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本編 4
第三十六話 班長かゆいかゆい事件
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「ほーん……」
「どんな記事が書いてあるんですか?」
昼飯を食いながら読んでいた雑誌の記事に、思わず声が出た。横に座っていた葛城が手元をのぞきこんでくる。
「アメリカ空軍のな、練習機が新しくなるんやと」
「えーと、いま使われているのってタロウとかジロウとか、そんな名前でしたよね?」
「覚え方がアバウトすぎやで、オール君や。タロウジロウて人の名前やん。あれの名前は……あれ?」
さっきまで頭にあった名前が出てこない。
「もー、タロウジロウで正解が吹っ飛んでもうたやんか」
「すみません」
葛城は申し訳なさそうな顔をして笑った。
「それで、そのタロウジロウがどうしたんですか?」
「自分、わかってゆーとるやろ?」
「そんなことないですよ。それで次のはどんなやつなんですか?」
「写真が載っとるで」
そう言いながら、机の上に雑誌をひろげた。葛城は興味深げに写真を見る。
「こうやって見ると、練習機ってどこの国の機体も、だいたい似たような形ですね」
「せやねんな。そこがまた不思議なところや」
俺達が飛ばしているT-4も練習機だ。しかも国産機。そろそろ新しい機体の開発を始める時期なのでは?という話も出ているらしいが、純国産機を作る道のりはなかなか険しいものがあるらしい。だから、こうやって次々と開発されていくのを見ると、まったくアメリカというのは大した国だと思うのだ。
「今の練習機に比べると、後ろのシートの位置がかなり高いですね」
写真を見ていた葛城が指摘する。後席は訓練中に指導教官が座る席だ。
「前の席が見やすいようにって配慮でしょうか」
「多分な。それと前のヤツが何かアホなことしたら、どつきやすいようにって配慮ちゃう?」
「そこの配慮まで」
葛城が笑った。
「教官が、訓練中のパイロットをどつくんは万国共通やろ、知らんけど」
「影山さんもあったんですか?」
「もちろんやで。されてへんヤツなんておらんやろ」
訓練中は教官の罵声を浴び、棒やゲンコツで頭をつつかれはたかれた。一人前のパイロットになるまでは万事そんな感じで、俺も例外じゃなかった。飛びたくないのに、よくもまあここまで来たもんだと自分でも感心する。
「葛城もあったやろ?」
「ありましたよ。でも一番イヤだったのは、どつかれることより、父親を引き合いに出されて、ダメ出しされることでしたね」
「あー……なんや、わかるわー……」
葛城の父親は〝あの〟ワンホースだ。今まで深くは考えていなかったが、葛城にとってあの父親の存在は、現在進行形でかなりのプレッシャーだろう。
「それは弟君もか?」
「だと思いますよ。ただ弟は、父親のことを言われるたびにローリングしまくって、最後には教官にゲロを吐かせたらしいですが」
「ムチャクチャやな、自分とこの弟は」
あきれつつ笑ってしまう。そこまで負けん気の強いパイロットなら、きっと目指しているアグレスになれるのではないかと思った。
「もちろん、その教官の名前は秘密なんやろうな?」
期待せずに聞いてみる。
「ええ、秘密らしいです。なんでも、訓練を終えた後に沈黙の誓いをさせられたとか。だから俺も起きたことは知ってますが、誰のことなのかわからないんですよ」
「この調子やと、数年のうちに、まーたおっかないパイロットがアグレスに誕生するんちゃう?」
「どうでしょう。なりたいとは口にしていますが、千歳基地も気に入っているようなので」
「巡教で兄弟対決とかおもろいやん?」
俺が笑うと、葛城はとんでもないという顔をした。
「お互いに癖がわかりすぎてるので、メチャクチャやりにくいですよ。あいつと模擬戦をするのは二度とごめんです。それはあいつも同じだと」
「なんや、もうやったんかいな」
「シミュレーションでなんですけどね」
そこへトレーを持った青井がやってきた。いつもと違って顔をしかめており、心なしか妙な歩き方をしている。
「どないしたん、班長」
「さっきから背中がかゆくてさ……」
「それでモジモジしとるんかいな」
「まったく、やっと涼しくなったと思ったらこれだよ。だから乾燥する季節は嫌いなんだ……」
ブツブツと言いながら、俺の横に座った。
「かゆいのを我慢するのはつらいですからね。薬は塗ったんですか?」
葛城が気の毒そうに声をかける。
「着替える時に塗ったんだけどね。場所が場所なだけに何度もぬれないのがつらい。あー、めちゃくちゃかゆい! 影山、ちょっとかいて!」
そう言って青井は俺の背中を向けた。
「かいたらますます、かゆうなるんちゃうん? 昼休みの間にロッカーに戻って、薬を塗ったほうがええんちゃうか?」
「でも今が我慢できないんだよ。薬はあとで塗る! とにかくかけ! 班長命令!」
「命令かいな、かなわんで……」
よほどかゆいらしい。だが命令と言われたらしかたがない、適当に見当をつけてかいてやる。
「そこじゃないよ、もうちょっと下」
「そんなん、言わなわからへんで。下ってこのへんかいな」
下のほうをかいた。
「もうちょっと左。ああ、そこそこ、そこなんだよー、しばらくかいてて」
たしかにそこは、手の届きにくそうな場所だ。青井の背中をかく俺を見て、葛城が笑う。
「孫の手ならぬカゲの手ですね」
「笑いごとやないで、オール君や。そのうち自分も班長の孫の手要員まったなしや。班長、あまりかゆいんが酷いようなら、医者にいったほうがええで」
「医者に行ってるヒマなんてあるかよ。ここ半月程はスケジュールがつまってて、猫の手もかりたいぐらいなんだぞ? ほら、影山、もっとかいて」
「猫の手だけやのうて、わいの手も必要なんかいな。えらいこっちゃ」
そんなわけで、休みの時間はずっと、青井の孫の手役をやらされることになってしまった。
+++++
『あー、めっちゃかゆいんだよ、なんなんだよ、これ~~』
昼からの飛行訓練に入ろうとしていたが、今日のブルーはいつも以上ににぎやかだ。ウォークダウンが始まる前だと言うのに、すでに無線ではものすごい量のやり取りがなされている。
『薬、ちゃんと効くやつなんやろうなあ?』
『処方箋をもらってる薬なんだから効くに決まってるだろ? なあ、影山、ちょっと背中かいて!』
『なにゆーとんねん、わいはもう座っとるっちゅーねん、そっちまで手ぇのばすんは、どう考えても無理やで』
『まったくもー、ハーネスのせいで背中がかけないんだよ、んー、中指でなら届きそう、かな……あー、ダメだ、届かないー、影山ーー」
『せやから、あかんゆーとんねん。はー、もー、飛びたくないわいに降りろてか? そのまま飛ばんでもええんなら、降りてかきにいったってもええで?』
なんでもかんでも、飛ばなくてもいい理由に結びつけるところが影山三佐らしい。ある意味、これは才能だと思う。
『青井、我慢しろ。影山をおろすな』
だがそこで隊長がすかさずダメ出しをした。さすが隊長。どうやら今日も、影山三佐は飛ばなくてはいけないようだ。
『かんにんなー、班長』
『もーー、ほんとにかゆいんだからな!!』
昼からの飛行訓練では青井班長は四番機の後席。一番機は飛行班長が、そして五番機は後藤田三佐が操縦桿を握るので、沖田隊長と影山三佐は、それぞれの後席に座っていた。そのせいもあって、さっきから無線がすごいことになっている。
「会話がこっちに駄々漏れってわかってますよね……」
「だと思うんだけどな」
管制室で、ブルーの準備ができるのを待機しながら、下を見おろした。ライダー達はいつものように、ウォークダウンが始まる場所に集合している。そろそろ始まるというのに無線は相変わらずだ。
『誰も青井が嘘をついているとは言ってないだろ』
『このつらさ、沖田にわかる? もう頭の中はかゆいでいっぱいなんだ』
『足の裏を蚊に刺されて大変だったことがあるから、そのつらさは理解できるぞ』
相変わらず沖田隊長の口調はそっけない。だが最近、隊長も実はこの手の会話を楽しんでいるのでは?と思うようになっていた。
『うわー、かゆうてもなかなかかけへん場所や! 聞いただけでもあかん! あかんあかん、かゆいのがうつって飛びたなくなってきたで』
『影山の飛びたくないはいつものことだろ、俺は現在進行形でかゆいんだからな!』
『わいかて現在進行形で飛びたないで』
『あーー、もう、本当にかゆい!!』
『わいも本当に飛びたないで!』
「駄目だ、こっちもかゆくなってきた。沖田二佐、用意ができたら手で合図してくれ。それまでは無線を切る」
『了解した』
隊長の指示で無線が切られ、やっと管制塔内が静かになった。だが、なんとなく全員がムズムズした感覚に襲われ続けているのは何故なのか。
「すごいですね、青井班長のかゆいかゆい攻撃。自分達までかゆくなってきました」
「伝播するのか、青井さんのあれは」
その場の全員が笑いながら、体のあちらこちらに手をやった。
そして下ではウォークダウンが始まっていた。六人のライダーが横一列に並び、それぞれの機体の前で列を離れていく。始まってしまえば、班長もきっとかゆいことを頭から追い出せるだろう。影山三佐の飛びたくないは……まあいつもどおり、降りてくるまで続くだろうが。
全員がT-4に乗りこんだところで、沖田隊長がこっちに向けて手を振ってきた。どうやら無線を開いても大丈夫なようだ。
『はー、飛びたないで』
無線を開いたとたんに、いつもの影山三佐の声が飛び込んできた。今日もいつものシャウト節にニヤニヤと笑いがこみあげてくる。最初にこの「飛びたない」を耳にした時は、信じられないと驚いたものだ。そして今では、この「飛びたない」がないと落ち着かないのだから始末におえない。
「いつの間にか俺達も、影山さんの飛びたくないはすっかり慣れちゃいましたね」
「まったくだ。慣れっていうのは恐ろしいな」
『こちらブルー01、全機、異常なし。これより移動する』
「了解した、01。気候は十分前と変化なし。今のところ訓練日和だ」
『いい天気なのも考えものだな。空気が乾燥するとうるさいのが一人増える』
沖田隊長の声には笑いが含まれていた。
「まさかの班長とはね。予想外の伏兵だ」
『今日の訓練が終わったら医者に行かせる。影山だけならともかく、青井が加わった音声多重では、さすがに訓練に支障が出そうだからな』
『かゆいのは俺のせいじゃないからな!』
『飛びたないのもわいのせいちゃうで』
「いってらっしゃい、ブルーの諸君。あまり騒ぐとマニアが喜ぶからほどほどにな」
飛行中の無線を聞いているのが、自分達身内だけでないことを暗に伝える。どこでどんな情報が流れるかわからないのだ、できることなら静かに飛んでほしいものだと思う。
「ま、影山の叫びはもう恒例だから、誰も驚かないだろうけどな」
六機が滑走路のいつもの位置に待機するのを見届けると、離陸の許可を出した。
「どんな記事が書いてあるんですか?」
昼飯を食いながら読んでいた雑誌の記事に、思わず声が出た。横に座っていた葛城が手元をのぞきこんでくる。
「アメリカ空軍のな、練習機が新しくなるんやと」
「えーと、いま使われているのってタロウとかジロウとか、そんな名前でしたよね?」
「覚え方がアバウトすぎやで、オール君や。タロウジロウて人の名前やん。あれの名前は……あれ?」
さっきまで頭にあった名前が出てこない。
「もー、タロウジロウで正解が吹っ飛んでもうたやんか」
「すみません」
葛城は申し訳なさそうな顔をして笑った。
「それで、そのタロウジロウがどうしたんですか?」
「自分、わかってゆーとるやろ?」
「そんなことないですよ。それで次のはどんなやつなんですか?」
「写真が載っとるで」
そう言いながら、机の上に雑誌をひろげた。葛城は興味深げに写真を見る。
「こうやって見ると、練習機ってどこの国の機体も、だいたい似たような形ですね」
「せやねんな。そこがまた不思議なところや」
俺達が飛ばしているT-4も練習機だ。しかも国産機。そろそろ新しい機体の開発を始める時期なのでは?という話も出ているらしいが、純国産機を作る道のりはなかなか険しいものがあるらしい。だから、こうやって次々と開発されていくのを見ると、まったくアメリカというのは大した国だと思うのだ。
「今の練習機に比べると、後ろのシートの位置がかなり高いですね」
写真を見ていた葛城が指摘する。後席は訓練中に指導教官が座る席だ。
「前の席が見やすいようにって配慮でしょうか」
「多分な。それと前のヤツが何かアホなことしたら、どつきやすいようにって配慮ちゃう?」
「そこの配慮まで」
葛城が笑った。
「教官が、訓練中のパイロットをどつくんは万国共通やろ、知らんけど」
「影山さんもあったんですか?」
「もちろんやで。されてへんヤツなんておらんやろ」
訓練中は教官の罵声を浴び、棒やゲンコツで頭をつつかれはたかれた。一人前のパイロットになるまでは万事そんな感じで、俺も例外じゃなかった。飛びたくないのに、よくもまあここまで来たもんだと自分でも感心する。
「葛城もあったやろ?」
「ありましたよ。でも一番イヤだったのは、どつかれることより、父親を引き合いに出されて、ダメ出しされることでしたね」
「あー……なんや、わかるわー……」
葛城の父親は〝あの〟ワンホースだ。今まで深くは考えていなかったが、葛城にとってあの父親の存在は、現在進行形でかなりのプレッシャーだろう。
「それは弟君もか?」
「だと思いますよ。ただ弟は、父親のことを言われるたびにローリングしまくって、最後には教官にゲロを吐かせたらしいですが」
「ムチャクチャやな、自分とこの弟は」
あきれつつ笑ってしまう。そこまで負けん気の強いパイロットなら、きっと目指しているアグレスになれるのではないかと思った。
「もちろん、その教官の名前は秘密なんやろうな?」
期待せずに聞いてみる。
「ええ、秘密らしいです。なんでも、訓練を終えた後に沈黙の誓いをさせられたとか。だから俺も起きたことは知ってますが、誰のことなのかわからないんですよ」
「この調子やと、数年のうちに、まーたおっかないパイロットがアグレスに誕生するんちゃう?」
「どうでしょう。なりたいとは口にしていますが、千歳基地も気に入っているようなので」
「巡教で兄弟対決とかおもろいやん?」
俺が笑うと、葛城はとんでもないという顔をした。
「お互いに癖がわかりすぎてるので、メチャクチャやりにくいですよ。あいつと模擬戦をするのは二度とごめんです。それはあいつも同じだと」
「なんや、もうやったんかいな」
「シミュレーションでなんですけどね」
そこへトレーを持った青井がやってきた。いつもと違って顔をしかめており、心なしか妙な歩き方をしている。
「どないしたん、班長」
「さっきから背中がかゆくてさ……」
「それでモジモジしとるんかいな」
「まったく、やっと涼しくなったと思ったらこれだよ。だから乾燥する季節は嫌いなんだ……」
ブツブツと言いながら、俺の横に座った。
「かゆいのを我慢するのはつらいですからね。薬は塗ったんですか?」
葛城が気の毒そうに声をかける。
「着替える時に塗ったんだけどね。場所が場所なだけに何度もぬれないのがつらい。あー、めちゃくちゃかゆい! 影山、ちょっとかいて!」
そう言って青井は俺の背中を向けた。
「かいたらますます、かゆうなるんちゃうん? 昼休みの間にロッカーに戻って、薬を塗ったほうがええんちゃうか?」
「でも今が我慢できないんだよ。薬はあとで塗る! とにかくかけ! 班長命令!」
「命令かいな、かなわんで……」
よほどかゆいらしい。だが命令と言われたらしかたがない、適当に見当をつけてかいてやる。
「そこじゃないよ、もうちょっと下」
「そんなん、言わなわからへんで。下ってこのへんかいな」
下のほうをかいた。
「もうちょっと左。ああ、そこそこ、そこなんだよー、しばらくかいてて」
たしかにそこは、手の届きにくそうな場所だ。青井の背中をかく俺を見て、葛城が笑う。
「孫の手ならぬカゲの手ですね」
「笑いごとやないで、オール君や。そのうち自分も班長の孫の手要員まったなしや。班長、あまりかゆいんが酷いようなら、医者にいったほうがええで」
「医者に行ってるヒマなんてあるかよ。ここ半月程はスケジュールがつまってて、猫の手もかりたいぐらいなんだぞ? ほら、影山、もっとかいて」
「猫の手だけやのうて、わいの手も必要なんかいな。えらいこっちゃ」
そんなわけで、休みの時間はずっと、青井の孫の手役をやらされることになってしまった。
+++++
『あー、めっちゃかゆいんだよ、なんなんだよ、これ~~』
昼からの飛行訓練に入ろうとしていたが、今日のブルーはいつも以上ににぎやかだ。ウォークダウンが始まる前だと言うのに、すでに無線ではものすごい量のやり取りがなされている。
『薬、ちゃんと効くやつなんやろうなあ?』
『処方箋をもらってる薬なんだから効くに決まってるだろ? なあ、影山、ちょっと背中かいて!』
『なにゆーとんねん、わいはもう座っとるっちゅーねん、そっちまで手ぇのばすんは、どう考えても無理やで』
『まったくもー、ハーネスのせいで背中がかけないんだよ、んー、中指でなら届きそう、かな……あー、ダメだ、届かないー、影山ーー」
『せやから、あかんゆーとんねん。はー、もー、飛びたくないわいに降りろてか? そのまま飛ばんでもええんなら、降りてかきにいったってもええで?』
なんでもかんでも、飛ばなくてもいい理由に結びつけるところが影山三佐らしい。ある意味、これは才能だと思う。
『青井、我慢しろ。影山をおろすな』
だがそこで隊長がすかさずダメ出しをした。さすが隊長。どうやら今日も、影山三佐は飛ばなくてはいけないようだ。
『かんにんなー、班長』
『もーー、ほんとにかゆいんだからな!!』
昼からの飛行訓練では青井班長は四番機の後席。一番機は飛行班長が、そして五番機は後藤田三佐が操縦桿を握るので、沖田隊長と影山三佐は、それぞれの後席に座っていた。そのせいもあって、さっきから無線がすごいことになっている。
「会話がこっちに駄々漏れってわかってますよね……」
「だと思うんだけどな」
管制室で、ブルーの準備ができるのを待機しながら、下を見おろした。ライダー達はいつものように、ウォークダウンが始まる場所に集合している。そろそろ始まるというのに無線は相変わらずだ。
『誰も青井が嘘をついているとは言ってないだろ』
『このつらさ、沖田にわかる? もう頭の中はかゆいでいっぱいなんだ』
『足の裏を蚊に刺されて大変だったことがあるから、そのつらさは理解できるぞ』
相変わらず沖田隊長の口調はそっけない。だが最近、隊長も実はこの手の会話を楽しんでいるのでは?と思うようになっていた。
『うわー、かゆうてもなかなかかけへん場所や! 聞いただけでもあかん! あかんあかん、かゆいのがうつって飛びたなくなってきたで』
『影山の飛びたくないはいつものことだろ、俺は現在進行形でかゆいんだからな!』
『わいかて現在進行形で飛びたないで』
『あーー、もう、本当にかゆい!!』
『わいも本当に飛びたないで!』
「駄目だ、こっちもかゆくなってきた。沖田二佐、用意ができたら手で合図してくれ。それまでは無線を切る」
『了解した』
隊長の指示で無線が切られ、やっと管制塔内が静かになった。だが、なんとなく全員がムズムズした感覚に襲われ続けているのは何故なのか。
「すごいですね、青井班長のかゆいかゆい攻撃。自分達までかゆくなってきました」
「伝播するのか、青井さんのあれは」
その場の全員が笑いながら、体のあちらこちらに手をやった。
そして下ではウォークダウンが始まっていた。六人のライダーが横一列に並び、それぞれの機体の前で列を離れていく。始まってしまえば、班長もきっとかゆいことを頭から追い出せるだろう。影山三佐の飛びたくないは……まあいつもどおり、降りてくるまで続くだろうが。
全員がT-4に乗りこんだところで、沖田隊長がこっちに向けて手を振ってきた。どうやら無線を開いても大丈夫なようだ。
『はー、飛びたないで』
無線を開いたとたんに、いつもの影山三佐の声が飛び込んできた。今日もいつものシャウト節にニヤニヤと笑いがこみあげてくる。最初にこの「飛びたない」を耳にした時は、信じられないと驚いたものだ。そして今では、この「飛びたない」がないと落ち着かないのだから始末におえない。
「いつの間にか俺達も、影山さんの飛びたくないはすっかり慣れちゃいましたね」
「まったくだ。慣れっていうのは恐ろしいな」
『こちらブルー01、全機、異常なし。これより移動する』
「了解した、01。気候は十分前と変化なし。今のところ訓練日和だ」
『いい天気なのも考えものだな。空気が乾燥するとうるさいのが一人増える』
沖田隊長の声には笑いが含まれていた。
「まさかの班長とはね。予想外の伏兵だ」
『今日の訓練が終わったら医者に行かせる。影山だけならともかく、青井が加わった音声多重では、さすがに訓練に支障が出そうだからな』
『かゆいのは俺のせいじゃないからな!』
『飛びたないのもわいのせいちゃうで』
「いってらっしゃい、ブルーの諸君。あまり騒ぐとマニアが喜ぶからほどほどにな」
飛行中の無線を聞いているのが、自分達身内だけでないことを暗に伝える。どこでどんな情報が流れるかわからないのだ、できることなら静かに飛んでほしいものだと思う。
「ま、影山の叫びはもう恒例だから、誰も驚かないだろうけどな」
六機が滑走路のいつもの位置に待機するのを見届けると、離陸の許可を出した。
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