報酬はその笑顔で

鏡野ゆう

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本編

第九話 逆ナンパ疑惑

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「あれ? ほなみ、髪きった? 昨日まで、もうちょっと長さあったよね?」

 次の日、顔をあわせたとたんに友達に指摘された。

「昨日、あれからお姉ちゃん二人に、買い物引きずり回されてさあ。なんでか髪まで切らされたんだよ~」
「ああ、そう言えばスニーカーも新しくなってる」

 友達は足元を見てさらに言う。

「新しすぎて歩きにくい」
「それと腕時計も変えた?」

 なかなか目ざとい。

「今度の時計、電池が切れたら変えにいかなくちゃいけないんだって。めんどくさーい」
「それってお姉ちゃんに買ってもらったんでしょ? クリスマスも誕生日もまだ先なのに、感謝しなきゃ」

 履きなれたスニーカーと使いなれた腕時計を使い続けて、どこがいけないんだか。しかも髪まで切らされて。ちなみにお化粧売場は、断固拒否でなんとかまぬがれた。あのまま姉達に付き合っていたら、お店の閉店時間をすぎても帰れなかったに違いない。

「別にオシャレして出かける場所があるわけじゃないのにさ。もう感謝の押し売り状態だよ……」
「……」
「なに?」

 友達が、妙な顔をしてこっちを見ていることに気づいて首をかしげてみせた。

「あやしい」
「なにが?」
「なんでお姉さん達、そこまで盛り上がっちゃってるの? 一緒に行く予定になってるのって、今のところ航空祭だけだよね」
「あの二人の考えてることなんて、私にはさっぱり理解できないよ」

 盛り上がってる理由も聞かされているけど、それでもまったく理解できない。

「そうかなあ……ねえ、もしかして、ほなみに新たな出会いがあったとか?」
「バイトしてたら、新たな出会いばっかだよ」
「それはお客さんでしょ? そうじゃなくて、ほなみに誰か気になる人が現われたとかじゃないの?」

 友達も姉と同様に、なかなかしつこくて簡単にあきらめてくれそうにない様子だ。

「特にいないよ」
「でも、髪を切ったり新しいスニーカー買ったり。その様子からだと、服も買ったよね?」
「別に、私が買いたくて買ったわけじゃないよ。むりやり買ってくれたのは、お姉ちゃん達だよ」

 当日にその服を絶対に着なさいという指示も含めて。

「だったら、航空祭をきっかけに新たな出会いを画策かくさくしてるとか」
「行くのは姉達と甥っ子姪っ子達だけだよ。それとお姉ちゃん達、お義兄にいさん達も含めて、自衛官の知り合いがいるなんて一度も聞いたことない」

 ちょっと前の姉達だったら、一緒に出かけようものなら、義兄達の部下で独身のお巡りさんを呼んできそうで憂鬱ゆううつだった。だけど今回の航空祭に関しては、勝手に人数を増やせないからその心配はない。

「んー……ほなみんち、基地に近いよね、自衛官の人達が住んでる官舎も。ってことはさ、中の人との出会いがあったとかじゃないの?」
「そりゃあ、お店に自衛隊の人も来るけどさあ……あれも出会いのうち?」
「それだ」

 友達は『ひらめいた』という顔をした。

「それだってなにがそれ?」
「嘘つくの下手だよね、ほなみ。すぐ顔に出る。お姉ちゃん達が盛り上がっているのは、自衛隊の人との出会いがあったからなんだ」
「嘘なんてついてないけど」

 だって姉達の言ってることは、本当に理解できないんだから。

「ほらー、隠してないでちゃんと白状しろ」
「だからなにも隠してないって」

 まあ、招待されたことを言っていないのは事実。だけどそれは、但馬たじまさんが招待してくれたことを、誰かに言っていいのか判断がつかないから黙っているのであって、わざと隠しているわけじゃない。

「出会いねえ……」
「ほらほら。人の恋バナばっか聞いてるだけじゃ、つまんないでしょ? たまには自分の話もしてみなよ」
「だから、話すことなんてないんだって。話して聞かせるような恋バナなんて、まったく存在してません~」

 そこはわりとマジで。

「だったら、ここ最近起きたことの事実関係だけでも白状しなよ~」
「なんか、お姉ちゃん達と同じようなこと言ってる……」
「今日は、話を聞きつくすまで引き下がらないからね」
「えー……夕方からバイトがあるのに」
「急用ができたとかなんとか言って休んじゃえ」

 言ってることが姉達以上に無茶だ。

「そんなことしたら、一ヶ月のお小遣い減っちゃうじゃん。一日のバイト代ってバカにできないんだよ」
「それがイヤなら、お昼ご飯の時にさっさと白状するしかないよね。もちろん、ほなみのおごりで!」
「えー、けっきょく私が損してる……」
「気にしない気にしない」
「気にするよ……」

 そして昼休み、どうやって逃げるか算段をしていたところで、早々に捕まって学食に引きずっていかれた。昨日に引き続き今日もこんなことになるなんて、まったくついてない。

「最近の私って、こんなパターンばかりな気がする。ねえ、本当におごらなきゃいけないの?」

 楽しそうな顔をして私の前を歩いている友達 ―― 同じゼミの亜子あこちゃん ―― に声をかけた。

「もちろん。ああ、安心して。一番安いA定食にしておくから」
「そういう問題じゃないと思うんだけどなあ」

 二人して食券を買ってカウンターでトレーを受け取ると、あいている席に落ち着く。そして亜子ちゃんはいただきますをする前に、話を聴く態勢に入ってしまった。

「それでそれで? どんな出会いがあったのかな?」
「別に話して聞かせるような出会いはないよ。それこそ相手はお客さんだし。まずは冷めないうちに食べない?」
「食べながら話せるよね? さあどうぞ」
「……」

 こうなると、あったことはすべて話しておかないと離してもらえそうにない。しかたないので、但馬さんのことを話すことにする。

「こうやってどんどん、話が変な方面に広がっていっちゃうんだろうなあ……」
「かもねー、ていうか、変な方向って失礼だね」

 亜子ちゃんは呑気な顔をしながら、コロッケを一口かじった。

「で、どういう人なの? 自衛官なんだよね?」
「とにかく、バイト先のお客さんなんだよ。たぶん今も」
「お店で会うの?」
「今は会わないよ。朝限定のお客さんだから」

 きっと私がシフトからはずれた今も、但馬さんは何日かおきに、いつものタマゴトーストを食べに来ているに違いない。

「ってことは、夜勤明けにやってくるお客さんなんだ」
「うん、そう」
「ナンパされたの?」

 興味津々きょうみしんしんな感じで質問をしてくる。

「ちがいますー。なんか頭痛が酷そうだったから、私が声をかけたのが最初」
「なんと! ほなみからナンパしたんだ! おどろきー!!」
「シーッ、声が大きいって」

 あわてて周囲を見回す。お昼ご飯の時間帯だから、たくさんの学生がテーブルについていた。だけど幸いなことに、それぞれ友達と話すのに忙しくて、私達の話を聴いている人はいなさそうだ。

「自衛官さんてことは、制服を着てるんだよね。よくそんな人に声をかけようと思ったねえ。ほなみ、なかなか大胆じゃん」
「だからー、そういうのじゃなくて、頭痛がつらそうだったから声をかけたんだって。接客の延長みたいなものなんだよ」

 姉達の論理にもついていけないけど、亜子ちゃんの論理にもついていそうにない。

「お店の中で声をかけたの?」
「ううん、外で。終わって帰ろうとした時に、たまたまその人が目の前にいたから」
「じゃあ、接客の延長じゃないじゃん? 勤務時間外なんだから」
「ぇぇぇ……」

 彼女の謎論理にめまいを覚える。これは姉達より厄介かも……。

「それで?」
「特になにも。何日かおきにお店に来るぐらい。たぶん今もね」
「でもその人と会ったから、航空祭に行こうって気になったんだよね?」
「えーと、そうじゃなくて、その人から招待されたっていうか……」
「え?!」
「だからシーッだって、声が大きいよっ」

 素っ頓狂すっとんきょうな亜子ちゃんの声に、ちょっと離れた場所に座っていた先輩らしき人達が、ちらっとこっちに目を向ける。さすがに先輩の視線に気づいたのか、亜子ちゃんも声を落とした。

「待って。やっぱそれってナンパじゃ?」
「そうじゃなくて。薬を渡したお礼なんだって。それで一緒に行きたい人もどうぞって話になったから、お姉ちゃん達を誘うことにしたの。まあ、正確には甥っ子姪っ子のほうがメインなんだけどね」

 仮に但馬さんのその気があって誘ったんだとしたら、他の人もどうぞなんて言わなかったと思う。それに姉と甥っ子姪っ子達が来ると決まった時も、迷惑そうな顔も困った顔もしてなかったし。

「でも、なんでそこでお姉ちゃん達が異様に盛り上がっちゃってるの。おかしくない?」
「それはー……薬を渡した日にお礼にって家の近くまで送ってくれて、それをお姉ちゃん達が目撃したから。わっ」

 亜子ちゃんが怖い顔をして体を乗り出してくる。

「ちょっと!」
「だから声が大きいんだって。静かにっ」

 先輩のほうをチラッと見ながら、声を落とすように言う。

「ごめん。だけど、どうして肝心なところを省略して話すかなあ……それってやっぱりナンパじゃ?」
「べつに省略したくてしたわけじゃなくて、話す前にそっちが口をはさんできたから、話せなかっただけじゃん」

 私の言い訳に、亜子ちゃんは納得できないという顔をした。それからご飯を食べながら、なにやら考え込んでいる。彼女の頭の中では今、どんな理論が展開しているんだろう。その様子を見ていると、イヤな予感しかしない。

「あのさ、ほなみ」
「なに?」
「お薬のお礼は、その日に送ってもらったことで帳消しじゃん? だってお薬のお礼にって言って、送ってくれたんでしょ?」
「たしかにそう言われたけど、帳消しってこともないんじゃないかな。だって航空祭には、お礼を兼ねて招待するって本人が言ってたし」

 だけど、亜子ちゃんの頭の中ではそうではないらしい。

「で、少なくとも送ってもらったことでそれは打ち消されて、プラスマイナスゼロだと思うんだ。で、残ったのは、ほなみがその人に声をかけたことじゃん? ってことは、やっぱりほなみがその人を逆ナンパして、知り合ったってことなんじゃないかな? で、ナンパされた相手が航空祭に招待してくれた、と。これってカップル成立の瞬間じゃない?」

 じゃない?と言われても困る。

「ぇぇぇぇぇ……それ、どういう理論なわけ?」
「数学で習わなかった? プラスマイナスの打ち消しの方程式」
「それとこれとを同列で考えるのは、さすがに無理があるんじゃないかなあ……」
「そうかなあ……」

 亜子ちゃんは首をかしげながら、ポテトサラダを口に入れる。

「それにさ、人間の行動なんて、そんな簡単に数式にあてはめられるとは思わないけど」
「そう? でも今の話からすると、私はそんな印象を受けました」
「一体どんな印象」
「ほなみが自衛官さんをナンパして、その自衛官さんが航空祭に招待してくれてカップリング成立。で、お姉ちゃん達が大興奮。うん、お姉ちゃん達の行動は正しいね。服とかいろいろ買ってもらって良かったじゃん。ちゃんと買ってもらった服を着て、オシャレしていくんだぞ?」

 そう言って、亜子ちゃんはニッコリと微笑んだ。お腹がいっぱいになってきたはずなのに、めまいがしてきた。やっぱり、姉達より亜子ちゃんのほうが理解できない……。

「出会いかなあ……」
「出会いだよ、間違いなく」

 あれから但馬さんとはまったく顔を合せてないし、携帯でのやりとりもまったくしてないんだけどな。それでも出会いなんだろうか?

 しかも、亜子ちゃんからしたら私がナンパしたことになってるし。
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