、おにぎり片手に決めてみてください」
そこで戸惑わないのが、関西人の血のなせるわざってやつだ。おにぎりを手にカメラに向かってニッコリと笑顔を作ってみせた。
「妻が作ってくれたおにぎりです、今日の具はツナマヨです、妻の愛情が詰まってます」
すると、カメラの後ろからその様子を見ていた他のライダーが、笑いながら声をかけてくる。
「いつもみたいに〝嫁ちゃんのおにぎりや〟って言えよ~」
「ついでに〝やらへんで〟も追加して~」
「標準語はらしくないよ~いつもの関西弁じゃないと!」
今日は自分達が取材対象じゃないせいか、葛城を筆頭に気楽なもんだ。様々なチャチャを入れてくる。
「君ら関西弁がなってへんで、大阪人からクレームつくレベルや」
「影山三佐、じゃあ、あらためていつもの調子でお願いできますか?」
マイクを持ったクルーが笑いながら言った。そう言われたらしゃあない、もう一度や。
「ほな、あらためて。嫁ちゃんのおにぎりや、誰にもやらへんぞ。ちなみに今日の具は、嫁ちゃんの愛情とツナマヨやで! ……なあ、もー食べてもかまへん?」
クルーは笑いながら「どうぞ」と言った。許可が出たのでいつものようにかぶりつく。うん、嫁ちゃんのおにぎりは今日も最高や!
+++++
『では今週のこだわりのおにぎり。今回は宮城県東松島市にある航空自衛隊松島基地。そこでブルーインパルス五番機として飛んでいる、影山達矢三佐のおにぎりを紹介します』
昼の休憩時間に録画されたその番組を見ていると、二十分ほどを大手銀行の頭取の昼飯事情を紹介した後に「こだわりのおにぎり」という短時間のコーナーになった。そしていつも見ている基地のゲートと、飛んでいるブルーの機体が映し出される。
「はぁぁぁ……ほんまにおにぎりを紹介しとるで」
ブルーの訓練の様子を紹介をした後に出てきた自分が「もう食べてもかまへん?」と言いながらおにぎりを食べているのを見て思わず声をあげた。
「当然でしょ? あれだけおにぎりを食べてるところを、カメラで撮っていたんですから」
「あれ、絶対にどっきりやと思ってたんやけどな。なあ、これ、ほんまにテレビでやってんのか? 隊長を含めて俺をはめるドッキリとかやないん?」
葛城は俺の言葉に呆れた顔をして溜め息をつくと、リモコンで番組表を呼び出した。そこには間違いなく『働く人のお昼ご飯~メガバンクを支える昼ご飯、ブルーインパルスパイロットの食べるおにぎりは?』と表示されている。
「間違いないでしょ? これで信じましたか?」
「ほんまやったんや。せやったら、もうちょっと真面目にしたほうが良かったやろか。ほれ、広報的にまずいことなかったんやろか」
「もうなにをいまさらでしょ。こうやってオンエアされちゃってるんですし」
おにぎりを食べ終わって、訓練前の点検に向かう自分の後ろ姿が映し出された。アナウンサーは「食べてすぐ、激しいアクロバット飛行をしても大丈夫なんでしょうか?」と心配している。
「しかも来週末の深夜には、再放送もあるよね。影山のおにぎりもいよいよ全国区だよ」
横に座って一緒にテレビを見ていた青井が笑った。
「笑いごとやあらへんで、班長。班長も俺のおにぎり仲間にされとったやん」
「あ、そうだった」
カメラは、飛行訓練前の打ち合わせをしている俺達の様子を映している。さすがにこの時の表情は、全員が真剣そのものだ。
『ブルーインパルスのパイロットさん達の話によると、影山三佐にはおにぎり仲間がいるようです。午後からは影山三佐とその人が、ハンガーで打ち合わせをしていらっしゃるとか。ちょっとのぞいてみましょう!』
ナレーションが入り、カメラがハンガーへと移動していく。その奥では俺と青井が、おにぎり片手に打ち合わせをしていた。この時の青井は、カメラが来ることを知らされてなかったらしく、本気で驚いた顔をしていた。
「まさか俺まで取材されるなんて、思ってもみなかったよ……」
「そりゃ俺のおにぎりを取材するんや、当然やん。班長も俺とおにぎり食っとるんやから」
「沖田も意地が悪いよな。俺には事前に知らせてくれなかったんだぞ? それこそドッキリだ。よかったよ、この時のおにぎりがまともでさ」
青井の持ってくるおにぎりは独創的なものが多い。この日は〝ほぼ〟普通な感じのナット型おにぎりだった。この日のおにぎりが、長い〝翼のピトー管〟と名づけられたおにぎりでなかったのは不幸中の幸いだったよな。
「なあ、これ、ほんまに問題なかったんやろうか……」
「なにが?」
画面の中で俺と青井が、おにぎりを片手にニコニコしているのをながめながら呟いた。
「だから、ライダーが飛ぶ前におにぎり食っとるのがや。空幕からなにか言われへんか心配やわ」
「今のところなにもないんだよな?」
「少なくも俺には?」
だが、隊長や基地司令に話が来ていないとも限らない。
「それは大丈夫だと思いますよ」
葛城が口をはさんできた。
「なんでや?」
「これが放送された直後に、父がメールをよこしてきたんですよ。横田では好評だったみたいです」
「航空総隊と空幕では、受け取り方が違うやろ」
「父いわく、頭カチカチの年寄りの心情よりも、一般の好感度が上がる方が重要というのが、上の判断らしいです。もちろん、パイロット全員がおにぎりを食べることを、容認したわけじゃないでしょうけどね。コックピットで吐いたら、適正に難ありと判断されるわけですから。あくまでも、特別製の胃袋を持った三佐限定だと思います」
「つまり?」
先をうながす。
「つまり、今のところ、お咎めは誰にも誰からも来ていないってことですよ。安心してください」
「お前んとこのパパの情報は確かやからな」
「もちろん、なにか言いたい人間もいるでしょうけどね。そういうのは父のことです、あの手この手で潰しにかかると思いますから」
おい、今なんて言った?
「なんでもないように言ったが、オール君。いま君、ごっつう物騒なこと言ったんわかってるか?」
「そうなんですか? 父が言ったことを、ほぼそのまま伝えただけなんですが。自分には偉い人達のことは、まだよくわかりません」
そう言って、葛城はニッコリと微笑んだ。
その日、沖田隊長にいきなり呼ばれた。
「なにか?」
「来週の頭にテレビ局の取材が入る」
「テレビ局ですか」
「そうだ、テレビ局だ」
「……」
「……」
隊長と顔を見合わせたまま、沈黙の時間が流れる。
「あの」
「なんだ」
「インタビュー、今度は隊長か葛城にお願いしたいんですが」
「無理だな」
隊長が断言した。
「ブルーの取材なら、隊長でも葛城でも問題ないんやないですか」
「取材対象が、お前しかありえない条件だからだ」
「それはどういう……」
隊長がデスクの上に一枚の紙を置く。外部からの取材申請用紙だ。
「取材にくる局はこれ。そして使われる番組はこれだ。わかるな?」
『申請者:某テレビ局/取材記録使用番組:働く人のお昼ご飯 こだわりのおにぎり/取材対象:松島基地第11飛行隊 影山達矢三佐』
「あー……これかいな……」
番組名を見ておおいに納得した。この番組は、嫁ちゃんが好きで毎週録画をしているものだ。そしてこの番組の中では短いながらも、様々な地域で食べられているおにぎりの特集があった。たしかに俺向きかもしれないな。だが疑問も残る。
「これ、俺を指名してきたってことは、おにぎりを食べているのが俺と、知ってるっちゅうことですやんね」
「そうだな」
「なんで俺がおにぎり食べてるって知ってるんやろう。上にバレへんように、管制のおねーちゃん達にも口止めしてあるはずやのに」
そこは隊長も疑問に思ったらしく〝たしかに〟とうなづいた。
「まあ、人の口には戸は立てられんと言うからな。噂がどこかで流れたんだろう」
「あの」
「なんだ」
「ありのままを取材させてええんですか?」
「どういうことだ?」
俺の質問に少しだけ首をかしげる。
「俺のおにぎりはまあその、自分で言うのもなんですが、かなりイレギュラーな時間に食べてますから、隊規的に微妙やし」
「なにをいまさらなんだがな」
隊長はいつものポーカーフェイスで答えた。だが絶対に面白がってるよな、隊長。
「では聞くが、飛行訓練前に、おにぎりを食わないという選択肢はあるのか?」
「そんなもんあるわけないですやん、そんなことになったら絶対に飛びませんわ」
「だったらお前がおにぎりを食べて、おとなしく飛行訓練に参加している分には問題ない。特に制限は設けていないから、取材班が来たら普段通り普通にすごせ。おにぎりに関してもだ」
「普段通りの時間に、おにぎりを食ってもかまへんということですか」
「そのとおり」
隊長はこう言っているが、ほんまにええんやろか?
「わかりました。しかし嫁ちゃん、自分がにぎったおにぎりを撮りに、あの番組のスタッフが来るって聞いたら、びっくりするやろうなあ……。放送日まで黙ってたほうがええかも」
「そのあたりのことはお前の判断に任せる。ああ、影山」
敬礼をして部屋を出ようとしたところで呼び止められた。
「おにぎりは問題ないが、さすがにブルーのパイロットが〝飛びたくない〟はまずいから、それだけは口にするな」
「了解しました」
ま、そらそうやろうとは思っとったわ。
+++
そして週明け、早い時間からテレビ局の取材班がやってきた。たった五分程度のコーナーのために、丸一日ついやしてカメラを回すそうだ。番組作りも大変やなと感心する。そしてこの点は俺達の飛行展示と似ていなくもない。
「え、もうこの時間からおにぎりなんですか?」
案の定、朝の飛行訓練前にハンガー前でおにぎりを食べようとしたら、取材クルーの一人が驚いた顔をした。
「せやで? あれ? 聞いてへんかった? 俺のおにぎりは、昼飯晩飯とは関係ないから」
「そうなんですか? あ、ちょっと待ってください、食べる前にお話を聞かせてもらわないと!」
「そうなん? ほな待ってるわ」
いつもの場所に腰を落ち着けると、クルーがマイクの用意をするのを待つ。
「すみません、まさかこのタイミングだとは思わなくて。特にインタビュー形式ではないので、こちらの質問には、自然に話していただいたらそれで結構ですので」
「了解や」
とは言ったものの、実のところ〝自然に〟と言われてるのが一番困るんやけどな。どうしたものかと思いながら待っていると、クルーがおにぎりを指さしながら質問をしてきた。
「意外と小さいサイズですね。もっと大きなものだと思ってました」
「飛ぶ前に食べるものやからね。あまり腹にたまらんほうがええねん」
普通のコンビニおにぎりに比べると、一回り小さいおにぎり。いくら嫁ちゃんのおにぎりでも、腹いっぱいになるまで食ったらさすがに俺でもまずい。だからこの時間のおにぎりは、普通よりも小さいサイズにしてもらっているのだ。
「あの、影山さん以前のブルーチームを取材した時に、アクロをするので飛ぶ前の食事には、かなり気を遣うって聞いたことがあったんですが……」
「まあ普通はそうやろうね。俺の場合は、ちょっと胃袋が特別製なんかもしれへんな」
そう言いながら、いつものようにラップをはがした。
「奥さんが毎日握ってくれるんですよね?」
「そうやねん。ありがたいで、ほんまに。このおにぎりは俺の活力源や。これがあるお蔭で、毎日の飛行訓練を飛べるんやし」
ほんまは、飛びたない俺を後押ししてくれるおにぎりなんやでと言いたいところだが、それは口止めされているので話すことはできない。
「じゃあカメラの前で、おにぎり片手に決めてみてください」
そこで戸惑わないのが、関西人の血のなせるわざってやつだ。おにぎりを手にカメラに向かってニッコリと笑顔を作ってみせた。
「妻が作ってくれたおにぎりです、今日の具はツナマヨです、妻の愛情が詰まってます」
すると、カメラの後ろからその様子を見ていた他のライダーが、笑いながら声をかけてくる。
「いつもみたいに〝嫁ちゃんのおにぎりや〟って言えよ~」
「ついでに〝やらへんで〟も追加して~」
「標準語はらしくないよ~いつもの関西弁じゃないと!」
今日は自分達が取材対象じゃないせいか、葛城を筆頭に気楽なもんだ。様々なチャチャを入れてくる。
「君ら関西弁がなってへんで、大阪人からクレームつくレベルや」
「影山三佐、じゃあ、あらためていつもの調子でお願いできますか?」
マイクを持ったクルーが笑いながら言った。そう言われたらしゃあない、もう一度や。
「ほな、あらためて。嫁ちゃんのおにぎりや、誰にもやらへんぞ。ちなみに今日の具は、嫁ちゃんの愛情とツナマヨやで! ……なあ、もー食べてもかまへん?」
クルーは笑いながら「どうぞ」と言った。許可が出たのでいつものようにかぶりつく。うん、嫁ちゃんのおにぎりは今日も最高や!
+++++
『では今週のこだわりのおにぎり。今回は宮城県東松島市にある航空自衛隊松島基地。そこでブルーインパルス五番機として飛んでいる、影山達矢三佐のおにぎりを紹介します』
昼の休憩時間に録画されたその番組を見ていると、二十分ほどを大手銀行の頭取の昼飯事情を紹介した後に「こだわりのおにぎり」という短時間のコーナーになった。そしていつも見ている基地のゲートと、飛んでいるブルーの機体が映し出される。
「はぁぁぁ……ほんまにおにぎりを紹介しとるで」
ブルーの訓練の様子を紹介をした後に出てきた自分が「もう食べてもかまへん?」と言いながらおにぎりを食べているのを見て思わず声をあげた。
「当然でしょ? あれだけおにぎりを食べてるところを、カメラで撮っていたんですから」
「あれ、絶対にどっきりやと思ってたんやけどな。なあ、これ、ほんまにテレビでやってんのか? 隊長を含めて俺をはめるドッキリとかやないん?」
葛城は俺の言葉に呆れた顔をして溜め息をつくと、リモコンで番組表を呼び出した。そこには間違いなく『働く人のお昼ご飯~メガバンクを支える昼ご飯、ブルーインパルスパイロットの食べるおにぎりは?』と表示されている。
「間違いないでしょ? これで信じましたか?」
「ほんまやったんや。せやったら、もうちょっと真面目にしたほうが良かったやろか。ほれ、広報的にまずいことなかったんやろか」
「もうなにをいまさらでしょ。こうやってオンエアされちゃってるんですし」
おにぎりを食べ終わって、訓練前の点検に向かう自分の後ろ姿が映し出された。アナウンサーは「食べてすぐ、激しいアクロバット飛行をしても大丈夫なんでしょうか?」と心配している。
「しかも来週末の深夜には、再放送もあるよね。影山のおにぎりもいよいよ全国区だよ」
横に座って一緒にテレビを見ていた青井が笑った。
「笑いごとやあらへんで、班長。班長も俺のおにぎり仲間にされとったやん」
「あ、そうだった」
カメラは、飛行訓練前の打ち合わせをしている俺達の様子を映している。さすがにこの時の表情は、全員が真剣そのものだ。
『ブルーインパルスのパイロットさん達の話によると、影山三佐にはおにぎり仲間がいるようです。午後からは影山三佐とその人が、ハンガーで打ち合わせをしていらっしゃるとか。ちょっとのぞいてみましょう!』
ナレーションが入り、カメラがハンガーへと移動していく。その奥では俺と青井が、おにぎり片手に打ち合わせをしていた。この時の青井は、カメラが来ることを知らされてなかったらしく、本気で驚いた顔をしていた。
「まさか俺まで取材されるなんて、思ってもみなかったよ……」
「そりゃ俺のおにぎりを取材するんや、当然やん。班長も俺とおにぎり食っとるんやから」
「沖田も意地が悪いよな。俺には事前に知らせてくれなかったんだぞ? それこそドッキリだ。よかったよ、この時のおにぎりがまともでさ」
青井の持ってくるおにぎりは独創的なものが多い。この日は〝ほぼ〟普通な感じのナット型おにぎりだった。この日のおにぎりが、長い〝翼のピトー管〟と名づけられたおにぎりでなかったのは不幸中の幸いだったよな。
「なあ、これ、ほんまに問題なかったんやろうか……」
「なにが?」
画面の中で俺と青井が、おにぎりを片手にニコニコしているのをながめながら呟いた。
「だから、ライダーが飛ぶ前におにぎり食っとるのがや。空幕からなにか言われへんか心配やわ」
「今のところなにもないんだよな?」
「少なくも俺には?」
だが、隊長や基地司令に話が来ていないとも限らない。
「それは大丈夫だと思いますよ」
葛城が口をはさんできた。
「なんでや?」
「これが放送された直後に、父がメールをよこしてきたんですよ。横田では好評だったみたいです」
「航空総隊と空幕では、受け取り方が違うやろ」
「父いわく、頭カチカチの年寄りの心情よりも、一般の好感度が上がる方が重要というのが、上の判断らしいです。もちろん、パイロット全員がおにぎりを食べることを、容認したわけじゃないでしょうけどね。コックピットで吐いたら、適正に難ありと判断されるわけですから。あくまでも、特別製の胃袋を持った三佐限定だと思います」
「つまり?」
先をうながす。
「つまり、今のところ、お咎めは誰にも誰からも来ていないってことですよ。安心してください」
「お前んとこのパパの情報は確かやからな」
「もちろん、なにか言いたい人間もいるでしょうけどね。そういうのは父のことです、あの手この手で潰しにかかると思いますから」
おい、今なんて言った?
「なんでもないように言ったが、オール君。いま君、ごっつう物騒なこと言ったんわかってるか?」
「そうなんですか? 父が言ったことを、ほぼそのまま伝えただけなんですが。自分には偉い人達のことは、まだよくわかりません」
そう言って、葛城はニッコリと微笑んだ。
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