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東京・江田島編 GW
第三話 なにやら事件です
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「高島さん、これ、なんて書いてあるんでしょう……?」
「どれどれえ? ……まったく相変わらず読みにくい字を書く人ね、木更津二佐ったら。えーと、なになに~~?」
私が差し出したメモに目を通しながら高島さんが顔をしかめた。
私達の部署には電子データではなく手書きメモ(という名の報告書)というアナログな資料がたくさん集まってくる。つまり人が書いた文字。
最近は老いも若きもパソコンやメール、様々なSNSといったデジタルな手段で連絡をとることが増えていて、なかなか自分で文字を書く機会が減っていて私も例外じゃなかった。だから情報本部に来てからはたまに時代を逆行したみたいな気分になることがある。今がまさにそれ。しかもこのメモ書きはなかなか読めなくて古文書か何かを解読している気分だ。
「これ、自衛隊独自で開発した速記か何かですか?」
「そうじゃなくて達筆すぎるのよ、木更津二佐は。確か書道では段持ちで先生が出来るほどの腕前なのよね。勤務先ではいつも広報用の書き物を書かされているって話よ。……にしても本当に読めないわね」
高島さんは首を傾げながらますます顔をしかめた。
「なるほどこれが達筆な文字。ミミズがのたくっているって思う私はまだまだ未熟ってことですね」
「文字は上手下手じゃなくて誰が見ても読めるように書くのがベストなのよ。いくら達筆でもこれじゃあねえ……ああ、分かった、これ、対潜情報処理装置のことだわ。OYQ-101 ASWDSってローマ字で書いてあるのよ」
そう言われて改めてメモに目を見れば確かにこれは漢字ではなくローマ字に見えなくもない。
「あー、なるほど。縦書きだからすっかりひらがなか漢字だと思ってました。思い込みは駄目ですね。ありがとうございます、これでやっと先に進めます」
「この書体のままローマ字を書いてくるなんて無茶ぶりよね、まったく。大体なんで横書きのレポート用紙にわざわざ縦書きで書くのかしら、もしかして新手の嫌がらせ? でも良かったわ、解決して」
今日は日本語だけに悩んでいれば済むけれど、ここに米軍関係の資料が追加されると本当に阿鼻叫喚だ。ただでさえ軍事用語では未だに頭がこんがらがるのに、英語の軍事用語がこれでもかってぐらい押し寄せてくるんだもの、しかもそれもやっぱり書きなぐったような手書きのメモが圧倒的に多いし。
とにかくここに来てからは英語が話せます、英語検定1級です、なんてのは何の役にも立たないってことを毎日イヤというほど思い知らされている。
「……ふう、これで海上自衛隊さんから提出された資料のまとめは完了です。あとは航空自衛隊さんのでしたっけ? あと何ページぐらいなんでしょうね、今回の資料のまとめ」
二時間ほど手書きのメモ達と格闘をしてやっとキリの良いところまで辿り着いたので、大きくのびをしながら立ち上がった。
「それを聞いてしまったら絶対にやる気が失せるから聞かない方が良いと思うわよ。ひたすら目の前の任務に没頭することをお勧めするわ」
「そうします。あ、自販機で紅茶を買ってこようと思うんですけど皆さん、どうですか? なにか飲みたい人ー?」
そう声をかけるとあっちこっちで手が上がった。
偉い人達があれこれと難しい話をするために私達がこんなふうに苦労しているなんて、殆どの人は知らないんだろうなあって思う。裏方としての下準備って思っている以上に大変だ。もしかしたら政治家先生御用達の美味しい料亭のお料理ぐらいの価値はあるんじゃないかな。
だけどこんな頭が禿そうな難しい仕事も、あと二週間頑張れば篠塚さんちに遊びに行けると思えばなんのことはない。うん、多少の残業があってもきっと頑張れる。頑張れ、私!!
+++++
ところがその週末、とんでもない爆弾が爆発した。
野党議員の一人が国会でとある議題の質疑に立った時、防衛省からの内部文書を入手したと言ってマイクの前でコピーされた紙切れを数枚取り出したのだ。
「?! ちょっとなんなのよそれ?!」
たまたま早めのお昼ご飯を食べながら食堂に設置されたテレビで国会中継を見ていた高島さんが、テーブルを引っ繰り返さんばかりの勢いで立ち上がってテレビの方へと駈け寄ると画面に貼りついた。
「高島さん、そんな前に行ったらテレビが見えないですよ~」
せっかく我らが防衛大臣の重光先生のご尊顔を拝する機会なのに~と皆で抗議する。
「貴方達なにを呑気なこと言ってるの! この議員がもっているメモ書き、今の話の流れからすると木更津二佐から届けられた報告書ってことよ!!」
「ええ?!」
高島さんの言葉に口に入れたミートボールが口から飛び出そうになる。
そして私達も席を立ってテレビの前に行き、横からテレビ画面を覗き込んだ。だけどいくら大画面なくっきりすっきりなハイビジョンでも、さすがに議員さんが手に持ってブンブン振り回しているメモ書きをちゃんと読むことは不可能だった。
「うーん。せめて静止画像でないと本当にそうなのか確かめられませんよ」
「野洲君、あの手元の画面何とか拡大できない? 今すぐ」
そう言って高島さんは後ろにやってきた同じ部署の先輩に声をかけた。野洲さんは航空自衛隊から出向している人で、もともとは横田の航空総隊というところにいた人らしい。
「また無茶なこと言いますね、高島一尉。これ、生中継ですよ? それに慌てなくても半日も待っていれば上からコピーが回ってくると思いますが」
「なに言ってるの。そんな悠長なこと言っている場合? あれが木更津二佐の手書きメモならうちの部署から流れたってことなのよ? その意味が分かって言ってるの?」
そう言われて野洲さんはそれまでののんびりした表情を引っ込めた。
「……そうでした、すみません。少し時間をください。この中継も誰かがネットにアップロードしているはずです、それを見つけて何とかやってみます」
「お願い」
野州さんは食べていたお昼ご飯をそのままにして足早に食堂を出ていく。
「高島さん、あの、私達はこれからどうすれば?」
これは絶対に上から調査が入る案件だ。下手したら私達、しばらくはこの手の情報分析の仕事から外されてしまうかもしれない。ううん、それだけならまだ良いけど最悪、全員そろってクビになったりして……。
「先ずはあの手書きメモが、今もちゃんと保管されているべき場所にあるかどうかを確認するのが先よ。原紙を持ちだしたものなのか何処かでコピーされたものなのか、すべての可能性を考えて確かめなきゃ」
「はい」
私と高島さんは食べかけのお昼ご飯を急いで片付けて先ずは堅田部長のところに行くことにした。
「やあ、どうしたんだ? そんな顔をして」
ノックも無しに高島さんが部屋に踏み込んだものだから、まだデスクに座って仕事中だった部長は目を丸くしてこっちを見上げた。
「うちの内部文書が野党側に漏れた」
「なんだって?」
高島さんのストレートな言葉に部長の顔色が変わる。
「しかも今週うちが扱っていた木更津二佐の手書きメモだと思われる。つまり漏えい元はうちの部署である可能性が限りなく高いってこと」
「それは確かなのか」
「国会中継で野党議員が取り上げたばかりのほやほやな情報よ。いま野洲二尉に頼んでもっとはっきりした画像を探してもらって、本当にあのメモなのか確認してもらってる。隆さん、まずはそのメモ書きがちゃんといつもの場所に保管されているかどうか確かめて」
いつもなら「部長」って呼びかけるのに今日は名前呼び。高島さんが公私の境界線を忘れてしまうってことはそれだけ事態は深刻だってことだ。
「礼、あの手のメモ書きはしかるべき部署で回覧されたらすぐに破棄されることは知っているだろ」
「それは分かってる。だけどあのメモがうちにきてまだ一週間も経ってないし、あれ関係の報告書はまだ上に上がってない。ってことは関係文書のたぐいはまだ破棄されずに残っているってことよね?」
部長の口元がピクリとなった。
「まさか俺を疑ってるのか?」
「疑われるのは貴方だけじゃなくてこの部署の人間全員よ。だから確認して。今、すぐ」
「分かった」
部長はそう言うと机の上の受話器をとる。そして誰かに連絡を入れてた。
「すまない日野。いそいでこっちに戻って来てくれるか?」
五分もせずに部屋に入ってきたのは部長補佐をしている日野一尉だ。部屋に私と高島さんがいるのを見て驚いた顔をしている。
「昼休みだったのにすまないな。書庫を開ける必要にせまられた。緊急事態だ」
「了解しました」
ここの書庫、正確には書棚の下に設置された見た目は普通に棚のような金庫なんだけど、鍵穴が二つあってその二つの鍵が揃わないと開けられないようになっているらしい。そしてその鍵を部長と部長補佐の日野一尉がそれぞれ持っているのだ。
二人が揃って鍵穴に鍵を挿し込み、タイミングを合わせて鍵を回す。今まで二つの鍵穴を見ても気にも留めていなかったけれど、そこまでしないと開けられない書庫って一体……。
「なんだか改めて開けるのを見ると書庫にしては物々しいですね」
「書庫って言ったらもっと軽く開けられるものって想像するでしょ? でもこの人、石橋を叩いても用心する人だから」
「この手の仕事は用心してしすぎることは無いんだよ。たとえ叩きすぎて石橋が崩落したとしてもね。そういうのを分かっていない連中が多くて困る」
こっちに背中を向けたままメモ書きを探している部長が言った。
「ってことはあの書庫みたいな金庫は部長が?」
「赴任してきてから予算をふんだくって調達させたんですって。処分したくてもなかなかできない書類が自分の手元に集まってくるから、その保管用に頑丈な金庫並みの書庫を調達してもらわないと部長なんてやりたくないって散々駄々をこねたらしいわ」
呆れた人でしょ?と高島さんが笑う。だけど部長の意見は高島さんとは違うようだ。
「これでも万全じゃないし安心できないよ。本当に情報を手に入れたい連中がその気になれば、ここから書庫ごと持ち去ることもできるんだから。やはり機密保持のためにはこの手の内部文書はさっさと当時者が頭の中に入れて燃やすに限る」
部長が立ち上がってメモ書きの束を机の上に置いた。間違いなく私が悩みまくった流れるような文字のメモ書き達だ。
「これが木更津二佐のメモ書き全てだ。11枚ある」
「私達が手にした時も11枚だった。ってことは抜き取られたってことはないのね」
「あっちに流れたものがこれをコピーしたものであるなら、ここにきちんと揃っていてもまったく意味はないがな」
「あの……コピーの可能性は限りなく低いと思うんですが」
部長の言葉に手を上げて恐る恐る口を挟む。
「ん?」
「だってこのメモ書き用紙、新しく使うようになったれいのレポート用紙ですよね? テレビの映像を見た感じでは普通のメモ書きだけだったような気がするんですが」
「……ああ、そうか。ここ最近はあの紙を使ってるんだな」
部長と高島さんがそうだったと頷いた。
実のところ最近この手の情報のやり取りで使用するようになった新しい用紙は、コピーやスキャナーにかけると『複製禁止』という文字が全面に転写されるように細工された特別な紙だった。情報漏えいの防止に直接的には役立たない仕掛けなんだけど、複製をさせないという意味では全面に複製禁止の文字が出るのはそれなりの抑止になるだろうということで昨年度から採用されたものなのだ。
「もちろんテレビ画面だけでしか見てないので絶対にそうとは言い切れませんし、書き写したものを持ち出すって可能性もありますから絶対にうちで扱ったメモ書きではないって保証は出来ませんけど」
「とにかく野洲君が鮮明な拡大画像を見つけてくれるのを待つしかないわね……」
そして野洲さんがネットで探しだして拡大した画像が出来上がるのと同時に、野党議員によって国会に出された内部文書のコピーが部長のもとに届いた。
「どれどれえ? ……まったく相変わらず読みにくい字を書く人ね、木更津二佐ったら。えーと、なになに~~?」
私が差し出したメモに目を通しながら高島さんが顔をしかめた。
私達の部署には電子データではなく手書きメモ(という名の報告書)というアナログな資料がたくさん集まってくる。つまり人が書いた文字。
最近は老いも若きもパソコンやメール、様々なSNSといったデジタルな手段で連絡をとることが増えていて、なかなか自分で文字を書く機会が減っていて私も例外じゃなかった。だから情報本部に来てからはたまに時代を逆行したみたいな気分になることがある。今がまさにそれ。しかもこのメモ書きはなかなか読めなくて古文書か何かを解読している気分だ。
「これ、自衛隊独自で開発した速記か何かですか?」
「そうじゃなくて達筆すぎるのよ、木更津二佐は。確か書道では段持ちで先生が出来るほどの腕前なのよね。勤務先ではいつも広報用の書き物を書かされているって話よ。……にしても本当に読めないわね」
高島さんは首を傾げながらますます顔をしかめた。
「なるほどこれが達筆な文字。ミミズがのたくっているって思う私はまだまだ未熟ってことですね」
「文字は上手下手じゃなくて誰が見ても読めるように書くのがベストなのよ。いくら達筆でもこれじゃあねえ……ああ、分かった、これ、対潜情報処理装置のことだわ。OYQ-101 ASWDSってローマ字で書いてあるのよ」
そう言われて改めてメモに目を見れば確かにこれは漢字ではなくローマ字に見えなくもない。
「あー、なるほど。縦書きだからすっかりひらがなか漢字だと思ってました。思い込みは駄目ですね。ありがとうございます、これでやっと先に進めます」
「この書体のままローマ字を書いてくるなんて無茶ぶりよね、まったく。大体なんで横書きのレポート用紙にわざわざ縦書きで書くのかしら、もしかして新手の嫌がらせ? でも良かったわ、解決して」
今日は日本語だけに悩んでいれば済むけれど、ここに米軍関係の資料が追加されると本当に阿鼻叫喚だ。ただでさえ軍事用語では未だに頭がこんがらがるのに、英語の軍事用語がこれでもかってぐらい押し寄せてくるんだもの、しかもそれもやっぱり書きなぐったような手書きのメモが圧倒的に多いし。
とにかくここに来てからは英語が話せます、英語検定1級です、なんてのは何の役にも立たないってことを毎日イヤというほど思い知らされている。
「……ふう、これで海上自衛隊さんから提出された資料のまとめは完了です。あとは航空自衛隊さんのでしたっけ? あと何ページぐらいなんでしょうね、今回の資料のまとめ」
二時間ほど手書きのメモ達と格闘をしてやっとキリの良いところまで辿り着いたので、大きくのびをしながら立ち上がった。
「それを聞いてしまったら絶対にやる気が失せるから聞かない方が良いと思うわよ。ひたすら目の前の任務に没頭することをお勧めするわ」
「そうします。あ、自販機で紅茶を買ってこようと思うんですけど皆さん、どうですか? なにか飲みたい人ー?」
そう声をかけるとあっちこっちで手が上がった。
偉い人達があれこれと難しい話をするために私達がこんなふうに苦労しているなんて、殆どの人は知らないんだろうなあって思う。裏方としての下準備って思っている以上に大変だ。もしかしたら政治家先生御用達の美味しい料亭のお料理ぐらいの価値はあるんじゃないかな。
だけどこんな頭が禿そうな難しい仕事も、あと二週間頑張れば篠塚さんちに遊びに行けると思えばなんのことはない。うん、多少の残業があってもきっと頑張れる。頑張れ、私!!
+++++
ところがその週末、とんでもない爆弾が爆発した。
野党議員の一人が国会でとある議題の質疑に立った時、防衛省からの内部文書を入手したと言ってマイクの前でコピーされた紙切れを数枚取り出したのだ。
「?! ちょっとなんなのよそれ?!」
たまたま早めのお昼ご飯を食べながら食堂に設置されたテレビで国会中継を見ていた高島さんが、テーブルを引っ繰り返さんばかりの勢いで立ち上がってテレビの方へと駈け寄ると画面に貼りついた。
「高島さん、そんな前に行ったらテレビが見えないですよ~」
せっかく我らが防衛大臣の重光先生のご尊顔を拝する機会なのに~と皆で抗議する。
「貴方達なにを呑気なこと言ってるの! この議員がもっているメモ書き、今の話の流れからすると木更津二佐から届けられた報告書ってことよ!!」
「ええ?!」
高島さんの言葉に口に入れたミートボールが口から飛び出そうになる。
そして私達も席を立ってテレビの前に行き、横からテレビ画面を覗き込んだ。だけどいくら大画面なくっきりすっきりなハイビジョンでも、さすがに議員さんが手に持ってブンブン振り回しているメモ書きをちゃんと読むことは不可能だった。
「うーん。せめて静止画像でないと本当にそうなのか確かめられませんよ」
「野洲君、あの手元の画面何とか拡大できない? 今すぐ」
そう言って高島さんは後ろにやってきた同じ部署の先輩に声をかけた。野洲さんは航空自衛隊から出向している人で、もともとは横田の航空総隊というところにいた人らしい。
「また無茶なこと言いますね、高島一尉。これ、生中継ですよ? それに慌てなくても半日も待っていれば上からコピーが回ってくると思いますが」
「なに言ってるの。そんな悠長なこと言っている場合? あれが木更津二佐の手書きメモならうちの部署から流れたってことなのよ? その意味が分かって言ってるの?」
そう言われて野洲さんはそれまでののんびりした表情を引っ込めた。
「……そうでした、すみません。少し時間をください。この中継も誰かがネットにアップロードしているはずです、それを見つけて何とかやってみます」
「お願い」
野州さんは食べていたお昼ご飯をそのままにして足早に食堂を出ていく。
「高島さん、あの、私達はこれからどうすれば?」
これは絶対に上から調査が入る案件だ。下手したら私達、しばらくはこの手の情報分析の仕事から外されてしまうかもしれない。ううん、それだけならまだ良いけど最悪、全員そろってクビになったりして……。
「先ずはあの手書きメモが、今もちゃんと保管されているべき場所にあるかどうかを確認するのが先よ。原紙を持ちだしたものなのか何処かでコピーされたものなのか、すべての可能性を考えて確かめなきゃ」
「はい」
私と高島さんは食べかけのお昼ご飯を急いで片付けて先ずは堅田部長のところに行くことにした。
「やあ、どうしたんだ? そんな顔をして」
ノックも無しに高島さんが部屋に踏み込んだものだから、まだデスクに座って仕事中だった部長は目を丸くしてこっちを見上げた。
「うちの内部文書が野党側に漏れた」
「なんだって?」
高島さんのストレートな言葉に部長の顔色が変わる。
「しかも今週うちが扱っていた木更津二佐の手書きメモだと思われる。つまり漏えい元はうちの部署である可能性が限りなく高いってこと」
「それは確かなのか」
「国会中継で野党議員が取り上げたばかりのほやほやな情報よ。いま野洲二尉に頼んでもっとはっきりした画像を探してもらって、本当にあのメモなのか確認してもらってる。隆さん、まずはそのメモ書きがちゃんといつもの場所に保管されているかどうか確かめて」
いつもなら「部長」って呼びかけるのに今日は名前呼び。高島さんが公私の境界線を忘れてしまうってことはそれだけ事態は深刻だってことだ。
「礼、あの手のメモ書きはしかるべき部署で回覧されたらすぐに破棄されることは知っているだろ」
「それは分かってる。だけどあのメモがうちにきてまだ一週間も経ってないし、あれ関係の報告書はまだ上に上がってない。ってことは関係文書のたぐいはまだ破棄されずに残っているってことよね?」
部長の口元がピクリとなった。
「まさか俺を疑ってるのか?」
「疑われるのは貴方だけじゃなくてこの部署の人間全員よ。だから確認して。今、すぐ」
「分かった」
部長はそう言うと机の上の受話器をとる。そして誰かに連絡を入れてた。
「すまない日野。いそいでこっちに戻って来てくれるか?」
五分もせずに部屋に入ってきたのは部長補佐をしている日野一尉だ。部屋に私と高島さんがいるのを見て驚いた顔をしている。
「昼休みだったのにすまないな。書庫を開ける必要にせまられた。緊急事態だ」
「了解しました」
ここの書庫、正確には書棚の下に設置された見た目は普通に棚のような金庫なんだけど、鍵穴が二つあってその二つの鍵が揃わないと開けられないようになっているらしい。そしてその鍵を部長と部長補佐の日野一尉がそれぞれ持っているのだ。
二人が揃って鍵穴に鍵を挿し込み、タイミングを合わせて鍵を回す。今まで二つの鍵穴を見ても気にも留めていなかったけれど、そこまでしないと開けられない書庫って一体……。
「なんだか改めて開けるのを見ると書庫にしては物々しいですね」
「書庫って言ったらもっと軽く開けられるものって想像するでしょ? でもこの人、石橋を叩いても用心する人だから」
「この手の仕事は用心してしすぎることは無いんだよ。たとえ叩きすぎて石橋が崩落したとしてもね。そういうのを分かっていない連中が多くて困る」
こっちに背中を向けたままメモ書きを探している部長が言った。
「ってことはあの書庫みたいな金庫は部長が?」
「赴任してきてから予算をふんだくって調達させたんですって。処分したくてもなかなかできない書類が自分の手元に集まってくるから、その保管用に頑丈な金庫並みの書庫を調達してもらわないと部長なんてやりたくないって散々駄々をこねたらしいわ」
呆れた人でしょ?と高島さんが笑う。だけど部長の意見は高島さんとは違うようだ。
「これでも万全じゃないし安心できないよ。本当に情報を手に入れたい連中がその気になれば、ここから書庫ごと持ち去ることもできるんだから。やはり機密保持のためにはこの手の内部文書はさっさと当時者が頭の中に入れて燃やすに限る」
部長が立ち上がってメモ書きの束を机の上に置いた。間違いなく私が悩みまくった流れるような文字のメモ書き達だ。
「これが木更津二佐のメモ書き全てだ。11枚ある」
「私達が手にした時も11枚だった。ってことは抜き取られたってことはないのね」
「あっちに流れたものがこれをコピーしたものであるなら、ここにきちんと揃っていてもまったく意味はないがな」
「あの……コピーの可能性は限りなく低いと思うんですが」
部長の言葉に手を上げて恐る恐る口を挟む。
「ん?」
「だってこのメモ書き用紙、新しく使うようになったれいのレポート用紙ですよね? テレビの映像を見た感じでは普通のメモ書きだけだったような気がするんですが」
「……ああ、そうか。ここ最近はあの紙を使ってるんだな」
部長と高島さんがそうだったと頷いた。
実のところ最近この手の情報のやり取りで使用するようになった新しい用紙は、コピーやスキャナーにかけると『複製禁止』という文字が全面に転写されるように細工された特別な紙だった。情報漏えいの防止に直接的には役立たない仕掛けなんだけど、複製をさせないという意味では全面に複製禁止の文字が出るのはそれなりの抑止になるだろうということで昨年度から採用されたものなのだ。
「もちろんテレビ画面だけでしか見てないので絶対にそうとは言い切れませんし、書き写したものを持ち出すって可能性もありますから絶対にうちで扱ったメモ書きではないって保証は出来ませんけど」
「とにかく野洲君が鮮明な拡大画像を見つけてくれるのを待つしかないわね……」
そして野洲さんがネットで探しだして拡大した画像が出来上がるのと同時に、野党議員によって国会に出された内部文書のコピーが部長のもとに届いた。
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