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本編
第三話 梅酒あります
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「お兄ちゃん、おでんを御馳走になるんだから、家からお酒ぐらい持って来たら? 無いなら買いに行くとか」
電熱コンロをこたつの上に設置している時に、晩御飯の用意を手伝ってくれていた、結花ちゃん(やっぱり結花ちゃんの方が一つ年下だった!)が言った。
彼女がテキパキと手伝いをしてくれるので、お客様がいるならと、おでんの他に一品二品を用意しようと思っていた私はとても助かった。その代わり先生は、「お兄ちゃんは邪魔だから、おとなしくこたつの番人をしていなさい」と命じられ、非常に居心地が悪そうに座っている。そして今は、本格的に雪が降り始めたと言うのに、お酒の調達を命じられていた。
「酒? 冷蔵庫にはビールが二缶ぐらいしかなかったな。コンビニで適当に買ってこようか。二人ともなにか飲みたいのはある?」
「ビールは無いですけど、梅酒ならありますよ? それで良かったら、お湯割りにして飲みますか?」
こんなに寒いのに、買いに出てもらうのは気の毒に思えて、シンクの下から、梅酒の入ったガラス瓶を引っ張り出した。結花ちゃんは、梅の実が沈んでいる瓶を興味深そうに見詰めている。
「繭子さんちって、なんでもあるんですね!」
「いただきものなんですけどね」
それは私がわざわざ買ったものではなく、引っ越し祝いにと、大家さんからいただいたもので、三年前の収穫祭の梅で造られた梅酒だ。
「少しはお兄ちゃんも見習いなよ、冷蔵庫は飾りじゃないんだから」
結花ちゃんが言うにはお引越ししてきた数日後、心配になった先生のお母さんが、こっそりのぞきに来たらしい。だけど冷蔵庫の中は空っぽだったらしく、それを見たお母さんは大慌てで買い出しに行ったとか。いい年した息子に、過保護すぎだよとこぼしている先生の言葉はさておき、さっきのビール缶発言からして、今の冷蔵庫の中は、今も空っぽに近いのではないかと思う。
「兄妹喧嘩はそこまでで。お湯割りが苦手なら、ソーダ割りもできるけどどうしますか? 結花ちゃんはどっちにします?」
「じゃあ私はソーダ割りで♪」
「先生はどうします?」
「俺は……」
「繭子さん、お兄ちゃんを先生だなんて呼ばなくてもいいですよ。遠慮なく、名前で呼んじゃってください!」
「そう言われても……」
実は、下の名前を知らなかったりするんですけど。そう言うと、結花ちゃんは呆れた顔をして、私ではなく先生を見た。
「ダメダメじゃん!」
「なんでだよ」
「せっかくの出会いで、名乗らないなんて、ありえない!」
「だからお隣さんだって……」
結花ちゃんは、なにか言おうとした先生のことなんて無視して、今度は私を見た。
「繭子さん、お兄ちゃんの名前は幸斗、ゆ、き、と、ですからね? きっと大事なことですから、ちゃんと覚えてくださいね。はい、繰り返してみましょう、repeat after me ~ ♪」
「え、えっと……く、久遠、幸斗さん、でいいんですよね……?」
「そのへんの事情は、日を改めてお兄ちゃんに聞いてください。そう名乗るって決めたのは、お兄ちゃんなんで」
暗に、二人の名乗った苗字が違うことをほのめかしたら、先生に聞いてくれと振られてしまった。先生の顔を伺えば、困っているような面白がっているような、なんとも言えない顔をしている。
「じゃあ、その話は後日ということでおでん、食べましょうか」
「賛成~!」
おでんを器に入れるのは結花ちゃんにお任せして、私は梅酒の用意をする。結花ちゃんにはソーダ割り、私と先生は少し濃い目のお湯割り。グラスをそれぞれの前に置くと、結花ちゃんが乾杯しましょうと言ってグラスを持った。
「あらめて繭子さん、兄ともども仲良くしてくださいね! よろしくお願いします! かんぱーい♪」
結花ちゃんの乾杯の音頭に、先生が顔をしかめた。
「結花、その音頭はどうかと思うぞ」
「いいの! 私が、繭子さんと仲良くしたいんだから」
「俺のお隣さんなのに」
「だから、迅速に行動しないと盗られちゃうって言ってるじゃない。あ、これって百合な展開?」
「なんでそうなる」
二人が土鍋をはさんで言葉の応酬をしているスキに、私は自分の器にジャガイモとはんぺんを追加して、マグカップに口をつけた。
ここの梅酒の最大の特徴は、とにかく梅の香りが強いこと。香りのわりに甘くないので、飲みやすいと人気だ。ただし、その香りと飲みやすさに油断すると、知らず知らずのうちに飲みすぎて悪酔いしてしまうので、注意が必要というちょっとくせ者なお酒でもあった。そして漬かっている梅も、梅酒と同様に香りが強いので、刻んでケーキなどに入れると、とても美味しいアクセントになる。
「ねえ、繭子さん」
「なんでしょう?」
私の返事に、結花ちゃんは眉間にシワを寄せた。
「年下の私はともかく、そろそろその他人行儀な敬語はやめませんか? もしかしたら、他人じゃなくなるかもしれないし」
「はい?」
「おい、結花」
「まあそれは横に置いておいて。私のほうが年下なんだから、堅っ苦しい敬語なんて、使わくても良いですよってことです」
「えっと、はい、努力します」
いくら相手が年下でも、初対面でいきなりため口のいうのも失礼かなと思っていたんだけれど、結花ちゃんはそうは思っていない様子だった。
「で、横道に逸れちゃったから話を戻しますけど、この梅の実って食べられるの?」
「もちろん。普段はジャムや刻んでケーキに入れたりしてるけど、そのままでも十分に美味しいです、じゃなくて美味しいよ?」
慌てて口調を訂正すると、よろしいとばかりに結花ちゃんがニッコリと笑った。
「へえ、ジャムやケーキかあ。繭子さん、うちのお兄ちゃんは甘党だから、ケーキを作ったら食べさせてあげてください。きっと泣いて喜ぶから」
そう言いながら、グラスの中にあった梅の実をお箸でつまんで取り出すと、口に放り込んだ。
「おいひい~♪」
「しっかりアルコールを吸ってるから、食べ過ぎは注意ね」
「ほ~い♪」
+++++
「だから、あれほど食べすぎは注意と言ったのに、こいつときたら」
ソファで丸くなっている結花ちゃんを見下ろしながら、先生が呆れたように溜め息をついた。梅の実を気に入った結花ちゃんは、あれから「梅干しじゃないんだぞ」とたしなめる先生の目を盗んでは、何個も実を瓶から取り出して口に放り込んでいた。そして、気がついた時には酔っ払ってしまっていて、今はソファで気持ちよさそうに眠り込んでいる。
「よっぽど気に入ったんですね、梅の実。そろそろ新しい梅酒が出る頃だから、今度はお裾分けしますね」
ロフトから毛布を何枚か下ろしてくると、丸くなって眠っている彼女にかけた。
「ちゃんと連れて帰るから」
「でも起こすの可哀想ですよ、お隣とは言え、外に出たら寒いんですから。私はかまいませんよ、女の子同士だし明日は休みですから」
「本当にごめん。まさか、妹が押し掛けてくるなんて思ってもみなくて」
こたつに足を突っ込んで座ると、先生のグラスが空になっているのに気ついて、もう一杯お湯割りを作る。さすが甘党なだけあって、先生もこの梅酒を気に入ったみたいだ。
「なんだか申し訳ないな、俺と妹で、ほとんど消費しちゃったみたいで」
「毎日少しずつ飲めば健康にも良いのよって言われてたんですけど、なかなか減らなくて。良かったです、たくさん飲んでもらえて」
しかも梅の実まで。
「あの、先生、聞いても良いですか?」
「なに?」
「妹さんと苗字が違う理由。ご両親が離婚したとか、再婚したとかそういうことですか?」
私の質問に「ああ、そのことね」と先生が笑った。
「俺と妹は正真正銘の血のつながった兄妹だし、両親も離婚なんてしていないよ。逆にうちの親は仲が良すぎて、目のやり場に困るぐらいだ」
「そうなんですか」
「うん」
目のやり場が困るぐらい夫婦仲が良いって、一体どんな状態なんだろうと心の中で首をかげる。
「久遠は母の旧姓なんだ。父親との関係は良好だし、人生の先輩として凄く尊敬してはいるんだけど、医療現場では、逆にそれが足枷になっちゃってね。だから外では、母親の旧姓を使わせてもらっているんだ。もちろん父親も、そのことは承知してくれているよ」
「へえ……。病院で足枷ってことは、もしかして先生のお父さんって、テレビで出てくるようなスーパードクター?」
たまにテレビの特集で、世界中を飛び回っている神の手を持つ外科医さんが紹介されているけど、もしかして先生のお父さんも、そんな感じなのだろうか? その言葉に、先生が少し驚いたような顔をして私のことを見た。あれ? 私、なにか変なことを言った? 首をかしげると、先生はおかしそうに笑い出した。
「天森さんの今の言葉、うちの父親が聞いたら、ショックを受けるかもな。地元の有権者に、名前を忘れられているなんてって」
有権者? えっと結花ちゃんは、たしか重光って名乗った、よ、ね? シゲミツ? あああああっ?!
「もしかして、先生のお父さんって国会議員の重光先生?!」
「当たり」
重光議員……どうして最初に結花ちゃんが名乗った時、御親戚ですかすら思い浮かばなかったのか、不思議なくらい顔を知っている。っていうか地元選出の国会議員さんだ。
「だけどこのことは、一応は秘密ってことで。別に隠し立てするような事でもないんだけど、何処にでもあれこれ言ってくる人がいるからね」
「だけど重光先生って、厚生労働大臣じゃないですよね?」
「政治つながりで、どうのこうのって言う人も多いから」
「なるほどお……」
うっかり問診の時に、政治談議になってしまったら困るものね。現役大臣職に就いている議員さんにだったら、何処の大臣かなんてのに関わらず、色々と言いたい人も出てくるだろうし。言いたいだけならまだしも、お代官様あれこれ便宜を~なんて話になったら、それこそ一大事。
「わかりました。お口にはチャックしておきます」
任せてくださいとうなどくつ、先生はなにやら思案顔で私のことを見詰めた。
「どうしたんです?」
「え? ああ、うん。お口チャックに、鍵をかけさせてもらおうかなって」
「鍵?」
そんなことしなくても大丈夫ですよと言いかけた私の口を、先生が身を乗り出していきなりキスしてふさいだ。
「?!」
「はい、鍵かけ完了」
「……先生、もしかして酔っぱらってますか?」
「かもね」
そう言ってニッコリ微笑んだ顔は、たしかにお父さんの重光先生とそっくりだった。
電熱コンロをこたつの上に設置している時に、晩御飯の用意を手伝ってくれていた、結花ちゃん(やっぱり結花ちゃんの方が一つ年下だった!)が言った。
彼女がテキパキと手伝いをしてくれるので、お客様がいるならと、おでんの他に一品二品を用意しようと思っていた私はとても助かった。その代わり先生は、「お兄ちゃんは邪魔だから、おとなしくこたつの番人をしていなさい」と命じられ、非常に居心地が悪そうに座っている。そして今は、本格的に雪が降り始めたと言うのに、お酒の調達を命じられていた。
「酒? 冷蔵庫にはビールが二缶ぐらいしかなかったな。コンビニで適当に買ってこようか。二人ともなにか飲みたいのはある?」
「ビールは無いですけど、梅酒ならありますよ? それで良かったら、お湯割りにして飲みますか?」
こんなに寒いのに、買いに出てもらうのは気の毒に思えて、シンクの下から、梅酒の入ったガラス瓶を引っ張り出した。結花ちゃんは、梅の実が沈んでいる瓶を興味深そうに見詰めている。
「繭子さんちって、なんでもあるんですね!」
「いただきものなんですけどね」
それは私がわざわざ買ったものではなく、引っ越し祝いにと、大家さんからいただいたもので、三年前の収穫祭の梅で造られた梅酒だ。
「少しはお兄ちゃんも見習いなよ、冷蔵庫は飾りじゃないんだから」
結花ちゃんが言うにはお引越ししてきた数日後、心配になった先生のお母さんが、こっそりのぞきに来たらしい。だけど冷蔵庫の中は空っぽだったらしく、それを見たお母さんは大慌てで買い出しに行ったとか。いい年した息子に、過保護すぎだよとこぼしている先生の言葉はさておき、さっきのビール缶発言からして、今の冷蔵庫の中は、今も空っぽに近いのではないかと思う。
「兄妹喧嘩はそこまでで。お湯割りが苦手なら、ソーダ割りもできるけどどうしますか? 結花ちゃんはどっちにします?」
「じゃあ私はソーダ割りで♪」
「先生はどうします?」
「俺は……」
「繭子さん、お兄ちゃんを先生だなんて呼ばなくてもいいですよ。遠慮なく、名前で呼んじゃってください!」
「そう言われても……」
実は、下の名前を知らなかったりするんですけど。そう言うと、結花ちゃんは呆れた顔をして、私ではなく先生を見た。
「ダメダメじゃん!」
「なんでだよ」
「せっかくの出会いで、名乗らないなんて、ありえない!」
「だからお隣さんだって……」
結花ちゃんは、なにか言おうとした先生のことなんて無視して、今度は私を見た。
「繭子さん、お兄ちゃんの名前は幸斗、ゆ、き、と、ですからね? きっと大事なことですから、ちゃんと覚えてくださいね。はい、繰り返してみましょう、repeat after me ~ ♪」
「え、えっと……く、久遠、幸斗さん、でいいんですよね……?」
「そのへんの事情は、日を改めてお兄ちゃんに聞いてください。そう名乗るって決めたのは、お兄ちゃんなんで」
暗に、二人の名乗った苗字が違うことをほのめかしたら、先生に聞いてくれと振られてしまった。先生の顔を伺えば、困っているような面白がっているような、なんとも言えない顔をしている。
「じゃあ、その話は後日ということでおでん、食べましょうか」
「賛成~!」
おでんを器に入れるのは結花ちゃんにお任せして、私は梅酒の用意をする。結花ちゃんにはソーダ割り、私と先生は少し濃い目のお湯割り。グラスをそれぞれの前に置くと、結花ちゃんが乾杯しましょうと言ってグラスを持った。
「あらめて繭子さん、兄ともども仲良くしてくださいね! よろしくお願いします! かんぱーい♪」
結花ちゃんの乾杯の音頭に、先生が顔をしかめた。
「結花、その音頭はどうかと思うぞ」
「いいの! 私が、繭子さんと仲良くしたいんだから」
「俺のお隣さんなのに」
「だから、迅速に行動しないと盗られちゃうって言ってるじゃない。あ、これって百合な展開?」
「なんでそうなる」
二人が土鍋をはさんで言葉の応酬をしているスキに、私は自分の器にジャガイモとはんぺんを追加して、マグカップに口をつけた。
ここの梅酒の最大の特徴は、とにかく梅の香りが強いこと。香りのわりに甘くないので、飲みやすいと人気だ。ただし、その香りと飲みやすさに油断すると、知らず知らずのうちに飲みすぎて悪酔いしてしまうので、注意が必要というちょっとくせ者なお酒でもあった。そして漬かっている梅も、梅酒と同様に香りが強いので、刻んでケーキなどに入れると、とても美味しいアクセントになる。
「ねえ、繭子さん」
「なんでしょう?」
私の返事に、結花ちゃんは眉間にシワを寄せた。
「年下の私はともかく、そろそろその他人行儀な敬語はやめませんか? もしかしたら、他人じゃなくなるかもしれないし」
「はい?」
「おい、結花」
「まあそれは横に置いておいて。私のほうが年下なんだから、堅っ苦しい敬語なんて、使わくても良いですよってことです」
「えっと、はい、努力します」
いくら相手が年下でも、初対面でいきなりため口のいうのも失礼かなと思っていたんだけれど、結花ちゃんはそうは思っていない様子だった。
「で、横道に逸れちゃったから話を戻しますけど、この梅の実って食べられるの?」
「もちろん。普段はジャムや刻んでケーキに入れたりしてるけど、そのままでも十分に美味しいです、じゃなくて美味しいよ?」
慌てて口調を訂正すると、よろしいとばかりに結花ちゃんがニッコリと笑った。
「へえ、ジャムやケーキかあ。繭子さん、うちのお兄ちゃんは甘党だから、ケーキを作ったら食べさせてあげてください。きっと泣いて喜ぶから」
そう言いながら、グラスの中にあった梅の実をお箸でつまんで取り出すと、口に放り込んだ。
「おいひい~♪」
「しっかりアルコールを吸ってるから、食べ過ぎは注意ね」
「ほ~い♪」
+++++
「だから、あれほど食べすぎは注意と言ったのに、こいつときたら」
ソファで丸くなっている結花ちゃんを見下ろしながら、先生が呆れたように溜め息をついた。梅の実を気に入った結花ちゃんは、あれから「梅干しじゃないんだぞ」とたしなめる先生の目を盗んでは、何個も実を瓶から取り出して口に放り込んでいた。そして、気がついた時には酔っ払ってしまっていて、今はソファで気持ちよさそうに眠り込んでいる。
「よっぽど気に入ったんですね、梅の実。そろそろ新しい梅酒が出る頃だから、今度はお裾分けしますね」
ロフトから毛布を何枚か下ろしてくると、丸くなって眠っている彼女にかけた。
「ちゃんと連れて帰るから」
「でも起こすの可哀想ですよ、お隣とは言え、外に出たら寒いんですから。私はかまいませんよ、女の子同士だし明日は休みですから」
「本当にごめん。まさか、妹が押し掛けてくるなんて思ってもみなくて」
こたつに足を突っ込んで座ると、先生のグラスが空になっているのに気ついて、もう一杯お湯割りを作る。さすが甘党なだけあって、先生もこの梅酒を気に入ったみたいだ。
「なんだか申し訳ないな、俺と妹で、ほとんど消費しちゃったみたいで」
「毎日少しずつ飲めば健康にも良いのよって言われてたんですけど、なかなか減らなくて。良かったです、たくさん飲んでもらえて」
しかも梅の実まで。
「あの、先生、聞いても良いですか?」
「なに?」
「妹さんと苗字が違う理由。ご両親が離婚したとか、再婚したとかそういうことですか?」
私の質問に「ああ、そのことね」と先生が笑った。
「俺と妹は正真正銘の血のつながった兄妹だし、両親も離婚なんてしていないよ。逆にうちの親は仲が良すぎて、目のやり場に困るぐらいだ」
「そうなんですか」
「うん」
目のやり場が困るぐらい夫婦仲が良いって、一体どんな状態なんだろうと心の中で首をかげる。
「久遠は母の旧姓なんだ。父親との関係は良好だし、人生の先輩として凄く尊敬してはいるんだけど、医療現場では、逆にそれが足枷になっちゃってね。だから外では、母親の旧姓を使わせてもらっているんだ。もちろん父親も、そのことは承知してくれているよ」
「へえ……。病院で足枷ってことは、もしかして先生のお父さんって、テレビで出てくるようなスーパードクター?」
たまにテレビの特集で、世界中を飛び回っている神の手を持つ外科医さんが紹介されているけど、もしかして先生のお父さんも、そんな感じなのだろうか? その言葉に、先生が少し驚いたような顔をして私のことを見た。あれ? 私、なにか変なことを言った? 首をかしげると、先生はおかしそうに笑い出した。
「天森さんの今の言葉、うちの父親が聞いたら、ショックを受けるかもな。地元の有権者に、名前を忘れられているなんてって」
有権者? えっと結花ちゃんは、たしか重光って名乗った、よ、ね? シゲミツ? あああああっ?!
「もしかして、先生のお父さんって国会議員の重光先生?!」
「当たり」
重光議員……どうして最初に結花ちゃんが名乗った時、御親戚ですかすら思い浮かばなかったのか、不思議なくらい顔を知っている。っていうか地元選出の国会議員さんだ。
「だけどこのことは、一応は秘密ってことで。別に隠し立てするような事でもないんだけど、何処にでもあれこれ言ってくる人がいるからね」
「だけど重光先生って、厚生労働大臣じゃないですよね?」
「政治つながりで、どうのこうのって言う人も多いから」
「なるほどお……」
うっかり問診の時に、政治談議になってしまったら困るものね。現役大臣職に就いている議員さんにだったら、何処の大臣かなんてのに関わらず、色々と言いたい人も出てくるだろうし。言いたいだけならまだしも、お代官様あれこれ便宜を~なんて話になったら、それこそ一大事。
「わかりました。お口にはチャックしておきます」
任せてくださいとうなどくつ、先生はなにやら思案顔で私のことを見詰めた。
「どうしたんです?」
「え? ああ、うん。お口チャックに、鍵をかけさせてもらおうかなって」
「鍵?」
そんなことしなくても大丈夫ですよと言いかけた私の口を、先生が身を乗り出していきなりキスしてふさいだ。
「?!」
「はい、鍵かけ完了」
「……先生、もしかして酔っぱらってますか?」
「かもね」
そう言ってニッコリ微笑んだ顔は、たしかにお父さんの重光先生とそっくりだった。
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