私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう

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小話

キャラメル

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「いいお天気だね~~キャラメル~~?」

 桜のつぼみが膨らみ始めたある日、私とキャラメルはお散歩がてらに病院の近くまでやってきていた。いつもなバスケットから出たがるのに、今日のキャラメルはやけにおとなしい。もしかしたら自分が流された川だって覚えているのかもしれない。

「先生、今日は普通にお仕事、終われるかな? せっかくここまで出てきたんだもん、一緒にあのカフェでお茶ができるといいね」

 今日の先生は昨日から夜勤だったから、もうとっくに仕事を終わらせて病院を出ていなきゃいけない時間だ。普通なら私達と合流できるはずなんだけど、今のところまったく音沙汰無し。きっと今頃は救急車で運ばれた患者さんの治療をしているに違いない。まあそれが私達の先生なんだもん、しかたないよね?

「もうちょっと待ってみようか? どう思う?」

 キャラメルに声をかけると、賛成と言いたげにニャーンと鳴き声をあげた。

「あら、あなた、猫ちゃんとお散歩なさってるの?」

 いきなり後ろから声をかけられてベンチから飛び上がるほど驚いた。振り返ると、そこには杖を片手に持った白髪のお婆ちゃんが立っていた。

「あ、すみません! 気がつかなくて! どうぞ!」

 もしかしたら、ここがお婆ちゃんにとってお散歩コースの休憩きゅうけい場所だったのかもしれない。そう考えて慌てて立ち上がる。

「ああ、気にしないで。猫ちゃんの声が聞こえたから声をかけただけなの。でも、そうね、ちょっと座らせていただこうかしら」

 そう言ってニッコリと微笑むとベンチに座った。そして空いている場所を軽く手でたたく。

「お座りなさいな。二人で座っても十分に広いベンチなんだから」
「でしたら遠慮なく」
「それと、あなたがつれている猫ちゃんにも御挨拶をさせてくださる?」
「あ、はい、どうぞ!」

 お婆ちゃんと私の間にバスケットを置いてフタをあけた。念のためにリードをつけているけど、今日のキャラメルはやけにおとなしい。やっぱり川が近くにあるのが怖いのかもしれない。

「まあ、可愛いチャトラちゃんね。女の子なの? お名前は?」
「キャラメルといいます。女の子なんですよ」
「可愛いわね。うちの娘のところにいる猫ちゃんもチャトラなのよ。しかも名前も似てるわよ。うちの娘のところの猫ちゃん、ハチミツとプリン、それからチョコなの」

 それを聞いて思わず笑ってしまった。

「みんな美味しそうな名前ですね」
「もうちょっと名前らしい名前はないの?って言ったのよ? でも、その子達を拾ったのがちょうどコンビニでお菓子を買っていた時だったからって」

 呆れちゃうわよねとお婆ちゃんは笑う。

「一度に三匹も保護されたんですか?」
「そうなの。なんでもね、あのへんの川岸で鳴いていたんですって」

 そう言ってお婆ちゃんは目の前の川岸を指さした。

「どうやら他の兄弟もいたらしいんだけど、かわいそうに、段ボール箱が流されてしまってね。助けられなかったらしいの。でも、三匹だけでも助けられて良かったって言ってたわ」

 その話を聞いて急に心臓がドキドキしはじめた。段ボール箱が流された? しかもこの川で?

「あの、うちのキャラメルなんですけど、実はここの川で流されてたんです、段ボール箱ごと」
「え?」
「それで私が助けたんですけど……」
「それはいつ頃?」
「えっと、一昨年おととしなんですけどね……」

 お婆ちゃんは目を丸くしてからキャラメルのことを見おろした。

「えっとたしか……キャベツの段ボール箱だったと思うんですけど」
「ちょっと待ってね、娘に電話してみるから」

 お婆ちゃんは携帯電話を取り出してお家に電話をかけた。

「もしもし? ああ、私よ。ううん、大丈夫、いま、桜川の河川敷かせんじきで休憩中なのよ。でね、ちょっと聞きたいことがあるの。あなたのところの猫ちゃん、たしか川に流された兄弟がいたって言ってたわよね? ええ、そう。キャベツの段ボール箱だった? あら、そうなの。え? どうしてかって? その時の猫ちゃん、いま私の目の前にいるみたい」

 電話の向こうからお婆ちゃんの娘さんの興奮した声が漏れ聞こえてくる。

 私がキャラメルを助けた時、箱から川に流されて助からなかった子がいたかもしれないと思っていた。だけど、まさかキャラメルだけが流されちゃって、他の子が無事な可能性までは考えていなかった。これは嬉しいビックリかも!

「わかったわよ。そんなに興奮しないで。そんな大声で話さなくてもちゃんと聞こえてるから。はいはい、わかったわ、ちゃんと連絡先を交換してから帰るから。ええ、ええ。名前も似てるわよ、キャラメルちゃんですって」

 ふたたび電話の向こうから興奮した声が聞こえてきた。

「ああもう、うるさいんだから。もう切りますからね。帰ってから話すから大人しく待ってなさい。じゃあね」

 お婆ちゃんはまだしゃべっている相手のことなんてお構いなしに電話を切ってしまった。

「ごめんなさいね、興奮しちゃって長くなりそうだから切っちゃったわ。もしかしたらキャラメルちゃんと娘のところの猫ちゃん達、兄弟姉妹かもしれないわね。もしよければ写真を撮らせてくださる?」
「どうぞ」

 お婆ちゃんは携帯でキャラメルの写真を撮る。

「それと、厚かましいお願いなんだけど、メールのアドレスの交換もしてくださる?」
「もちろんです!」

 私とお婆ちゃんは携帯電話のメールアドレスを交換し合った。

「本当にそうだとしたら、すごい偶然ですね!」
「間違いなくキャベツの段ボール箱だったらしいから、きっとそうなのよ。でも良かったわ。うちの娘、箱に入ったまま流されちゃった子のことをずっと気にしていたから」
「私もです。この子しか箱にいなくて、他の子は流されちゃって助からなかったのかなって思ってました」
「神様っているものなのね」
 
 お婆ちゃんはとても嬉しそうに微笑むと、もっとくわしく娘さんに話を聞いてからメールすると約束してくれた。

 そしてお婆ちゃんが立ち去ってから二十分ほどして先生が現われた。私は少しでも早く先生に話したくて、ベンチから立ち上がるとバスケットを持って先生のもとに走っていく。

「あ、先生!! あのね、すっごく不思議なことが起きたの! すごい偶然なんだよ!! キャラメルのね、流された段ボール箱を見ていた人がいてね! その人が他の猫ちゃんを保護したんだって! つまり、キャラメルの兄弟姉妹が見つかったかもしれないの!! すごいよね? 私、他の子のことはあきらめてたのに!!」

 私は嬉しくて興奮しながら報告したのに、先生の反応はイマイチだった。

「おい、恵、いきなりワーワー言われても俺にはなんのことかさっぱりだぞ。もうちょっと落ち着いて話せ」
「先生の反応、イマイチ」

 ムッとなって思わず先生のお腹にパンチを繰り出す。

「うっ……だから、落ち着いて話してくれないと、反応のしようがないだろ? なんで俺が殴られなきゃいけないんだ」
「キャラメルの兄弟姉妹が見つかったかもしれないのに、ぜんぜん感動してない」
「いや、だから……」

 とにかく、先生の反応はイマイチだったけど、どうやらキャラメルには他にも兄弟姉妹の猫ちゃんがいるらしいということが判明した。

 もちろん、ずっとキャラメルのお世話をしてくれたモンブランちゃんのほうが大事な存在であることには変わらないんだけどね。
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