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恋色カレイドスコープ【改稿版】
第十二話 素顔の歌姫 side - 早瀬
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『当然よ。あれは一つの世間話とかあいさつ代わりのようなものよ。いい子ね、うちの息子のお嫁さんにほしいぐらいだわ~って。だからあちらの御両親ともその程度に言葉を交わしただけでどちらも本気でないのは分かっていたわ。その証拠に貴方達がお年頃になってからはまったくそんな話、出てないでしょ? つまりそういうことよ』
『じゃあ母さん達にその気はないんだね? 僕と杉野は許嫁じゃないってことで間違いない?』
『もちろん私達も杉野さんの御両親にもそんな気は無いわよ。だいたい親同士が結婚相手を決めるなんていつの時代の話? うちはそんな御大層な家柄じゃないわよ。結婚相手は自分で見つけてきなさいっていうのが私達夫婦の総意だから』
+++
母親の声を聞いた途端に杉野の顔が能面のようになった。
「これで分かったろ? 俺とお前は許嫁でもなんでもない。いい加減にデタラメな噂を広めるのはよせ」
「嘘よ、そんなことお義母様が言うはずがないわ。私をからかっているのよね、達央」
僕は杉野の言葉を無視してクラスを見渡した。
「この際だから皆にも言っておく。俺と杉野が許嫁だなんてデタラメは金輪際口にするな。迷惑だ」
「待ってよ達央。どうしてそんな酷いこと言うの? 私はお稽古も時間が無いなりに頑張って通っているしお料理だってちゃんと習うつもりでいるのよ? すべては貴方の妻になるためのことなのに」
「だから? 小田さんを大勢で取り囲んで脅したのか? 俺に近づくなって」
しかも殴ったあげくに髪の毛を切った。
「当たり前じゃない。貴方と私は許嫁なのよ? 他の女が近づくなんてあってはならないことだわ。これまでだってそうしてきた。どうして小田さんの時だけ騒ぐの?」
その言葉を聞いて山崎は息を呑み俺はめまいを覚えた。これまでって何の話だ? 今までも小田さんと同じような被害に遭った女子がいるのか?
「こりゃ余罪がわんさか出てきそう……まじで推薦は取り消しになるかもな、お前ら」
「私達が悪いんじゃないわ、貴方に近づいた女が悪いのよ。あんな子達は貴方に相応しくない、貴方の横に立つのに相応しいのは私だけなんだから。どうしてそれが分からないの?」
分かるつもりもないし分かりたくもない。急に杉野が宇宙人か何か別世界の生き物に見えてきた。
「俺に誰が相応しいかどうかなんてお前に決めてもらう必要はないだろ。それは俺自身で決めることだ。とにかくこの件に関しては学校にも報告するからな。自分達がしたことだ、ちゃんと責任を取れ。俺も小田さんにきちんと謝罪をして責任をとる」
それから後ろで何か叫んでいる杉野を無視して職員室へと向かった。
証拠の写真を保存したSDカードを持って担任と合唱部の顧問に報告する。担任も顧問も目を白黒させて受験前なんだから穏便になと言っていたがそんなことはどうでも良かった。大事なのは小田さんがこれからも安心して学校に来ることが出来る環境を取り戻すことなんだから。
「しかし小田さん以外にも被害に遭った子がいたなんて……」
「お前って意外ともてたんだな、見直した」
「見直すのはそこなのかよ」
こっちはどうして今まで気がつかなかったんだろうと本気で悩んでいるのに。
「でもうやむやにならなくて良かったんじゃないのか? 今回のことがなくてそのまま高校、大学って進学していったらどうなっていたことやら。それこそもっと酷いことが起きていたかもしれないじゃないか」
「だが小田さんが怖い目に遭う前に何とかしたかった。……ああ、お前は忠告してくれてたんだよな?」
山崎が何か言いたげな顔をしたのでそう付け加える。
「山崎君の忠告を聞かないからこんなことになったんだろ。少しは反省しろよ?」
「分かってるよ」
「まあ女子の気持ちに妙に敏感な早瀬ってのも想像がつかないけどな。無理せず今まで通りの堅物なお前で良いんじゃないの?」
そう言ったのは山崎の頬には生々しい引っ掻き傷が残っていた。僕に追いすがってくる杉野を止めてくれたらしく、その時に顔を引思いっ切りやられたらしい。感謝しているにはいるんだが、これも今回の罪状に加えられるかな?と嬉しそうに言うのはさすがに呆れてしまった。
「そうかな……」
「でもさ、小うさぎちゃんだけは大事にしてやれよ? うさぎは寂しいと死んじゃうって話だから」
「ああ、もちろんそりつもりでいる」
まさか『俺』が出てくるとはなあ……と山崎が面白そうに呟いた。僕は意識したことはないけど、僕は本気で頭にくると話す言葉の一人称が『僕』から『俺』に変わるらしい。
「これから小田さんちに報告しにいくのか?」
「ああ。それしか僕に出来ることはないからきちんと全部話してくる」
「そっか。まあトウヘンボクなのは罪じゃないから大丈夫だろ」
フォローになっているのかなっていないのか分からないような言葉で山崎は僕を慰めてくれた。
+++++
そして小田さんの家に事情を説明しに行った。先に家庭訪問をした担任の先生から御両親に話はあったらしいけど自分の口からもきちんと話しておきたかったからだ。
少し緊張したけれどお母さんは快く僕を家に招き入れてくれた。事情を洗いざらい話した後、もしかしたら貴方のせいで美咲はイヤな目に遭ったと言われるのではないかと覚悟していた。けど実際はちゃんと話してくれてありがとうって逆にお礼を言われてしまった。それどころか美咲に声をかけてくれる?とまで。
小田さんの部屋は二階にある。二階にあがる時に何故かチャトラの猫が大騒ぎしながらついてきて僕とドアの間に立ちはだかった。もしかしたら小田さんを酷い目に遭わせたのが僕だと思っているのかもしれない。
―― 間違ってはいないかな……確かに小田さんが酷い目に遭ったのは僕のせいだし ――
「小田さん?」
ドア越しに声をかけるとそれまで聴こえていた音楽が止まった。三杉さんに教えてもらうまで知らなかったけれど小田さんはピアノを習っているらしい。中学に入ってから料理部に所属してそれが楽しくてピアノを続けようか迷っているとのことだった。そういう話も彼女から聞きたかったなと思う。
「小田さん、聞こえてるよね? 返事はしなくてもいいから先ずは僕の話を聞いてくれるかな」
返事も無いしドアも開けられることはない。だけど小田さんが僕の声を聞いていてくれているのは感じた。そして猫の警戒感丸出しな視線も。
「怖い思いをさせてごめん。今回のことは小田さんは全然悪くないんだからね。悪いのは杉野とその取り巻き……いや、杉野にもっとはっきりと言っておかなかった僕が一番悪いんだと思う」
何故かチャトラの大きな猫にジッと顔を見詰められて落ち着かなかったけど更に言葉を続ける。
「とにかく、このことに関しては僕が責任をもって解決するから。ちゃんと解決したら知らせるからその時は安心して学校に出てきてほしいんだ。それと……」
もしかしてお節介だし嫌がられるかなと思って少し迷ったけれど続けることにした。
「もし良ければ休んでいる間の勉強、僕がみるってのはどうかな。小田さんが休むことになった原因を作ったのは僕だし、一年生の勉強だったら何とか教えられると思うから。返事は今じゃなくても良いからね。お母さんに僕の家の電話番号を知らせておくからそっちに電話してくれたら良いよ。じゃあ今日はこれで帰るね。僕のせいで本当にごめん」
チャトラに睨まれながら一階に下りるとお母さんにお礼を言ってから小田さんに提案した勉強のことも申し出てみた。
「でも早瀬君、受験生よね? うちの美咲に勉強を教えている余裕なんてないんじゃないの?」
「そこはきちんと自分の勉強の予定に合わせて伺いますから」
「そう? 確かに教えてくれるのはありがたいけど、うちにもお兄ちゃんとパパがいるから無理しないでね」
きっと僕なりに何か償いたいと思っていることを察してくれたんだと思う。お母さんは美咲がウンといったらお願いするわねと言ってくれた。
「はい。じゃあ電話番号を渡しておきます。美咲さんの承諾が出たら知らせてください」
帰る時に勉強とは別にまた遊びに来てやってねと言って送り出してくれたお母さんの横に、さっきのチャトラの姿があったのがとても印象的だった。
+++++
そしてこうやって今も学校に行けない小田さんの家に家庭教師として通っている。
「先輩、キナコ、重たくないですか?」
「大丈夫だよ」
「だったら良いですけど……邪魔だったら部屋から出しますから」
問題が一通り終わって僕がチェックをしている時に小田さんが僕の膝の上で丸くなっている猫を覗き込む。
「平気だよ。勉強をしている間も大人しくしているからね」
家庭教師を買って出たのはここに来る為の口実で早く小田さんの元気な姿が見たいというのが最大の理由だった。
そしてそれとは別に、膝の上で寝そべっているチャトラにちょっと情がわいてしまったというのもあるかもしれない。
『じゃあ母さん達にその気はないんだね? 僕と杉野は許嫁じゃないってことで間違いない?』
『もちろん私達も杉野さんの御両親にもそんな気は無いわよ。だいたい親同士が結婚相手を決めるなんていつの時代の話? うちはそんな御大層な家柄じゃないわよ。結婚相手は自分で見つけてきなさいっていうのが私達夫婦の総意だから』
+++
母親の声を聞いた途端に杉野の顔が能面のようになった。
「これで分かったろ? 俺とお前は許嫁でもなんでもない。いい加減にデタラメな噂を広めるのはよせ」
「嘘よ、そんなことお義母様が言うはずがないわ。私をからかっているのよね、達央」
僕は杉野の言葉を無視してクラスを見渡した。
「この際だから皆にも言っておく。俺と杉野が許嫁だなんてデタラメは金輪際口にするな。迷惑だ」
「待ってよ達央。どうしてそんな酷いこと言うの? 私はお稽古も時間が無いなりに頑張って通っているしお料理だってちゃんと習うつもりでいるのよ? すべては貴方の妻になるためのことなのに」
「だから? 小田さんを大勢で取り囲んで脅したのか? 俺に近づくなって」
しかも殴ったあげくに髪の毛を切った。
「当たり前じゃない。貴方と私は許嫁なのよ? 他の女が近づくなんてあってはならないことだわ。これまでだってそうしてきた。どうして小田さんの時だけ騒ぐの?」
その言葉を聞いて山崎は息を呑み俺はめまいを覚えた。これまでって何の話だ? 今までも小田さんと同じような被害に遭った女子がいるのか?
「こりゃ余罪がわんさか出てきそう……まじで推薦は取り消しになるかもな、お前ら」
「私達が悪いんじゃないわ、貴方に近づいた女が悪いのよ。あんな子達は貴方に相応しくない、貴方の横に立つのに相応しいのは私だけなんだから。どうしてそれが分からないの?」
分かるつもりもないし分かりたくもない。急に杉野が宇宙人か何か別世界の生き物に見えてきた。
「俺に誰が相応しいかどうかなんてお前に決めてもらう必要はないだろ。それは俺自身で決めることだ。とにかくこの件に関しては学校にも報告するからな。自分達がしたことだ、ちゃんと責任を取れ。俺も小田さんにきちんと謝罪をして責任をとる」
それから後ろで何か叫んでいる杉野を無視して職員室へと向かった。
証拠の写真を保存したSDカードを持って担任と合唱部の顧問に報告する。担任も顧問も目を白黒させて受験前なんだから穏便になと言っていたがそんなことはどうでも良かった。大事なのは小田さんがこれからも安心して学校に来ることが出来る環境を取り戻すことなんだから。
「しかし小田さん以外にも被害に遭った子がいたなんて……」
「お前って意外ともてたんだな、見直した」
「見直すのはそこなのかよ」
こっちはどうして今まで気がつかなかったんだろうと本気で悩んでいるのに。
「でもうやむやにならなくて良かったんじゃないのか? 今回のことがなくてそのまま高校、大学って進学していったらどうなっていたことやら。それこそもっと酷いことが起きていたかもしれないじゃないか」
「だが小田さんが怖い目に遭う前に何とかしたかった。……ああ、お前は忠告してくれてたんだよな?」
山崎が何か言いたげな顔をしたのでそう付け加える。
「山崎君の忠告を聞かないからこんなことになったんだろ。少しは反省しろよ?」
「分かってるよ」
「まあ女子の気持ちに妙に敏感な早瀬ってのも想像がつかないけどな。無理せず今まで通りの堅物なお前で良いんじゃないの?」
そう言ったのは山崎の頬には生々しい引っ掻き傷が残っていた。僕に追いすがってくる杉野を止めてくれたらしく、その時に顔を引思いっ切りやられたらしい。感謝しているにはいるんだが、これも今回の罪状に加えられるかな?と嬉しそうに言うのはさすがに呆れてしまった。
「そうかな……」
「でもさ、小うさぎちゃんだけは大事にしてやれよ? うさぎは寂しいと死んじゃうって話だから」
「ああ、もちろんそりつもりでいる」
まさか『俺』が出てくるとはなあ……と山崎が面白そうに呟いた。僕は意識したことはないけど、僕は本気で頭にくると話す言葉の一人称が『僕』から『俺』に変わるらしい。
「これから小田さんちに報告しにいくのか?」
「ああ。それしか僕に出来ることはないからきちんと全部話してくる」
「そっか。まあトウヘンボクなのは罪じゃないから大丈夫だろ」
フォローになっているのかなっていないのか分からないような言葉で山崎は僕を慰めてくれた。
+++++
そして小田さんの家に事情を説明しに行った。先に家庭訪問をした担任の先生から御両親に話はあったらしいけど自分の口からもきちんと話しておきたかったからだ。
少し緊張したけれどお母さんは快く僕を家に招き入れてくれた。事情を洗いざらい話した後、もしかしたら貴方のせいで美咲はイヤな目に遭ったと言われるのではないかと覚悟していた。けど実際はちゃんと話してくれてありがとうって逆にお礼を言われてしまった。それどころか美咲に声をかけてくれる?とまで。
小田さんの部屋は二階にある。二階にあがる時に何故かチャトラの猫が大騒ぎしながらついてきて僕とドアの間に立ちはだかった。もしかしたら小田さんを酷い目に遭わせたのが僕だと思っているのかもしれない。
―― 間違ってはいないかな……確かに小田さんが酷い目に遭ったのは僕のせいだし ――
「小田さん?」
ドア越しに声をかけるとそれまで聴こえていた音楽が止まった。三杉さんに教えてもらうまで知らなかったけれど小田さんはピアノを習っているらしい。中学に入ってから料理部に所属してそれが楽しくてピアノを続けようか迷っているとのことだった。そういう話も彼女から聞きたかったなと思う。
「小田さん、聞こえてるよね? 返事はしなくてもいいから先ずは僕の話を聞いてくれるかな」
返事も無いしドアも開けられることはない。だけど小田さんが僕の声を聞いていてくれているのは感じた。そして猫の警戒感丸出しな視線も。
「怖い思いをさせてごめん。今回のことは小田さんは全然悪くないんだからね。悪いのは杉野とその取り巻き……いや、杉野にもっとはっきりと言っておかなかった僕が一番悪いんだと思う」
何故かチャトラの大きな猫にジッと顔を見詰められて落ち着かなかったけど更に言葉を続ける。
「とにかく、このことに関しては僕が責任をもって解決するから。ちゃんと解決したら知らせるからその時は安心して学校に出てきてほしいんだ。それと……」
もしかしてお節介だし嫌がられるかなと思って少し迷ったけれど続けることにした。
「もし良ければ休んでいる間の勉強、僕がみるってのはどうかな。小田さんが休むことになった原因を作ったのは僕だし、一年生の勉強だったら何とか教えられると思うから。返事は今じゃなくても良いからね。お母さんに僕の家の電話番号を知らせておくからそっちに電話してくれたら良いよ。じゃあ今日はこれで帰るね。僕のせいで本当にごめん」
チャトラに睨まれながら一階に下りるとお母さんにお礼を言ってから小田さんに提案した勉強のことも申し出てみた。
「でも早瀬君、受験生よね? うちの美咲に勉強を教えている余裕なんてないんじゃないの?」
「そこはきちんと自分の勉強の予定に合わせて伺いますから」
「そう? 確かに教えてくれるのはありがたいけど、うちにもお兄ちゃんとパパがいるから無理しないでね」
きっと僕なりに何か償いたいと思っていることを察してくれたんだと思う。お母さんは美咲がウンといったらお願いするわねと言ってくれた。
「はい。じゃあ電話番号を渡しておきます。美咲さんの承諾が出たら知らせてください」
帰る時に勉強とは別にまた遊びに来てやってねと言って送り出してくれたお母さんの横に、さっきのチャトラの姿があったのがとても印象的だった。
+++++
そしてこうやって今も学校に行けない小田さんの家に家庭教師として通っている。
「先輩、キナコ、重たくないですか?」
「大丈夫だよ」
「だったら良いですけど……邪魔だったら部屋から出しますから」
問題が一通り終わって僕がチェックをしている時に小田さんが僕の膝の上で丸くなっている猫を覗き込む。
「平気だよ。勉強をしている間も大人しくしているからね」
家庭教師を買って出たのはここに来る為の口実で早く小田さんの元気な姿が見たいというのが最大の理由だった。
そしてそれとは別に、膝の上で寝そべっているチャトラにちょっと情がわいてしまったというのもあるかもしれない。
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