彼と私と空と雲

鏡野ゆう

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今年は一緒に飛びません!

第五話 いざ北の大地

「葛城さん、命中精度のことを今ここで白状しなきゃ私、絶対に飛行機に乗らないからね!」
「おい、今更ここでその話を蒸し返すのか?」
「蒸し返すどころかあの後ずっと私は尋ねてるじゃない。いい加減にちゃんと白状しなさい」

 ここは民間の空港の搭乗口前。

 あれから一ヶ月、葛城さんは移動許可付きの休暇を取得した。移動先は北海道、私の実家だ。今回の休暇申請が通るまで一ケ月あったけど、その間ずっと私は気になっていたことがある。

 そう、葛城さんが私の妊娠についてピンポイントで心当たりがあるらしいってこと。

「別にいつだって良いじゃないか、俺と優の子供に違いはないんだし」
「あーあー、可哀想な赤ちゃん、生まれた時からパパがいないなんてねえ……」

 わざとらしくまだぺったんこのお腹をさすりながら呟いた。

「おい、それってどういう意味だ」

 葛城さんがギョッとした顔をする。

「白状しなきゃ結婚してあげませんっていう意味ですけど~?」
「なんでそうなる」
「だったらちゃんと白状しなさい」
「だからどうしてそうなるんだ……」
「白状しなさい」

 以前までは私が上手を取るなんて考えられなかったんだけど、これって母は強しってやつかな? 最近では私が葛城さんをお尻に敷いていることが多い。ああ、これは私が言ったんじゃなくて葛城さんが言い出したことね。最近の俺は優の尻に敷かれていることが多いって。

 その原因が野々村さんと私の出会いではないかと考えているようだけど、そんなことはない……と思う。自衛官の妻になるならああいう逞しいお母さんにならなきゃなって密かに思いはするんだけど。

「……」

 葛城さんは私の隣で困り果てた顔をしている。そりゃそうだよね、これから私の両親に報告しに行くっていう時になって私が結婚してあげないとか言い出したんだもの。だからいい加減に観念して白状すれば良いのに。

「さあさあ、さっさと白状しなさい、葛城さん」

 しばらく考え込んでから溜め息混じりに口を開いた。

「……起きた時にやけに生々しい夢だったなって笑ったことがあるのを覚えてるか?」
「あったね、ちょっと前に」

 その時のことは私の心当たり候補の一つにも上がっている。

「どう考えてもあの時以外に無いだろ」
「そうかなあ……お風呂でのこととか、そのまま寝ちゃった時のこととか色々とあるじゃない?」
「おい、なんでそんなに思い至るんだよ」

 私が幾つか心当たりをあげたら葛城さんは顔をしかめた。

「思い至るんだもの仕方がないじゃない」

 搭乗時間が迫ってきて周囲のお客さんが増えてきたので声を潜める。

「だって終わった後にそのままでいることも、何もしないで入れちゃうことも危険なことには変わりはないでしょ?」
「だげど俺は発射してない」
「またはっきりと……。あのね、葛城さんが発射したつもりがなくても、漏れたりしていることがあるんだって、何かの本で読んだことがあるよ」
「それは危険性の問題でってことだろ? だが、俺が間違いなく発射したのはその時しかないんだ」
「じゃあ何で黙ってたのよぅ、こっちにだって心構えってものが必要なのに~」

 その時に聞いていたらちゃんと心づもりをしていたのに!

「いや、俺も夢だと思ってたんだよ。優がその、妊娠したって分かるまで……」

 それでも、私から妊娠したらしいって聞いてから直ぐにそのことを思い出したらしい。それまですっかり頭から抜け落ちていたなんて……何て言うか葛城さんも意外とぼんやりさん?

「で、医者に行った時に何週目って話を聞いて、これは確定だなって思った」
「……」
「なんでそこで黙り込む」
「……ずるい」
「は?」
「葛城さんだけ、赤ちゃんができた日のことをしっかり実感できていたなんて、ずるいって言ってるの!」

 思わず声が大きくなって慌てて口を手で押さえて周りを見回した。幸いなことをこっちを見ている人はいない。

「俺が白状したことで実感したろ?」
「それとこれとじゃ全然違うんだから」
「これから先は、赤ん坊がいることを身を以て実感しながら暮らせるじゃないか。そこは男の俺には経験できないことなんだから、最初ぐらい俺か実感していても良いじゃないか」
「なんか違う気が」

「あの、失礼ながら葛城様でいらっしゃいますか?」

 航空会社の制服を着たお姉さんが私達が座っている椅子のところにやってきて、遠慮がちに声をかけてきた。しっとりとした雰囲気を持つ綺麗なお姉さんだ、どうしてキャビンアテンダントさんってこんなに美人さんが多いんだろう。

「そうですが、何か?」
「当方の機長からの伝言を預かっているのですがよろしいですか?」
「……機長から?」
「はい」

 お姉さんは何だか言いにくそうな顔をしている。パイロットの葛城さんにってことはもしかして深刻なトラブルでも起きたとか?

「どうぞ?」

 葛城さんに頷かれて益々困った顔になるお姉さん。

「あの、では言われたままに申し上げますね。“わんほーす、もげろ、はぜろ、いっぺんしんでこい”です」

 あまりの言葉に私はお姉さんを見上げながらポカンとしてしまった。だけど葛城さんは何か心当たりがあるのか、ニヤリと笑ってガラス窓越しに見えている旅客機の方へと顔を向けた。ガラス越しにコックピットが見えて、座っている人が何やら手を振っているように見える。

「これでお分かりいただけたでしょうか?」

 死んでこいなんてお客さんに言わなきゃいけなかったお姉さんとしては、葛城さんが怒り出さないかビクビクものだよね。

「伝言ありがとうございました。ではこちらからも機長に伝言をお願いしてよろしいですか? 式には呼ぶから御祝儀はずみやがれ、でお願いします」
「分かりました」

 お姉さんは伝言を聞いてホッとした様子だ。伝言を伝えてもこっちが怒り出さなかったことと、このやり取りがどうやらおめでたいこと関係だって分かったからだと思う。

 お姉さんが通路を通って旅客機の方へと足早に行ってしまうのを見送りながら葛城さんの服の袖をツンツンと引っ張った。

「もしかして葛城さんのお知り合い?」
「初めて飛行隊に配属された時の上官にタックネームを付けてもらったって話をしたよな」
「うん」
「その上官は退役した後に民間航空会社に再就職したんだ。まさか今日乗ることになっている旅客機の機長がその人だとは思わなかった」
「じゃあ、あそこに座ってこっちに手を振っていたのが葛城さんが初めて下についた人ってこと?」
「そういうこと。あ、そうだ」
「なに?」

 なんだかニヤニヤして嫌な予感しかしないんだけど。

「元戦闘機パイロットのパイロットは腕は良いが同時に操縦が荒っぽいヤツが多いと言われている。特に着陸時な」
「……どうしてそういう要らぬ情報を私の耳に入れるかな」
「心構えは必要なんだろ?」
「私が言った心構えはそういうことじゃないの!」

 もう! 座ってから到着するまで三分以内にぐっすり眠れちゃう方法って無いの?!


+++++


 葛城さんのせいで変に緊張しながら座っていたけど、離陸から着陸まで大して揺れることもなく胃が引っ繰り返るような気分になることなく過ごすことが出来た。到着ロビーに向かいながらホッとして隣を歩く葛城さんを見上げる。

「大丈夫だったじゃない、着陸の時もそんなに揺れなかったし」
「今日は天候が安定していたからだと思うぞ」

 つまるところ、多少の悪条件でも無理をして着陸をしちゃうから荒っぽいって言われちゃうってことらしい。でもそれって腕が良いってことなんだよね?

「葛城さんも自衛隊を辞めたら民間の航空会社に再就職しようなんて考えてるの?」
「俺は戦闘機以外では飛びたくないからギリギリまで残るつもりではいるけどな」
「そうなの」
「飛べなくなっても後進を育てる仕事もあるし……なんだよ」

 私がふーんと言いながら見上げているのに気付いて眉をひそめた。

「葛城さんが若い子を教育するなんて想像つかないかなって」
「それはどういう意味だ?」
「特に意味は無いけど想像つかないの。なんか最後まで好きに飛んでそうな気がするし」
「好き勝手に飛びたい気持ちはあるがそれは無理な話だからなあ……」

 無念そうに笑っているところ見ると半分は本気で言ってるよね?

「ところで優、俺にも民間企業のサラリーマンのように転勤があるわけだが、もしこっちに転勤になったらついてくるか?」
「へ?!」

 いきなり話が変わったのでびっくりしてその場で立ち止まってしまった。後ろから他のお客さんも来るから立ち止まらずに話を聞いてくれと葛城さんは私の腕をとって歩きながら話を続ける。

「別の場所だったら優の仕事のこともあるからこんなことは言わないんだけどな。こっちに転勤になるなら優の実家が近いからどうだろうって思っただけなんだが」
「あのさ、北海道って本州の人が考えている以上に広いって分かってる?」
「当たり前だろ。俺が次に配属されるかもしれないのは千歳基地。つまりここの横だ」
「ここ……」
「の横」

 そう言えばここの空港は航空自衛隊の基地って隣り合っていたっけ。

「優の実家は札幌市内だろ? まあ確かに遠いと言えば遠いが今の場所と北海道ほどじゃない。あとはそうだな、優がこっちの系列のローカル局に来ても構わないならって話なんだが」

 赤ちゃんが生まれても結婚しても、私が仕事を辞めるつもりが無いことを葛城さんがちゃんと理解してくれていて、その後のことを考えてくれているらしいことが嬉しかった。ちなみに私が勤めているのは在京キー局の一つで全国に系列の地方局がある。当然のことながら北海道にもあって確か札幌駅の近くに局があった筈。

「やっぱり花形リポーターともなれば局としては手放したくないだろうしいきなりは難しいか」
「誰が花形?」
「槇村さんが」
「またまた御冗談を。そんなお世辞をいっても何も出ないから」
「それは残念」

 一体なにを期待していたのやら。そこに浮かんでいる黒い笑みを見れば聞くまでも無いか。

「初めての子供だろ? 不在がちな俺や義理の両親といるより実家に近い方が安心だと思うんだ。そりゃあうちの母親は残念がるだろうけどな」
「こっちでも今まで通りに仕事は出来るからね。逆に地方に取材スタッフを大勢送り込む手間が省けて助かっちゃうって喜ぶかも」

 今の番組でも複数のチームが全国に散らばって同時進行で取材していることだし。それこそ北海道は広いから取材も大変なんだよ……取材って言うより取材の為の移動がってことなんだけどね。

「考えておいてくれるか?」
「分かった。それで葛城さんは本決まりなの? こっちに転勤っていうのは」
「夏の異動ではなく来年度の異動に関するフライング気味の内々示だからな。立ち消えになる可能性も無きにしも非ずってやつだが、今のところは確定だと思う」
「へえ。私、ずっと同じ基地にいるんだとばかり思ってた」

 その点は民間企業と同じようなものなんだね。

「あ、そうだ。こっちの話に戻るけどね、きっとうちの父親、ホームにいると思うよ」
「そうなのか?」

 ちなみにうちの父親は某大手鉄道会社勤務で現在は札幌駅の駅長さんをしている。

「うん。今日も仕事だって言ってたし。ああ、心配しないで、さすがに公衆の面前で葛城さんに殴りかかるなんてことはしないから。きっと笑顔大魔神でお出迎えぐらいじゃないかな」
「……それ、本当に心配しなくても良いのか?」

 私の言葉を聞いて葛城さんはちょっとだけ顔を引き攣らせた。
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