彼と私と空と雲

鏡野ゆう

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先ずは美味しく御馳走さま♪

第六話 食われる前に食え? side-葛城

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葛城かつらぎ、お前、この子を見ている目がやらしいぞ」

 テレビ画面を見ていた同僚の桧山ひやまが、笑いながら画面に映っている俺を指さした。テレビ画面には、録画しておいた例の番組が流れている。俺が田沼たぬま二佐の代わりに出たと聞いて、航空祭の日に展示飛行をしていために、取材の見物に来ることができなかった桧山達が、見せろとうるさくせがんだのだ。おとなしく録画して自宅で見ろと言ったのだが、録画したものを持って来いとしつこく言い張ったのは、こうやって皆で見て俺を冷やかすためだったんだろう。何故か非番のヤツまで顔を出して、ちょっとした公開処刑の雰囲気だ。

「そんなことないだろ」
「いや、完全に獲物をロックオンしている目だ」
「どんな目だよ」

 テレビ画面を見ている全員が、パイロットスーツを着た槇村まきむらさんの横に立って、装備のあれこれを説明している俺を見てニヤニヤしている。何故だ? この時だけは、精一杯真面目な顔をしていたはずなのに。

「まあ、可愛いのは認めるがな。意外だな、こういうのがタイプだったのか、お前」
「そんなんじゃないって」
「またまた御冗談を。葛城君のタイプが眼鏡っ子だったとは、予想外だ」
「だから違うというのに」

 場面がスタジオに戻り、そこで司会者の横に立った彼女が、補足説明をゲスト達に話している。そのうちの一人が、彼女がかけていた眼鏡のことをからかうと、彼女はちょっと恥ずかしそうに笑いながら、コンタクトを忘れたんですと答えていた。そこに立っている彼女は、あの時の眼鏡をかけていない。それなりの美人だと思ったが、初対面が特徴のある眼鏡をかけた顔だった俺としては、何だか物足りないなというのが正直な感想だった。

「ほらほら、そんな風にテレビを見ている顔は、まさに恋する少年だぞ」
「少年ってなんだ少年って。気持ち悪い例えをするな、桧山」

 画面では司会者が、次は陸上自衛隊の取材行って来いと彼女に命じていて、それに対して彼女は、勘弁してくださいと笑っている。この番組の司会者は、最近よく見かけるお笑い芸人の一人だが、頻繁ひんぱんにどぎつい突っ込みを入れたりする男なので、たまにゲストの若いアイドルが泣きそうになっていることがあった。今回はその矛先ほこさきが槇村さんに向いているようで、彼女は出ている間、何度も困った顔をして笑っている。すでに一度は見ている映像なのに、そのシーンが来るたびに、槇村さん大丈夫か?と心配している自分がいた。

「……なんでうちの体験リポーターに、女の子なんて来させたんだろうな」

 画面を見ながら、何度も頭に浮かんだ疑問をポツリとつぶやく。

「どうしたんだ、いきなり」
「彼女は頑張っていたし、低圧訓練でも、素人しろうとにしては良い成績を出して合格までしたんだが、女の子がする取材じゃないだろ、戦闘機の後ろに乗って飛ぶなんて」
「そりゃ、パイロットスーツを着たところが絵になるからじゃないか? しかも眼鏡っ子だぞ、それはチマタで言うところの、“萌え”とかいうやつを狙ったんじゃないのか? 実際なかなか似合っているしな。それにだ、どうせ後ろに乗せて飛ぶなら、野郎より女の子の方が楽しいだろ」

 それは認める。すそそでが余っている状態に四苦八苦しながらも、きちんとパイロットスーツを着込んだ彼女はなかなか可愛らしかった……ん? いま俺は、可愛らしかったと思ったか?

「なんだ変な顔して」

 桧山が怪訝そうな目つきで、こっちを見ている。

「いや……確かに似合っていたなと」
「だろ? こうやって見ていても可愛いじゃないか。イヤミな感じもしないし、一生懸命なところも好感が持てるし。それにこの番組は人気番組だ、そのうち彼女も人気リポーターになるんじゃないかな」
「そんなものかねえ……」

 半信半疑な思いでつぶやいたものの、桧山の予想は意外と当たることが多い。頑張っている槇村さんの様子は、うちの女性隊員にも好評だったから、人気が出るかもというのは、あながち夢物語ではないかもしれない。

「だから、今のうちにお近付きになっておいた方が、良いと思うぞ」
「は?」
「人気リポーターなんかになったら、芸能人やら芸人が寄ってくるだろうが。その前に、『俺のもの認定』しておいた方が良いんじゃないのか? ほら、良く言うだろ、食われる前に食えって」
「だから、なんでそうなる」

 と言うか間違っているぞ、その例え。

「お前が、あからさまにイヤがらない女なんて、珍しいからさ。だから逆に、気に入ったんだと思ったんだが。飯もおごってやったんだろ? 土方ひじかた一曹から聞いたぞ、低圧室でくどいてたって」
「それは、緊張してろくに食事が喉を通らないようなことを、槇村さんが言っていたからであってだな……」
「だいたいお前が、マスコミ関係の人間に、そこまで親切にしてやるなんて珍しすぎて、空からカピバラさんでも降ってくるんじゃないかと、思わず皆で空を見上げたぞ」

 色々と間違っているぞ桧山。隊長といい桧山といい、なんで俺の周りには妙な人間が多いんだ。

「それにだなあ……」

 桧山は、画面に視線を戻してから首をかしげた。

「本当に陸自の取材なんかに行ったら、マジでくどくやつが出てくるんじゃないか? 陸自のどこを取材するつもりなのか知らんが、陸自の連中は、肉食系男子が服着て歩いているようなもんだからな。こんな小ウサギちゃん、すぐに食われちまうんじゃないかと思うんだが?」

 だから、陸自のヤツに食われる前に、お前が食っちまえというのが桧山の言い分らしい。お前、どんだけ陸自の連中が気に入らないんだよ。ああ、そう言えば以前に、目をつけた女が、陸自の若造にかっさらわれたとか言ってたな。だからって、俺を使って意趣返ししようなんて考えるなって話だ。

「そんな尻軽な感じには見えないが」
「世の中には、摩訶不思議まかふしぎな制服効果ってのがあってだな、凡夫な男でも、制服を着ればあら不思議、なぜか男前ってな」
「なんでそんなに熱心なんだよ。気に入ったんだったら、お前がアタックかければ良いだろ。俺は邪魔だてはしないぞ」
「なんだよ。お前がここしばらく女っ気が無いから、気をきかせてやってるのに。友達がいのないやつだな」
「お前が友達がいとか言うな、気色悪い」

 長年一緒に飛んでいるのだから、友達以上に気心の知れたもの同士だということは認めるが、あらためて友達がいとか言われると、非常に居心地が悪い。だいたいこいつが“友達”という単語を発すると、ロクなことがないのだ。

「たまには女に操縦桿握ってもらわないと、体が鈍るぞ?」
「なんの話だ、なんの」
「自前の操縦桿のことに決まってんだろ。女日照りが続くと、いざという時に使い物にならんぞ? あ、今がそのいざという時か。どうするんだよ、錆びついていて使い物にならなかったら。がっかりだろ、眼鏡ちゃんも」
「だからどうして……」

 桧山はご機嫌な顔をしながら、手にしていたコーヒー缶のプルトップをあけた。

「まあ情報部じゃない俺にだって、いろいろな伝手つてというものがあってだな。お前がこの子を自転車の後ろに乗せて、超ご機嫌な顔して走っていた、なんて話を聞いたわけだ」
「……」
「長年一緒に飛んでいる相方が、らしくないことをしていれば、ピンとくるのが本物の相棒ってもんだろ」

 ニヤリと笑いながらコーヒーを飲んでいる。そして胸ポケットから紙切れを出して、こちらに差し出した。

「?」
「俺もお節介になったもんだよな。れいのミリオタのカメラマンの連絡先を調べて、眼鏡ちゃんのプライベートな携帯電話の番号を聞き出すなんて、頭がどうかしたに違いない」
「お前、そんなこと調べたのか」
「おや、いらないのか? だったら眼鏡ちゃんのことを気に入った他の連中に」

 その紙切れをひったくると、桧山はニヤニヤと笑いながら素直が一番だぞ?と言った。

「その番号を手に入れるためには苦労したんだ。ちゃんと堕とせよ、相棒?」

 この番号を手に入れるために桧山は、一体あのカメラマンとどんな取引をしたのやら。こいつのことだから、ギリギリの取引なんてのを持ち出したんだろうなと容易に想像はつくが、それをあえて尋ねるほど俺も馬鹿ではない。やれやれと溜息をついて、忠告だけするにとどめる。

「友達思いは良いが気をつけろよ、相棒」
「心配すんな、別に俺の貞操を交換条件にしたわけじゃないんだから」
「……やめろ、気色悪いこと想像させるな」

 顔をしかめた俺に、桧山は健闘を祈ってるぞと言いながら、さらにニヤニヤした笑いを浮かべた。


+++++


 とは言われたものの、そうそう簡単に都内に出掛ける時間がとれるはずもなく、彼女のプライベートな携帯に電話をかけたのは、それから一か月後のことだった。その間に彼女は、あの番組にもう一度だけ登場していた。行先は民間企業で、陸自でなかったことに安堵したのは言うまでもない。

『……はい?』

 出るまでにしばらくの間があり、見知らぬ電話番号からかかってきたことに警戒していたのか、電話に出た彼女の声は覚えているような元気なものではなかった。

「槇村さんですよね?」
『……そうですが、どちら様ですか?』
「葛城です」

 名乗ってから葛城だけでは彼女も分からないだろう、航空自衛隊の、と前置きをすれば良かったか?と思い至る。だが俺のそんな考えは、すぐに打ち消された。

『葛城さん? ああ、びっくりした。どうしてこの電話番号を御存知なんですか? お渡しした名刺には、この電話番号は書いてませんでしたよね?』
「あー、まあ、なんて言うか……」

 まさか相棒があのカメラマンから聞き出したとも言えず、どう誤魔化したものかと考えあぐねていると、彼女の方から正しい答えを突いてきた。

『もしかして、浅木さんから聞き出したとか?!』
「……似たようなものですね」

 俺の言葉に、電話の向こう側でなにやら悪態をついている。もしかして一緒に誰かいるのだろうか?

「もしかして、お取り込み中でしたか? この時間なら仕事も終わって自宅におられるかと思っていたんですが」
『……実はいま自宅じゃないんです』
「え? もしかして取材でどちらかに?」
『いえ……取材じゃなくてお休み中でして、その……』
「その?」
『これ、絶対に葛城さんのせいだと思いますよ?』
「……は?」

 いきなり自分のせいだと言われて首をかしげた。

「それってどういう?」
『だって、陸上自衛隊さんのところに取材に行って怪我しちゃったんですもん。まさか本当に指名されるとは、思ってませんでした。本当に推薦したんですか?』
「え……?! それって一体?」

 次の日の朝、俺は彼女から無理やりに聞き出した病院に向かっていた。
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