シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

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本編 5 パンサー影さん編

第五十六話 バレとるやないかーい!!

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「なあ、影山かげやま。大事なこと忘れてた。サインはどうする?」
「サインてなんの?」

 その日の夜、青井あおいが使っている部屋にやってきた。カバンに入っていたスウェットの上下を出しながら、生返事をする。そして首をかしげた。サインて?

「パンサー君のサインに決まってるじゃないか。絶対にサインしてくれって言われるから、ちゃんと考えておかないとダメだろ。パンサー君のかっこうで、影山のサインをするわけにはいかないだろうし」
「そもそも、パンサー君にサインねだる人なんておるん?」

 写真はともかく、いまだかつてゆるキャラにサインをねだっている人なんて、見たことがないんだが。

「いるに決まってるだろ。影山、お前、ぜんぜん自分の知名度の高さをわかってないな」
「わいやのうてパンサー君やろ?」

 どうやら俺は、青井からするとトンチンカンなことを言っているらしく、やれやれとため息をつかれてしまった。

「影山のことだから、適当にパンサーて書きそうだけどな」
「あかんの? ほな、築城ついきのパンサー君でどや?」
「却下だよ、そんな気のないサイン。ほら、こっちに座れ。ちゃんと考えよう」

 我ながら名案だと思ったんだが、速攻で却下された。

「考えようて。もう風呂の時間なんやけど。それより班長。こんな時間やのに、家に帰らへんの? 嫁さんにしかられるんちゃうん?」
「言われなくても帰るよ。サインをちゃんと決めたらな」

 つまり、サインが決まるまでは帰らないということだ。そして俺も風呂に入れない。

「いや、風呂の時間は決まってるし。そっちを先にやな」
「その時は俺の家に来て入れば良いだろ」
「いや、かんにんしてえな。そんなことしたら、班長の嫁さんが困るやろ」
「ナナはいつでも、お客さんはウェルカムだよ。ほら、ここに座って!」

 デスクに無地の落書き帳のようなものを置くと、ページを開く。そこにはすでに、いくつかのサインが書かれていた。

「なんや、もう考えてるやん」
「そっちがなにも準備してないからだろ? そもそも、こういうのはお前が率先して、考えるべきなんだからな」
「なんでやねん」

 『築城8SQブラックパンサーズ』という文字が、何パターンかの書体で書かれている。

「これでいいやん」

 一番上の文字をさした。

「適当に選ぶな。ちゃんと見て吟味ぎんみしろ」
「そんなことゆーたかてなあ……」

 築城8SQブラックパンサーズの下に、大きめの文字でパンサー君1号とでも書けば、なんの問題もないのではと思う。それではダメなんだろうか。

「パンサー君だけじゃ、実際に誰が書いたかわからないだろ?」
「そりゃまあ? でも中に入った人間は、誰でもパンサー君でええんちゃうん?」
「そこが良くないんだよ。ファンの人達にとって、このサインは誰かが書いてくれたかってことが、すごく重要なんだから」
「そうなんか? ほな、パンサー君の下にわいのサインでもするか? ちょっと書く分量が多くて大変やけど」

 書くことになるかどうかもわからないサインだ。パンサー君のサインなんて、誰がほしいんだって話だろ?

「なるほど。じゃあ、一行目はこのぐらいの文字の大きさで。そしてパンサー君は大きめに。その下の中の人サインは一番小さく。こんな感じかな」

 そう言いながら青井は、だいたいのバランスをつけて書いてくれた。

「どうだ? こんな感じで」
「ええんちゃう? ああ、肉球手袋してるから、築城はなくしてほしいわ。漢字で字画多くなると、この手袋では書きにくいし」
「わかった。じゃあここは8SQ・BLACKPANTHERSな。大文字にするか小文字にするかは、影山に任せる。時間のことを考えるなら、小文字の筆記体推奨だよな」
「せやな」

 青井が書いたサインの横に、自分でも書いてみる。

「なかなか文字数たくさんやな。素早く書けゆーても、手袋しながらやったら無理やで」
「書いている間はおしゃべりする時間だから、ファンの人達は気にしないよ」
「中の人は基本しゃべったらあかんて聞いてるけどな」

 夏目なつめが教えてくれたことだ。なので築城でも、パンサー君の扮装ふんそうをしている時は、基本的にハンドサインでのやり取りになる。

「お前がずっと黙ってるなんて、絶対に無理だろ。大阪人て、喋らないと死んじゃうんだろ?」
「それ、誰が言うたんや。そんなことあらへんて。……まあ、うちのオカンは、黙ってたら死んでまうかもしれんけど」

 俺がボソッと付けくわえると、青井が笑った。


+++++


 そして当日。気がつけば、なぜか俺の前に列ができている。しかもかなり長い。

「影さん、サインをお願いしまーす!」
「影さん、パンサー君のままで良いので、写真お願いしまーす!」
「影さーん、今日は飛ばないの?」
「特別塗装機で飛んできてくれてありがとう~。築城は行けないから、見るのも撮るのもあきらめてたんだー」

 おかしい。朝からずっとパンサー君のままなのに、来場客の誰も彼もが『パンサー君』ではなく『影さん』と声をかけてくる。なんでや?!

 ―― サインする前から完全にバレとるやないかーい!! ――

 走って逃げるわけにもいかず、否定するために声を出すわけにもいかず、言われるがままにサインをし、写真を一緒に撮る。もちろん、パンサー君のポーズつきだ。そして情報はあっという間に来場客の間に流れたようで、ますます列が長くなる。

 ―― 会場内をウロウロする予定やったのに、ぜんぜん動かれへん ――

 少し離れた場所にいる、ブルーのライダー達を指でさした。あちらも長蛇の列になっている。ここにならんでいる人達は、あっちに行かなくても良いのだろうか。

「あっちにはお母さんと妹が並んでるの。私は影推しだから!」

 俺が言いたいことを察したのか、サイン帳を差し出した学生さんが言った。

 ―― 影推し…… ――

「影さんが来てるってわかって、無理やり有給とって来たし!」

 その後ろのお兄さんがニッコリ笑顔になる。

 ―― 有給の申請どないなことになってるんや。かんにんな、会社の人…… ――

 そんな言葉にあきれつつ、サインを書き続けた。

「あ、もしかして影さんて秘密だったのかな……? SNSでパンサー影さんが来るって流れてたから、普通に影さんて呼んでるけど」
「……」

 学生さんがそう言いながら首をかしげた。それに合わせて、こっちも首をかしげてみせる。そんな俺の動きに、学生さんは目を見開いた。

「まさか影さんじゃなかったり?!」
「!!」

 大げさに驚いたポーズをしてみせた。

「えっと、影さんで良いんですよね……?」

 おそるおそる質問をしてくる行列の人達の様子に、思わず笑いがこみあげてくる。ま、ゆるキャラかて一言二言ひとことふたことぐらい喋ってもええやろ。

「……もうブルーは卒業したし、基本的に顔だしはあかんねん。このままでかんにんやで?」
「あ、やっぱり影さんだ! よかった――!!」

 パンサー君の中身が影山本人と確定したせいか、ますます列が長くなった。

 ―― これ、いつまで続くんや? ほんま油断してたわ。まさかマスコットキャラのパンサー君にまで、サインの行列ができるとは ――

 青井の読みは正しかったというわけだ。

 ―― ブルーでは時間を区切ってくれたけど、こっちはどないするんや? まさか、このままずっと書き続けるんか? ――

「ああ、ここでサインしてたのか。じゃあ最後尾に立ってくれ」

 どうしたものかと考えていると、青井が二人の隊員をつれてやってきた。隊員二人は看板のようなものを持って、行列の最後尾に向かう。そしてそこで看板をあげた。看板には『申し訳ありません。パンサー君のサインはここまでです』と書いてあった。

「もうすぐ昼だし、パンサー君が空腹で倒れちゃったら大変だからね」

 その場にいた全員に、広報スマイルを向ける青井。さすが元総括班長そうかつはんちょう。広報活動もお手のものだ。最後尾では看板持ちの隊員に、「午後からもパンサー君のサイン会ありますか?」と質問している人が何人かいる。

「午後からは本格的な展示飛行があるから、パンサー君どころじゃないと思うんだけどな。ブルーも飛ぶし」
「と思うんやけどな」

 それからサインを書き続け、写真も撮った。

「腹へった。なーんもしてへんのに」

 最後の一人と握手をし終わると、早々に撤収することにする。ここでもたもたしていたら、またファンに取り囲まれて動けなくなってしまうからだ。

「お疲れさん。サイン、考えておいて良かったろ?」
「驚きやで。なんでパンサー君のサインがほしいのか、さっぱりわからへんわ」
「お前が中の人だからってのもあるけどな」
「そもそも、なんでそこがバレてるんやろな。恐るべしやで、マニアさん達の情報網は」

 彼らの情報網ときたら、ちょっとした諜報機関並だ。

「築城から特別塗装機が飛んでくるって話が出た時、誰が飛ばしてくるのか話題になってたからな。ネットでは、お前か杉田すぎたさんかって話になってたぞ」
「班長、くわしすぎやない?」

 なんでそんなことまで知ってるんや?

「ネットの監視もあるんだよ。外部に流したらダメな写真とか、自衛隊をかたって間違った情報を拡散させるとか、そういう人間がいないとも限らないからな」
「それはそれは、ご苦労様でこざいますや」
「まったくだ。パソコンばかり見ているせいか、ここ最近は視力が落ちてきた。そろそろメガネが必要かも」
「まさかの老眼?!」
「違う!!」

 おもいっきり頭をはたかれた。

「ちょっと班長、暴力はあかんで。今のわいはパンサー君なんやからな」
「こんな時だけ都合よく、なにがパンサー君だからな、だよ」

 そう言って青井は俺をにらんだ。
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