窓辺の王子様シリーズ

鏡野ゆう

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屋上のツンデレジュリエット

第一話 窓辺のロミオに愛を?

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「おお、ロミオッ、ロミオッ、どうして貴方はロミオなのっ」

 なにやら校庭から叫んでいるバカでかい声。無視だ無視。ああいう馬鹿は相手にしないに限る。

「ぅおら、早瀬ロミオ!! 返事をせんかっ!!」
「むかつくバカだ」

 席を立つと窓の外に顔を出す。案の定、校庭には聖林高校バカ筆頭の栗林大輔が立っていた。

「いるなら返事をしろよ!!」
「やかましい!! 今のセリフはジュリエットのセリフだ、お前みたいな図体のデカい野郎のセリフじゃねーぞ、ボケッ! ジュリエットに謝れっ、シェークスピアに謝れ!!」
「お前が言ってくれねーから仕方無く俺が愛を叫んでやってるんだろーが」
「叫ぶな!! 俺は男には興味はないっ!!」

 校舎二階と校庭とで何のやり取りをしているんだと内心自分でも情けなくなる。

「それと勝手に人の名前を変えるな! 俺は早瀬達央でロミオじゃねえ!!」
「似たようなもんだろ、なんたらオで」
「オしか同じじゃないだろーが!」
「怖い怖い、じゃあなーっ、また明日!! 別れはかくも甘い悲しみぃ!」
「しねっ!!」

 まったく知識だけは妙にあるのがまたムカつく。そしてクスクス笑っている後ろの連中にビシッと指を向けて黙らせた。まったく他人事だと思って呑気に笑ってやがるこいつらにも腹が立つ。

「お前達、自分の身に降りかかってきたら笑えねーから絶対」
「いやあ、でもお前と栗林って本当に仲がいいよなあ。羨ましいよ」

 そんな呑気な言葉にこめかみがピシッとなったのが自分でも分かった。

「ほぉぉぉ、山崎ぃ、だったらお前にあのバカをくれてやる。そのケツを奴に差し出してもらおうか」
「だめだめぇ!! そんな下品なことを羽生ちゃんの前で言わないでくれるかな、早瀬君。俺の羽生ちゃんが穢れるから。羽生ちゃん、ちょっとだけ我慢してくれよな」

 その脳天気な男は自分の隣で固まっていた羽生さんの両耳を自分の手で塞いだ。羽生さんがひゃっと声をあげたのを嬉しそうに見ているこいつも大概な変態だと思う。

「さて準備完了でお待たせ。で、俺のケツを差し出せという話だが俺の貞操は羽生ちゃんのもので、当然のことながら俺のケツは羽生ちゃんのもの。だからクリキントンにやるケツはねーのな」

 そう言いながら耳を塞がれて何故か顔を赤くしている羽生さんを見下ろすと、こっちが恥ずかしくなるような甘い声で“愛してるよ若菜”などとのたまった。もげろ、爆ぜろと叫びたい。というかこいつも一度どこかで死んできやがれとわりかし本気で思った。

「ああ、ついでだから言っておくかな。俺の貞操が羽生ちゃんのものってことは、当然のことながら羽生ちゃんの貞操は俺のものだから、手を出した奴は速攻で地獄行きってことで」

 お前はどさくさに紛れて偉そうに何を言っているんだ。偉そうに言うようなことじゃないだろ、それ。

「当然、貞操とかそういう問題じゃなくても同様な。羽生ちゃんに嫌がらせをするような陰険な女子がいたら、そいつも地獄行きってことだから。あ、俺の情報網を甘く見るなよ? なあ、井口さん」

 急に話を振られた井口さんがギョッとなった。

「俺は相手が女でも容赦しないから」
「わ、私、何も……」
「うん、分かってるよ。何もしてないよね、まだ」

 “まだ”というところを強調してニッコリ笑っているが、その笑いが目まで届いていないのが怖い。まったく恐ろしい男に惚れられたものだと少しだけ羽生さんに同情する。本人は耳をしっかり塞がれているので、自分の頭の上でやり取りされている会話が全く聞こえていないのが救いとも言えるが。

「と言うわけで、早瀬、お前のケツはお前で守れ」
「言われなくても自分の身ぐらい自分で守る」

 生憎と俺もあのバカにくれてやるケツは持ち合わせていない。俺の身も心も全てはカノジョのものなのだから。

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