貴方は翼を失くさない

鏡野ゆう

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本編

第二十話 一尉殿、嫉妬でとち狂う

 テーブルには、一尉がリクエストしていたおでんが土鍋の中で放置されていた。玄関からベッドまでの間には転々と私の服が落ちているはずだ。そして私はと言えば、ベッドで一尉に抱かれていた。腰を持ち上げられて、足は一尉の肩に引っ掛かった状態で、一尉の腰が激しく打ちつけてくるたびに、爪先がそのリズムにあわせて揺れている。

「もうっ、せっかく晩御飯の用意したのにっ」
「それは後だ」

 私の抗議は無いものとされ、ベッドに放り投げられたのは数分前のこと。あまりな展開に一尉を睨んだけど、一尉もなぜか怖い顔をしてこっちを見下ろしていた。

 どうしてこんなことになったのか、よくわからない。

 教導隊の整備員さん達に話を聞いた後、一足先に帰って、夕飯の準備をしていたところで一尉が帰宅した。そしてお帰りなさいと言いながら台所から顔を出したとたんに、抱き寄せられてむさぼるようなキスをされ、気がつけば着ていた服は消えていて、ベッドに押し倒されて体をつなげていた。

 昨日とは一転して乱暴な抱き方に戸惑ったものの、体の方はそうでもなかったみたいで、すんなりと一尉のものを受け入れていた。そして今も、激しく動く熱い塊をしっかりと包み込んでいる。

「ゆ、ゆうすけ、さんっ、なんでっ」

 体をよじって逃れようとしたものの、力で男の一尉に勝てるはずもなく、すぐに腰をつかまれて引き戻される。

「ゃあっ」

 激しく突き上げる動きに、あっという間にいかされて体を震わせた。だけど一尉の方はまだ満足できないらしく、私が落ち着くのを待つことなくさらに激しく腰を動かし続ける。

「まってったらっ、はうぅっ」

 こっちの言葉を遮るかのように一際激しく突かれ、体の奥深くまで刺し貫かれたような痛みにも似た感覚に、体が激しく震えた。だけど一尉がやめてくれる気配はまったくなくて、ますます激しくなる動きと、それによってもたらされる快感と痛みに、成す術もなく声をあげるしかなかった。

 それからどれぐらいの時間が経ったのか、何度いかされたかわからなくなった頃になって、耳元で切れ切れの掠れた唸り声が聞こえた。それと同時に、一尉がぐったりとこちらに体を預けてくる。

「…………」
「…………」

 お互いの鼓動が、とんでもない速さになっているのを感じながら、ぼんやりと天井を見詰めていると、一尉が肘をついて顔を上げ、私のことを見下ろしてきた。さっきまでの怖い顔つきは、すっかりなりを潜めている。

「すまない、する必要もない嫉妬でとち狂った」
「……嫉妬? なんのこと?」

 気まずげな顔をした一尉が離れていこうとするので、背中に手を回して引き留めた。

「ちゃんと話して。話してくれなきゃ離さないから」
「聞いたらきっと馬鹿な男だと笑うだろ?」
「男の子が馬鹿なことするのを見るのは、一尉が初めてじゃないから笑わない」

 そう言ったら顔をしかめる。

「その〝男の子〟って言うのは、今日いた天音あまねの同期連中のことだよな?」
「まあ、そんなとこだけど」
「その男の子連中に、いい年した大人が嫉妬するなんて馬鹿げているよな?」
風間かざま君達に? 大人がってことは、一尉がってこと?」

 思ってもみなかった言葉に、背中に回していた手がパタリとシーツの上に落ちた。そう言えば風間君の訓練飛行を見学させてもらっていた時に、妙に一尉の態度がぎこちなかったことを思い出す。それに変な空気を漂わせていたことも。

「どうして風間君達に嫉妬する必要があるのか、さっぱりわからない」
「ほらみろ、馬鹿げたことだと笑ったじゃないか」

 一尉はすねたような口調で文句を言うと、私から離れた。

「笑ってない」
「いや、笑った」
「笑ってなんかいないってば。それに馬鹿げているとも思ってない。ただ、どうして一尉が風間君達に嫉妬しなきゃいけないのか、全然わからないから驚いてるだけ」

 一尉はベッドから降りると、避妊具の後始末をしてからズボンを引き上げる。嫉妬にとち狂ったと言いつつ、ちゃんと予防措置はしてくれていたんだから、それはそれで冷静な部分もちゃんと残っていたってことだ。

「散らかしたままのちはるの服を拾ってくる」
「それよりも、なんで風間君達に嫉妬したのかちゃんと話して」
「服を回収する方が先だろ。いつまでもそんな素っ裸でいられたら、またムラムラしてきてとんでもないことになる」
「もう!」

 一尉がお尻の下に敷いているのにかまわず毛布を引っぺがす。ベッドに座っていた一尉は、前につんのめって引っ繰り返りそうになった。

「おい、なにするんだ」

 文句は無視してひっぺがした毛布を体に巻きつけると、その場で正座をして一尉ににらみつける。

「これで少なくとも素っ裸じゃない。ちゃんと話しなさい」
「本気か?」
「本気だってば。まったく! 帰ってきたとたんにただいまも無しにこんなことして! 申し訳ないと思っているなら、ちゃんと理由を話しなさい、今すぐ!」
「これがあいつらが言っていた、ちはるのケツ叩きか」
榎本えのもと一尉! 雄介さん!」

 はぐらかそうとしても無駄ですからねと、怖い顔をしてみせた。そこでようやく私が本気で言っていると理解したのか、一尉は溜め息をついてこっちに体を向けた。

「自分でも情けないぐらい馬鹿馬鹿しい話だ。風間一人と顔を合わせたぐらいでは気にも留めなかったんだが、人数が増えて、あいつらと一緒に見学をしている時のちはるの楽しげな様子を見ていたら、ついムカついた」
「ムカついたって。皆、航空学生の時からずっと一緒だった同期の子達ですよ? つまりは同級生です。多分、基地で二度目に会った時に一尉も皆と顔を合わせていたはずで、風間君と同様に、飛行教導隊のパイロットである一尉のことを神様なみにあがたてまつってるんだから、ムカつく必要なんて全然ないのに」

 それなのに嫉妬?と首をかしげて、一尉の顔を見つめる。

「だから、する必要もない嫉妬だって言ったんだ」
「それって嫉妬って言うかヤキモチ?」
「そうとも言う。我ながらいい年して情けない。おい、やっぱり笑ってるじゃないか」
「だってそんなことでヤキモチやくなんて、可愛い」

 私の言葉に、思いっきりイヤそうな顔をした。

「でもやっぱりよくわ分からない。どういった理屈で、そこに思考がたどりついたのか」

 嫉妬にしろヤキモチにしろ、そこには何かしらの原因があるわけで、楽しげな様子を見てムカつくのだって、それ相応の理由があるはずなのだ。なんとなくムカムカしたぐらいで、こんなことになるわけない。

「俺とちはるはそこそこ年も離れていて、それこそ今は物理的にも遠距離状態にある。あいつらとは年も近いし最近まで一緒にいたわけだし、来年からは奈良ならでしばらく一緒だろ? それにあいつらと喋っている時のちはるは、俺と一緒の時とは明らかに違う。とにかくそういう諸々の状態が、俺とちはるの間にあるミゾのように思えて気に入らないんだろうな」

 一尉は目上だし、付き合いだしたとは言え上官であることには違いない。だから、風間君達と話をするような気安さはまだ無いかもしれない。だけどまさかそんなことで、ヤキモチを妬かれるなんて思わなかった。

「まさかと思うけど、そのことで風間君達にまで八つ当たりとかないよね?」
「今のところは。だが、ちはるに余計なちょっかいを出してくるようなら容赦はしない」

 その顔つきからして本気らしい。

「もう、大人げないんだから……」
「自分の恋人に粉かけられてなにもしない男がどこにいるんだ。全力で排除するに決まってるだろ」
「私があの子達に言い寄られてどうにかなるとでも思ってるの?」
「それとこれとはまた別の話なんだよ」

 ますますもって大人げない。

「それで?」
「それでとは? 質問されたことに対しては答えたと思うが」
「まだ一つ残ってる。私にこんなことをした理由」
「……」

 ますます気まずげな顔をした一尉は、それとなく視線をそらした。

「そこをちゃんと話してくれないと納得できない」
「……つまり、抱くことによって、ちはるが俺のものだって再認識したかったんだろうな。そうでもしなければ不安だったのかもしれない。だが俺が不安な気持ちになるのは、ちはるにも原因があるんだぞ」

 意外な言い分に耳を疑った。どうして私に原因が?

「なんで?」
「ちはるは居酒屋でした二年後の約束を、すっかり忘れて呑気に小牧こまきで訓練生活に入っていたじゃないか」
「そこなの?!」
「そこだよ。あの時、俺が小牧に行かなかったどうしてたんだ? そっちから俺に会いに来たか?」
「……わからない」
「だろ?」
「ちょっと待って。っていうことは、私がこんな目に遭ったのは、巡り巡って私自身のせいってこと?」
「まあそうとも言うかもな」

 そこでうっかり納得しかけて、ブンブンと頭を横に振った。違う、断然それは違う!

「待って、その理屈やっぱりおかしい。私にも原因があるのかもしれないけど、やっぱり雄介さんが大人げないのが一番の原因だと思う」

 一尉がチッと舌打ちをする。なぜそこで舌打ち?

「あ、いま私を言いくるめようとしてたでしょ?!」
「そんなことはない。まあ俺が大人げなかったのは認める。だがちはるにも一因はあるんだからな。俺だけのせいじゃない」

 つまり、全面的に自分が悪いわけじゃないということが言いたいらしい。

「……やっぱり大人げない」
「なんだと? はーん、もう一度きちんと思い知らせておかなくちゃいけないみたいだな」

 とたんに一尉が目を細めてこっちを見つめてきた。

「な、なに、その目つき」
「明日は休みだからな。少しぐらい夕飯が遅くなっても問題はないだろ」
「思い知らせるってなんなの」
「こういうことだ」

 そう言うと、次の瞬間には素早い動きで私が体に巻きつけていた毛布を奪い去る。そしてベッドに私のことを押し倒した。

「どういうこと?!」
「俺のほうが偉い」
「どうしてそんな理屈に?! プライベートに階級は関係ないんじゃ?!」
「うるさい、黙れ」
「もう大人げなさすぎるーっ!!」
「大人げないでけっこう。覚悟しろ」
「そこで開き直るなぁぁぁぁ!!」

 そんなわけで、夕飯の時間は大幅に遅れることになった。


+++++


 まあ夕飯の準備と言ったって、一尉の希望はおでんだったんだから特に時間がかかったってわけじゃない。大根サラダにしたって他の具材と簡単にあえただけだし、おでんだって温めに直せばすむんだから。今になって振り返ってみれば、気合を入れて作るような献立をリクエストされなくて良かったとでも思っておかないと、色々と納得いかないことが多すぎる。休暇に入った早々に抱き潰されることになるなんて。

「言っとくが、さっきのは抱き潰すのとは違うからな」
「?!」

 私の心の中の声が聞こえたのか、ビールを飲みながら一尉がサラッと言い放った。その言葉に、食べかけのちくわが口から飛び出そうになる。むせている私のことを意地悪い笑みを浮かべながら眺めているなんて、ものすごく性格が悪いというか、やっぱり大人げないと思う。

「もしかして、私がこっちにいる間ってずっとこんな調子なの?」
「こんな調子って?」
「だから、なんて言うか……」
「ちはるのことをベッドに釘づけにしておく年末年始か、なかなかそそられる提案だな」

 ニヤニヤしているのがムカつく。

「そそられないでください、提案なんてしてないんだから。そんな不健康な冬期休暇なんて御免ですからね」
「心配するな。ちゃんと初詣には連れて行ってやるから。歩けたらな」
「またそんなことを言って!」


 ニヤリと笑ったその笑いがなんともいやらしい。本当に男って、いくつになっても大人げないんだから!
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