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本編
第十六話 霧島さんの研修 side-霧島
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「お前の婚約者殿はどうしてる?」
ロッカーで装備を身につけているところで、瀧山に質問された。
そろそろ夏の総選挙の公示の日が迫り、その手の番組やニュースサイトでは、どの議員がどうしたこうしたという話がポツポツと出始めていた。もちろんその中には父親の選挙区から出馬することになった俺の婚約者、重光結花議員のことも含まれている。
「やっとウエディングドレスが決まった。仮縫いは選挙が終わってからなんだそうだ。選挙前と選挙後ではかなり体重の増減があるらしいので、その後が望ましいんだと」
正確には減のみらしい。そこから秋までの間にどこまで戻るか分からないので、仮縫いは選挙後にするということだった。男の俺には分からないが、花嫁というのはまったくもって大変だ。
「いや、俺が聞きたいのはそこじゃないんだがな。まあそれも知りたいことではあるんだが」
「彼女の仕事関係のテリトリーでのことなら、本人が公式に言わない限りは俺はノーコメントだって、何度も言ってるだろ? 選挙も迫ってきたことだし、迂闊なことを言って彼女の足を引っ張ることになったら、シャレにならないからな」
「そうだったな、すまん」
今のところ彼女が婚約したという話は、それなりに好意的に受け止められている。その相手である俺が言うのも何だが、政治とは関係ない「一般男性」ということで、徹底的に情報は遮断されているらしく、今のところ週刊誌の目は俺のところまでは届いていない状態だ。
「もしかしてそれもあって、アメリカでの海外研修の話を受けたのか?」
瀧山が思いついたように質問をした。
「まあそんな感じだ。選挙期間中は、さすがに式の準備もいったん棚上げだ。俺一人で処理できることも限られていることだし、彼女と話し合って受けることにした。その方が彼女も選挙に集中しやすいだろう」
「てっきり選挙運動中は、結花先生の専属SPをつとめるものだと思ったよ」
「週刊誌に嗅ぎつけられる危険をおかしてか?」
パタンとロッカーの扉を閉める。
「なんとも大変だな、あれこれ重なって」
瀧山は同情しているようだが、実のところそうでもない。周りが思っている以上に、俺達はうまくいっていた。
+++
「アメリカで研修?」
その日、一日中なにかの式典だったかに参加していたせいで、すっかり足が浮腫んでしまったと嘆いていた彼女の足をマッサージしながら、その話を打ち明けた。
「ああ。上から打診された」
「要人警護と言えばアメリカのシークレットサービスが有名だものね。そこでの研修なの?」
「それも含まれているがそれだけじゃない」
「なんだか随分と曖昧なのね」
「君と同じように、俺達にもそれなりに守秘義務があるってことさ」
「なるほど。秘密のお勉強会ってことね」
彼女は納得した様子でうなづいた。もちろん研修内容のすべてを理解したというわけではなく、言えないこともあるのだということを理解したということだ。ま、本格的に物事が動き出せば、イヤでも彼女の耳に入ることなんだろうが。
「だから夏の間は結婚式の準備が完全に止まることになるんだが、かまわないか?」
「研修期間は?」
「一ヶ月。帰国は選挙の二週間後」
「選挙期間に入ったら、なかなか会えないからどうしようかしらって心配していたけど、貴方の方も忙しいってわけね。私はかまわないわよ。貴方は貴方の仕事を優先すべきだもの。それでその間、伊勢谷先生の警護はどうなるの?」
「ああ。先生の警護担当は別にいるし、俺が抜けた穴は別の人間がうめてくれるから問題ない」
「そうなの。じゃあ私が寂しいって以外は問題なしってことね」
悲しそうに溜め息をついてみせたが、それが半分以上、いや、九割九分は冗談であることが分かるぐらいは彼女のことを理解していた。
「寂しいだって? 選挙のことで頭がいっぱいで、俺のことなんて思い出すヒマも無いんじゃないか?」
そう言いながら、土踏まずを押す指に力をいれる。
「いたたたたっ、ちょっと、もう少し優しくして!!」
「大して力を入れたわけじゃないぞ? 足の裏は人間のツボが集中している場所だ。どこか体に悪いところがあるんじゃないのか?」
さらに力を込めて押した。
「もう!! 貴方が東洋医学に興味があるなんて知らなかった!! だから痛いっんだってば!!」
「しっかりマッサージしろと命令したのは、先生の方じゃないか。俺はその命令に従っているだけだぞ?」
「私は命令なんてしていない!! もーう、痛いって言ってるのに! 人のいうことちゃんと聞いて!!」
議員としての仮面をかぶっている時は一部の隙も無い彼女だが、自宅ではまったく別人だ。誰があの重光結花議員がどら焼きを食べながらビールを飲んで、ソファであぐらをかきながら怪獣映画を観ているなんて想像するだろう。
「足にばかり気を取られているから余計に痛いんだろ。映画を観ていろって。せっかく借りてきたんだから」
「痛いものは痛いんだってば!! 痛すぎて映画に集中できません!!」
婚約してからこんな風にすごすことが多くなったせいか、彼女の意外な一面をたくさん発見することになって楽しい毎日だ。本人は俺に幻滅されやしないかと心配していたようだが、高校生で小生意気だった頃の彼女を知るこっちとしては、なにを今更だった。考えてみればあの時も、どら焼きを食べながらよく森永家のチビ達と映画を観ていたよな。
「なあ、もしかしてどら焼きは好物なのか?」
「ええ?」
俺の問い掛けに、彼女がこっちに顔を向けた。若干涙目になっているのを見て少しばかり気の毒になり、マッサージする手の力を緩めてやることにする。
「どら焼きだよ。映画を観る時は必ず食べてるよな」
「だって美味しいじゃない。映画にはポップコーンが定番だなんて誰が決めたの? それにこれ、レアチーズクリームがはさまってるのよ。コンビニのどら焼きだと思って馬鹿にしていたけど、意外と美味しくて私の中ではかなりヒット商品の部類」
期間限定ではなく定番商品にならないかしらと呟いた。
「そんなに気に入ったのか。だったら次に見つけた時はあるだけ買ってきてやるよ」
「駄目よ。買い占めちゃったら、他の人にこのどら焼きの美味しさが広まらないじゃない。2個ずつぐらい毎日買ってきてくれたら嬉しいかな。夜のおやつと朝のおやつに」
「ってことは、毎晩のようにこれを届けろってことか」
「そういうこと。よろしくね、霧島さん」
「やれやれ。俺の先生は人使いが荒いことで」
そう呟くとふくらはぎを撫でる。
「そろそろ浮腫みもとれただろ? マッサージの報酬をいただいてもよろしいかな?」
「あら、無償奉仕だったんじゃないの?」
「まさか。きちんと報酬はいただくつもりだ。映画も真剣に観ていないようだしな」
そう言いながらリモコンを手にして、再生を停止させた。
+++
「なにをニヤニヤしてるんだ、気持ち悪いぞ」
瀧山の声に我に返った。
「そうか?」
「まあ相手はあの結花先生だ。毎日が幸せで顔がにやつくのは分からないでもないけどな」
「彼女はなかなかユニークだよ。毎日一緒にすごしていてもまったく飽きない」
「それはそれは御馳走様なことで」
警護課全員でのブリーフィングを終えると、それぞれ担当している大臣達の元へと向かう。
「おはようございます、伊勢谷議員」
「ああ、おはよう。今日も一日よろしく頼む」
「はい」
議員と秘書が車の後部座席におさまるのを見届けてから、自分も助手席に乗り込む。しばらくは、議員の秘書が今日の予定について手帳を読み上げるのを、黙って聞いていた。
「そう言えば、霧島君は夏にアメリカに研修に行くそうだね。君の代わりには誰が警護に入ってくれるんだい?」
一通りの予定を聞き終ったところで、伊勢谷議員が声をかけてきた。
「尾上巡査部長が入ります」
「尾上……ああ、重光の警護班にいた人間だね」
「はい」
「彼は真面目すぎると重光がぐちっていたな。もう少し年輩の、気の置けない人間はいなかったのかい?」
「先生、警護任務は遠足ではないんですよ? そういう無茶を言わないように」
隣に座っていた秘書の沢渡さんが議員をたしなめる。
「そんなこと言ったってだな。あまり真面目すぎる若者というのも、この年になるとなかなか辛いものがあるんだよ。少しぐらいワガママを聞いてもらっても良いじゃないか、普段は何も言わないんだから。それに私は、この霧島君と結花君ができるだけデートできるようにと、あれこれ協力してきたつもりなんだがなあ……」
ここでその話を出してくるのかと内心でツッコミを入れた。ハンドルを握っている芳崎も、口元に変な笑いを浮かべている。
「それは暗に、私に何とかしろとおっしゃっているのですか?」
「んー……」
言葉を濁しているが、他に誰かいないのかと言いたげな顔をしている。とは言っても、伊勢谷議員は現政権の外務大臣だ。政府の中でも特に重要なポストの一つについている政治家の警護の人間を、そう簡単に担当替えできるわけがない。まったく困ったものだな、このお年寄り連中ときたら。仕方がない、班長に相談してみるか……。
上のものと相談してみますと言おうとしたところで、沢渡さんが「お言葉ですが先生」と言葉をはさんできた。
「お言葉ですが先生。重光先生とこちらの霧島さんのことで、御自分が随分と骨折りをされたと言いたげな御様子ですが、その時間を捻り出すために各方面の皆さんと連絡を取り合い、四苦八苦しながらスケジュール調整をしたのは私なのですが」
沢渡さんの言葉に議員は気まずげな顔をする。
「……最大の功労者は自分だと言いたいのかい?」
「当然です。ですからそこを根拠に人選の再考を求めるのでしたら、最大の発言権は私にあるということです。で、霧島さん、その尾上巡査部長の件ですがそのままで結構です。変更する必要はありません」
「おいおい沢渡君」
「なんですか、先生。なにか御不満でも?」
「いいえ、ありませんよ、沢渡君。一番の功労者は間違いなく君だ」
どうやら伊勢谷議員が折れたらしい。
「でしたら結構です。そういうことなのでよろしくお願いします、霧島さん」
「……分かりました」
なんともはや、議員秘書というのかなかなか強かだ。彼女の秘書である杉下さんも、数十年したらこんな感じになるのだろうか?
ロッカーで装備を身につけているところで、瀧山に質問された。
そろそろ夏の総選挙の公示の日が迫り、その手の番組やニュースサイトでは、どの議員がどうしたこうしたという話がポツポツと出始めていた。もちろんその中には父親の選挙区から出馬することになった俺の婚約者、重光結花議員のことも含まれている。
「やっとウエディングドレスが決まった。仮縫いは選挙が終わってからなんだそうだ。選挙前と選挙後ではかなり体重の増減があるらしいので、その後が望ましいんだと」
正確には減のみらしい。そこから秋までの間にどこまで戻るか分からないので、仮縫いは選挙後にするということだった。男の俺には分からないが、花嫁というのはまったくもって大変だ。
「いや、俺が聞きたいのはそこじゃないんだがな。まあそれも知りたいことではあるんだが」
「彼女の仕事関係のテリトリーでのことなら、本人が公式に言わない限りは俺はノーコメントだって、何度も言ってるだろ? 選挙も迫ってきたことだし、迂闊なことを言って彼女の足を引っ張ることになったら、シャレにならないからな」
「そうだったな、すまん」
今のところ彼女が婚約したという話は、それなりに好意的に受け止められている。その相手である俺が言うのも何だが、政治とは関係ない「一般男性」ということで、徹底的に情報は遮断されているらしく、今のところ週刊誌の目は俺のところまでは届いていない状態だ。
「もしかしてそれもあって、アメリカでの海外研修の話を受けたのか?」
瀧山が思いついたように質問をした。
「まあそんな感じだ。選挙期間中は、さすがに式の準備もいったん棚上げだ。俺一人で処理できることも限られていることだし、彼女と話し合って受けることにした。その方が彼女も選挙に集中しやすいだろう」
「てっきり選挙運動中は、結花先生の専属SPをつとめるものだと思ったよ」
「週刊誌に嗅ぎつけられる危険をおかしてか?」
パタンとロッカーの扉を閉める。
「なんとも大変だな、あれこれ重なって」
瀧山は同情しているようだが、実のところそうでもない。周りが思っている以上に、俺達はうまくいっていた。
+++
「アメリカで研修?」
その日、一日中なにかの式典だったかに参加していたせいで、すっかり足が浮腫んでしまったと嘆いていた彼女の足をマッサージしながら、その話を打ち明けた。
「ああ。上から打診された」
「要人警護と言えばアメリカのシークレットサービスが有名だものね。そこでの研修なの?」
「それも含まれているがそれだけじゃない」
「なんだか随分と曖昧なのね」
「君と同じように、俺達にもそれなりに守秘義務があるってことさ」
「なるほど。秘密のお勉強会ってことね」
彼女は納得した様子でうなづいた。もちろん研修内容のすべてを理解したというわけではなく、言えないこともあるのだということを理解したということだ。ま、本格的に物事が動き出せば、イヤでも彼女の耳に入ることなんだろうが。
「だから夏の間は結婚式の準備が完全に止まることになるんだが、かまわないか?」
「研修期間は?」
「一ヶ月。帰国は選挙の二週間後」
「選挙期間に入ったら、なかなか会えないからどうしようかしらって心配していたけど、貴方の方も忙しいってわけね。私はかまわないわよ。貴方は貴方の仕事を優先すべきだもの。それでその間、伊勢谷先生の警護はどうなるの?」
「ああ。先生の警護担当は別にいるし、俺が抜けた穴は別の人間がうめてくれるから問題ない」
「そうなの。じゃあ私が寂しいって以外は問題なしってことね」
悲しそうに溜め息をついてみせたが、それが半分以上、いや、九割九分は冗談であることが分かるぐらいは彼女のことを理解していた。
「寂しいだって? 選挙のことで頭がいっぱいで、俺のことなんて思い出すヒマも無いんじゃないか?」
そう言いながら、土踏まずを押す指に力をいれる。
「いたたたたっ、ちょっと、もう少し優しくして!!」
「大して力を入れたわけじゃないぞ? 足の裏は人間のツボが集中している場所だ。どこか体に悪いところがあるんじゃないのか?」
さらに力を込めて押した。
「もう!! 貴方が東洋医学に興味があるなんて知らなかった!! だから痛いっんだってば!!」
「しっかりマッサージしろと命令したのは、先生の方じゃないか。俺はその命令に従っているだけだぞ?」
「私は命令なんてしていない!! もーう、痛いって言ってるのに! 人のいうことちゃんと聞いて!!」
議員としての仮面をかぶっている時は一部の隙も無い彼女だが、自宅ではまったく別人だ。誰があの重光結花議員がどら焼きを食べながらビールを飲んで、ソファであぐらをかきながら怪獣映画を観ているなんて想像するだろう。
「足にばかり気を取られているから余計に痛いんだろ。映画を観ていろって。せっかく借りてきたんだから」
「痛いものは痛いんだってば!! 痛すぎて映画に集中できません!!」
婚約してからこんな風にすごすことが多くなったせいか、彼女の意外な一面をたくさん発見することになって楽しい毎日だ。本人は俺に幻滅されやしないかと心配していたようだが、高校生で小生意気だった頃の彼女を知るこっちとしては、なにを今更だった。考えてみればあの時も、どら焼きを食べながらよく森永家のチビ達と映画を観ていたよな。
「なあ、もしかしてどら焼きは好物なのか?」
「ええ?」
俺の問い掛けに、彼女がこっちに顔を向けた。若干涙目になっているのを見て少しばかり気の毒になり、マッサージする手の力を緩めてやることにする。
「どら焼きだよ。映画を観る時は必ず食べてるよな」
「だって美味しいじゃない。映画にはポップコーンが定番だなんて誰が決めたの? それにこれ、レアチーズクリームがはさまってるのよ。コンビニのどら焼きだと思って馬鹿にしていたけど、意外と美味しくて私の中ではかなりヒット商品の部類」
期間限定ではなく定番商品にならないかしらと呟いた。
「そんなに気に入ったのか。だったら次に見つけた時はあるだけ買ってきてやるよ」
「駄目よ。買い占めちゃったら、他の人にこのどら焼きの美味しさが広まらないじゃない。2個ずつぐらい毎日買ってきてくれたら嬉しいかな。夜のおやつと朝のおやつに」
「ってことは、毎晩のようにこれを届けろってことか」
「そういうこと。よろしくね、霧島さん」
「やれやれ。俺の先生は人使いが荒いことで」
そう呟くとふくらはぎを撫でる。
「そろそろ浮腫みもとれただろ? マッサージの報酬をいただいてもよろしいかな?」
「あら、無償奉仕だったんじゃないの?」
「まさか。きちんと報酬はいただくつもりだ。映画も真剣に観ていないようだしな」
そう言いながらリモコンを手にして、再生を停止させた。
+++
「なにをニヤニヤしてるんだ、気持ち悪いぞ」
瀧山の声に我に返った。
「そうか?」
「まあ相手はあの結花先生だ。毎日が幸せで顔がにやつくのは分からないでもないけどな」
「彼女はなかなかユニークだよ。毎日一緒にすごしていてもまったく飽きない」
「それはそれは御馳走様なことで」
警護課全員でのブリーフィングを終えると、それぞれ担当している大臣達の元へと向かう。
「おはようございます、伊勢谷議員」
「ああ、おはよう。今日も一日よろしく頼む」
「はい」
議員と秘書が車の後部座席におさまるのを見届けてから、自分も助手席に乗り込む。しばらくは、議員の秘書が今日の予定について手帳を読み上げるのを、黙って聞いていた。
「そう言えば、霧島君は夏にアメリカに研修に行くそうだね。君の代わりには誰が警護に入ってくれるんだい?」
一通りの予定を聞き終ったところで、伊勢谷議員が声をかけてきた。
「尾上巡査部長が入ります」
「尾上……ああ、重光の警護班にいた人間だね」
「はい」
「彼は真面目すぎると重光がぐちっていたな。もう少し年輩の、気の置けない人間はいなかったのかい?」
「先生、警護任務は遠足ではないんですよ? そういう無茶を言わないように」
隣に座っていた秘書の沢渡さんが議員をたしなめる。
「そんなこと言ったってだな。あまり真面目すぎる若者というのも、この年になるとなかなか辛いものがあるんだよ。少しぐらいワガママを聞いてもらっても良いじゃないか、普段は何も言わないんだから。それに私は、この霧島君と結花君ができるだけデートできるようにと、あれこれ協力してきたつもりなんだがなあ……」
ここでその話を出してくるのかと内心でツッコミを入れた。ハンドルを握っている芳崎も、口元に変な笑いを浮かべている。
「それは暗に、私に何とかしろとおっしゃっているのですか?」
「んー……」
言葉を濁しているが、他に誰かいないのかと言いたげな顔をしている。とは言っても、伊勢谷議員は現政権の外務大臣だ。政府の中でも特に重要なポストの一つについている政治家の警護の人間を、そう簡単に担当替えできるわけがない。まったく困ったものだな、このお年寄り連中ときたら。仕方がない、班長に相談してみるか……。
上のものと相談してみますと言おうとしたところで、沢渡さんが「お言葉ですが先生」と言葉をはさんできた。
「お言葉ですが先生。重光先生とこちらの霧島さんのことで、御自分が随分と骨折りをされたと言いたげな御様子ですが、その時間を捻り出すために各方面の皆さんと連絡を取り合い、四苦八苦しながらスケジュール調整をしたのは私なのですが」
沢渡さんの言葉に議員は気まずげな顔をする。
「……最大の功労者は自分だと言いたいのかい?」
「当然です。ですからそこを根拠に人選の再考を求めるのでしたら、最大の発言権は私にあるということです。で、霧島さん、その尾上巡査部長の件ですがそのままで結構です。変更する必要はありません」
「おいおい沢渡君」
「なんですか、先生。なにか御不満でも?」
「いいえ、ありませんよ、沢渡君。一番の功労者は間違いなく君だ」
どうやら伊勢谷議員が折れたらしい。
「でしたら結構です。そういうことなのでよろしくお願いします、霧島さん」
「……分かりました」
なんともはや、議員秘書というのかなかなか強かだ。彼女の秘書である杉下さんも、数十年したらこんな感じになるのだろうか?
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