シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

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本編 3

第三十一話 季節外れの雪と桜

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「ふぁぁぁぁ、降っとるやん、雪っっっ」

 朝、ベランダに面した窓から外を見て思わず叫んだ。

「おかしいやろ、もう四月やで? ……四月やんな?」

 思わずカレンダーをたしかめる。間違いなく四月だ。四月一日。新年度の第一日目。今日から、新しく異動してきた隊員達が松島基地に顔を見せる日だ。もちろんブルーにも。

「エイプリルフールに雪ってなにかの冗談か?」
達矢たつや君、天気予報で今週末は、季節はずれの大寒波が来るかもだって」

 テレビの前に座っていた嫁ちゃんが、天気予報を見て俺に声をかけてきた。

「桜と雪の共演。ほら、ここの公園の桜、すごくきれいだよ」

 テレビ画面では、近くの公園にある桜の様子が中継映像で流れている。いきなりの雪に、桜の花が縮こまって見えるのは気のせいではないだろう。

「こういうのはテレビで見るに限るで……花見どころやあらへんやんな、こんなに寒かったら」
「だねえ……私も、この雪の中でお花見をするのは遠慮したいかなあ。明日の幼稚園のお花見、どうなると思う?」
「そら、こんなんやったら中止ちゃう? 冗談抜きでめっちゃ寒いで、外」

 大人ならともかく小さい子供達に、この寒さの中で花見をしろというのは無理な話だ。

「そりゃあ雪で大寒波だもんね。今年は中止かな……みっくん、こっちで最後のお花見なのにね」

 俺と嫁ちゃんの会話を聞いていたチビスケが、悲しそうな顔をした。先月から、お花見弁当作って皆で桜の公園に行くの、楽しみにしとったもんなあ……。しかも来年の今ごろは、俺達はおそらく築城ついきに戻っている。チビスケにとっては、松島まつしま最後の、幼稚園の仲良しさん達とのお花見だったのに。

「おはなみ、なしー?」
「まだわからへんけどな。朝、先生に会ったら聞いてみるわ。もしかしたら夕方になってから、連絡網で回ってくるかもしれへんし?」
「パパボウズ、かざらなかったからー?」

 なぜかチビスケの幼稚園にも飾られている、青井あおいが作った影坊主かげぼうず。どうやら今回は快晴祈願をしていなかったらしい。先生だって、まさか今になって雪が降るとは思ってなかっただろうな。

「どうやろうなあ。影坊主かげぼうずさんかて、季節はずれの雪には勝てへんかったかもしれへんで?」
「ようちえんにいったらパパボウズ、もっとかざる!! あした、はれるようにおねがいのダンスする!!」
「お、お願いのダンス?」

 なんや、することが増えてへん?

「嫁ちゃん?」
「子供達なりの奉納ほうのうまいってやつらしいよ?」
奉納ほうのうまい……なんやただのテルテル坊主からえらく出世したもんやな、影坊主かげぼうず

 そのうち、神社に奉納されたりしてな~と笑いながら、いや、これは笑いごとやないかも?と思ってしまった。

 そろそろ出かける時間が迫ってきた。家を出る前に最終確認をする。

「今日はお義母かあさんと一緒に、買い物に行く日やったんやんな?」
「そうだよ」
「もう今日は危ないし、外には出んとき。お義母かあさんが来るにしたかて、出かけて二人して風邪でもひいたら一大事や。しかも足元が危ないしな。嫁ちゃん、今日はお義母かあさんとここでおとなしゅうとしきーや?」
「じゃあ、お昼はお寿司を頼んじゃおうかなあ……」

 二人で特上を頼んじゃおうかなあ、などと楽しそうにつぶやいている。

「たまにはええやん、それでも。買い物、必要なもんがあったら俺にメールしといてな。帰りに買うてくるさかい」
「わかった。じゃあ、みっくんの送りをお願いします。お迎えはお父さんに頼んであるから」
「まかしとき。みっくんや、今日はみっくんブルーはお休みや。車で行くで」
「えーーーー」

 チビスケは不満げな声をあげた。お気に入りの、嫁ちゃん手作りの五番機仕様ヘルメットがかぶれないのが不満らしい。

「こんな天気や。基地のブルーかてお休みや思うで?」
「パパ、きょうはとばない?」
「さすがに雪が降ってたら飛ばれへんなあ。きっとF-2もお休みやと思うで? だから、みっくんも今日は車や」
「……わかったー」

 少し不満げだが、こればかりはしかたがない。こんな雪の中を自転車で走ったら、、それこそ二人して雪だるまだ。

「ほな、行こうか。マフラーと手袋、ちゃんとしたかー?」
「したー! チェーック!!」

 玄関で忘れ物がないか二人でチェックをして外に出た。

「さっむ!!」
「さむいーーーー!!」

 あまりの寒さに二人で同時に声をあげる。

「めっちゃ寒いで、みっくん」
「うん、めっちゃさむいーーー!!」
「カイロ、いるやんな?」
「いるーーー!!」

 途中にあるコンビニでカイロを買ってから、チビスケを送り届けることにした。

「タイヤ、冬用のままで助かったわ……」

 チビスケをチャイルドシートに座らせてベルトをしてやると、神森かみもりがするのと同じ動作でチェックをする。チビスケがそれに気がついたらしく、嬉しそうにニパッと笑った。


+++++


「おはようさん。今日はさむさむやな」

 ブリーフィングルームに入ると、先に来ていた葛城かつらぎに声をかける。

「おはようございます。いきなり冬に逆戻りですね」
「ほんまやで。カイロ、使い切ってもうてたから、来る途中のコンビニで慌てて買うたわ」
「俺も買いましたよ。息子さん、自転車での通園は大丈夫でしたか? 走っていたら顔に雪が直撃でしょ?」

 子供に優しいオール君らしい言葉だ。

「さすがに今日は車やで。こんな日に自転車で走ったら、二人して途中で遭難そうなんしてまうわ」
「まあたしかに。温かいコーヒー、飲みますか? いれたばかりですよ」
「ありがとさん。いただくわ」

 本来は基地内の食堂か自動販売機で飲み物を買うのだが、なぜかこの部屋にはコーヒーメーカーが設置されていた。そして誰が買ってくるのか知らないが、豆もなくなることなく、勝手に補充され続けている。その器具の高級感からして、どう見ても基地の備品ではない。これは一体誰が持ち込んだものなんだ?

「なあ、いつも不思議に思ってたんやけど、このコーヒーメーカーの購入を決めたんて、誰なんやろうな」
「え?」

 葛城が変な顔をした。

「えって?」
「いえ。影山かげやま三佐は、とっくに知っているかと思ってましたよ」
「なんでやねん」

 もしかして俺が買ってきたと思われていたのか? だが普段の俺は、めったにコーヒーを飲まない。なぜかって? おにぎりコーヒーは合わへんからや。

「これを寄贈きそうしてくださったのは、築城の杉田すぎた二佐だからです。自分の部下がお世話になっているからと、沖田おきた隊長宛に送られてきたらしいですよ?」
「そうなん?!」
「はい。本当に知らなかったんですか?」
「ほんまに、まったく」

 去年の航空祭で杉田隊長とは顔を合わせたが、そんなことは一言も言っていなかった。そりゃまあ、あの人は多くを語らない人ではあったが、そのぐらい話しておいてくれても良かったんじゃないか?と思わないでもない。

「俺ですら知っていたのに……」
「ほんまやで。なんで誰も教えてくれへんかったんや、みずくさいわ、ほんま」
「多分、三佐が知らないとは誰も思ってなかったんでしょうね」
「にしたかてなあ……」

 それで豆が消えない理由もわかった。きっと杉田隊長が、頃合いをみて送ってくれていたのだろう。隊長の奥さんのご実家は喫茶店を営んでいて、隊長自身もコーヒーにはちょっとばかりうるさかったし。

 ……ん? ちょっと待て?

「ちょいまち!! あかんやん!!」
「え? なにかいけないことでも?」
「おおありやろ!! 今の今まで知らんかったとは言え、元上官がわざわざコーヒーメーカーとコーヒー豆を送り続けてくれているのに俺、お礼もなんもゆーてへんのやで?! めっちゃ失礼なことしてるやん!! あかんでー!!」

 きっと今頃は〝どうして影山からなにも言ってこないんだろう〟と不思議に思われているに違いない。あかんであかんで、今日は帰ったら、真っ先に杉田隊長に電話せな!!

 ほんま、なんちゅーこっちゃ、こんなことになるんだったら、知らないままでいたら良かった。

「いや、それはあかんやろ……」
「え? なにがですか?」
「ああ、こっちの話や」

 葛城に手を振ってから、それぞれのイスに座る。そこへ隊長と青井が部屋に入ってきた。その後ろから何名かの新顔の隊員達も続く。

「おはよう。まずは今日の訓練だが、午前中の予定はすべてキャンセルが確定した。午後からに関しては、天候を見極めてからの決定になる。以上だ」

 隊長がそう言ってから青井のほうをみた。

「みんな、おはよう。今日から新年度だ。新しくブルーのクルーとして配属されてきたメンバーを紹介する。まずは総務のほうから……」

 新しくブルーの一員となる隊員達が順番に紹介されていく。もちろん、ライダー候補となるパイロットやキーパーとなる整備員もだ。

 そしてそのライダー候補の中には知っている顔もあった。それは葛城も同じだったようで、そいつが青井に紹介されると、お互いに目を合わせてニヤッとしていた。もしかしたら彼が次の六番機かもな。俺は一緒に飛ぶことはないだろうが。

「次の異動月でまた新たにやってくる者もいるだろうが、当面はこのメンバーでいく予定だ。それぞれが自分の持ち場で、最大限の努力をしてほしい。総括班長からは以上です」

 ブリーフィングが終わった後に窓の外を見ると、除雪車が滑走路へと出ていくところだった。この雪では今日の訓練飛行はすべてキャンセルだろうが、午後からの万が一に備えての除雪作業といったところだろう。

「三佐、まさか除雪作業がしたいなんて、言い出しませんよね?」

 俺の視線の先にあるものに気づいた葛城が、おそるおそるといった感じで聞いてくる。

「ん? 今日は飛ばへん日になったからなあ。ちょっとヒマやん? あれ、乗る時間ぐらいあるんちゃう?」
「やることはそれなりにあるでしょ……」
「まあそれなりにな。せやかて、もしかしたら午後から雪がやむかもしれへんのやろ? なら除雪作業、手伝ったったら喜ばれるんちゃう?」
「いやあ……草刈りの時のことを思うと、絶対に喜ばれないような気が……」

 いやいやと首を横にふる葛城。

「そうか? 除雪作業要員は、短期で募集するぐらい人手が足りてへんやん? 飛ばへんヒマな俺は手伝ってくるわー」
「手伝ってくるわーって、ちょっと、本当に行くんですか?!」

 善は急げや!と部屋を出ると、葛城が慌てた様子で俺を追いかけてきた。

「ほんまに行くで。オール君も来るか?」
「いや、俺は……遠慮、します」
「なんやー、なかなかできひん貴重な体験なのにもったいないでー」
「そういうことじゃないような……」

 微妙な顔をしている葛城をその場に残して、外に出ることにした。その途中で立ち止まって振り返る。

「ああ、もし班長が俺を探してるようなら、あそこにおるって伝えてくれたらええから。もちろん隊長にもな」
「言う前に、また警務隊から救難要請がきそうな気が……」
「警務隊がなんやて?」
「……いえ、なんでもないです。行くのはけっこうですが、しっかり防寒対策をして出てくださいよ。こんなことで風邪をひいたら、それこそ隊長からかかと落としくらいますから」
「おう、わかったで。ほな、いってくるわ!!」

 そして出向いた先にいた除雪作業のグループに、「またですか!」と言われたんはなんでなんやろうな。
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